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「こんどエレファント・キングダムズ、略してエレキンがイベントします。
ぜひ来てくださいね!」
ポスターを配りながら美貌の笑顔を振りまくのは六道 鈴音(
ja4192)。
彼女はあの茨城ラークスのファンである。現在はアメリカで活躍しているそこの元エースピッチャーと仲が良いこともあって野球は大好きだ。
必然的に呼び込みも熱が入る。しかし、その熱心さと、鈴音のあまりの可愛らしさに何故か何度も同じ男たちがやってくる始末だった。
「ねえ、アリスちゃん、俺のたまにサインしてよ」
男がしつこく迫ってくる鈴音は困惑する。どうやらあまりの超絶美少女さにかのアイドルと間違われていた。それにしも彼は「ボール」を持っていないようだったが――。
その頃、スタジアムでは急ピッチに準備が進められていた。看板やポスターが建てられて週末のファン感謝祭のために皆が忙しく手分けして働いている。
黒百合(
ja0422)が作業員をおもいっきりこきつかっている。
「きゃハァ、そこなにやってるのかしらァ……休んでいいといったァ?」
先頭にたってビシビシと厳しい注文を突きつける。怪しい笑みを浮かべながら迫ってくるので怖くなった作業員が恐れをなして急ピッチに仕事を進めていた。
カキーン、カキーン、カキーン。
球場近くのバッティングセンターから快音が響いてくる。
――月乃宮 恋音(
jb1221)だった。
カキーン、カキーン、カキーン、カキーン!
鋭いスイングでおっぱいを揺らしまくっている……。
見物していたファンも度肝う抜かれていた。
「なんだ、あの、おっぽい――じゃなかった、スイングの軌道は」
思わず言い間違えてしまう程のすごい胸――ではなくバッティング。
恋音は本番に備えてひそかにコーチを雇って特訓をしていたのだった。すでに手にはマメが出来る程本格的に振りこんでいる。どうやら本番でも期待が持てそうだ。
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「あーかったるい、もう練習なんかやめてお菓子食べにいこう」
伊集院アリスは練習を始めてわずか十分でグローブを放り投げた。
彼女は週末のファン感謝祭で始球式を任されていた。
ファンの皆は彼女が「ノーバン」で投げることを期待していたのだ。
しかし、彼女は運動音痴だった。すでにやる気をなくしている。見た目は超絶美少女だったが、中身はかなり我儘できつい性格だった。
「俺達と一緒に甲子園、目指そうぜぜええええ!!」
練習場の入り口から猛ダッシュで駆けてきたのは千島院 映(
jc1881)。あまりの勢いで走ってきたために髪の毛が盛大に逆立っている。
「……あんた、いったい誰?」
「燃えるぜスポーツ! 絶対に成功させてみせるっ! うおおおおおお!!」
一人で天に向かって勝利のガッツポーズを決めつける。まったくアリスの質問に答えていなかった……。突然の熱くるしい男の登場に困惑気味のアリス……。
冒頭から暴走気味の映を止めるべく後ろから黄昏ひりょ(
jb3452)が間に入ってくる。映とは違って容姿が地味なひりょを見てアリスがようやく口を開いた。
「ちょっと、そこの……めがねくん! こいつ何とかして」
「えっ、めがねくん? って……俺のこと?」
美少女女子高生アイドルに、「めがねくん」呼ばわりされて、ひりょは地味に落ち込む。
そんなに俺って……地味なのか?
ぶつぶつ独り言を呟いてひりょは暗い男になっていた。その隙に、アリスは何とか練習場から逃げ出そうとする。しかし、木嶋香里(
jb7748)がお菓子を持って登場した。
笑顔で「一緒に練習しましょう」と頬笑み、アリスも釣られてしまった。
彼女は甘いものに目がなかったのである。
「――まずは体の動かし方を覚えて貰いましょう」
香里は柔らかい身体を器用に曲げながらストレッチをする。アリスや男性陣も一緒になって身体を動かすがやはりあまりに固すぎて曲がらない。
みかねたひりょが彼女の背中から優しく押してあげようと思った時だった。
アリスがわざとシャツをはだけて胸元をひりょに見せつける。その瞬間、ひりょは顔が真っ赤になって動揺して、思わず手つきが変になってしまった。
「エッチ!! どこ見て、触ってるのよ!! ヘンタイ眼鏡!!」
バチンンンン!
思いっきり頬を叩かれて吹き飛ばされてしまうめがねくん……。
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「――身体も温まってきたし、それじゃあ、特訓だああああ!!」
映がアリスを強引に釣れてキャッチボールをやらせる。しかし、彼女の投げる球は全く真っ直ぐには飛ばずにすぐに地面に叩きつけてしまう。
そこへポスターを配っていた鈴音が帰ってくる。あまりの下手くそぶりに我慢ならなくなった鈴音は彼女の元へ行って徹底的に指導を施す。
「とりあえず真っ直ぐ投げて、ホームまで届けばいいんだから、踏み出す足のつま先をキャッチャーに向けて、腕を思いっきり振るのよ」
鈴音がやるようにアリスも手を振るが全くボールは前に飛ばない。
「何やってるの! こうよ! こう! ばーんって、ばーんて投げるの!」
もはや鈴音が何を言っているのかアリスには理解できなかった……。ヒートアップしていく周りのテンションとは逆にアリスは次第に意気消沈してしまう。
「ここまで頑張ったので一緒にお菓子を食べましょうか♪」
香里の一言で、休憩タイムに入る。
みんなで一緒にひりょや香里が持ってきたお菓子を頬張る。とくに香里が持ってきた水出し玉露はかなり美味しくすぐに売り切れた。
しかし、大好きなお菓子を前にアリスは元気がなかった。
何度やってもうまくいかない。
こんなことならもう辞退しようかなと思った時だった。
「俺は、誰も傷つけずに皆を笑顔に出来るアイドルって職業を尊敬してんだよ」
映は彼女の手を握り締めて絶叫する。あまりの真剣な真っ直ぐな視線に思わず、アリスは恥ずかしくなってボールを力いっぱいにぎりしめた。
「まさか――やめろ、なにをするんだ?」
全力で逃げて行く熱血コーチに向かってアリスは力任せに投げつける。
うおああああああああああああああああああああああああ――
弾道ミサイルのような軌道のボールがその瞬間、映の後頭部にめり込んだ。
雄叫びをあげながらその場でノックダウンする熱血根性コーチ……。
「凄い、さすがアリスさんだ! 美少女高校生アイドルは伊達じゃないねっ!」
「――めがねくんも、こうしてほしいの?」
アリスの不気味な笑みに、ひりょは慌てて口を押さえる。
「本当はかなり運動できるんじゃ――」と続けて言おうとしたが、そんなことを言ったらまた吹き飛ばされてしまいそうだった……。
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本番の日がやってきてスタジアムは満員に集まっていた。伊集院アリスが物凄い激ミニスカートのセーラー服で登場すると球場の興奮は最高潮に達する。
そんな中でスタンドから鋭い眼光を飛ばしている仁良井 叶伊(
ja0618)がいた。
巨体な身体で圧倒的なオーラを放っている。彼はじっと黙って始球式のバッターボックスに立つ、キングダムズの4番打者の金剛を睨んでいた。
叶伊は後で対戦することになる金剛を観察するために観客席に紛れこんでいたのだった。
「あんな真剣な目で――よほど、彼は金剛との全力三球勝負に掛けているんだな」
だが、周りに居たファン達は完全に叶伊を誤解していた……。
不意にアリスが足を振り上げた時、叶伊の目が充血を帯びる。
彼の目は金剛ではなく――なぜか美少女アイドルの方に釘付けになっていた。
星を見る人――いや、パンツを見る人、ニライの目がその瞬間を捉える。
その瞬間、興奮した周りのファンに押されてニライは地面に将棋倒しにされた。起き上がった時には笑顔でアリスがマウンドを降りる頃だった。
「――で、結局どうだったんだ? 肝心の始球式がみられなかったじゃないか!!」
叶伊は頭を掻きむしって悶絶した。よほど、金剛のスイングを見れなくて残念だったんだろうと周りの人達が同情していた……。
始球式は無事に終わったが――果たして「ノーバン」だったのかは真相は闇の中である。
すでに紅白戦が始まっていた。
スタンドではビールの売り子に扮した黒百合が働いていた。召喚獣を使って遠いスタンドのいる子供たちの所へジュースを届ける。
「わあ、ありがとう……ってこれまるで本物みたいだね」
ぬいぐるみだと思って喜んでいた男のがあまりのリアルさに感嘆する。黒百合の召喚獣うが運ぶジュースは子供たちの間で人気となって瞬く間に売り切れた。
黒百合も可愛らしい衣装で笑顔で接客していた。しかし、あやしい酔っ払いの禿げ頭親父が後ろからしきりに触ろうとしてくる。
「キャハァ……お客様――おいたはいけません……わァ」
不意に黒百合は鉄パイプを目の前にかざしてその場でへし折った。
禿げ親父は黒百合の不気味な笑顔に恐れをなして逃げ去っていった……。
スタンドの最前列では鈴音と香里と恋音が短いチアガールの衣装でボンボンを振っている。跳んだり跳ねたりするたびに彼女たちは観客からの視線を釘づけにしていた。
もはや紅白戦よりもチアガールを見ていた人も多かったが――。
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「さぁ、勝負よ、金剛さん!」
鈴音はスパイクの紐を結んでマウンドに登った。待ち構えるのは四番打者の金剛。バッドを構えながらすでに真剣な目でバッターボックスで待っている。
「その帽子――もしかしてラークスの奴に貰ったものか? 俺はあいつに高校時代、あと一歩の所で甲子園行きを阻まれたんだ。ここできっちり借りを返す!」
鈴音が被っているラークスの帽子を見て闘志を燃やす金剛。思わぬ因縁の対決に鈴音もがぜんと気合が入った。初球は高めのストレート。
金剛は悠々と見逃した。少し驚いたという表情だ。
鈴音のオーバーハンドから投げられる球はかなり速い。
二球目もストレートだった。金剛はバッドを鋭く振った。
その瞬間、ライナーでボールがファールゾーンに飛んで行った。
かなり際どい当りだった。金剛は再びバッドを構えた。
鈴音はキャッチャーのサインに首を振る。さすがに次にストレートを投げたら金剛に打たれてしまうだろう。タイミングも合って来ていた。
しかし、鈴音はあくまでストレート勝負を最後まで選んだ。
投げた瞬間、金剛はフルスイングした。バッドの真芯にあたって、物凄い勢いでボールがセンターの方向へ高々とあがって行く。
ボールはフェンスに激突した。あと少しでホームランという当りだった。
「ありがとう――良いボールだった」
金剛と鈴音は固い握手を交わした。勝負は鈴音の勝ちだった。
ホームラン競争の最後に登場したのは恋音だった。バッターボックスに入って素振りで練習を開始した途端、ものすごいスイングの音を轟かせる。
スタンドのファンたちもどよめいた。恋音はピッチャーから投げられる山なりのボールを見定めてフルスイングした。その瞬間、彼女の胸もぼい〜んと盛大に揺れる。
まるで振り子のように乳を揺らしてタイミングを取った。
ボールは弾道ミサイルのようにセンターバックスクリーンに飛び込んだ。
これには投げたピッチャーも茫然とする。
「こ、これはまさにアンビリーバボー!! 振り子打法ならぬ、これが振り乳打法だああ!!」
解説者が思わず身を乗り出して絶叫した。
野球史にも後にも先にも例を見ない新打法を編み出した恋音。
胸の重量を生かした遠心力で爆発的な力を生み出す振り乳打法の誕生だった。
カキーン、カキーン、カキーン、カキーン、カキーン!
恋音は九球続けてホームランをセンターバックスクリーンに放りこんだ。
もはや振り乳打法に敵はいなかった。この時点でトップに並んだ。あと一本ホームランを打ったら恋音が優勝である。しかし、彼女のバッドはすでに折れてしまっていた。
度重なる重圧に耐えきれなかったのである。だが、そうとも知らずにマウンド上のピッチャーが投球動作を開始した。
恋音は折れたバッドを捨てた。ボールが飛んできた瞬間、なんと彼女は自らの乳を思いっ切り振って――ボールを盛大に跳ね返した。
ぼい〜ん!! 見ていた誰もが口を開けたまま声を失う。
ボールはバックスクリーンを越えて場外へと消えて行った……。
「えっと……いま、一瞬、のびた?」
観戦していたひりょがあまりの恋音の乳の凄さに思わず呟いた。
「のびた……って、あんたでしょ。めがねくんだけに」
「残念ながらネコ型ロボットは家で飼ってないよ……」
傍に居たアリスの際どい突っ込みになぜか冷や汗を流すひりょ――。
最後にマウンドに上がったのは大型ピッチャーの仁良井叶伊。あまりに高い身長とその両腕から繰り出される速球はもはやスピードガンでは計測不能の速さ。
さすがの金剛もこれには驚きを隠せない。しかし、勝負はすでに始まっていた。
ピッチャーニライの初球はインハイのカットボール。
するどく内側に切れ込むボールに全く金剛はびくりとも動かない。
さすがはアメリカに移籍話の噂もある4番打者だった。普通ならばあまりのスピードに思わずのけぞる所だが彼は見せ球だということを最初から見抜いていたようだ。
二球目は見逃してボール。外側に外れる大きなカーブ。
一瞬、金剛のバットが動いたが寸前のところで止まった。
選球眼の良さに思わずニライも感嘆する。
あれは当ってもボテボテのセカンドゴロである。
三球目は外角の臭い所をつくクロスファイヤーでストライク。
すでにニライは金剛をツーストライクで追い込んでいた。カウントでは圧倒的にニライが優勢だったが、駆け引きでは互角か――劣勢だった。
金剛に完全に配球を読まれていたからだ。その証拠に金剛は自信満々に見逃している。
次で絶対決めてやるという目でニライを睨んでいた。
ニライはここで勝負だと言わんばかりに渾身の高速スライダーを投げる。
鋭く縦に曲がるボールをかろうじて金剛はファールチップでしのいだ。ニライはそれから三球続けて渾身のストレートをインコース高めに放った。
金剛もフルスイングで答えるが、いずれも一塁側へのファール。
ニライと金剛は激しく息を吐いていた。息をのむ二人の対戦にいつしか、スタンドも静まり返って勝負の行方を見守った。ニライは振り被った。
大きく腕をしならせて同じ場所に渾身のジャイロボールを投げ込む。
金剛はついに彼のボールを捉えた、と思った。
タイミングが完璧で当ればスタンドへ一直線だ。
「ス、ストラーーーーイク バッターアウトオオオオオオオオオオオ!!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
その瞬間、スタンドから盛大な拍手が送られる。
勝負はニライの勝ちだった。
ジャイロボールが打者の手前でホップして伸びた。気づいた時ボールはすでにミットの中。
ニライの物凄いストレートの回転が金剛の予測を上回った結果だった。