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空には緋色の満月が浮かんでいる。禍々しい赤錆びの血の如く。崩壊した建物は静謐に満ちていた。周りは闇で閉ざされていて物音一つしない。
紅 鬼姫(
ja0444)は双剣を手にしたまま茫然としていた。いつから此処にいるのか、自分が今迄何をしていたのか全く記憶にない。
ただ、自分の心が空虚に満たされていることだけはわかった。もうすぐ残酷な悲しい結末が訪れるそんな予感がする。
不意に闇の向こうから足音が聞こえてきた。
「……黒羽……貴方は鬼姫が殺した筈ですの……」
鬼姫が振り返るとそこに居たのは背の高い黒い服を着た男。
忘れもしないこの手で殺した最愛の人だった。
鬼姫は見開いて彼を凝視した。
殺される事で鬼姫に最愛を捧げた人。鬼姫に首を狩り取られ、『これでお前の最愛は俺のもんだ』そう言い笑って死んだ大馬鹿者。
殺し方しか知らない鬼姫に心を教えた人……。
「俺がお前に殺される訳ねぇだろ? ……それに、お前との約束がある」
「……約束……黒羽との約束……」
「あぁ、ずっとお前の為に生きてやるって約束、しただろう?」
死んだはずの彼が生きていて嬉しいのだろうか。それはわからなかった。黒羽は優しい笑みを浮かべて鬼姫の細い腰をぎゅっと抱きしめてくる。
あまりに冷たい感覚。望んでいた結末は果たしてこれでよかったのか。
鬼姫は刀を静かに振りかぶった。もう二度と過ちを犯さぬように。
抱きしめられたまま――鬼姫は再度、彼の首を狩る。
「気を付けて下さいよ智美。敵が何処にいるか判らないですし、被害者が邪魔する事もあるんですから――」
背中を振り返ると愛しい人の息遣いがすぐ傍で聞こえてくる。礼野 智美(
ja3600)は剣を闇の向こうへ振りかざしながら「わかってる、優多……?」と答えた。
何かがおかしかった。いつもの感覚とは何かが違う。
しかし、智美は再び前を向いた。目の前には闇に埋もれた廊下が広がっていた。
夜中の廃校舎に現れるディアボロを退治しにきていたのだった。
敵は闇の中に隠れて奇襲をしてくる見えない相手。
戦闘中に余計な事を考えてしまった智美は邪念を振り張ろうとした。今は目の前の敵に集中しなければならない。奴は手ごわい――一瞬の隙が命取りだ。
既に二人は満身創痍だった。体はすでに切り傷だらけで出血がひどかった。このままではやられてしまう――だけど、どうしても智美は違和感を拭いきれない。
どうしても敵が見えない。いつの間にか体が切られている。
不意に、智美ははっと気がついて納得した。道理でわからないはずだ。
敵は――すぐ後ろにいたのだから。
「優多に今回の依頼の事は話した、優多は今回の依頼には参加していない、当然一緒にいるわけがない……さっさと消えろ、とっとと済ませて明日も一緒に登校するんだからな」
刀を一閃すると愛しい人はニヤリと笑みを浮かべてそのまま闇に霧散した。
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バーから「彼女」と一緒に外に出たミハイル・エッカート(
jb0544)は思わず白い息を吐いた。空から淡雪が降り始めている。今日は聖なるクリスマス・イヴ。
「本降りになる前に早く帰るか――今日は家まで送って行くぜ」
軽い冗談のつもりでいったはずだったが、彼女は笑顔で「お願いするわ」と頷いた。
ミハイルは内心驚いて動揺する。
いつも依頼では自信満々の所を見せているが――同じ仕事仲間の「彼女」の前だけは勝手が違う。素直に自分の感情を上手く表すことができなくなった。
本当はもっと自分の気持をストレートに表現したかった。
けれど、今のこの関係を崩してしまうのが怖かった。
こんなバカな事ばかり考えるのは俺が酔っているからだろうか――。
考えを巡らせているうちにミハイル達は彼女の家に到着していた。
無言のまま二人は玄関のドアを開いて中に入る。
「彼女」は何も言わずにシャワーを浴びに消えて行った。ミハイルは窓際に座って彼女が呑み掛けていた赤ワインのグラスを一口飲んだ。
予想外の苦さにむせ返る。俺はこんな所で何をしている。
覚悟を決めたミハイルはシャワールームに向かった。ドア越しに彼女がシャワーを浴びている音が聞こえてくる。ミハイルは全ての服を脱ぎ捨てて中に手をかけた。
ドアを開くと彼女はそこにいなかった。シャワーの水だけが床を叩いている。
「動かないで――撃つわよ」
背後から首筋に冷たい銃口を突きつけられていた。
不思議に驚きはなかった。こんなことになるだろうという予感が先ほどからしていた。ミハイルは苦笑した。全く俺はつくづく女にモテない男だ。
その瞬間、大きな悲鳴と共に銃声が響いた。
「どうして――」と真っ赤な血でシャワールームの床が染まって行く――。
ミハイルは脇の下に隠していた短銃で「彼女」の頭を背中越しにぶち抜いていた。
夜の繁華街で草薙 タマモ(
jb4234)は彼とデートをしていた。何でもリクエストに答えてくれる彼はすごく優しかった。リードしつつもさり気なくタマモのしたいことや欲しい物の願いを叶えてくれるまさに理想的な恋人だった。
「ねぇ! お腹空いた!」
「さっきラーメン食べたばっかりじゃないか」
「替え玉しなかったから、もっと食べられる! 今度はパスタがいい!」
「しょうがないなぁ、タマモンは」
二人は手を繋ぎながらオシャレなイタリアンの店に入る。料理が到着する間、タマモはそこでようやく彼の顔を見ていないことを思い出した。
前々から好きだった彼。けれど、どうしても彼の顔を思い出せない。
もわっとしていて輪郭がはっきりしていなかった。
タマモはようやく気がついた。これは現実じゃない。
実体のないただの理想であることに。
不意に料理が運ばれてきてタマモはその場に立ちあがる。「どこに行くの?」と問いかけてきた彼に対してタマモは容赦なくパスタの皿を彼の顔面に投げつけた。
「でも、『やさしい』のと、『甘やかす』のとは、違うよね」
「ちょっと待って――俺のどこがいけないんだ」
「本当のやさしさは『ラーメン食べた後にパスタを食べるな』って叱ってくれる事よ!
こんなのはまやかしよ!」
しつこく迫る彼の顔に回し蹴りをお見舞いすると、彼の頭が掻き消された。
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ただいま――と九鬼 龍磨(
jb8028)は玄関の扉を開いた。暖かな家庭の団欒がそこに広がっていた。キッチンの方から美味しそうな匂いがしてくる。
龍磨が長年夢見ていた妻との暖かい暮らしに思わず笑みがこぼれる。
「おかえりなさい、スープできたとこだよ」
今日はパン?
「うん、バターもらってきたんだ。買ったら高いやつ!」
おお、やったね!
「サラダ出してきてー」
はいはい。
「いただきます」
いただきます。髪まとめたの?
「うん」
綺麗だね。
「こたっちゃんには負けるよー。染めてたとか超もったいない」
にはは、若気の至りってやつ?
「――楽しいけれど、これはまやかし」
不意に声をあげると、龍磨は彼女の首をいきなり狙った。
テーブルの下に彼女の首が無残に転がっていく。
こういう子は、僕と出会う前に幸せになっているものだから。
で、その幸せを全力で守るのが、僕の望みで僕の暮らし。
夕方の日差しが窓の外からソファに差し掛かっている。
もうじき夜が訪れようとしていた。
しかし、黒羽 風香(
jc1325)はその場を動くことが出来なかった。
愛しい義兄が肩にもたれかかっていたからだ。
うたた寝をするように優しい目を閉じて妹の体にしなだれかかっている。風香はそんな兄の髪を優しく撫でていた。いつまでもこうしていたい幸福な時間。
「平和ですね」
「いい事だ」
「ええ。平和でないと、兄さんはあちこち飛び回って私に構ってくれませんからね」
風香は手を当てて笑った。いつも通り彼は無愛想な受け答えだ。
こんな風にからかうと、困った顔で黙ってしまう。そんな人だからつい、からかいたくなる。
「ずっと、私だけを愛してくれますよね?」
こう言ったら『当たり前だ』と抱きしめてくるんでしょうね。
だって都合の良い幻ですから。
風香は突然、そばにあった水花を抜いて刺した。
突然彼の胸が真っ赤に染まる。苦しそうな表情を浮かべたまま絶叫する。
彼の死を見届けるまでもなく風花は立ち上がった。そのまま一度も振りかえることもなく部屋を出て行く。彼が本物であるはずはなかった。
あれくらいの攻撃は兄はなんなく避けることができるのだから。
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海辺ではしゃぎながらザジテン・カロナール(
jc0759)は彼女を追いかけていた。真っ赤な夕日に向かってザジテンは彼女と二人でおいかけっこをする。
「お姉さま、ちょっと、ま、まってー」
「アハハハ、わたしをつかまえごらんなさい」
水際で追いかけっこしながらようやく彼女を捕まえるザジテン。あまりのお約束のシュチュエーションに流石のザジテンも照れまくる。
日蔭のパラソルの下に移動すると早速彼女はお弁当を出してきた。中にはザジテンの好きな物がてんこもりに詰まっている。
「はい、あ〜ん、あっ、ごはんつぶついているよ」
ザジテンは彼女とのラブラブ生活を満喫していた。年上の母性本能をくすぐる大人の彼女にザジテンはすっかりめろめろだった。
物心ついたときからザジテンには親兄弟がいなかった。
ずっと心の何処かで寂しい思いをしていたに違いない。思う存分に甘えられるような年上の彼女が出来ることを望んでいたのかもしれない。
だが、それはなにかが違った。
自分の弱さだった。
それを克服するために撃退士として頑張ってるんじゃなかったか。
ヒリュウが不意に彼の手を噛んでいた。
「貴方は、僕の姉さまじゃないですっ!」
ザジテンはようやく痛みで気がついた。彼女が「一緒に海に入ろう」と手を差し伸べた瞬間、代わりに至近距離から武器を差し出して彼女の心臓を貫いた。
夜のベッドに並んで座るのはアサニエル(
jb5431)と勝気な黒髪ロングの女性。
すでに照明は薄暗くなっており後は寝るだけだった。
怪しい雰囲気が辺りに立ち込めていた。
二人とも際どいレースの面積の少ない下着を身につけている。
どちらもスタイルが良くて妖艶な悪魔のような肢体をしている。
アサニエルが「最近会えなくて寂しい」というと、彼女も「私も寂しかったから今日はとことん……」と、そのまま身を寄せてきた。
普段はお互いに勝気な女性である。唯我独尊的な気質の持ち主だ。
二人とも今夜は「朝に寝る」つもりだった。今夜は寝かせはしない。久しぶりに二人きりの時間をたっぷり味わおうと彼女が覆いかぶさろうとしてきた時だ。
「今日は夜に寝るよ」
不敵な笑みを浮かべたアサニネルは彼女を拒絶した。
「理想通り過ぎる理想なんてお断りさね。あたしは儘ならない現実が好きなんだよ」
不意打ちを食らった彼女はお腹を押さえて倒れた。
やっぱり思い通りになる現実は楽しくはない。
だからこそアタシは天から人間世界に降りてきたのではないか。
何が起こるかわからないこの現実という浮世の果てに――。
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正太郎は、ベッドインして、そわそわしていた。
先ほどから何故か邪魔が入っていた。警官や学校の先生やPTAの会長が良い所で出てくるので正太郎は何とか彼らを撃退する事に成功した。
ようやくこれで二人きりになれる。
もうすぐ「もえみちゃん」がお風呂からあがってくる。いてもたってもいられず、正太郎はベッドの上のティッシュを念入りにチェックしていた。
「ああ、しまった! 爪が伸びたままだ!!」
重大な事に気がついた正太郎は慌てて爪切りを探す。あまりに動揺しすぎていて間違えてホッチキスで指をはさんでしまい「いだああああああ」と叫んだ。
「しょうたろうくん、おまたせ、待った?」
「もえみちゃん」はバスタオル一枚の姿で正太郎の横に座った。
オカン、今までありがとう、おれ、いま、おとこになります!
不意に「もえみちゃん」の唇が迫ってきて目を閉じた時だ。
「しっかりして! そのもえみちゃんは、まやかしなんだから!」
外からタマモの声がして目を開けると、そこにはシワガレタ鬼ババアの唇が迫っていた。
ぎゃあああああああああああ
正太郎は驚いて絶叫していた。まぎれもなくそいつはディアボロだった。不意に辺りを見回すと紅さんとミハイルの姿もある。
「東さん退いて下さい。そいつ殺せません」
いきなり正太郎は風香に部屋の隅に蹴り飛ばされた……。龍磨が攻撃して挑発すると、鬼バアアが彼のいる方向へ突っ込んで行く。その瞬間に、激しいミハイルや風香の銃撃の弾幕が巻き起こった。あまりに臭すぎるパンプキン塗れにされ、さらにタマモに香水まで掛けられる始末……あまりに怖ろしい攻撃についに庭の外へ出て行く鬼バアア。
そうはさせまいとアサニエルが審判の鎖で絡め取った。
背中から鬼姫と智美が跳躍して連続でタスキ掛けに容赦なく切り捨てる。
「おしおきですよ!」
ザジテンが鬼バアアにトドメを刺すと辺りを覆っていた霧は霧散した。
戦闘が終わってようやく正太郎は気がついた。
自分の置かれた立場に――。
暴れ回る彼は拘束具で雁字搦めにされて脇の方へ転がされていた。先ほどから幻覚の中で二人の仲の邪魔をしていた奴らは、実は撃退士達だったのである。さらにホッチキスの痛みはザジテンのヒリュウがかんだものだった。
「心を鍛える為に『手を貸す』とは言いましたの。
ですが……『手を頼る』だけなら、進歩も成長もありませんの」
鬼姫がなさけない格好の正太郎の元へやって来て説教を垂れた。あまりに恥ずかしい姿を他でもない剣の師匠である紅さんに見られて恐縮する。
ほんとに手がかる、と言いた気にそのままむすっとした表情で鬼姫は去った。
「ほら食べて。栄養摂らないと倒れちゃうよ」
「ありがとう、タマモン。このドーナツ上手いよ……」
タマモからなぜかドーナツを受け取って嬉しさにむせび泣く正太郎。そこへ彼を心配してやってきたミハイルがおもむろに肩を叩きながら励ました。
「ディアボロに好かれるのはお前だけじゃない。
俺もだ。俺も恋人なんていない。
好いてくれるのはババアとかホモとか女装オカマとか。
そんな俺でも学園生活は謳歌しているぜ(笑)」
「うううう……ありがとう、恋の狙撃手(笑)、さん」
正太郎はミハイルの袖を掴むとズルズルと鼻を噛む。
「おい、やめろ、俺の袖で鼻をかむな(笑) それとその称号で呼ぶな(笑)」
「だって、結局フラれたんでしょ(笑)」
正太郎はどうやらミハイルのその称号を見てバカ受けしたようだ。ミハイルの御蔭ですっかり正太郎は元気を取り戻す。
「これでも先までシリアスだったんだぞ(笑)
……っていつの間にか俺の語尾が変になってるぞ(笑) おいだれかとめてくれ(笑)」
ミハイル(笑)はその後、何かの陰謀か正太郎のせいで、まるでしゃっくりのようにその口癖がしばらく止まらなかったという(笑)