●
「イケメン!や美少女!な撃退士による華麗なアイスショーが観られまーす」
六道 鈴音(
ja4192)が学園の入り口に立ってビラを配っていた。
その可愛らしい笑顔は妖精かはたまた天使か。
鈴音は久しぶりに、学園の入り口に登場して皆を驚かせていた。この所見ていなかったので心配していたファンも密かにいたのである。
しかし、隣で立っている怪しい着ぐるみの男がいた。
「キュゥ!」
くまの着ぐるみを身につけたその正体は鳳 静矢(
ja3856)である。通りかかった小学生に満面の笑みで近づいてビラを配ろうとするも逃げられる。
さすがにこれは怖い……。
「キュゥ! キュゥ! キュゥ!」
どこから出しているのか奇妙な鳴き声で子供たちに訴えていた……。
かなりシュールな光景。
美少女とのアンバランスな組み合わせに辺りに人だかりができていた。
スケート会場でも着々と準備が進められていた。殺風景だったスケートリンクには華やかな照明が飾られて横断幕や花吹雪で彩られている。
脚立を使って高い場所の照明を調節しているのはジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)であった。真剣に憂いを帯びた表情が意味もなく男前度を上げている。
細い手先を器用に使い、扇風機やスモークの点検も欠かさずに行う。流石に天井付近までは手が届かないので代わりに黒百合(
ja0422)が手伝った。
高く舞い上がって忙しなく動きながら照明装置やセロハンを張り付けて行く。黒百合やジェラルドが精力的に働いた御蔭で瞬く間に会場の準備は整えられていく。
まるで会場はライブハウスのような煌びやかな雰囲気が整えられていた。そこへ音楽隊を引き連れてやってきたのは月乃宮 恋音(
jb1221)だった。
競技を盛り上げるために音楽隊を事前に募集を掛けていたのである。彼らは競技中の音楽を生で演奏するために恋音に雇われたのだった。
なぜか皆一様に女性陣の胸が大きいのは気のせいだろうか……。もちろん、ダントツで一番でっぱっているのは他でもない恋音だったが、どうやって巨乳ばかり集めたのだろう。
偶然にしては凄い確率だ。やはり類は友を呼ぶのか。
「氷の上ならあたいはさいきょーよ!」
控室では入念に雪室 チルル(
ja0220)がスケート靴のチェックをしている。雪国育ちで冬のスポーツは大の得意だが、実はフィギュアスケートは初めてである。
やや緊張気味に手が少し震えていたが、それでも深呼吸をして息を整えた。
自分はさいきょーだから間違いない。そのあふれる自信はどこから来るのかわかないが、チルルは自分がさいきょーなのを確信しているので大丈夫だと胸を張った。
「踊りは経験は少ないですが、演武なら――」
雫(
ja1894)も本番までの時間を練習に使って入念にチェックを行っている。肝心の相手方は今頃クマさんとして活躍していたが果たして本番大丈夫だろうか――。
●
大きな背中を丸めてずっとスケート靴の紐を結んでいるのは仁良井 叶伊(
ja0618)である。周りは子供たちや初心者のカップル達が楽しそうに練習している。
叶伊がスケートリンクに登場して周りの目が一斉に彼に注目した。あまりに大きい巨体とそのただならぬオーラーが周りの注目を集めたのである。
「あの人、ねえ、もしかしてプロのスケーター? かっこいいわね、ぜひ華麗に滑っているところをみてみたいな――」
や、やりにくい……とてもじゃないが、あまり上手くないなんて言えない……。
大きな背中に汗を掻いていた。叶伊は初心者ではないが、滑りに自信がなかった。今日は謙虚に大人しく隅で練習をしているはずだったのだが。
周りのカップルのひそひそ声が耳に入ってくる。
叶伊は大きな体を最大限に縮こませていつまでたっても靴ひもを結んでいたのだった。こうしていればバレずにすむ。このまま時間が過ぎれば本番になる。
「みんなー、お姉さんとあそぼー」
鈴音が子供達を連れて叶伊の前を通りかかった。子供達と遊びながら自分も、インストラクターに教えられて大技のジャンプの練習をしている。
軽やかに滑る鈴音は飲みこみが速く、さらに可愛いので注目の的だった。
よし、注目が俺から逸れている。この調子だ。
思わぬ援軍にほくそえむ、ニライ。
だが――。
「あのお、すみません。私にスケートを教えていただきたいのですが」
はっとして顔を上げるとそこには美女が立っていた。
眩しい位に体がすらりとした女性である。聞けば彼女、かなりスケートが上手く、セミプロレベルだという。プロに直々に教えてもらいたいらしい。
周りにいた観客が口笛を吹いてはやし立ててくる。皆、「プロスケータ・ニライ」の腕前を期待しているようだった。
やばい、やばすぎる! どうしてこうなった!?
俺はただ今日、謙虚に練習しにきただけのはずだったのに。
叶伊の心の中の叫びとは逆に勝手に盛り上がりをみせる周りの雰囲気に、とてもじゃないが、自分はあまり上手くないですとは言えなかった……。
仕方なく叶伊は滑り始める。大きく手を広げてただ円をぐるっと一周する。ただそれだけの行為だったが、「さすがはプロ、体の動きがちがうわ」と囁かれる始末。以降も上級者向けのステップやスピンなどの地味な運動で誤魔化していたが――。
周りの声がジャンプ、ジャンプ、ジャンプと手拍子が起きる。
もうやけくそだった。いつまでもただ円周をぐるぐるしているわけにはいかない。
ニライは意を決してジャンプした。
その瞬間、かなりの高速回転に周りの観客が度肝抜かれる。
一、二、三、四、五……六!
誰も見たことのない四十五度の軌道で高速回転するニライ。さすがはプロスケータ・ニライは他とは全然違う!!
そう誰もが思って歓喜の叫びを上げた時だった。
ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンン!!
地面に思いっきりニライは尻から落下した。
その瞬間、スケートリンクが凍りついたように静まり返ったのは言うまでもない。
●
「ええ……そのお、解説を努めさせて頂きます……月乃宮です……。
よろしくお願い致しますぅ……」
実況席に座ったのは恋音だった。胸の大きく開いた濃紺のイブニングドレスを着ている。なぜか隣に座る油ギッシュなはげ頭の中年司会者との距離が微妙に近すぎるのは気のせいだろうか……。
彼の眼はすでにもうリンクを見ていなかった。
……どこを注視していたのかはもはや言うまでもないだろう。
一番手に登場したのは黒百合である。なぜか越天楽今様である。縦笛の甲高い音が会場に響き渡り会場はいきなり平安時代の宮中に変化した。
黒と金であしらわれた短い着物のコスチュームがド派手に目についた。扇子を振り回しながら優雅にそして時には激しく蝶のように舞い踊る。
アクセルジャンプの軌跡に炎が曳いていた。彼女が踊るたびに炎が次々に変化していき、まるでイリュージョンを見ているかのような錯覚を覚える。
曲が盛り上がりを見せた時、何処からともなく炎の鳳凰が飛んでくる。火の鳥と一緒に舞い踊りながら最後は炎を小さくまとめてフィニッシュした。
踊り終えると盛大な拍手が黒百合に贈られる。
見たこともない華麗で幻想的な演技に誰もが魅了されたのだった。
「さあ御立ち台! あたいによるさいきょーのショーの幕が上がるよ!」
チルルが滑り始めるとアップテンポの陽気な音楽が流れる。まるで水面をホップするような動きに見ている観客も合いの手を入れて応援した。
意を決して氷を蹴ると――チルルは空中に高く舞って高速回転した。そのまま体の重心を整えて手を広げながら着氷を見事に決めた。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
会場が唸り声をあげる。六回転ジャンプだった。
「これで驚くのはまだ早い! もっともっと早くなるんだから!」
チルルはサービス精神が旺盛だった。さらに速くもっと華麗に!
彼女は激しくそして細かく動きながら踊りを作っていく。見ている方が思わず世界に引き込まれそうになる中で見事に彼女は最後までそのペースで滑りきった。
「最後はこれでフィニッシュよ! どうよ!」
両手を広げてポーズを決めるチルルに対して割れんばかりの拍手が起きた。丁寧にお辞儀をして去る。まるでその声援が自分のものであるかのように続いて登場したのはジェラルド。
甘いマスクで声援に答える姿はまるで――銀盤の貴公子。彼はまるでリンクにキスをするように膝まづき、その態勢から曲をスタートさせた。
嗚呼、観客の目が全部、ボクに注がれている……!!
陶酔するかのように彼は優雅に軽やかに優しく愛撫するように踊る。まるで彼は女性を労わる神士のようであった。しかし、一転して曲調が変わる。ライトやスモークが入り乱れて彼は激しくリンクの上で攻め立てた。
前半の優しい彼とは違い一転して攻撃的になった彼はもう無敵だった。次々に見ている女性の観客のハートをノックアウトし、最後は高速回転しながら手を天井に伸ばしていく。
流し目線と共にフィニッシュが決まると会場のあらゆる方向からキャアアアアアという黄色い声が響き渡ってきた。
「ありがとー☆ボクもちょくちょく遊びにくるから、今度はリンクの上で会おうね☆」
リンクを一周しながら投げ込まれる花束を受け取るジェラルド。今宵生まれた銀盤の貴公子の伝説は熱心なファンの間で後々も語られたとかいないとか……。
●
鈴音がリンク場に現れると今度は男性陣から盛大な拍手が起きた。黒を基調とし、ポイントとして紫があしらわれている大人のフィギュアの衣装である。
皆が期待していると、流れてきたのはベートーヴェン交響曲第5番「運命」の第4楽章。
一気に会場内がどよめきに変わる。ものすごい重厚な空気だ。フィギュアに合うのかわからないが鈴音はこの曲が大好きだったのである。
彼女は運命に体を身を身任せながら大胆に滑り踊って行く。豪快に腕をひろげて回転すると高く舞い上がった、その瞬間、着氷して見事にトリプルアクセルが決まる!
さすが私! 美しい!
ついでに連続でトリプルルッツも決めてガッツポーズも決める。
最後は多技の月面宙返りだった。覚悟を決めて氷を蹴って高く飛んだ。
跳べ私! 着地も決める!
重心を低くして鈴音は膝を限界まで曲げて見事に決めて見せた。
着氷が決まった瞬間、割れんばかりの歓声が降り注ぐ。
「まるで、その姿は氷の妖精のようだ!! 鈴音ちゃんサイコーおおおおお」
解説者もなぜか興奮しながら舌を巻くしたてる。会場が最高の盛り上がりを見せた所に最後にやってきたのは雫&静矢ペアだった。
さすがにクマのぬいぐるみは脱いで来たらしい……。
雫は先ほどから不穏な笑みを浮かべていた。
「良く見たら今回参加者達の多くは、私が全力を出しても平気な人ばかりなんですよね」
どうやら本気でやるらしかった。
その様子を見た静矢も大丈夫だろうかと一瞬不安に思う。すでに演武というよりディアボロとの戦闘に挑むようなギラついた雫を受け止めることができるのだろうか。
曲が始まると雫は大剣を抜いって鋭く剣を突いてきた。あまりの速さに見ている方も目で付いて行くのがやっとになる程である。
雫の目は真剣そのものだった。だが、一番驚いたのは静矢である。予想以上に動きの速いスピードに彼も戸惑った。序盤からなんてスピード……。
気を抜いたらタダでは済まない。しかし、彼はギリギリの所で受け止める。さすがに何度も一緒に戦ってきた戦友だった。雫は次第にギアをあげていく。
唐竹、逆袈裟、右薙ぎ、左切り上げ、逆風、右切り上げ、左薙ぎ、袈裟切り。
空を切るような攻撃にすんでの所で受け切る静矢。
演武というよりは模擬戦を目の当たりにした観客は興奮する。雫は氷を態と傷つけて破片を飛ばして移動の軌跡を綺麗に見せた。
「すごい……盛りあがってきました……ねぇ……」
解説者の恋音があまりのすごさに言葉を漏らした。だが、しかし盛り上がっているのはリンクの上だけではなかった。
あまりにすごいおっぱいをちらっと見てしまった観客がぶっ倒れる。彼女は持っている腕が疲れたのか――マイクをおっぱいに挟んで喋っていたからだ。
強烈な光景を目の当たりにした男性司会者もこれには鼻血を吹いて倒れた。すぐに救急車が呼ばれて担架で運ばれていく。「あ、あ、お、おれの……マイク……が……」と彼は気を失うまでずっとそんなうわ言を述べていたらしい……。
それはともかく、リンク上での戦いは最高潮に達していた。本気を出した雫がついにスキルを使用して容赦なく静矢に襲いかかる。
「さあ、ギアを上げますよ」
乱れ打ちに跳んでくる突きに間一髪のところで受ける静矢。しかし、一瞬、例の恋音のマイク騒ぎに目をよそ見した静矢は一発腹に受け切れずヒットさせてしまう。
あまりの強烈な痛みに目がくらんだが必死になって耐える。
「さああ、最後のトドメです!!」
雫が全力で打ち込んできて静矢は重心を低くした。あまりの突きに吹き飛ばされそうになるが、必死に足元を耐えて最後は力が抜けた雫を抱きかかえた。
壮絶な演武が終わると大歓声が起きる。
全てのプログラムが大成功に終わった瞬間だった。
「戦闘では態々やらない魅せる為の動きですが……綺麗に見えているのでしょうか?」
体力を使って意識が朦朧の雫は静矢の腕の中でそう質問する。
「嗚呼、綺麗だったよ雫。おまえ、めちゃくちゃ可愛かったぞ」
静矢は演技の成功に感極まってそう答えた。雫は氷を傷つけた軌跡のことを意味していたらしいが、静矢はそう受け止めなかった。
「え――おまえ、めちゃくちゃ可愛かったぞ、って?」
雫が目をぱちくりして返答する。しまった――と思った時はもう遅かった。慌てて勘違いを弁明しようとするがすでに雫は気を失って聞く耳を持たなかった。
氷上のプリンスは――背中に大きな冷や汗を掻きながらいつまでも、その場で観客の拍手を受けながら茫然とその場で立ち尽くしていたらしい。