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「今回料理の達人に挑戦するは撃退士数名。
ずば抜けた能力を持つとの彼ら、料理の腕は如何程でしょうか?!
食材のテーマは海産物、酒も進む料理が期待されるところ。
魚はかつて『うお』と言い、さかなという読みは酒の肴が転じたものなんだなァ。
オットご紹介が遅れました、マイクを奪っているこの俺も撃退士。
経営してる酒屋『梵天』もヨロシクゥ!」
マイクを持った赭々 燈戴(
jc0703)が視聴者に向かって叫んでいる。
いつの間にかマイクをリポーターから奪っていた。画面の向こうにいる視聴者に向かって訊かれてもいないのに自分の店の宣伝を始めていた……。
審査員席には田丸建設の社長と一般公募から選ばれた人達が座っている。事前に用意された酒を飲んですでに上機嫌になっていた。
「あのぉ……みなさん、それでは宜しくお願い致しますぅ……」
ピンクのエプロンを身に付けた月乃宮 恋音(
jb1221)が会場に入ってきた。その瞬間、田丸がびっくりして酒を噴き出して盛大にむせ返る。
張り裂けそうなエプロン。二つの巨大な瓜がまさに発射5秒前のロケットのようにエプロンを突き破ろうとしている。だが、凄いのはそれだけではなかった。
エプロンのサイズが大きくてその下に身につけているはずの服が全く見えない。
まるで裸にエプロンだけを身につけているように見えたのだ。
これには審査員だけでなく視聴者も目が点である。
「お、お尻の方は……ど、どうなっているんだ……?」
あまりの強烈な姿に田丸をはじめ、誰もが度肝、抜かれた。
「パフォーマンスしつつ、美味しい魚介料理ですか。
新規性はともかく、私の得意分野ですね!」
Rehni Nam(
ja5283)はにこりとお辞儀をして調理場に入った。あまりの可愛さに思わずテレビ画面の視聴者も体を乗り出したのは間違いない。
まさに理想的な料理の上手な美人若妻のような雰囲気を持っている。
「……ともあれ、勝って海辺を守らないとね!
でも、どうして料理対決なんだろう?」
疑問に思いながらもすでに割烹着を身に付けた天宮 葉月(
jb7258)が調理場に入る。頼んでおいたサザエやエビやズワイガニの状態を入念にチェックする。
すぐ傍では皆がすぐに調理を始められるように下ごしらえをする木嶋香里(
jb7748)の姿があった。 各々が使う材料や食材の準備や頼まれていた調理器具を並べている。
長い髪を結んで帽子を被ってすでに戦闘態勢は万全だった。
「プロの料理人を相手にするのは初めてですね……」
包丁を研ぎながら雫(
ja1894)が後ろを振り返る。
そこには料理の達人、富岡の姿があった。堅気の職人である富岡はひたすら包丁を黙って研いでいた。見るからに出来るオーラーが漂っている。
負けじと雫も包丁を物凄い勢いで研ぎ始めた。あまりに真剣な様子に報道していたカメラマンも一歩引いてしまう。
そんなに研いで一体何を切るつもりなのだろうか……。
ともあれ、料理の達人と撃退士の料理対決はこうして幕をあげたのだった。
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「俺は50年前に住んでたイタリアで学んだ料理を――
ちょっとヤンチャして黒服に国外に追われてねェ……若気の至りってやつよ、かはは」
訊かれてもいないのにカメラ目線で燈戴は解説する。やたらカメラのお姉さんに近いのは気のせいだろうか……。
鍋にオリーブオイル、ニンニク、パセリ、唐辛子を入れ、火にかけた。
手際良く包丁で鯛やカサゴをさばいて行く。
頭も尻尾もついた状態で豪快にドーン! と鍋に放りこんだ。
さすがに料理も性格と同じで豪快である。両面焼いたら白ワインと水を入れ、あさりと
トマトと胡椒を加えて中火で10分経った。
あさりが開いたら塩を加え、更に煮込んだら皿に盛り付ける。
一番で料理を作った燈戴が早速料理を審査員席に持っていく。待ちくたびれたとばかりに箸を持っていた田丸達が目を見張る。
「豪快でシンプルだろ? でもウマいんだこれが、ナポリの漁師の船上料理がルーツだと言われてんだ。新鮮な食材あってこその旨みもあると思わねェか?」
一口入れた瞬間、口の中でとろけるジューシーな潮の味が広がった。
さすがに本場で学んだことはある。
実力を疑っていた田丸もこれには驚いた。
燈戴の先制パンチで撃退士達側は有利に事を進めることができた。しかし、料理の達人は見事な早業で味噌汁と海老フライを同時に仕上げてきた。
しつこくないさらっとした味が評判となり、すかさず料理の達人が一歩リード。負けてはいられないとレフニーが猛烈な勢いで包丁を刻んだ。
パーンと食材を包丁一閃で薙ぎ倒す。
「鬼気迫る表情はまるで料理の神の後光が差しているようだ!」
マイクを持った燈戴が暑苦しく解説を加える。
今度は生体レンジのプラズマ炎を豪快に使用する。
バトルフライパンにしっかり油を引いたら熱して、十分温まってから、みじん切りにした具材とお米を炒めていく。
味付けは塩コショウを僅かに、ベースはお醤油を添えた。
「お醤油の焦げる良い香りが食欲を誘うのですよ〜 」
秋刀魚と桜海老を加えて、火を通しすぎないよう注意する。
お米、お醤油と馴染ませて出来た炒飯をカメラに向かって見せつける。
すぐ傍では海鮮グリルを作っている葉月が包丁をいきなり空中に出して、レイジングアタックを使用した。
「スパーンと黒鯛の頭が吹っ飛んでいく。まるで天に昇るような龍の如く!」
さらにアンタレスを使用して一気に燃える炎で魚を焼いて見せた。
いつの間にか葉月は、七星剣持って魔装に変身していた。
いったいこれは何の熱血料理アニメだろうか……?
次々にありえない演出のオンパレードに会場の盛り上がりは最高潮に達した。
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レフニーの炒飯と葉月の海鮮グリルは田丸の大きな腹をすぐに満たした。強力な火力で焼かれていたために味がしっかりと出ていて美味しかったのである。
気のきいた調味料がスパイスとして利いていてこれには流石の料理の達人も唸った。予想以上に料理の出来る撃退士達に感嘆を漏らす。
だが、すぐに料理の達人も立て続けに焼きサンマと寿司で攻勢に出た。油ものが続いていたため、ここで一転して酢の利いた新鮮な寿司を投入してきた。
このギャップに田丸達審査員はころっといってしまう。
「再び情勢は料理の達人が一歩リードか? ついに撃退士達万事休すか!?」
燈戴がカメラにドアップで迫って大げさに危機感を煽る。
不意にその時だった。
雫が怪しい笑みを浮かべて包丁で何かをさばいている……。
「さ、捌かれた魚が、骨の姿で泳いでいる……?」
鍋の中で骨をむき出しにされた魚が元気に泳いでいた。
これには会場だけでなく視聴者も仰天した。
「漫画で得た知識が実際に使えるとは……正直、絵空事だと思っていました」
さりと言いのける雫にリポーターの燈戴も声が出てこない。この技は包丁さばきの上手い超一流の職人しかできない早業である。
さらに勢いに乗った雫は紐で縛って一瞬のうちに肉を引き裂く白糸バラシも披露。一体この幼女はいったい何者なのか……?
後日、番組の問い合わせに電話がひっきりなしにかかってきたという……。
出来上がった河豚の磯鍋を審査員席に持っていく。実は、彼女は一般的には絶対に食べることはできない河豚の肝を入れていた。
田丸達はあまりの恐ろしさに箸を付けることが出来ない。
「良く勘違いされていますが河豚自体は毒を持って生まれてこないのですよ」
雫はなぜかそこでカメラ目線になって説明する。
「河豚が毒を持つ訳は餌にしている貝類の微量の毒を蓄えるから……。
もっとも毒が蓄積される肝は普通は食べられませんが、完全養殖の河豚は餌に毒がありませんから、食する事が可能なのです」
ついに決心した田丸たちは口の中におそるおそる入れた。
「う、うまい!」
予想に反して雫の作った料理は上手かった。
めずらしさも相まって撃退士達が逆転したかのように見えた。
しかし、達人はもっとも得意とする自慢の海鮮鍋で最後の勝負に出てきた。自身がもっとも得意とする海鮮鍋だけあってそれは超絶に美味だった。
今までの失点を取り返すかのような大勝負に静かに達人は拳を握りしめる。
達人が、これで勝負あったと思った時だった。
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「……まだ、こちらにも、一品残っていますよ……」
それまで黙々と料理を作っていた恋音がついに声をあげた。
あまりに手際がよすぎて誰もがあまり注目していなかった。恋音は実は、知る人ぞ知る料理の名手だったのである。
手際が良すぎて誰も気づかないくらいの――。
出来上がるまでの蒸す時間はコスプレをして観客の目を楽しませていた。
バニーガールにチャイナドレス――そしてあのエプロン。
カメラマンが行ったときにはすでに料理がいつの間にか完成していた。
プラーヌンマナーオ。
タイの白身魚のライム風味蒸し、である。
美味しそうな白身魚の香ばしい匂いが漂ってくる。
「なんだ、これは……見たことも聞いたこともない料理だぞ?」
田丸が試食するとあまりの絶品で唸り声をあげる。それを見ていた他の審査員も次々に食べてすぐに皿は空になった。
堪らずお代りを要求する始末である。
恋音の絶品料理で勝負の行方はわからなくなった。
果たして勝つのはいったい――?
「ところで視聴者の皆さん、こんな旨い素材がとれる町でリゾート開発が行われるって噂があるぜ?
全く嘆かわしい話だねェ、ちょっくら審査員の方にもご意見伺おうか。
ネ、そこの社長さん?」
燈戴がいきなり田丸に向かってマイクを突きつける。
急に慌てた田丸が何とか言い繕って逃れようとしていた。
恋音も審査中、田丸達に密かに睨みを利かせる。
実は、田丸達は自分の息のかかった者を審査員に呼んでいたのである。このことを突きとめた恋音は番組が始まる前に田丸達を呼び出してその証拠を突き出していた。
不正をすればこの証拠をカメラの前に晒すと脅して。
「それでは集計結果が出たようです。勝者は――撃退士チーム!!」
その瞬間に、会場に割れんばかりの拍手が起きた。
レフニーと恋音が笑顔でハイタッチを交わす。ずっと裏方で皆の料理の手伝いをしていた香里もほっと一息をついた。
これで町の海辺のリゾート計画は白紙撤回されることになった。
撃退士達の心のこもった料理、さらには恋音の事前の工作が功を奏した結果だった。
「開発が悪いとは言いません。でも自然を生かさないと――。
作り出す事は出来ないんですから」
レフニーは関係者の皆と握手をしながらテレビのインタビューに答えていた。だが、田丸達はまだ納得していない様子である。
その視線の先にいたのはピンクのエプロン姿の恋音である。
「……不正は、したら、いけませんよ……」
恋音が小言を述べて舞台際に去っていく瞬間。
不意に恋音の後ろが風に舞ってちらりと見えたような気がした。
「お、お尻エプロン……」
田丸は恋音のその姿にノックアウトされて鼻血を噴き出して倒れた。
救急車で運ばれたが幸い一命を取り留めた。
入院中、うわ言のようにその言葉をずっと口にし続けたらしかった。
それ以来、田丸はめっきり不正をやめたとのことである。