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夜の雑木林は不気味な雰囲気に包まれていた。
クヌギやコナラの鼻をつくような樹液の匂いが立ち込める。
膝元近くまである藪に覆われており、足元がぬかるんでいた。遠くから野獣の遠吠えも聞こえてきた。慎重に辺りを見回しながら仁良井 叶伊(
ja0618)が藪を掻きわける。
周辺の草木の匂いを大きな体に擦りつけて敵の奇襲を警戒する。
「害虫死すべし。慈悲はない」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)も叶伊と共に木陰や藪の裏を確かめる。いつ敵が襲って来てもいいように臨戦態勢を整えながら前に進んで行く。
懐中電灯で前を照らし出すのはRobin redbreast(
jb2203)だ。虫に刺されないように長袖にスプレーをかけて準備を念入りにしてきた。長杖を突きながら藪の中に本物のマムシがいないか確かめて先をいく二人の後に続いて行く。
「これは――ヒロシたちの入った跡か? どこから探すかって目安にはなるだろう」
龍崎海(
ja0565)は地面になぎ倒された藪の痕跡を探していた。ヒロシ達が先に入った後だとすればこの先に大きなクヌギの木があるはずである。
「でっかい虫が相手ね! サクッと倒してやるんだから!」
麦藁帽子を被って元気よく雪室 チルル(
ja0220)が意気込みを語る。ソーラーランタンを灯して敵をおびき寄せる作戦だった。
しかし、先ほどから普通の虫が光に引き寄せられてたくさん集まって来ている。中には大きな蛾やヤモリもいてチルルは思わず背中を振るわせた……。
「やっぱり……普通の昆虫が飛んでくる事の方が多そうだね」
思わず、苦笑しながら六道 鈴音(
ja4192)が言葉を漏らす。自身が持っている懐中電灯にもたくさんの昆虫が集まって来ていた。やはり、虫も美貌の鈴音のことが好きなのだろうか? まさに虫も滴るいい女とはこのことを指すのかもしれない……。
「それにしても、どこの悪魔の仕掛けだ。
蜂に蝮まで仕込んでるとなれば、十分計画的だよなぁ」
千葉 真一(
ja0070)も皆に遅れずにフラッシュライトを持って付いて行く。今回伝え聞いている敵の昆虫は自分が故郷で見てきた姿形とは全く違うらしい。
甲虫や鍬形はあの年頃の男の子にとってロマンだ。
それがこんな形で出てこられてはロマンもへったくれも無い。
子供たちの為にも迷惑千万な紛い物には退場してもらうつもりだった。
「今度も私の出番だ。虫ケラ共の首、私が貰う」
倒木を颯爽と駆け抜けてライフルを構えて突撃するのは、エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)。手柄は誰にも渡さぬという厳しい表情をしていた。修羅場を潜り抜けてきた歴戦の隊長の目をしている。先頭に立ち仲間を鼓舞しながら戦場を突き進む。
――「久遠ヶ原の害虫駆除係」の名を欲しいがごとく、今回も隊長は虫を相手にする。
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辺りを警戒していたRobinが地面に何かを発見した。ヒロシ達が落としていった物と思われる懐中電灯が転がっていた。その向こうに獣道が真っ直ぐに続いている。
「あった! あのクヌギがそうじゃないかな」
鈴音が短く声をあげた。一瞬にして撃退士の間に緊張が走る。すぐに叶伊と海が大きなクヌギの後ろに回った。不意に大きな羽音が辺りに響き渡る。
草葉の陰から姿を現したのは巨大な昆虫だった。
体はヘラクレスオオカブトであり、しかもノコギリクワガタの大顎が付いている。眩しい光を目の当たりにしたヘラクレスはいきなり猛スピードで突進してきた。
見たこともないその姿に流石の真一も一瞬、足が止まる。しかし、子供たちを狙うディアボロを野放しにしておくことはできなかった。
「ゴウライアーク、シュートっ!」
真一は先手必勝とばかりに先制攻撃を食らわす。
ヒットしたと思ったが、しかしヘラクレスはまるで何もなかったように触角をピクピクさせながら振り返る。流石に甲羅がかなり固いようだった。
真一はあまりの敵の固さに思わず歯を食いしばる。
「さすがに堅いか。ならばこれでどうだ!
――ゴウライ、ソニックパァァァンチ!」
敵が突進してきた隙をついて、真一は渾身のパンチを繰り出す。
前頭部に攻撃が直撃してヘラクレスは体を大きく反らして後ろの大木に激突した。
「来い虫ケラ共、この私と勝負しろ。負けた方が、害虫だ!」
エカテリーナは大声を上げて挑発する。
ヘラクレスはきなり翅を広げて目から光線を放ってきた。
叶伊は皆に下がるように言って自身も間一髪の所で避ける。その瞬間に、弓を引いて攻撃したが流石に固い鎧兜は簡単に貫かせてはくれない。
エカテリーナはライフルで照準を合わせて容赦なくぶっ放す。敵がひるんだ隙をついて、味方を退避させながら、巨大な敵に足止めを食らわす。
Robinも大木に身を隠しながらゴルゴンの紋章で攻撃した。無数の目玉がヘラクレスに襲いかかって敵は大きなうめき声をあげて苦しむ。
「気を付けろ、後ろにマムシが狙っている!」
海がクヌギの裏にとぐろを巻いていた敵の姿を発見した。上方を飛行している際に、枝の先で奇襲を狙っていたマムシを生命探知でいち早く発見したのである。
マムシは飛び掛かるように海を狙ったが、一瞬早く気配を察して難なく避けた。舌を出しながら鋭い毒刃で敵を攻撃しようと噛みついてくる。
間合いを取りながら巧妙に敵の攻撃を交わす。マムシとヘラクレスに撃退士が対峙している時だった。不意に何処からか大量の羽音が近づいてくる。
世にも恐ろしいスズメバチの大群だった。
鈴音は直ぐさま反対方向に行って呪符で何やら呪文を唱える。
尻から巨大な毒針をこちらに突き出して襲いかかってきた。待っていたとばかりに、エイルズとチルルが味方の前に立ちはだかる。
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エイルズとチルルがスズメバチを挟みこむようにして遠距離から攻撃を繰り出す。驚いたスズメバチが堪らずに集団をバラけた。
不意にその時だった。
反対方向に逃げたスズメバチが何故かバタバタと地面に落下する。
先ほど鈴音が罠のように張り巡らされた霧だった。そうとも知らず、ハチたちは無様な男たちのように甘い鈴音の罠に引っ掛かり倒れて行く。
Robinが倒れたハチを残らず炎を撒き散らして駆逐することに成功する。
それでも罠にかからなかったハチたちは攻勢を強めてきてた。
襲ってくる敵をかく乱するようにエイルズが次々に木々を物質透過する。あまりに素早い動きにスズメバチ達はエイルズを追いかけることができない。
次第にスズメバチは雑木林の隅に追い込まれていた。エイルズが振り向きざまに攻撃するとハチたちは羽をやられて次々に地面に落下した。
攻撃を免れた小集団が今度は、鈴音の頭上から一気に襲いかかってくる。
「飛んで火にいる夏の虫ってヤツね!
正直、本物のスズメバチは怖いけど、ディアボロなら怖くないな」
待っていたとばかりに、鈴音が仁王立ちしていた。両手に持った呪符をクロスさせて集団で襲いかかってくる敵に目がけて渾身の炎の火花を散らす。
地獄の業火に巻かれて消し炭になったスズメバチ達が次々に落下した。それを見ていたマムシが背後から鈴音を狙ってくる。
「しまった!」
首を絞められて窒息しそうになったが、間一髪のところでテレポートで脱出した。代わりにエカテリーナが「葬る!」と威勢よく銃をぶっ放す。
無数の弾丸を浴びて尻ごみした敵が木に昇って逃げようとする。
そこへ立ちはだかった叶伊がマムシの頭部に目がけてスネークバイドで切りかかる。敵は容赦なく切り刻まれて地面に落下して果てた。
味方が次々に倒されてヘラクレスはますます攻撃を強めてきた。鋭い角で突進しながらチルルを蹴散らそうとして掴みかかってきた。
「掴んだだけじゃあたいは止まらない! 迎撃の準備はできてるんだから!」
チルルは吠えた。腕を振り被って顎目がけて一閃する。敵の大顎が根元から崩れた。大きな咆哮が轟いてヘラクレスが苦しみにうめき声を出す。
敵は最後の攻撃とばかりに光線を乱射して反撃を試みた時だった。
「怪光線は余所で経験済みだ。防げ、ゴウライシールド!」
真一の楯によって光線は防がれる。
「幕切れだ、まとめて地獄に送ってやる!」
エカテリーナが頭部の目を狙って容赦なくぶっ放した。その瞬間に、目がやられてヘラクレスは大量の緑色の血を噴き出す。Robinも冷たい氷の曲で加勢した。
叶伊がその隙に、関節を狙って足を全てもぎ落とすことに成功する。完全なだるま状態になった敵はすでに動くことが出来なくなっていた。
不意に敵の下に素早く潜り込んだ真一が勢いよく足を振り被った。
「ゴウライ、イクシードバスター、キィィィィック!!」
鈍い音ともに鎧兜が吹き飛んだ。あれほど固かった装甲が、撃退士達の度重なる攻撃によって亀裂を生じさせて、最後の真一の一撃にトドメを刺されたのだった。
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「――これにて一件落着ってとこかな」
真一がゴウライガの変身を解いた時には辺りには平穏が訪れていた。ディアボロは緑色の液体を振りまいて地面に倒れて二度と動かなくなっていた。
怪我をした者はすぐに海が駆け寄ってヒールで治療する。Robinも甲斐甲斐しく介助して手伝った。御蔭で撃退士達の被害は最小限で済むことができていた。
あれ程激しい戦闘だったにもかかわらず、辺りはすでに静かな夜に満ちている。
ソーラーランタンや懐中電灯の明かりにいっぱいの昆虫が集まっていた。チルルは蛾が苦手で必死になって逃げ惑っていたが、不意に何かを発見した。
「これって、もしかして――クワガタ?」
自分の服になにやら大きな昆虫がくっついている。
歯の形がギザギザでまるでノコギリのような形をしていた。
「おっきいわね……ノコギリクワガタじゃないの」
鈴音が恐る恐る手を伸ばして掴み取る。
大人しくノコギリクワガタは鈴音に捕まった。
ヒロシ達が取りに来て結局捕まえられなかったやつに違いなかった。鈴音とチルルは早速このクワガタをヒロシ君の家へ持って行ってあげることにした。
自分も野生のカブトムシとかってみたことないから、ヒロシの気持ちよくわかった。もうこれで心おきなく昆虫採集ができるという報告も兼ねて急いで家へと向かう。
「負けた方が害虫だ、私の前にその面を二度と見せてみろ。
――今度は跡かたもなくこの世から消してやる」
エカテリーナはまだ銃口の熱いライフルを片手に担いで藪の中へと消えて行った。
冷静かつ無慈悲な視線を死体に投げかけて去っていった。その勇ましい姿はまさしく――久遠ヶ原の害虫駆除の隊長に他ならなかった。