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ゴミ屋敷の中は猛烈な悪臭が漂っていた。
息をするだけで肺の中に毒が入って昏倒してしまいそうな程である。周りには大量の汚物やガラクタや食料のカスなどが散乱していた。
足の踏み場がなくて気をつけて歩かないと転倒してしまう。
「うっ、想像以上にキツイわね……」
遠石 一千風(
jb3845)は思わず顔をしかめた。
今までに経験したことない悪臭とゴミの惨状に逃げ出したくなる。
だが、撃退士としての責務を果たすためにも気丈に踏ん張った。
「……何が悲しくて巨大ゴキブリの駆除なんかを」
向坂 玲治(
ja6214)も漂う悪臭にマスクの上から鼻を摘んでいた。
巨大な殺虫剤を撒き散らして一網打尽にしたいところだが生憎そんな便利なものはない。
「仕事とはいえ、こんな中に入るのは気が引けるねぇ……」
眉をひそめ辟易しながらアサニエル(
jb5431)も敷地に進入する。
なるべく臭いが入らないように口呼吸をしながらマスク越しに鼻を必死に抑えていた。
「香水の匂いも苦手なんだけど……悪臭よりはまだまし、かな」
いつもは強気の礼野 智美(
ja3600)も流石に今回ばかりは弱音を零す。
防護マスクに香水を染み込ませて対策をとっていたがそれにしてもきつかった。いつもは無造作に朱紐で一つに束ねている髪も編み頭に巻き付けピンで止めた上で頭巾着用している。
「悪即斬……ってのは少し違うか? いや一緒か。あれは悪だし」
恙祓 篝(
jb7851)はヤツを悪と断定しすぐに成敗する方針を固めていた。
少なくとも黒光りするアレがこの世に存在した所で誰も特はしない。それが巨大なディアボロであるならば尚更だ。
「こんなゴミだらけの家にも、人は住めるものなのですね……」
雪織 もなか(
jb8020)は語尾がやや震えていた。残らず抹殺すると意気込んできたが、あまりの劣悪な環境に思わず言葉を失った。だが、先輩の篝の姿を見て徐々に何とか落ち着きを取り戻し始めていた。
「え? 何? G? テラ○ォーマーズか? なんや、ただのゴキ公か……まぁええわ。楽しも」
秋津 仁斎(
jb4940)は一人問答して不敵に笑った。せっかくの機会にヤツをぐちゃぐちゃに潰すことができるのが愉快でならない。存分に害虫駆除を楽しむことを誓う。
「大丈夫、燃えない。でも黒いアレ、何?」
外で火炎放射器の威力を確かめていたネイ・アルファーネ(
jb8796)が首を捻った。そもそも今回の敵は一体どんな姿をしているのかここに至って知らないことに気づいた。
今更ながらに仲間に聞こうとしたが、「あの黒光りする……」、「G」、「奴はすばしっこくてしぶとくて」、「あの長い触覚とギザギザの足が……」、「人類の敵」と一同は最後までお茶を濁して語ろうとはせずに口を閉ざしてしまった。
それでもネイは気にする素振りは見せなかった。
どんな奴であれぶっ倒してやっつければいいいと脳天気に考えて敷地内の奥へと進んでいった。
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アサニエルは早速ゴミ屋敷の中を捜索し始めた。
目の前にある大きな山の中腹から異様な臭いが立ち込めて来ている。
近づいてよく見てみると腐乱した生ゴミだ。
あまりの強烈な異臭で鼻がもげそうになるが必死に堪える。
ガサガサガサ――
その時だった。アサニエルの背後から物音がした。
撃退士一同の間に不穏な空気が流れた。お互いに顔を合わせて困惑する。誰もその物音がしたゴミがたまっている隙間の溝に近寄ろうとしない。
だが、事情がよくわかっていないネイが喜々として迫る。火炎放射器の先端を溝の中に突っ込んで一気に火を吹き放つ。
ガサガガサガガガサガサガサガサガサ――
「で、で、出たあああ!!」
一千風が悲鳴を上げた。
巨大な触覚を持つG達が一斉に両手を広げてゴミの山から出現した。
人間よりも大きな黒光りする身体を持っている。ギザギザの足を小気味良く動かして屋敷の天井や壁を勢い良く這いずり回り始めた。
真ん中に周りの個体よりも大きなGがいる。お腹が膨れておりどうやら中にはたくさんの小型のGを抱えているように見えた。
「ヒャッハー! 汚物は消毒だー!!!」
仁斎は高笑いしながら火炎放射器をG達に向かってぶっ放す。流れるように炎が辺りを巻き込んだ瞬間、G達は熱気に襲われるようにして散り散りになる。
反対側から智美も火炎放射器をまき散らした。前後から激しい炎に包まれたG達は行き場を失って天井に向かって飛び上がらざるをえない。
天井から下に降りてくる所を狙って智美は釘バットに持ち替えた。
腰を回転させて勢い良くGの頭をジャストミート。
頭を打ち抜かれたオスは壁に放物線を描いてバックスクリーンの壁に撃破した。
他のオスたちはバラバラになって逃げ惑う。
篝は見失わないようにまずカラーボールを投げつけた。
「ってか素早いなおい!?」
G達も殺気に気がついて縦横無尽に走り回る。
もなかが前から挟み撃ちをするように逃げるオスの前に立ちはだかる。両手を広げて雪の結晶のような鎖を放って目の前のオスに襲いかかった。
もなかに支援されて篝ももう一度カラーボールを投げつける。
なかなか命中せずに苦戦したが何とかオスにマーキングすることに成功した。
だが、逃げたオスが近くにいた一千風の顔面に液体を放ちながら飛びかかってきた。
「きゃあああ――! こっち来ないで!」
一千風は咄嗟に剣で突撃してきた巨体を薙ぎ払う。
だが、Gは去り際に液体を一千風の体に容赦無く撒き散らして逃げた。ミニスカートとブラウスが溶け出して白い素肌が露わになってしまう。
「毒まで持ってるなんて、まさに害虫の王ってやつだよ」
アサニエルは一千風の毒を浄化させて言った。
「ああ、こんなの許さない。絶対に許さない。地獄に叩き落としてやる!」
恨みで表情が阿修羅と化した。一千風は剣を構えて己を襲った雄を追いかけ回す。長い触覚に向かって思いっきり剣を斬りつけた。
触覚に続いてギザギザの足を滅多切りにする。
動きを封じられたGは一千風に渾身の一撃を頭に食らわされて伸びた。
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もなかの後ろからGが迫っていた。すぐさま振り返ってハンマーで殴りにかかる。
だが、Gは顔を潰されながらも果敢に液体をまき散らしてきた。
もなかは背中に大量の水鉄砲を浴びてしまい苦悶の表情を浮かべる。
「うぅ、酷いです。こんなの、あんまりですよ」
お気に入りの服を汚されて半泣きになる。
「ゴキブリの餌になりたくなきゃ、さっさと立ち上がりな」
アサニエルはもなかを回復させて立たせた。
涙目になりながら助けを求めるとすぐに篝がやって来る。
鞘に手を掛けるとすぐに重心を低くする。
そのまま近づいて一気に跳躍するとGの懐に飛び込んだ。
敵もすぐに水鉄砲を噴射してくる。
だが、篝は目の前にあるゴミの山を咄嗟に切りつけて壁を作った。
液体は壁に跳ね返って攻撃は届かない。
高い壁が液体によって腐って落ちる瞬間を狙って抜刀した。
胴体を刀が真っ二つに切り裂いてGは崩れ落ちる。
撃退士達の執念の攻撃によってオスのGは壊滅した。
残ったメスが膨れたお腹を大事に擦りながら場外へと逃げていこうとする。
「1匹だけ逃げようったって、そうはいかねぇぜ」
玲治はそれまで自身の身体を気遣って後方に徹していたが、メス一体になって前に躍り出てきた。長いギザギザの足に渾身の一撃を食らわす。
メスは右腕を失って明らかに動きが鈍くなった。
だが、お返しとばかりに強力な水鉄砲を噴射してきて玲治を苦しめる。
「こんなところで倒れるのだけはごめんだな……」
ふらふらになりながら回復をして自分の足で立ち上がった。再びGが目の前に飛びかかってくるがシールドでブロックしてメスを横へ薙ぎ払う。
メスは庭に逃げ出して泥水の中へと逃げていこうとした。
仁斎は桃花装備で水中を狙撃する。銛のように上から突き刺した。
緑色の液体を撒き散らしながらメスは水中から飛び上がってきた。
不意に小型のG達がお腹から顔出して飛びかかってくる。
「よく言うだろう……汚物は消毒だってね」
アサニエルは小型のG達に向かって炎を撒き散らす。敢え無く攻撃を受けたG達は飛びかかる暇もなく池の中に再び沈んでいった。
小型のG達をやられたメスは怒り狂ったように仁斎の所に突っ込む。
「こんにちはー! 死ねや虫ケラァ!」
至近距離からぶん殴られてメスは吹き飛ばされる。
その瞬間にまた小型のG達が溢れるが、今度は一千風が執念で一匹ずつ逃げまわるGを潰して回った。ネイも楽しげに火炎を撒き散らしてGを掃討した。
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「こんなんが周囲の家を襲うとか、考えただけでぞっとするぞ……」
巨大ゴキブリの成れの果てを見て智美が思わず呟いた。
辛うじて全てのディアボロを退治することができたとはいえ万が一の事を考えると恐ろしかった。
「……このゴミ屋敷……放置しておくと又こんな敵の巣窟になりかねないぞ……。普通の鼠や害虫もうようよしてるし、誰か掃除依頼出さないかな……」
ディアボロは対峙したとはいえ、まだゴミ屋敷は悲惨な有り様である。
また今回のような敵が現れるかと思うと身震いした。
「ほんと、酷い目にあったわ。早くシャワーが欲しい」
一千風はもうすでに限界だった。悪臭と汚物に塗れてふらふらだった。一目散に瓦礫の山を駆け下りるとそのまますぐに玄関の方へと走り去っていった。
誰も彼女を止めることはできなかった。
「ゴミ臭いよりかは煙草臭いほうがええわ」
仁斎は煙草に火をつけて臭い消しを試みる。存分に殴りまわることができたが、やはり臭いだけはどうしようもなかった。いつもより火がマズく感じられる。
もなかは背中がびりびりに破けていた。
大胆な露出に思わずふと目に入った篝が鼻を抑えて蹲る。陶器のように肌が白くて綺麗なもみじの艶かしい姿に先輩であるはずの篝も堪えきれなかった。
「篝先輩、なにじっと汚い目で見つめてるんですか! エッチ」
もなかがまるで汚物を見るような目で篝を見てきた。
「いや、俺はもなかの背中に上着をかけてやろうと――」
篝はもなかに言い訳をするがビンタを食らってしまう。その時、騒動を見ていたネイが楽しそうに「汚物は消毒だ――!」と火炎放射で篝に迫ってきた。
「や、やめろ、あつっ! あああ!! 俺はおぶつじゃない」
絶叫しながら篝はもなかとネイから逃げ惑う。
「俺の部屋だけは綺麗にしておこう」
玲治が冷静に惨状を見て最後にため息を吐いた。