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いったい……どうすればいいんだ? このままじゃ子供たちは……。
林の奥の木陰で東正太郎は絶望の淵に立たされていた。ジャングルジムの中で子供たちが怯えて泣きだしている。目の前にはトレンチコートを着た怪しい男。
周囲には獰猛な牙を持つ野犬たちが唸り声をあげていた。
トレンチコートの男がマスク越しにニヤリと嗤う。泣き叫ぶ子供たちのいるジャングルジムへ足を踏み入れようとした。
やっぱり俺じゃダメだ――正太郎は思わず目を瞑る。
諦めかけたその時だった。
「そこまでよ、変態コート男!」
不意に凛々しい声が聞こえて正太郎ははっと目を開ける。
「あるときはフィールドの女神。またあるときはスク水神。
しかしてその実体はっ! 超絶美少女撃退士よ!!」
ジャングルジムの前で両手を腰に当ててバーンと仁王立ちする六道 鈴音(
ja4192)。勝気ある凛々しい太眉と意志の強そうな瞳を持つ美少女が立っていた。
自分から超絶美少女って名乗ってるよ!?
それにスク水神……って、いったい何者……。スク水に代わってお仕置きだよ!?
正太郎は度肝抜かれていた。自分より変な人が撃退士にいる!
それだけでも驚きなのに――さすがに自称するだけあって鈴音は超絶可愛い女の子だったのだ。
まさにこれぞ、スクミズクイーン・オブ・スタイリッシュ!
「待っててね。いまコイツラを消し炭にしてやるから」
鈴音は目を閉じて呪符を取り出して、唱和すると一気に冷気と突風で野犬とトレンチコートの男に先制攻撃を浴びせかけた。堪らず敵は隊列を乱してバラバラになる。
「今ここを百獣王の領土とした。それを知り、なお踏み込む覚悟のある者は来るがいい」
真っ赤な髪を燃えあがらせるように立つジョン・ドゥ(
jb9083)。その容姿はまるで百獣の王のように気高く美しささえ感じた。すぐさま鳳凰を召喚させて、子供たちがいるジャングルジムへの護衛に向かわせた。
何処かで見覚えのあるカボチャマスクにシルクハットのエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)も華麗に参上して敵に立ち向かう。
「うわぁ……何ですか、この変質者然とした生物は……。
ひょっとして、天魔なんですか?」
あまりの見た目の醜悪さに思わず挑発の言葉をぶつけた。
早速、ギャンビットカードを取り出し、疾風をも切り裂く一撃を繰り出す。トレンチコート男は避けきれずに爆発を食らってしまう。
撃隊士達は男を威嚇しながらジャングルジムから男の注意を反らそうとする。
いつの間にか野犬たちも騒ぎ始めていた。
鈴代 征治(
ja1305)がその隙にジャングルジムへ急行していた。
「こっちだ! 僕を狙って来いよ!」
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征治は走りながら野犬に向かって怒鳴りたてた。怖ろしい牙と爪で襲いかかってくる野犬に対して懸命に身を楯にしながら歯を食いしばって止める。
「僕達が来たからもう大丈夫! でもまだ危ないからそのまま良い子で待っててね!」
戦闘中だというのに征治は子供たちへ励ましの言葉をかけた。自分のことで余裕がないはずなのに子供たちの心を気遣って言葉をかけられる――すごいぞこの人は。
まさに撃退士の鑑だ。ユーアー・ナンバーワン・ナイスガイ!
拳をぎゅっと握りしめながら正太郎はそう叫びたくなる衝動に駆られていた。征治はさらに逢見仙也(
jc1616)と藤村 蓮(
jb2813)と共に敵を包囲する。野犬の連携を警戒して撃退士達も一匹も子供たちに攻撃させないという布陣をとる。
「敵は動きが早い! 多対一にならないように!」
野犬はそれでも全く物怖じせずに猛スピードで突進してきた。不意に横から飛んできた敵に蓮は腕ごと武器を噛みつかれてしまう。
「噛みついて離さないんなら、そのまんまでいいよって」
噛みつかせてそのまま武器を伸ばして突刺。
野犬は喉を貫かれて遠吠えを上げて崩れ落ちた。撃退士達の強さに警戒した野犬は一度引いてまた辺りを包囲するように隊列を組み直そうとしてくる。仙也やジョンは走りながら敵に的を絞らせようとせずに積極的に動き回る。
仙也はシグナルヨーヨーを使って音で野犬をかく乱させる。隊列が乱れたところを狙ってジョンが猛烈な勢いで斧槍を振り回しながら野犬を蹴散らした。
怒涛の百獣の王の攻撃に野犬も次第に消耗して動きを鈍らせていく。仙也は飛び上がりながら空中で攻撃を繰り出す。追いやられた野犬は分が悪いと今度は方向を変えて、今度は征治の懐目がけて獰猛な牙で突っ込んできた。
「よく来たね! これはご褒美だ!!」
征治はカウンターで会心の肉切を瞬間お見舞いする。
ギャアアアアン!
頭部を割られた野犬は絶叫を上げながら地面に崩れ墜ちた。
敵に対して一歩も引かない撃退士達の動きに食い入るように見つめていたが、正太郎は不意にむなしさを覚えていた。
もう大丈夫だ、強い先輩たちが助けに来てくれた……俺の役目はもう終わった。戦いの行方を見守ることなく正太郎はその場から逃げようとした時だった。
不意に目の前に無数の糸と共にふわっと紫の蝶が現れる。
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「逃げるのは結構。それも選択肢の一つですの」
体が何か得体のしれない細い糸で絡め取られて木に縛り付けられていた。敵かと思って振り返るとそこには紫の蝶を左頬に止まらせた紅 鬼姫(
ja0444)が立っていた。
良く見るとその蝶は本物ではなく刺青のようだった。
「たかが一度や二度の失敗で辞めるなんざ、女々しすぎるぜ坊主」
直ぐ後ろには厳しい表情で睨んでいる天王寺千里(
jc0392)。どうやら彼女らの様子を察するに自分を引きとめにきたようだった。
千里はすぐに正太郎の腕を強引に掴んで引っ張ろうとする。
「はなせよ、俺はもう撃退士はやめたんだ!」
すでに正太郎は戦闘意欲はおろか撃退士を続ける意欲さえ失っていた。しかし、千里はその言葉を聞いてさらに厳しい目つきになる。
不意に懲らしめられるのではないかと正太郎は恐れた時だった。
「ごちゃごちゃうるせえ! まずは子供の安全が先だ!!」
千里はその時、正太郎にショートソードを貸した。仙也から預かっていたものだ。その剣を使って子供達と自分の身を自分で守れと諭す。
千里は正太郎を引っ張って子供たちの所へ連れて行かせる。目の前ではエイルズや仙也たちがトレンチコートや野犬を相手に懸命に闘っている。
その隙に千里は正太郎に指示して手分けしてジャングルジムから子供たちを救出する。怯えて怖がっている女の子を宥めながら何とか助け出す。
不意に野犬が狙ってきたが、鬼姫がそうはさせないと双剣を振るって近寄らせない。ついに最後の一人を連れ出して安全な場所へと必死に撤退する。
「確かにおめぇはみっともねぇ真似して皆に迷惑かけちまった。お陰でおめぇは皆の笑いモンだ。けど今辞めたってその事実は変わらねぇし、おめぇ自身も一生バカとか腰抜けの烙印押されたまま一生過ごすことになるんだぜ」
子供たちを守って走りながら千里は正太郎に向かって声を荒げた。正太郎は歯を食いしばって黙って千里の言うことを聞いていた。
俺だってカッコ悪いのは御免だ。しかし、全く自分に自信が持てなかった。
このまま撃隊士を続けられるのか?
また自分は皆に迷惑をかけてしまうんじゃないか、と。
「新人の分際で何を言ってますの? 未熟で当然、寧ろ最初から同等の技量があるべきと言うなら、鬼姫達の今迄の努力を馬鹿にしている様なものですの」
しつこく食らいついてくる野犬はなかなかに手ごわかった。追い払っても追い払っても再び牙を剥いて襲いかかってくる。ついに千里も仲間を助けるために立ちあがる。
「まずは公園の子供を避難させろ。それからアタシの戦い様をよく見ておけ!」
いさましく大声を上げながら千里は槍で突進していった。
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不意に背後に野犬の気配がして正太郎は振り返る。鋭い眼は子供達を狙っていた。
「あぶない!」
とっさに正太郎は子供たちを庇っていた。ショートソードを振りかぶったが、あえなく剣を牙で弾き飛ばされてしまって正太郎は脇腹を抉られた。
血が大量に溢れていて正太郎はふらついた。さらに攻撃を畳みかけようと野犬が襲いかかってこようとしていた。正太郎はそれでも子供たちの前に立ちふさがる。
だが、すぐに鬼姫がやってきて野犬を追い払う。
鬼姫たちは正太郎が子供達を守ってくれていると信じて戦っていた。戦闘中に背中を向けながら鬼姫は一言ずつ噛みしめるように正太郎を諭す。
「鬼姫は過信により助けられる命を奪われた事もありますの。――ですが、ソレが逃げても良い理由にはなりませんの」
鬼姫は正太郎の真剣な表情と覚悟をみて心を決めた。自分が持っていた金と銀の双剣――右文左武を彼の前に差し出して言った。
「容易な逃げを選ぶなら置いて行って結構ですの。ですが、心を鍛え直す気がお有りなら、ご一緒して差し上げますの」
鬼姫はすでに繰糸を解き、魔具を龍虎に持ち替えていた。
癖の強い子ですが――使いこなせる様になればそれなりの力量にはなりますの、と付けくわえて鬼姫は野犬に再び向かっていく。
手渡された双剣を手にして正太郎はその重さに愕然としていた。
俺が自分の手で――?
この双剣を使いこなすことができるのか?
だが、一刻の猶予もなかった。鬼姫が野犬を相手どっている間に、正太郎は再びトレンチコートの男がいる戦場へと向かっていく。
そこではエイルズと鈴音が満身創痍になりながら必死に足止めしていた。
「待ってたわよ、絶対に来るって信じてたわ」
戦闘中にもかかわらず、鈴音は笑顔で正太郎に振り返る。トレンチコート男はさすがに手ごわかった。獲物の少女達を取られて怒りを露わにしている。近づいてくる敵には容赦なく銃撃をあびせて蜂の巣にしていた。
「蓮、現状報告を端的にお願いしますの」
だが、野犬を倒してやってきた鬼姫がついに加勢した。ジャングルジムの頂上に突如姿を露わした紫の蝶は敵を蔑むように見下す。
蓮も頼もしそうに鬼姫の姿を見て喜んで言う。
「あはは、やっぱり……えっとねぇ……紅さん、そいつ、首刈っちゃって。
最後に残った狼は、なんとかするから」
絶対に紅さんはトレンチコート男には負けない。野犬も最後の攻撃とばかりに突っ込んできたが、征治がワイヤーで持って敵の攻撃を防御した。そこからカウンターを繰り出すように蓮が仙也とともに公園の隅に野犬を負いつめてついに刺殺する。
鈴音とエイルズが敵を惹きつけている隙に鬼姫が懐に飛び込む。一瞬の隙をついて、仙也も遠くから足を狙って援護射撃した。
崩れ落ちたところを鬼姫が首を狙って双剣を繰り出したが、首を刈る一瞬のところで、トレンチコートがカウンターでナイフを切りつけていた。
「絶対に俺が守る! うおおおおおおおおおお!」
鬼姫の危機に、痛みを堪えて正太郎が突っ込んでいた。
脇腹を狙って双剣をがむしゃらに扱いながら十字に切り裂く。敵もとっさに気が付いてナイフで正太郎を斬りかかった。
むちゃくちゃな軌道だったが、彼の強い意志に即座に反応するように右文がナイフを受け止めて、左武が男の脇腹を切り裂いていた。
「いまだ!」
正太郎の言葉に頷くように今度こそ鬼姫は上段から――
龍の牙の如く鋭く、虎の爪のように双剣が、男の首を風刃の如く刈り飛ばした。
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「怖かったね。もう大丈夫だからね」
鈴音が公園の隅に避難していた子供たちの元へ駆け寄った。泣きわきながら抱きついてくる女の子の頭を撫でながらよしよしと介抱する。
子供たちは奇跡的に怪我ひとつなく無事だった。だが、正太郎は重傷を負ってぐったりとしていた。幸いにも仙也がすぐに応急処置をしてくれたおかげで命には別条がなかった。それでも正太郎の表情は強張ったままだった。
ジョンが意志疎通で戦闘後すぐに正太郎を戒めていた。
「脅威を目の前にそれを放置し、更に子供まで見捨ててた貴様が迷惑をかけたくないとほざくか。せめて敵に傷一つ付けてそのまま死ねば良かったものを――」
ディアボロを切り裂く手助けができて舞い踊りたい気持ちになっていた時だった。きつく戒めるようなジョンの言葉に再び地獄に叩き落とされてしまう。仙也にも撃隊士はヒーローショーじゃない、仲間のことをもっと考えろと強い口調で言われた。
俺は、やっぱり撃退士、失格だ――。
正太郎は小さく皆にお礼を言って密かにその場を去ろうとした時だった。
「君がなぜこの場から動かなかったのか、戦おうとしたのか、逃げ出さなかったのか。
それをもう一度考えてみてもいいんじゃないかな?」
正太郎の沈鬱な様子に気が付いた征治が背中から声を掛けてきた。不意に立ち止った正太郎だが、それでも歩みを止めずに去ろうとする。
「僕達やそれ以上の先輩の撃退士だっていつもカッコヨク敵を倒せてるわけじゃない。
時に傷つき、時に涙し、悔しくて眠れない夜だって幾つも越えて、今立ってるんだよ。
皆に頼られる格好良くて超強い撃退士、いいじゃない?
――僕だってなりたい。みんななりたいよ。君だけじゃないんだ」
自分の心に直接、問いかけるように綴られる言葉は正太郎の胸に確実に響いていた。それこそが正太郎が望んだものだった。
カッコよくてスタイリッシュな子供たちを守れる撃退士に――。
だが、本当にそんなことが俺にできるのだろうか?
「惨めな人生まっぴら御免だろ? だったら戦って自分はバカでも腰抜けでもねぇってこと証明してみせろ。てめぇが撒いた種は、てめぇで刈り取らなきゃな!」
千里がバンと正太郎の背中を叩いた。
「君が通報してくれたおかげで助かったわ。ありがとう。
言っとくけど、失敗ぐらい誰だってするわよ?
でもね、ソコから這い上がるのが、カッコイイんじゃない!
そう思わない!?」
鈴音もその天使のような頬笑みで励ましてくれる。
思わず正太郎は泣きそうになっていた。あまりの鈴音の優しさに涙腺が崩壊しそうになっている。こんなダメな俺なんかのために……。思わず惚れてしまいそうだ。
自分の手にもった双剣を見つめる。
今回はこの剣が俺を助けてくれた。
これからは自分の力でやっていかなくてはいけない――。
「その子は正太郎に預けて置きますわ」
しかし、鬼姫は右文左武を正太郎に託して言った。
鬼姫は正太郎の今後に期待していた。確かに癖の強い子で思うように最初は使えないかもしれないがいつか必ず鍛錬していれば相性はよくなる。
鬼姫はその可能性に賭けたからこそ剣を最初に貸し与えたのだった。
「ありがとうございます――紅師匠って呼んでもいいですか?」
正太郎は双剣を譲り受け、ぐっと泣きたくなる気持ちを堪えて鬼姫に訊いた。
鬼姫は好きにしたらいいですの、と背中を向けて去っていく。正太郎は頭を下げて師匠を見送った。その姿はまるで正太郎が目標にしているスタイリッシュな撃退士そのものに映った。