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「今日は宜しくお願いします!」
作業着を身に付けた千葉 真一(
ja0070)が撃退士を代表して挨拶する。目の前には山裾に広がる大きな前方後円墳が発掘されている最中だった。隊員たちに紛れて近所から集まった有志の考古学ファンが汗水たらしながら土の運搬作業を行っている。
「猫の手も借りたい所だったんだ、早速頼むよ」
髭の隊長が良く来てくれたと労いの言葉を述べた。挨拶もそこそこに作業手順を歩きながら説明していく。辺りは至る所に溝やテープが張られていた。
古代のロマンがまさに目の前に広がっていた。
目を輝かせながら食い入るように見つめていたのは黄昏ひりょ(
jb3452)。実は昔から考古学に憧れていた。考古学者を夢見たこともあった。隊員の発掘手順の説明を真剣に聞きながら一つずつメモを取っている。その姿はまるで考古学者の卵だ。
「ふふふ、まるで宝探しねェ……楽しく参りましょうかァ♪」
黒百合(
ja0422)は掘り出された副葬品の宝石を熱心に見詰めている。どうやら宝物に物凄く興味を持っているようだった。ふふふ、としきりに笑いながら頭の中で何かを考えている。いったい彼女は何を妄想しているのだろうか……。
見よう見まねでシャベルで溝の土を掘り始めたのは佐藤 としお(
ja2489)である。照りつける太陽の日差しに汗が噴き出してきたがそれでも懸命に掘り下げる。
「力作業は午前中の涼しい内にってね」
午後になるとますます暑くなることが予想された。何とか午前中にあらかたの作業は終わらせたい。掘った後の土はネコを使って外へと運び出す。ひりょや真一が外へ掘り出した土を受け取ってそれを丁寧にもう一度車に乗せてから次の者がいる所へ運んだ。
「考古学……ロマンですねえ。
一度くらい、関わってみるのも面白いかもしれませんね」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)はそうは言うものの単純作業にはぶつぶつと文句を言っていった。普段は創造的な仕事をするだけにやはり地味な作業はつらい。としお達が運んできた土を袋に詰めて土嚢を作っていく。だが、いくつも作っているうちにいつの間にかその作業に熱中している自分がいた。やはりやりだしたら止まらない男である。
「この仕事が一番辛いけど一番多いの……」
神埼 律(
ja8118)は物凄く重そうな土嚢を持ちあげて並べる作業を行っていた。女の子が頑張って土嚢を運んでいる姿をみて周りの隊員たちも奮い立つ。律は早く運んでしまって掘りに行きたいと思っていたので懸命に撃隊士の力を使って運んだ。黒百合も彼女を手伝って華麗に土嚢を運んでスムーズに事を成し遂げて行く。
「――みなさん、冷たいお茶にカツサンドですよ」
涼しい笑顔を見せてやってきたのは川澄文歌(
jb7507)だった。両手に持った大きな袋から丁寧に御苦労さまと一人ずつに笑顔で食糧を渡して行く。
愛くるしい美少女の笑顔に隊員たちは心を撃たれた。勢いよく食べ終わると、直ぐさま文歌にいいところを見せようとして猛烈な勢いでシャベルで土を掘っていく。
文歌はすぐ傍にいた有志の考古学ファンを捕まえて尋ねた。
「銅鐸って弥生時代の祭器で,古墳時代のものではないと思うんですけど……」
その考古学ファンは、はっと息を呑んだ。実は彼が先ほど仲間と銅鐸の話をしているのを小耳にして文歌は堪らずに傍に駆け寄ったのである。
「古墳時代には銅鐸は急になくなってしまうので、それまで銅鐸で行っていた祭祀が古墳時代になると勾玉などに取って代わられたと考えられているんですよ」
彼は整理作業の時に間違って別の離れた遺跡から取れた遺物を一緒にして混ぜてしまうというミスをしていたのだった。文歌からその話を聞いて反省する。
早速ミスを正すために彼は慌てて保管場所の資料館へと走って戻って行った。
「君はすごくよく知っているね。君のような子がいてくれて頼もしい。
私からも改めてお礼を言うよ」
話を聞いた髭の隊長が文歌の所へやってきてお礼を述べる。人手不足でミスを起きやすい状況だけに知っている人が多くいると助かるということだった。文歌は謙遜しつつも、出土した土器や木棺の周りを丁寧に掘る重要な作業を任されたのだった。
「はい、そこ! もっと丁寧に下まで掘り進んで」
パイプを咥えながらテキパキと指示を出していたのは鷹代 由稀(
jb1456)である。彼女は大学で考古学を専攻していた経験者だった。今回の人手不足を鑑みて、由稀はある溝を掘る地点の指示者として抜擢されたのである。
昔を思い出しながらいつしかあの頃の楽しさが蘇ってきた。ついに我慢しきれずにパイプを置くと自分も溝の中に入って行ってしまう。
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「……もしかして、これは土器か」
真一はスコップで掘っていて何か違和感を感じた。丁寧に手で掘ってみるとそこに現れたのは薄い土器の破片のようなものである。
「加減が判らないと中々神経使うな、これは」
壊さないように丁寧に掘りながら次々に土器の破片を見つけ出して行く。その横の溝では律が真剣に手を動かして何かを掘り当てたようだった。
「おー……でてきたでてきた、円筒埴輪さんなの」
喜びを上げるように律が叫んだ。まさしくそれは古墳に出てくるあの筒状の埴輪である。円筒埴輪は並べて周囲に設置される埴輪。ということはこの付近に大量に埋まっていることを意味している。律は気合が入った。楽しそうにがむしゃらに掘り進んで行く。
「刷毛とエアダスター、後バット持ってきて」
先ほどから真剣に作業を行っていた由稀がついに声を荒げた。道具を受け取ると今度は一転して慎重に作業を進めて――取り出したのは勾玉である。
由稀はほっと一息を吐いた。泥まみれで見た目はよくないが、洗ってちゃんとすれば間違いなく勾玉であろう。久しぶりのこの感触に胸の鼓動が高鳴った。
黒百合は「キャハ♪」と手に大量の土器の破片を持っていた。密かに物質透過で潜り込んで拾ってきたのである。どうやらこの辺りに大量に埋まっているらしかった。すぐに応援を呼んできてこの辺りを中心に皆が一斉に土掘り作業を開始したのだった。
ようやく午前中の作業が終わって皆がほっと息を吐く。文歌が持ってきた昼食を皆で美味しく食べてそれぞれが午後の作業場へと戻って行った。
としおは近くの場所で土器の修復作業を引き続いて行うことになった。午前中の力仕事と比べて今度は神経を使う細かい作業である。
専用の接着剤を使って一つずつ土器を合わせて行く。
息をするのも忘れてしまう程の集中力を要する作業である。
「……やっぱり楽しい……」
細かい作業だったが、としおはこういった作業も好きだった。夢中になりながら傍で黒百合も無心で作業を行っている。彼女は手先が器用だった。小さい破片を正確につなぎ合わせるのが得意でしかもスピードが速い。思わず他の者たちが感嘆する。
自分も負けてられないと経験者の由稀も書物を入念に目を通していた。
「変質して突然色変わってる場合もあるから目安にしかならないけどね」
模様や厚み、色である程度分ける作業を行う。それからどのような順番で組みあげて行くのかを実際に実演して他の人に参考に見せてみる。
手際のよい効率的な動作に皆がどよめく。流石に経験者だった。
「これもこれで、勝手知ったる作業ねぇ……」
いつもの仏頂面がまるで子供のころに返ったような顔をしている。皆が夢中になってお腹がすいてきた所で黒百合が息抜きにおにぎりを用意して皆で仲良く食べた。
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手際良くろくろを回して土器を作っているのはエイルズである。周りには大勢の子どもたちが興味深そうに集まって来ていた。
エイルズが作っている土器は普通の形とは全く異なっている。
ロボットアニメに出てきそうな巨大なヒーローを模した縄文土器のような形だ。
「すっげえ、お兄ちゃんこれどうやって作るの?」
それまでずっと制作風景を眺めていた子供たちが質問してくる。
エイルズはこの日の為にあらかじめ資料館の人に作り方を教えて貰っていたのだった。手先が器用なエイルズは驚くほど短期間で普通の土器を作ることに成功した。
しかし、やはり細かい文様や形はなかなか難しかった。なんとか練習を積み重ねた上にようやく納得のいくものが出来上がったのである。
エイルズはまずは簡単な顔だけの文様のついた土器を作って丁寧に教えた。見よう見まねだがそれでも子供たちは真剣に取り組んでようやく完成する。
「ありがとう、お兄ちゃん、また教えてね」
子供たちは皆満足した顔をして帰っていき、エイルズも手を振って答えた。
一方で傍でずっと真剣に作業していたのはひりょである。彼は勾玉作りに精を出していた。オリジナルの形をみながら丁寧に石を削っていく。
一つずつ手作りをするなんてまるで古代人になったかのようだ。土器に勾玉に、古代人はこのように作って生活していたのかと思うと感嘆する。
どれも根気のいる作業だった。ヤスリで丁寧に削りながら勾玉の形を作り出すと、今度は真ん中に穴を開けていく作業である。ひりょは是非アクセサリー化したいと考えていたのだった。会場にいた子供たちが帰った後も一人で作業していたひりょはついに完成させる。
「ふぅー、ついに終わった! 夢がかなったぞ!」
見事な形の勾玉が出来上がった。紐を通すとまるで古代のアクセサリーである。今日はずっと朝から発掘作業していた。昔からやってみたいと思っていただけに、今日のことは一生忘れないだろう。とうとうひりょはそのまま疲れてぐっすり眠ってしまった――自分が考古学者になった夢を見たのは言うまでもない。
別の会場ではたくさんの子供たちが資料館に訪れていた。発掘された土器や埴輪の展示や考古学の基礎知識を教えるパネルが張り出されている。
可愛らしいイラストは律が描いたものだった。わかりやすく埴輪や土器がカラフルに大きく描かれている。そのすぐ傍で律は真剣な表情で子供たちに説明している。
「――でも、出てくる埴輪といえば円筒埴輪がほとんど。
人型埴輪なんてそうそうお目にかかれない、なんて事実は研究の道に行く人以外知らなくていいことなの。
……でも土偶とはぜんぜん違うことは知っておいて欲しいの」
キリッとした表情で説明する律に食い入るように耳を傾ける子供たち。
夏休みの自由研究にするつもりの子供たちが熱心にメモを取っている姿が印象的だった。
「あっ! あそこにハニちゃんがいる!」
小さな女の子が指差した先にゆるキャラのハニちゃんが立っていた。
「今日は来てくれてどうもありがとハニ〜」
慣れない奇妙な声で挨拶をしたのはぬいぐるみを被った真一……。
彼はどこからどうみてもハニちゃんだった。
「こらこら引っ張るな――じゃなかった、引っ張ちゃダメだよハニ〜」
子供たちが悪ふざけをして頭をしきりに取ろうとしてきた。思わず素の自分が出てしまったが、慌てて言い繕う。まったく大変な仕事だった――中は猛烈に暑い。
「みんな〜,今日は卑弥呼のライブに来てくれて,ありがとう♪ 一日楽しんでいってね☆」
ライブステージの方で可憐な美少女が笑顔を振りまいていた。一目でわかる卑弥呼のコスプレをした文歌だった。どうやらライブステージをするらしい。
子供たちだけではなくなぜかお父さんたちまでカメラを持ってやってきた。中にはいつ噂を聞いたのだろうか――発掘隊員の皆や髭の隊長の姿まである。
ものすごい人気ぶりに会場は満員になった。
やがて照明が落とされてステージに軽やかな音楽が流れてくる。文歌は皆に挨拶をして華麗に優雅に踊りながらマイクを持って唄いはじめた。
曲名は――「卑弥呼noお願いミ☆」
♪暗い部屋にひとり 星を見つめながら
みんなの幸せ 守るために…
私を気遣い けなげな侍女たち
みんなの視線が 今はつらい…
誰か私を連れ出して この岩戸から
西の都 洛陽まで 行ってみたいな
今はただ 星を眺めて
そのときを待っているね
私noお願い あのミ☆(ホシ)に届いて♪
会場内は大拍手に包まれた。皆ノリノリで手を叩きながらその場に立ちあがって歌に合わせてくるくると踊っている。髭の隊長も華麗なステップを踏んでいた。
文歌も皆の気持ちに答えるように熱唱する。
唄い終わるとぺこりと頭を皆に下げた。
満員御礼のステージで讃えられる文歌の姿はまるで倭国の女王そのものだ。
古代のアイドルの元へ皆が握手やサインを求めて集ってくる。
「みなさんが来てくれて成功です。文歌さんもまたよかったら来てください――」
ガッチリと握手を交わして髭の隊長も満足げだった。
文歌もアンコールに答えて、再びマイクを手にステージに舞い戻っていった。