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「ゴー☆ゴー☆レッツゴー☆ガンバリオーン!!」
試合前のスタンドの応援がどよめいていた。
ガンバリオンのチアコスチュームに身を包んだ女の子たちが一生懸命に声を振り絞る。
その中で一際目立って輝いていたのは六道 鈴音(
ja4192)だった。
髪を後ろでアップに纏めていて、覗いた白い項がすこし赤く染まっている。
いつもはパンツルックが多いが、今回は色鮮やかなチアユニフォームのミニスカート。
長い手足を強調しながら可憐な動きで応援のダンスを踊る。
「だれだ、あの超可愛い子は!? うちのチアにあんな子いたっけ!?」
他のファンたちが鈴音の眩しいチア姿を見て一斉に後ろに振り返った。
あまりの可愛さに男女問わず誰もが注目してしまう。
鈴音たちの盛り上げの御蔭で始まる前からスタンドは大歓声に包まれていた。
試合開始前になって両チームがピッチに現れる。
白ユニフォームのガンバリオンのメンバーと青のユニフォームの撃退士、ファンチームがフィールドに入ってきてますます歓声は熱を帯びてきた。
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「さぁ、勝利への飛翔を今こそ! ファイトオオ!!」
撃退士達がフィールド上で肩を組んで円陣を組んだ。中央にいる鳳 静矢(
ja3856)が気合を込めて皆に叫んだ。すでに視線は険しくゴールの先を見据えている。その傍では腰を落としながら丁寧にスパイクの紐を結んでいる黒神 未来(
jb9907)がいた。
青のユニフォームに輝く栄光のエース番号を背負っている。左腕には黄色のキャプテンマークを付けていた。これまでのサッカー経験の豊富さを買われての選出だ。
「久遠ヶ原の虎とは俺の事だぜ!」
敵チームの前に躍り出てびしっと指をつけつけて佐藤 としお(
ja2489)が宣戦布告する。その瞬間にスタンドがどよめいてガンバリオンのメンバーの視線も厳しくなった。
絶対に負けられない戦いがそこに待っている。
としおはギラギラした闘争心溢れる目で背番号9を付けた仁良井 叶伊(
ja0618)とともにセンターサークルの近くへと向かっていく。
「ルール? ――んぅ、知らない。 前の方が良いなぁ♪」
首を傾げながら白野 小梅(
jb4012)がつぶやいた。特注サイズのユニフォームでも少し大きかったのか、ぶかぶかしている。サッカーの経験は特になし。それでもユウ(
jb5639)と水無瀬 雫(
jb9544)に連れ添われて前線に赴くことにした。
試合開始とともに白のガンバリオンのメンバーがボールを支配した。華麗なパスワーク、正確無比なコースを狙ったパスにスタンドが沸いた。
さすがは二部で優勝しただけのことはあった。隙がなくてその上速いパス回しなのでなかなか撃退士チームはボールを奪えずにいる。小梅も「まってええ!」と必死に追いかけるが簡単に頭の上を通されてしまってなすすべがなかった。
「どうした! 撃退士チームぜんぜんボールに触れていなーい!」
実況の解説者がわざとらしく大きな声でマイク越しに叫んだ。やる気を見せたガンバリオンのメンバーが華麗なパス回しを見せた。
どうやら……試合前の鈴音たちの応援が原因のようだった。誰もがあの可愛いチアにいいところを見せようと大人げなく華麗な技術を見せ始めたのである。
だが、その時だった。
パス回しを見せる敵に向かって勢いよくプレッシャーをかけていったのは叶伊。
あまりのでかさに敵が思わずうろたえる。叶伊は2メートルを超すガタイのいい男だった。「だれだ? サッカーの試合にラグビーのFWを連れてきた奴は!?」とスタンドのファンたちが一斉に驚きの声をあげる。
パスコースを塞がれてしまい、敵は苦し紛れにボールをだしたが、叶伊が奪う。
そのままデカイ体を生かして怒涛のドリブルを繰り出す。
敵が攻めてきてとしおにパスをだした。ワンツーで帰ってきたところをトラップから同時にノールックのパス! 敵ははっと驚いた。急いでボールを取りに行く。
だが、叶伊は戻って来る迄の間の一瞬で反転しつつ、抜け出してスルー! さらに効き足を切り替え、戻ってきたボールをジャンピングボレーシュート!
ボールはゴールキーパーの手を掠めて右上のゴールネットに突き刺さる!
スタンドがどよめいた。あまりの叶伊のテクニックに酔いしれる。図体がでかいと思わせて実は足さばきがすごくて敵は意表を突かれた。
ゴールを決めた叶伊はそのまま跳躍して空中で新月面を決めた。
どよめくファンに向かって手を振って爽やかに答える。
「なんなんだこの男は! サッカーの申し子か? 華麗な足捌き!
まさにボールと友達だ! いや、ボールと恋人だ! 口付けのように甘いゴーーーーーーーーール! ヒュウウウウウウウ!!」
解説者が興奮して勢い余って口笛を吹きならしながら雄叫びをあげた。
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試合再開とともに敵がボールを回す。小梅が取りに行くが簡単に遊ばれてしまう。絶対に取れないだろうと笑いながらパスを回している。
その瞬間、小梅の目に火が付いた。
瞬間移動して瞬く間にボールを奪い取る。
そんなバカな!
度肝抜かれるスタンドのファンおよびガンバリオンのメンバー。
「おじさんには負けないよぉ!」
よちよちドリブルをしてそのまま敵に突っ込んで行く。そのままペッチと蹴った。
ボールをこすったような音。これには思わずキーパーも「ぷっ」と笑う。
だが、ボールはなぜか回転を増した。北風の吐息を拭き掛けられたのだった。
一気に猛烈な回転による推進力が伴うと、そのままボールは高速回転してキーパーの頬を掠めてボールに突き刺さった。
「まさかのゴール! す、すごすぎてキーパー一歩も動けなーいっ!!」
思わず誰もが驚いた口を閉じることが出来ない。
小梅だけがスタンドに向かってピースサインを作って笑っている。
再開早々、フィールドの外にボールが出てしまいそうになる。しかし、そこへ猛然と走り込んできたのは静矢。間一髪のところでボールをキープしてそのまま攻め上がる。
敵が突っ込んできて静矢はボールをとしおにパスした。
「黒神さん、パス!」
としおは相手の股を抜く華麗なスルーパスを送る。
遠くに聳え立つゴールを見てとしおは歯を食いしばった。
ストームで砂埃をあげボールと共に潜行する。
未来からの折り返しに叶伊がスル―。守備陣が釣られてゴール前はガラ空きになった。
そこにとしおは猛スピードでボールに迫っていた。
キーパーと一対一。絶対に決めて見せる!
練気で力を溜め……開放!
「魅せてやるぜ、俺のすんごいシュートォォォ!!!」
瞬間、としおの背後に巨大な龍が光臨した。
全力のシュートがゴールへ猛スピードで迫る。
何の駆け引きもないただただ純然たるダイナマイトシュート。
爆裂回転の掛ったボールがキーパーの横を抜けた。そのままネットを突き破って奥の壁に突っ込む。ようやく破壊のベクトルが収まったボールは黒焦げて潰れていた。
「GO! GO! GO! GO! GO! ギョオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーール!! なんというシュートだ! ボールがネットを突き破って後ろの壁に突き刺さったぞ!?」
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「こっちやで! うちに任せとき!」
不意に左サイドで手をあげたのはレフティ未来だった。としおはおおきくカーブをかけて蹴り込んだ。放物線を描いて落ちた先で未来が自慢の胸でトラップする。
あまりの早いサイド転換に敵も焦った。すぐに未来の元へ守備陣が集まってくるが、不意にその股下を狙ってボールを出す。
未来が華麗に三人を置き去りにした。あっという間に敵のコーナーサイドまで攻め上がってくる。敵が必死に付いてきてスライディングしてきたが、ヒールリフトでジャンプ! そのまま敵を交わして未来がボールを左足のインステップで振り抜いた。
弾丸のようなシュートがゴールマウスに襲いかかる。しかし、ボールは惜しいことにバーにあえなく弾き返されてしまう。
「おしい! クロスバーだ!」
ファンの一人が叫んだ時だった。
未来が跳躍した。まさかのダイビングヘッド!
ボールはキーパーの股下をすり抜けてゴールに突き刺さる!
「レフティ未来が試合を決めた! 憎い程いやらしいゴーーーール! キーパーは茫然としたままその場に動けない! まさに敵の急所を突くキャプテンのキラーゴール!」
ゴールを決めたエース未来の勢いはこれだけに留まらなかった。
左足を振り抜いてクロスをあげた。
ゴール前で混雑している最中に叶伊。敵のゴールキーパーも懸命に跳び上がりながら叶伊にヘディングさせないとジャンプする。
誰もが、叶伊とゴールキーパーの競り合いの行方を注目した時だった。
叶伊はゴールキーパーを引きつけたまま、またまたスルー!
誰もがはっとした。
ガラ空きのゴール前で待ち構えていたのは雫――。
背中を地面に向けてまるで空高く垂直に舞い上がる。
まるで空に飛ぶ鳥の翼のように両手を広げた。
渾身のオーバーヘッドキック!
「GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAALLL!!
なんという素晴らしいゴールなんだ! スーパービューティフル GOAAAL!」
ゴールの右隅に弾丸のようなボールが突き刺さる。
地面から身を起した雫に仲間の撃退士達が駆け寄ってきて抱き合う。まさに見事な連係プレーを見せた素晴らしいゴールにスタンドからも拍手が巻き起こる。
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ボールを持った雫はすぐにユウとショートパスを繰り返した。敵にボールを奪わせない作戦だった。ユウは空に舞い上がってそのまま華麗な空中パスを展開する。
宙に舞ったユウと地上の雫との華麗なスーパーコンビネーション!
さらに小梅も跳び上がって同時に三角パス!
これには全く敵もボールに触ることが出来ない。
雫も高く跳躍してそのまま空中でワンツーを繰り出した。
一気に頭上からゴール前まで迫っていく。不意にサイドに展開する未来にパスを出し、ワンタッチで折り変えしてきたところを渾身の力で振り抜いた。
宙返りと共に急降下しながらのイナズマキック!
強烈な閃光が走ったように見えた。
その瞬間、何が起きたのか――誰にも分からない!
「ゴー、ゴーーーーーール! し、信じられない! いや、ボールがまさか、消えた!? そんなことが起こるのか? まさにまさにインクレディブルゴール!!」
光を纏ったユウに誰もが見惚れてしまってボールが見えなくなった。実況していた解説者も自分の目を疑いつつ戸惑いながら解説する。
ボールは確かにゴールの左隅の下に決まっていた。
ゴールを決めたユウは空中パスを一緒に展開した雫とハイタッチを交わす。これで一気に火が付いたのが絶対にボールを奪わせないとガンバリオンもムキになった。
しかし、目の前に立ちふさがったのはあの可愛いチアガール。
鈴音もれっきとした撃退士、ファンチームの一員だった。その可憐な顔を見た瞬間、動揺した敵はあっけなく横から未来にボールを奪われる。
「よーし、それじゃあはりきっていくわよー!」
鈴音は燃えていた。野球は大の得意でメジャーにも友達がいる程の腕前。しかし、サッカーはあまり知らない。だから人気サッカー漫画を見て予習してきたのだった。
のめり込んですっかり目が燃えていたのである。未来は誰も味方のいないゴール前に大きく蹴り込んだ。そんな場所に蹴り込んでもすぐにキーパーに取られる。
誰もがそう思った時だった。
鈴音が姿勢を低くして一気にギアチェンジした。
視界から風のように消えて、次の瞬間、ゴール前に姿を現していた。瞬間移動の早業でボールを捉えてそのままダイレクトにボレーシュートを放つ!
鈴音はゴールが決まるとカメラを見つけて駆け寄った。
そして、片目を瞑ってスマイル。
スタンドの大型ビジョンに鈴音のウィンクした顔がアップに映し出される。
「君のハートにギョオオオオオオオーーーーーール! まさに勝利のフィールドの女神! ジャンヌダルクだ! この場にいる誰もが君に釘付け! 僕のゴールを打ち砕く素晴らしいゴーーール!!! 鈴音! 鈴音! 鈴音ちゃんサイコオオーー!」
興奮して鼻血を噴き出した解説者が貧血で倒れてタンカーで運ばれていく。どうやらあまりの可愛らしさにすっかりファンになってしまったようだった……。
すでに試合は最終盤に差し掛かっていた。
深呼吸をしながらボールを静矢はセンターサークルに設置する。小梅がちょこんとボールを蹴った瞬間に、静矢は猛烈な勢いでボールを斜め上に蹴りあげた。
「この一発にすべてをかける!」
全力跳躍でボールに追いついた静矢は足に集中した。
渾身の力を振り絞ってボールを蹴り込む。
「飛べ、ボールよ。ガンバリオンの勢いの如く!」
瞬間、紫の鳳凰が姿を現し、フィールドに舞って慟哭したように見えた。キーパーは反射的に跳んだが、間に合わなかった。
強烈なボールが弾丸のように飛んでゴールの右隅に突き刺さる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
スタンドの全員が咆哮した。
ウェーブをしながら応援歌を唄って勝利を祝う。
「この鳥の如く、来期は一部優勝まで翔け上がれ、ガンバリオン!」
静矢は指を天井に向けてナンバーワンを示した。
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後日、試合を編集して作られたPVをみて斡旋所の女性職員は鼻水をズルズルしながら涙を流していた。試合でもないのになぜかガンバリオンの青いペイントを頬に施したまま、何度も繰り返して見ては咆哮している。あまりの出来の良さに感動したらしい。
そこへ静矢たちがやってきてお土産に選手のサインを持ってきた。袋の中身を見ると、狂喜乱舞して思わず静矢に抱きついて一緒に応援歌を唄う羽目になった。
「これ、貰っていいの? ありがとう! 静矢くん!!」
いつまでもその日はお祭り騒ぎだった。ガンバリオンの選手たちも、撃退士たちの強さに敬意を表してサインを快く書いてくれたのだった。
ちなみに空をバックに鈴音がサッカーをしている姿のプレミアカードが密かに作られて人気を博しているらしかった。当の本人は少し恥ずかしそうにしていたが笑顔である。
「来年は絶対一部優勝よ! うおおおおおおっ!!」
ユウは嬉しがっているファンを間近でみて心底ほっとしていた。役にたつことができてよかったと小梅やとしお、叶伊、未来たちと顔を見合わせる。
雫は楽しそうにしている職員をみてよかったと思った。もっとも試合中にスキルの巫女の方を使用した事に少し後悔していた。
戦う為でも、誰かを守る為でも無い。
ただの遊戯に水無瀬の秘術を使用したからだ。
天で見守ってくれているだろう家族はたぶん笑顔で許してくれるでしょうが――。
それでも今回のPVが多くの人に見てもらえたら嬉しい。
雫はそっと目を閉じて静かに祈った。