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マスター:凸一
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:4人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/07/10


みんなの思い出



オープニング


「うっふん、そこのあ、な、た。ちょっとうちへよっていらっしゃらない? いい子がそろってるわよん♪」
 真っ白に光る厚塗りをしたファンデーション。
 バンビのようなバシバシと瞬く蒼黒いマスカラを塗られた異様に長い睫毛。
 ピンクに染まった厚い唇……。
 白と黒と黄色のまだら模様のド派手なミニワンピのアゲハスタイル。
 女性にしては異様に太股と二の腕が太く、顔も細長くて胸板はごつかった。
 夜の駅近くの繁華街に立って客の呼び込みをしていたのは、オカマバーの店長を務める伊藤アゲハ(本名:伊藤光男45歳)。
 オネエ言葉を使った野太い声で道を歩く人達に声を熱心に掛けていた。
 彼女?はこの道に入って二十年を超す大ベテランである。
 オカマバーは景気がいい時にかなり繁盛していた。全盛期には店内に何十人ものオカマのウェイトレスを抱えており、客足が常に絶えなかった。
 客もサラリーマンだけではなく、女性客も結構多かった。大人の恋の悩みを相談するために、様々な事情を抱えた女性たちがやってきていたのである。
 だが、近年は不況によって地方都市の駅前の繁華街が寂れてきていた。それに伴ってオカマバーに来る客足も次第に少なくなって店員も辞めて行ったのである。
 最近は店長を含めて数人しか残っていなかった。
 オカマはもう受容がないのかもしれない……アゲハは密かに残念に思っていた。
 男でもなく、女でもない。
 ただの女装した男に思われるかもしれないがそれは違う!
 オカマは男性でありながらピュアな女性の心を持つ選ばれし者。
 男と女の気持をどちらも知っているからこそ、恋の悩み相談などに親密に乗ることができるのである。それがオカマのいいところだと自負していた。
 客足が遠のいても絶対に復興させたい。
 かつての用に賑やかだった店内をもう一度この手で。
 ぜったいに辞められない……これがアタシの生きるオカマ道。
 彼女は今日も冷たい夜風の中を頑張って健気にビラを配っていた。



「オカマバーが人気がなくて潰れそうだから、なんとか復興させるために手伝ってほしいという依頼が来ています」
 斡旋所の女性職員が静かに眼鏡の縁をあげて輝かせる。そのまま分厚い資料を片手におむろに説明の続きを喋りはじめた。
 依頼主はオカマバーの店長を務める伊藤アゲハ。近年の不況で客足が遠のいて経営するオカマバーが潰れそうになっていた。なんとかバーを復興させるために、撃退士たちの智慧と人出を借りたいのだという。
「みんなにはオカマバーを繁盛させるための企画を考えて頂きます。さらにオカマバーは人手不足であるため、できればウェイトレスとして店内を盛り上げてほしいとのこと。これが実際にこれまでウェイトレスが来ていた服になります……」
 職員が袋から出したのものに皆が息を呑んだ。
 店長が着ているド派手なアゲハ服、ぶりぶりのピンクのメイド服、セーラー服、バニーガール、そしてスクール水着に、バブルの頃を思わせるあまりに角度が深いハイレグ水着などであった。もちろん全て女性用である。
「夏の暑い時期は少しでも涼しくするために、ハイレグなどをよく着るらしいです」
 暑苦しい見た目を少しでも涼しくするためのお客様への心遣いだというが、本当にそれで涼しくなるのかどうかは誰も知る由はなかったが……。
「ともかく、オカマバーで皆が楽しく盛り上がれるようにくれぐれもよろしく」


リプレイ本文


「楽しいひとときが過ごせるオカマバー! 恋の相談もどんとこい! ですわ」
 繁華街の入り口で人だかりが出来ていた。
 仕事帰りのサラリーマンやOL達が入り乱れて何かビラを受け取っている。その中心にいるのは美貌のクリスティーナ アップルトン(ja9941)だった。
 長いブロンドの髪に碧眼の眩しい輝きを放つ瞳。
 背が高くすらりと伸びた脚はまさにモデル級。整いすぎた端正な表情はまるでこの世とは思えないほどの神々しい陶器のような美しさを放っている。
 人々はまるで海外のハリウッドスターがやってきたのかという熱い視線でクリスのことを眺めていた。甘く囁かれる声音に誘われてビラをつい受け取っていく。
 クリスはオカマバーの店長の伊藤アゲハに一目で気に入られてしまった。「女にしておくのはもったいない」というよくわからない褒め言葉をなぜか頂いた程である。
 早速アゲハの要望を受けて午前中は学園でビラ配りをした。そこでもクリスは人気であり、大行列になった撃退士たちにビラを配った。恋と聞いた女子たちは目を輝かせてビラを受け取り、それに釣られて男子も興味を持った。
 終わった後はこうして午後から繁華街の入り口に立っていたが、午前中の宣伝もあって大挙として店に客がやってきたのだった。
「お、お姉さんが恋の相談をしてくれるんですか?」
 サラリーマンが勘違いをして尋ねてくる。クリスは至近距離から破壊抜群の笑みを浮かべてビラを渡した。するとサラリーマンはまるで雷に打たれたように、その場に硬直し、その後すぐにオカマバーにダッシュで直行していったのである。



「いらっしゃい、まってたわよン♪ ア・ナ・タ」
 サラリーマンたちが大挙として店の入り口に押し掛けた時だった。店の中から出てきたのはマリア(jb9408)だった。黄色と黒の縞模様のアゲハ服。さらに背中には翅のようなものが左右に広がっていた。物凄く濃い化粧を施したマリアがローズ色の唇を窄める。
「ゆっくり――していってねン」
 物凄く力づよい握手をサラリーマンに求めるとそのまま店に連れ込んだ。度肝抜かれたサラリーマンが「ぎゃあああああ」と叫びながら店内の階段を下っていく。何やら恐ろしそうな所に他の客たちも一瞬顔を見合わせたが、すぐに先ほど会った美女のことを思い出した。彼女のような絶世の美女がいるのかもしれない――そう胸に期待を寄せて次々に客がマリアに案内されて新しい世界に飛び込んで行く。
「己の信ずる道貫き通すその姿勢実に良い! 元冥魔軍諜報員の底力見せたるで!」
 クリスにまけていられないと張り切っているのは紫 北斗(jb2918)だった。腕の筋肉等隠さずアゲハ服で盛り髪キャバ嬢メイクを施している。見た目は清楚綺麗系。
 ネームプレートに「ゆかり」と張られたドレスを着ている。深く裂けたスリットから魅惑の長い足が覗いていた……。アゲハの手伝いをしながらカクテルや料理を作っている。周りにはベテランのオカマ達がゆかりの手つきを見て感嘆の吐息を漏らす。
「ゆかりちゃん、あなたすごくきようねえ。アタシにも作り方お・し・え・て」
 真っ黒の顔をしたガタイのよいミニスカのオカマが迫ってきた。ゆかりはオカマ達に熱心に作り方を指導する。京都潜伏時割烹で板前修業していたため料理は得意である。程なくして未来風のすごいトロピカルな色をしたカクテルができた。
 出来上がったはいいが誰も試飲しようとはしない。黒いオカマは味見もせずにそれをすぐに客の方へ出しに行ってしまった……。
「ここが――噂のオカマバー……」
 そのとき、トレンチコートにサングラスを付けた怪しい男が現れた。
 彼の名は、姫路 眞央(ja8399)である。彼は知る人は知る俳優だった。歩く姿勢の凛々しさや時折髪を掻き上げる仕草が上品だった。周りを見ると人々はみんなクリスの方を見ており、自分の方にはまったく気が付いていない。少し悔しい気もしたが、今回はお忍びで来ている芸能人の役だった。
 役柄を演じるのは朝飯前である。彼は誰も見ていないのにも関わらず、上品に歩いたりコートの裾を直すなど洗練された細かい動きをした。
 誰も見ていないことを伺うと、その隙にバーの裏口からこっそりと中へ入っていく。



「フォーーーーーーー!!!」
 ギンギラギンに輝くステージでオカマ達が腰を振りながら踊っている。その中心にいるのはゆかりだった。なぜか服を着替えながらチャイナドレスに変身する。
 魅惑のセクシーダンスを繰り広げながらゆかりは客達を巻きこんでダンスを踊る。
 まさに非日常のテーマパーク。
 サラリーマンやOLたちは何だかわからないままゆかり達にカクテルを飲まされた。すぐに顔が紅潮して踊りだしたい気分になってきた。
 誘われるがままにみんなが「フォオオオオオオオオ!!」と叫びながら、そこへ店長のアゲハがゆかりと手を組んで激しい腰振りダンスを始める。
 いつの間にか店内は人で溢れかえっていた。あれほど寂れていた店内がまるでバブルの頃のような賑わいの絶頂を見せている。
「あっ、さっきビラ配ってた人じゃん」
 中で飲んでいたのはビラを配り終えたクリスだった。オカマをはべらせてくつろいでいる姿を見て客が驚いて声をあげる。
 だが、クリスはそんな些細なことを気にしない。
「さぁ、今夜はパァーっとやるのですわ!」
 突然客席から立ち上がってそのセクスィーダイナマイトを見せつける。
「クリスさん、さいこおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 客の一人が叫び声をあげる。ストレス発散ということで、クリスがなにか一言ステージで絶叫してはどうかと提案した。だが、ほとんどの者はなぜかクリスのことを褒め称える言葉ばかりが並んだ。
「クリスさん、ナイスバディ!!」「クリスさん結婚してえええ!!」「クリスさん、俺の嫁と交換してえええええええええ!!」などなど。
 こんな活気は今までなかった。その場にいたオカマと客たちはいきいきしていた。店長のアゲハとゆかりは歓喜の雄叫びをあげながら次々にやってくる客にウィンクする。
「あの……実は俺、先輩の厚い胸板にトキメいてしまうんです……変でしょうか?」
 サラリーマンが思い詰めた表情で横に座ったマリアに衝撃の告白をした。どうやらこのサラリーマンは会社の部長に恋をしてしまったようだった。
 もちろん、相手は妻子持ちの立派なアラフォー男性である。だが、その逞しい肉体と立派に蓄えた髭に心を奪われてしまったようだった。
「こんなことっておかしい……でしょうか? 俺、自信がないんです」
 マリアは黙ってサラリーマンの言うことを聞いていた。煙草の火や、空きグラスへの御代わりをさりげなく提供する。長年培われてきたスキルである。頷きながらそれを否定も肯定もせずに一通り聞き終わった後におもむろに口を開く。
「アナタ……この店で働いてみる気ある?」
 あまりの衝撃の答えに今度はサラリーマンが耳を疑った。オカマになることで、相手に女性としての魅力を気付かせる。
 さらに違った自分の魅力に気づくことで自分に自信をつける。一石二鳥の驚くべき作戦内容だった。流石はこの道のベテランであるマリアである。
 サラリーマンは早速アゲハに交渉して、すぐに脱サラしてこの道に入るという決意をしてしまった。マリアにお礼を言いながら笑顔で帰って行ったのである。
 本当にそれでいいのか? 誰もが思ったが、あまりの彼の熱意に結局誰もそのことを口にできなかった……。
 マリアはバニーガールに着替えるとゆかりと交代してステージに立って今度はデユエットをしながら濃厚なダンスを踊り始めた。



「小さい頃はお父さんのお嫁さんになるーって言ってくれるほどのお父さんっこだったのに……」
 サングラスの男はカランカランと、氷をグラスに鳴らす。
 周りをオカマで囲まれてVip席でカクテルを静かに傾けながら飲んでいたのは眞央である。サングラスを外すと、涼しい精悍な顔立ちが現れた。
 活気で溢れるステージとは裏腹にどこか彼の表情は沈んでいた。物思いにふけるように何度も傾けながら、ゆかりが持ってきたクッキーを肴にカクテルを飲みほしていく。
「どうかしましたかしらン?」
 ゆかりが眞央のよこに座って話しかける。しばらく黙っていた眞央がおもむろに口を開いて言葉を心の奥底から振りしぼる。
「最近……息子のお父さん離れが加速していて辛くて」
 周りにいた客たちはその言葉を聞いてドキッとした。この男は何者だ? それにもまして息子とは一体どういう関係だ? まさかとは思うが――。
 客たちはあらぬ妄想を繰り広げていた。そうとも知らずに眞央は愚痴を零すとカクテルを煽るようにまた一気に喉の奥へと流し込む。これで一体何杯目だろうか。すでに両手で数える量は超えている。それなのにまったく酔った気配をみせていない。いや、すでに酔っているのだろうか……?
 彼の愚痴はさらに留まることを知らずにヒートアップしていく。
「私が息子を傷つけてしまったのもあるからわかる……わかるんですよ。
でも家出から帰ってきて和解した後も……なんかね……」
「その気持ちわかるわぁ……記念日とかも?」
「そうですねえ……バレンタインのチョコはここ数年貰ってないし……」
「やっぱり」
「バレンタインやホワイトデーや息子のお誕生日やクリスマスも 昔は一緒に過ごしていたのに、ここ数年は仲の良い女の子と出かけるようになって……。
特にクリスマスなんて私の誕生日でもあるんですよ……」
「それは辛いわねえ」
「これが親離れっていうんですかね……辛い……うちの息子は本当にもう可愛くて、なくなった妻とも瓜二つで本当……うぅっ……」
 ゆかりに抱きかかえられながらついに嗚咽を漏らし始める眞央。すでに頭の世界はあっちの方向にいってしまっており、もう立ち直れそうになかった。
「妻は私には勿体無いくらいの女性でした……。
なぜ私達を残して逝ってしまったのだ……ぐすぐす。
産後の経過が悪かったんです……。
私がもっと仕事をやすんで傍についていてやれたら……ぐすぐす」
 彼はその後もうわ言を呟くように咽びながらカクテルを一気飲みし続けた。あまりのザルぶりに周りの客は度肝抜かれたが、その間もゆかりは献身的に介抱していた。
 全身からアンタの味方よオーラ出しつつ、明るい未来に背中を押す。
「大丈夫、息子さんは今立派な男になろうとしてるのよん」
 ゆかりの力づよい宣言にようやく眞央は我に返る。
「そうだな……子供は巣立つもの……。
天国の妻が安心できるよう私も子離れせねばな」
 その様子を見ていた客たちがそのとき、一斉に立ち上がって拍手を送った。



「今日はどうもありがと。また来てねん」
 アゲハは来てくれた撃退士に向かって一人ずつ固い握手を交わした。クリス達が客を呼び込んで、マリアやゆかりが客を楽しく接待してくれた御蔭で、こんなに多くの人がやって来てくれたと感謝をした。
「店長さん、またなにかあったら呼んでくださって結構ですわ。そのときはよろしくお願いします。『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上! ですわ」
 クリスは溌剌とした元気のよい声で挨拶をした。みんなは別れを名残惜しんだ。あまりに華麗なその言動がオカマたちにも評判を呼んでいたのである。
「学園長に宣伝したら職員や通販会社社員連れて遊びにきてくれんかな」
 ぼそっと、ゆかり――北斗が口にした。
 あまりに怖くて直接言いに行けなかったが、今度はやってみようかと思う。それを聞いた眞央が変な妄想をして盛大にむせ返った。
 ……一体何を想像したのだろう?
「そういえば、あれは本気かしらん?」
 帰り際になってマリアがふと気になって眞央に尋ねた。
「ははは、あれは演技だぞ?」
 笑顔を張りつかせた眞央はすでにサングラスを付けていた。トレンチコートを翻して颯爽と夜の街へと消えて行く。
 果たしてそのセリフ自体も演技だったのか……。
 訝しながらもアゲハは帰っていく撃退士をいつまでも手を振って見送ってくれた。


依頼結果