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澄み渡る満天の夜空に星座達が踊る。
弓を構えて矢を引き搾りながらサソリを狙うサギタリウス。
鋭い毒針を曲げて威嚇しながら逃げる砂漠の帝王。
清純な白い羽を広げて夜空を駆ける天界のペガサス。
古代の人々が描いたロマンが今宵も夜空に瞬いていた。白く光る星達は何億光年という古代からやってきた光――この中には現在は滅んでしまった星もあるだろう。
「――暗いせいで混乱が深まらなければ良いのですが」
不安に思いながらと雫(
ja1894)は見つめる。傍らには同じように天を見て微動だにしない仁良井 叶伊(
ja0618)とアサニエル(
jb5431)の姿があった。
「やれやれ、星座は遠く仰ぎ見るから綺麗なんだよ。
こんなに近いんじゃ迷惑さね」
両手を腰に当てて仁王立ちで星を見あげる大きな天使。
まるで彼女こそが星座の偉人であるかのようなオーラーを出している。
「……にしても、星空観賞会ですか。
……戦時中に剛毅な事ですが、どうせやるなら最初から撃退士を呼んでいただければ善処しますけどね」
同じく溜息を吐きながら叶伊も言葉を漏らす。
射手座=ケイローンは別として、天馬座と蠍座は元々化物である。
人を襲うのは当然なのかもしれないが……。
まあ、兵器として造られた以上、そんな事を考えても仕方ないので被害が出る前に全滅させようと叶伊は密かに胸の奥で決心を固めた。
「しかし星座型のディアボロですか……3体というのもなんだか中途半端ですね。
何が目的なのでしょうか」
数多ある星を見ながら水無瀬 雫(
jb9544)は疑問を口にした。綺麗な星空を見に来た人々を傷つけることは許されないことだった。唇をきゅっと引き締めて姿勢を正した。
せめて一人でも犠牲が出ないように――水無瀬の名にかけてディアボロを倒す。
目を閉じて静かに呼吸をしているのはマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)。
周りは多くの星を見るカップルや家族づれで賑わっていた。風のそよ風に揺れる草の擦れる音に耳を澄まして敵の気配を探っている。エルネスタ・ミルドレッド(
jb6035)も用心しながら一般客に紛れて警戒していた。
辺りは真っ暗な暗闇に覆われていた。
唯一、星達が灯りになっている。ディアボロ達は何処かに潜んでいる。
暗闇に紛れて幸せなカップルに襲いかかってくる。
息を呑みながら緊張に鼓動が速くなっていくのを感じていた。
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「おい――あれを見ろよ、天馬が夜空を走っている」
その時、一人の観客の男が不思議そうに言葉を漏らした。
それは最初、星座のように見えた。夜空を瞬く星のイタズラのように。
だが、白い羽を大きく広げた天馬は地上に向かって来ていた。
みるみるうちに大きくなっていく。赤い目をして鋭い角を尖らせたペガサスだった。
大勢の観客がいる方向に向かって一目散に突っ込んでくる。異変をすぐに感じ取った水無瀬が一般客の前に立ちはだかる。混乱しないように下がらせた。
「できるだけ――遠くへ逃げて」
大きな声を掛けながらエルネスタも客たちを守ろうと懸命に動く。不意に反対の夜空から人馬が現れた。鬼の形相で弓を担いでいる。マキナはすぐに動いた。
誰よりも早く強く、ディアボロを倒すために。
放たれる矢の軌跡を辿って自ら先頭に立って突っ込んでいく。
敵の攻撃を体で受けながら楯になった。激しい攻撃に流石のマキナも声がでない。
だが、絶対に一般人を攻撃させるわけにはいかなかった。
静かに歯を食いしばって冷静な表情を崩さない。
穿たれた傷など、喰らえば癒すも易い。
縛鎖を以て逃すつもりはなく。
堅牢な防御を誇るなら、それごと摧き滅ぼすまで――。
マキナは目の色を変えて一瞬で、跳びが上がるとサギタリウスの影から、猛烈な攻
撃を浴びせかけた。その瞬間、サギタリウスが弾き飛ばされた。
観客はパニックになった。将棋倒しにならないように天文館の方へ誘導する。雫はソーラーランタンを灯して逃げ惑う人々の目印となった。
「敵から目立ってしまいますが、無秩序に避難するよりは守り易い筈!」
雫の御蔭で逃げる方向を見つけた人達がわれ先にと逃げていく。だが、やはり敵もただ黙って見ているわけではなかった。
地面から一般客の脚を止めるようにサソリが顔をだして水無瀬は顔を顰める。
激しいハサミ攻撃にやられて防戦一方になる。
体中に傷を負ってその場に倒れこみそうになった。
「あんたも星座になりたくなきゃ、キリキリ立ち上がりな」
軽口を叩きながら叱咤したのはアサニエルだった。
ヒールで水無瀬を癒してすぐに敵を鋭く睨み返す。
「さて、さっさと片付けないと、天体観測の時間が無くなっちまうね」
まるで地上の星のように偉大なオーラーを放つアサニエルが気合を入れ始めた。腰に力を入れると一気に夜空に舞いがある。そのまま猛スピードでペガサスに突っ込んだ。
天馬は一般人に襲いかかろうと角を向けて突進していた。
横からアサニエルが突っ込んで、一気に鎖の束を撃ち放つ。
雫も両手を翳して鎖を降らせた。二人が放った鎖が網のように襲いかかる。
不意に現れた鎖の束がペガサスの角に絡みついた。異変に気が付いた時は遅かった。強力な鎖の束が脚にも巻きついて空で動けなくなってしまう。
アサニエルと雫が両方から引っ張り合いをする。
「あんたはまだ出てくる時期じゃないんだよ!」
唯一秋の星座のペガサスにアサニエルは雄叫びをあげて力を入れた。
あまりの力強さに角が折れて、脚が変な方向に曲がった。
ペガサスは絶叫の雄叫びをあげて苦悶の表情をする。
翼を捩じりあげるように雫は迫る。
不意に上に跳びこむように背中に向けて強烈な蹴りを食らわした。
強引に力を込めて引っ張るとペガサスはそのまま地面と叩き落とされた。
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二人の果敢な攻撃を熱心に見つめていたのはエルネスタだった。
戦闘スタイルを間近で観察しながら納得したように何度も頷く。
敵味方関係なく他人の戦う姿は参考になる。
華麗な動きと気迫に息を呑みながら一部始終を見守っていた。
サギタリウスがと撃退士の裏側に回って矢を放つ。
猛烈な火の矢を背中から放たれて雫とアサニエルは苦しみながらその場を脱出する。サソリも簡単に逃がしてはなるまいと大きなハサミで攻撃を繰り出してきた。
しつこく迫ってくるサソリを何とかしようと雫が前に躍り出る。体の節目を狙って思いっきり腕を振って攻撃を繰り出した。サソリの体がはじけ飛んだ。
弱点を付かれてサソリは慌てる。ちぎれそうな体に鞭を撃って地面に隠れようとしたその時だった。尾を思いっきり踏みつけられてうめき声が漏れた。
見上げるとそこには地上の星のアサニエル座。
肝である尾の針を踏みつぶされてサソリは絶叫して果ててしまった……。
自分もいつまでも見ているだけではいけなかった。エルネスタは、上から挟むように攻撃してくるサギタリウスをまず何とかしようと蜃気楼で姿を消した。
その間に飛行してサギタリウスに気づかれないように接近する。
目標を失った敵は目の前にいる叶伊に向かって襲いかかってきた。
すぐに危険を察知した彼は草原を縦横に走りながら距離を取ろうとする。スネークバイトに武器を持ちかえて敵の頭めがけて攻撃を放つ。
激しい攻防の繰り返しに流石の叶伊も息が上がり始めた。
敵の弓矢を放つ隙を与えないように動きながら適度に攻撃を加えていく。その隙に横からエルネスタが闇から姿を突然露わす。
一瞬、サギタリウスの反応が遅れた。
鞭が放たれてサギタリウスの脚に絡みついた。動きを止められて必死になって敵はもがこうとするが動けば動くほど複雑に絡まって逆効果になる。
水無瀬が狙い澄ましたように銃を構えた。
まるで悠久の彼方の星を狙い落とすかのように。
片目を閉じて照準を合わすと、敵の腹めがけて容赦なく撃ち込んだ。
夜空を駆ける蒼い弾丸はサギタリスの心臓を撃ち抜いた。
咆哮しながら崩れ墜ちるように夜空から降ってくる。マキナは地面に叩きつけられてうめき声をあげるサギタリウスの体を容赦なく踏みつけた。
故に疾く幕を引こう。
現世に具現したこの地獄――この戦場に。
武器を振りかぶって容赦なく振り下ろす。
害悪を撒き散らすしか知らぬなら、この場で潰えるが必定と知れ――。
サギタリウスは上半身と下半身を真っ二つにされて地面に伏した。
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夜空に輝く星達は何事もなかったかのように瞬いている。
綺麗に澄み渡る星はまるで時を止めてしまったかのようだった。
時間という概念を超越して――今宵も輝きを増す。
撃退士が戦っていた時間なんて星からみればほんの一瞬に過ぎない。
それでも撃退士がいたからこそはかない命は今日も守られた。
数多ある星の輝きを見ながら叶伊はそう思わずにいられなかった。
傷ついたマキナやエルネスタの応急措置を甲斐甲斐しくおこなっていたのは雫だった。
「他に何か気の利いた演出が出来れば良いのですが、今の私にはこれが精一杯です」
懸命に早く措置を行った御蔭で二人とも大事には至らなかった。
二人とも雫にお礼を言って立ち上がる。
不意に見上げた夜空はとても綺麗で澄んでいた。
まるで自分達が星の一部になったかのようだった。
激しい戦闘で疲れていたが、その美しい光景を見て癒される。
ずっといつまでも見ていたい光景だった。
草の陰で家族やカップル達が幸せそうに顔を寄せ合っている。
「星、綺麗ですね。よく家族で見ていたのを思い出します……懐かしいです」
水無瀬も昔を思い出していた。
そっと胸に手をやって静かに目を閉じる。
自分もこんな風に一緒に星をみていたことが脳裏に浮かんでいた。
どうか皆が安らいで愛する人達とこうやって星を眺めていられるように。
星に願いをかけながら水無瀬は幸せな思い出を噛み締めた。
ちなみにアサニエルの姿はどこにも見当たらなかった。
戦闘が終わってすぐに何処かに行ってしまったのだろうと思われる。
「あっ、あれはアサニエル座!」
不意に雫が叫ぶと、そこには夜空に輝く変な形の星があった。
結んでいくと確かに腰に手をあてて仁王立ちしている彼女の姿に見えなくもない。
「嗚呼、素敵」
アサニエルはこうして偉大な星座として雫に崇められた……らしい。