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昼下がりの公園には大勢の家族連れやカップルの姿がある。
澄み渡る青空に心地の良い風が吹いていた。
中央の池にはスワンボートに乗ってはしゃぐ若い人たち。
水しぶきを浴びて笑顔を振りまく子供。
池のほとりに辺りには木々や珍しい草花が生えている。周りには大きな木々と藪が広がっていてその前にはベンチに座る桜井・L・瑞穂(
ja0027)の帝神 緋色(
ja0640)の姿。
お姫様のような格好の緋色が背の高い美貌の瑞穂の膝に座っていた。
見た目はまるで美少女と強気のお嬢様の組み合わせのように見える。だが、緋色の方は男性的な声音を発していた。小林玉枝が近くの藪の中に潜んで様子を伺う。
あの二人はいったい――?
玉枝はしばらく様子を見ようと気付かれぬようにさらに傍に近寄った。
「うふふふっ。緋色ぉ、やっぱり貴方は素敵ですわぁ♪」
恍惚の笑みを浮かべて緋色の頬を撫でながらおでこに口を寄せる。
すでに表情がデレデレとにやけていた。
甘い二人きりの空間ができていた。
周りには誰もいない。全く気にする様子を見せることもなく瑞穂が緋色の体を後ろに抱き締めながらイチャイチャをエスカレートさせていく。
「あ、あんんぅっ!? ひ、緋色ぉ♪ こんな所で、い、いけませんわぁぁっ♪」
瑞穂が顔を赤らめて身をよじってイヤイヤをする。それまでされるがままになっていた緋色が突然両手を彼女の脇にいれてまさぐり始めたのだった。
あまりのこそばゆさに思わず吐息が漏れる瑞穂。
不敵な笑みを浮かべつつ、さらにまさぐる指のスピードを速めていく。
「瑞穂ったら、こういうのが嬉しいくせに……ほらほら♪」
二人は甘い空間の中で一目憚らずにお互いに触り合いをしていた。
すでにお互いのことしか見えていない。
甘い吐息を出しながらさらに深く二人の手が絡み合って行く。
「な、なんて破廉恥!」
思わず言葉が漏れてしまい、慌てて玉枝は口を押さえる。
見ているこちらが恥ずかしくなるほどの光景。
玉枝の眉間の血管が浮き出てきている。ブチ切れる寸前を必死に押さえていた。
不純異性交遊だ!
人前でそんな破廉恥な行為をするなんて言語道断!
怒りももう我慢の限界に来ていたが、まだ緋色が男だという確証をもったわけではない。
爆発する寸前の怒りを抑えつけてもう少し様子を伺うことにした。
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「ねえ、あそこのクレープ買ってほしいなあ」
上目づかいに甘えながら浪風 威鈴(
ja8371)が浪風 悠人(
ja3452)の袖を引っ張る。視線の先にはクレープ屋が池のほとりの前に止まっていた。
子供たちやカップルが近くのベンチに座って美味しそうに頬張っていた。
色取り取りの味のクレープが売られていた。イチゴ味やオレンジ味にバナナ味とたくさんの豊富な種類がある。メニューを見ながら威鈴がバナナ味を指さす。
悠人はイチゴ味を自分用に買って、バナナ味を威鈴に渡した。
「おい……しい……♪」
美味しそうに頬張る威鈴の笑顔を見てなんだか幸せな気分になってくる。ずっとその様子を眺めていると「食べる…?」と言って自分の持ってるクレープを差し出してきた。
悠人は食べかけのクレープをそのまま躊躇なく口に含む。
「いけないんだあ、いけないんだあ、間接キスだあ!!」
頭を掻き毟るように安倍貞夫が叫んだ。
七三の眼鏡を付けたまるでモテなさそうな男。
あまりの悠人と威鈴のイチャイチャぶりに歯ぎしりが止まらない。
「あっちいこ」
変な人があられたとばかりに威鈴が悠人を促す。
絡まれないうちにその場から逃げ出すように二人はほとりのベンチの方へ行く。周りは誰もおらず鬱蒼とした藪に囲まれている場所だった。
二人はベンチに座って他愛もないことを喋りながらクレープを食べる。こっそりと後をつけてやってきた貞夫もベンチの裏の藪に隠れて様子を伺った。
こんなところをもし……子供たちがみたら?
教育上絶対によろしくない。
僕はそんな未来のある子供たちのために不純異性交遊を討伐する必要がある!
ぶつぶつと呟きながら一人で勝手に使命感に燃える貞夫。
まるでPTAのオバサンのように鋭い視線で二人の様子を観察する。
「これ甘いね」
「こっちもよかったら食べてみる?」
「うん、一口ちょうだい」
「じゃあ、こっちむいて。あ〜ん」
「あ〜ん」
「もっと、こっち向いて」
「うん、こう? あ、ああ〜ん」
貞夫の目の前でとても甘い光景が展開されていた。
一目憚らずにまるでこの世界は自分たちだけのように振る舞っている。
必死に押さえるように貞夫は我慢していたその時。
「ねえ、写真撮ろう?」
威鈴が一緒に写真を撮るために悠人に近づいて――
肩と肩が触れ合い、唇同士が触れそうになって――
あああああああああああああああああああああああああ!
だめだめだめだだめだめだめだめだめ!
「ストップ、ストップ、ストップ、ストップ、ストオオオオオオップ!」
ついに我慢しきれずに爆発した貞夫。
頭をぼりぼり掻きむしながら勢いよく草むらに飛び出した。
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近くの草むらで誰かが絶叫する声が聞こえた。
異変を感じた瑞穂と緋色がベンチを立ち上がって行ってみると、そこにはもうひとつのベンチがあって悠人と威鈴が困惑気味に座っていた。
傍には発狂してうわ言を繰り返している貞夫の姿があった。
「絶対に許さない! 不純異性交遊よ、貴方達、絶対にPTAに訴えてやる」
まるで阿修羅のように髪をぼさぼさに振り乱した玉枝が草むらから這い出てきた。迷彩柄に顔をペイントをしてまるで軍隊のようである。
手には恐ろしい金属バッドを持っており、威嚇するように振りまわす。
悠人はすぐに立ち上がって金属バットを抑えにかかる。怪我をしないように、威鈴の前に立って勇敢に立ち向かう。そのカッコいい姿に威鈴も頬が赤くなっていた。
「いらいらいいらいらする! なんなななんんなの貴方達! 喧嘩を売っているの!」
悠人達の行為にさらに玉枝はいらだちを募らせる。全く蚊帳の外でその時、瑞穂と緋色は構うことなく二人でお互いに頭を撫でながら顔を近寄せていた。
貞夫が顔を真っ赤にしながら絶叫した。
「そこおおおおお! どさくさにまぎれてなにやってるんですか! 条例違反です!」
ピイイイイイと何故か笛を取り出して笛を吹きながらレッドカードを出す。さらに、「女の子であっても駄目なものは駄目です」と口を酸っぱくする。
緋色の見た目は美少女そのものだった。貞夫は勘違いしていた。
「……あ、一応僕、男だから」
その言葉を聞いて絶句する玉枝と貞夫。
互いに顔を見合わせて次第にぶるぶると震え始める。
「女の子の恰好して……そんないかがわしいことをするなんて破廉恥!」
玉枝は怒りが頂点に達していた。あろうことか、女装をして女同士のカップルをするなんて条例のそのまた条例違反だ、と血管を沸騰させる。
ついに怒りがマックスに到達した玉枝が数珠を懐から取り出してお経を唱え始める。
ぶつぶつ鬼気迫る玉枝に流石の瑞穂達も気味が悪くなってきた。
鬼気迫る玉枝の形相に緋色も瑞穂の陰に隠れる。
じりじりと威圧感に押されて後退しかけていたその時。
「お経……? ボク……幽霊じゃ……ないよ?」
威鈴が素っ頓狂なことを言い放った。
「ねぇ……なんでお経……なの……?」」
意味が分からないと首をかしげて、傍らにいる悠人に抱きつく。馬鹿にされたと思った玉枝はますます怒りを露わにして金属バッドを振りまわす。
「むぅ……ボク……何も……してない……」
威鈴は間一髪の所で避けて逆に玉枝の手首を抑えることに成功した。
「お痛は関心しないな」
悠人は威鈴の間に入って颯爽と金属バットを振り落とす。
木にもたれかかるようにして悠人はバンと叩いて玉枝を追い込んだ。
髪を掻きあげて上から目線で玉枝を怒鳴りつける。
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「恋人……欲しい……なら……そういう……のすると……嫌われちゃう……よ……?」
首をかしげながら威鈴はまるで問いかけるように玉枝に話す。
「だって……綺麗……なのに……変なの……」と悠人に聞いた。
その言葉に玉枝が茫然と目を開ける。
綺麗ってわたしのこと?
玉枝はあまりのことに愕然とした。
「あっ、玉枝さんしっかりしてください!!」
倒れそうになる玉枝を貞夫が寸前の所でキャッチする。
生まれてから今まで一度もそんなことをいわれたことがなかった。
自分のことが生まれつきブスだと思っていた。
絶対にありえないことだった。
「リア充が羨ましいならなればいい、なるために努力すればいい。僕だってこの姿維持するのに結構頑張ってるんだよ? 君は君の活かし方を知らないだけさ」
黙っていた緋色がおもむろに口を開けて言葉を続ける。
「自信がないならつけさせてあげる」
緋色は瑞穂と共に戸惑う玉枝の袖を引っ張って連行した。
玉枝は草原の陰で二人に着せ替え人形にされた。やぼったい服装をすべて取り換え、髪を整えてさらに完璧なメイクを施す。
しばらく経って現れた玉枝は見違えるように変身していた。
「こ、これが、わ、わたし?」
手鏡をみた玉枝が思わず呟いた。
もともと素材がよかった玉枝は化粧すると見栄えがよくなった。
その素質を見抜いていた瑞穂が手に腰をやって大きな胸を張る。
「自分を過小評価し過ぎでしてよ? ねぇ、緋色♪」
「ほら、ちゃんと整えればこれだけ綺麗になれるんだよ。頑張って維持してね♪」
互いに目を見合わせて得意げに緋色と瑞穂が話す。まさか自分がこんな風に生まれ変わることができると思っていなかった玉枝は感動にうちふるえていた。
「人を恨み、傷つけるだけでは幸せにはなれない、そして悪い事をする人に王子は現れない。本当に幸せになりたいのならまずは自分を変える努力が必要であり、自分が変わることで周囲や環境が変わり、自然と人と触れ合う事が増え、いつか運命の出会いが来る。俺も今幸せなのは努力を惜しまなかった結果だ」
悠人は茫然と涙をためる玉枝に向かって言葉を紡いでいく。一言一言に頷きながら玉枝はもう心に決めたようだった。
だれも傷つけてはいけない。
まずは自分に自信を持とう。
すぐには現れないかもしれないけれど素敵な王子様がやってくることを信じて。
「これからは肉食系女子の時代、ほら、都合が良い獲物(貞夫)がいましてよ♪」
「えっ、ちょっ、俺? なにそのまさかの展開」
瑞穂が指を差す方向には動転する貞夫。
「そうそう、待ってるだけじゃリア充にはなれないんだよ。積極的に攻めていかないと。
何事も経験さ、ほら、そこに丁度いい相手(貞夫)も居るし、ほらほら♪」
緋色と瑞穂は強引に玉枝の腕をとると貞夫の方へと投げた。
転げるように玉枝は貞夫に向かって走り出す。
「えっ、いや、その、俺、まだだいじょぶですからあああああああああああああああ」
突然の出来事に絶叫する貞夫。
目の形相を変えてついにやる気満々の闘志を見せる玉枝が追いかける。
そんな微笑ましい様子を見ていて撃退士達もベンチに戻り始めた。
今日はまだまだこれからだ。
絶好のデート日和を誰よりも好きな人と一緒に――。
「クレープもう一個食べに行こう」
威鈴が悠人の腕に凭れかかって幸せそうにほほ笑んだ。