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「カツラ……そんなに欲しかったのかな……カラス」
哀愁を帯びた表情で浪風 威鈴(
ja8371)が傍らの浪風 悠人(
ja3452)に向かって呟いた。佐藤先生の自慢のカツラがカラスの巣作りに使われて壊れてやしないかと心配になる。
これは断じて笑いごとではなかった。
一人の優秀な教師の進退が掛っているのである。
もし見つからなければ佐藤先生の人生は今日で終了してしまうのだ。
「はやく先生の為にみつけてあげよう。そうすれば必ず立ち直ってくれるはずだ」
自分に言い聞かせるように悠人は頷いた。それに馬鹿にする生徒たちも、自分達が将来ハゲになる可能性だって十分あるのである。ネチネチ苛めるなんて許せないことだ。
虫よけスプレーをお互いにかけて準備を整える。
同じく捜索にあたる天険 突破(
jb0947)達とも連絡を取れる体制を整えて、撃退士たちは裏山のカラスが巣をつくっている場所へ向けて分け入っていく。
突破は自信満々に藪の中を分け入って行った。
ヅラの捜索には自信がある。
先日の依頼でヅラを捜索していたノウハウを持っていた。
だが、それは結局噂で見つけるまでに至ってなかったが――。
「上の方か? まずはこの餌でおびき寄せてみるか」
突破は持参してきていた稲荷寿司などを上に向けて掲げてみた。
カアカアカアカア!
すると頭上から激しい羽音がする。気がつくと大量のカラスが目の前にやってきて、突破の頭を激しく突っつき始めた。あまりの痛みに思わず突破は叫ぶ。
カアカアカアカア!!
「やめろ、やめるんだぁ! 大事な髪なんだ、俺はまだ禿げたくないっ!」
逃げまどいながら突破は悠人達に巣のありそうな場所を伝えた。そのまま突破はカラスに髪を攻撃されながら山を一旦降りて行った。
突破から連絡を受けた威鈴と悠人は手分けして山に入り込む。
ちょうど突破に指摘された場所にたどり着いた。辺りには大量のカラスが枝に止まっており、辺りをかなり警戒している。地形を把握するとどうやら数十個の巣がある。
「ゴミ……なんか……嫌だな……」と呟き、カラスの巣を眺める。巣にはいろいろな場所から取ってきた思われるハンガーやゴミなどで作られていた。
大量のカラスが飛んでくるのが見えて威鈴が深い闇を放った。その瞬間に、自分よりも暗い闇に包まれたカラスが次々に叫びながら暴れ出す。
「お願いだから静かに……して欲しい」
カラス達が巣から離れた隙を狙って二人は手分けして木の上に昇った。
一つずつ卵や雛を避けて巣を確かめながら確認していく。すると、かなりたくさんの雛がいる巣に人間の髪形らしいものが見えた。
悠人はカラスの雛を挑発して、その間に下から威鈴にヅラを抜き取ってもらう。親鳥が雛を取られてはなるまいと攻撃をしかけてきたが、悠人が体で食い止めた。
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「先生のカツラ……穴が空いている……糞で汚れてかなり臭い……」
裏山から取ってきたカツラを見るなり威鈴が呟いた。このままでは先生は失望して二度と学校には戻れなくなる。何とかしてカツラを修理する必要があった。
回収後悠人は傷まないようにリンスインシャンプーで綺麗に洗い、優しく乾かす。
事前に聞いていたカツラの形を頼りに修理を施していった。
一方でその頃、東風谷映姫(
jb4067)とヒヨス(
jb8930)が学校を訪れていた。
先生はカツラを着けずに二人に伴われて教室に入ろうとする。
「駄目だ、やっぱりあのヅラがないと生きていけない……」
トラウマのフラッシュバックが起きて先生は頭を抱えてその場にうずくまる。
イケメンの先生だった。さぞかし生徒たちに人気があったのだろう。
だが、今の彼は禿である。落ち武者のようなてっぺんつるつる禿である。
自信とプライドと毛根を奪われて廊下に膝をつく悲しい教師。
「ツラが見つからない場合、先生はいっそ開き直って、ピカピカなお坊主頭にするのはいかがでしょう? きっとそのほうが似合いますよ?
人は無理するのが一番似合いませんから」
肩を叩いてヒヨスが慰めようとするがどうやら焼け石に水だったらしい。
佐藤先生の背中にさらに深い影が差す。二人にようやく連れられて教室に入った佐藤先生だったがその瞬間に生徒達が堪え切れずに指を差す。
小学生達は佐藤先生のことを完全に馬鹿にした態度だった。
二人が先生の髪のことについて触れた瞬間に、教室内では爆笑の渦が巻き起こる。
このままでは先生が一生立ち直れない傷を負ってしまう。
絶体絶命のピンチに教壇の前にバアンと手を叩いて映姫が静粛を唱えた。
「先生……先生はヅラが無くてもかっこいいですよ!」
映姫は徐にそう言って自分の頭に手をやった。
見た目は美少女の彼女が一体なにをするのかと生徒の誰もが固唾を呑む。
その瞬間、スポッとカツラが取れた。
「ほら見てください……実は私もヅラなんです。おまけに管理職で疲れ切ったおじさんの様なハゲなんです」
あまりの驚きに生徒達は声も出ないようだった。
無理もない。美少女がまさかまるでオッサンのような禿頭だったからである。
罵っていいのかどうかわからずただ口をぽかんとあけるだけの生徒たち。
映姫は数々のハゲでかっこいい俳優の写真を取り出す。
「もし今そのハゲがカッコ悪いというなら全部剃ってしまえばいいのです!ハゲでかっこいい男性はいっぱいいますよ!」
そして生徒たちの方に歩み寄り笑いながら鬼の形相でにらむ。
「貴方たちの心無いいたずらにより一人の人間の未来が奪われようとしています。さて質問です、貴方たちに一人の人間の未来を奪う権利はあるのでしょうか?」
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教室内はざわめき始めた。禿はカッコ悪いそのはずだった。
馬鹿にしたようにある一人の男の子が禿はカッコ悪いと連発する。
次々に男子が禿はいやだ、きもちわるいと騒ぎはじめた。不意にその様子をみた、突破が不敵な笑みを浮かべて生徒たちに近づく。
小声で何かを突破が耳打ちするとみるみるうちに顔を青ざめた。
「俺が、将来はげるだって!? そんなのはいやだあああ」
頭を掻きむしりながら教室を出て行った。
突破は事前に禿げている親父の生徒を調べていたのである。
「学園長の噂を聞いたことあるだろう?
あまりカツラをバカにしていると、学園にいられなくなるかも、いや、それだけで済めばいいけどな」
脅しをかけるのも忘れない。補足するように悠人も黒板の前に立って、禿のメカニズムについて簡単な講義をする。普段からの髪や毛根の手入れの仕方、男性ホルモンの関係で男性は将来大体禿るという内容を説明した。
パニックになったいじめっ子たちが次々に教室を出て行った。
だが、まだ教室内では侮蔑の視線を投げている女子生徒達もいた。
「ヅラだったらかっこわるいのか?そうじゃないな?
佐藤先生はいい先生だったろう?
その先生が、今まで以上にいい先生になるか、二度と立ち直れなくなるか、人生の岐路に立っている。 まずは、一緒に向き合ってやってくれ、お願いだ。
そして、笑うときは思いっきり笑ってくれ」
まだ痛む頭を押さえながら必死に突破も女子たちに訴える。
映姫はまたさっきの写真を取り出して迫った。
「ハゲでもかっこいい男性はいくらでもいるのですよ! それに貴方たちもいずれは禿げていくのです」
そういいつつ、ヅラをかぶり直す。
「ハゲにだって人権はあるんです!! いいですか! もう一度言いますよ! ハゲにも人権はあるんです!! これを肝に命じるように!」
圧倒的な勢いで迫る映姫の勢いに教室内は静まり返ってしまった。そこへカツラの修復を終えた威鈴がようやく戻ってきた。
「人を……苛めて……恥ずかしくないの?」
カツラを片手に威鈴が道徳の時間を開始した。
「全部……個性……なの……に……ね」
憂いを帯びた悲しい表情で佐藤先生のカツラを愛おしく撫でる威鈴。
みんなちがってみんないいんだ。
苛めるのは絶対にダメ。
ふさふさのしたがいれば、つるつるの人もいる。
それが個性というもの。
道徳の威鈴先生はカツラを題材にした立派な講義をした。
「すばらしい……なんてすばらしいんだ。ブラボー」
思わず感動して涙を零す佐藤先生。
威鈴に貰ったカツラをつけて至福の笑みを浮かべた。
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「人をいじめると、相手が悲しむらしいよ?
みんなで一緒にパンでも食べて、楽しくお話しましょう!」
ヒヨレが仲直りのために美味しいものを持って来ていた。その言葉に教室の誰もが色めきたつ。すでにみんなが先生の禿を気にしなくなっていた。
「先生俺達間違っていたかも……」
お腹をすかせたいじめっ子達もようやく教室に戻ってきた。
その時、先生はここぞとばかりに身を乗り出す。
髪を爽やかに掻きあげて、スルッとヅラを取ってドヤ顔を決めた。
佐藤清正渾身のギャグだった。悠人直伝のウルトラC。
先生の渾身のギャグに静まりかえる教室。
しまった! 滑ったか!!
その時、先生は突破に貰ったシャンプーハットを頭に付けた。
禿のつるつる頭を皆に見せつけて叫ぶ。
「花マル! お前達はみんな花マルだあああああああ」
清正はこれでもかという程生徒たちにその頭を見せつけた。
静まり返る教室を何度も笑いをとろうと連発する。
しかし、生達はまったく笑ってくれなかった。
どうしてなんだ? こんなに頑張っているのに――
「花マル、花マル、花マル、みんな花マルだああああああああ」
清正は自分のプライドを捨てて捨て身のギャグを放った。
頼むから笑ってくれ!
なかば泣きそうにながらも清正は絶対にやめない。
教えたはずの突破と悠人もあまりの気の毒さに後悔していた。
こんなことになるなら教えるんじゃなかった……
ぜったいにウケルと思ったのに……
みじめな先生を見ていて涙が出てきそうになったその時。
「――先生もういいよ」
一人の男子生徒が先生に歩み寄った。
肩を優しく叩いて顔を上げさせる。
「先生は禿げてても素敵な先生だから。お願いだからもうやめて」
同情した女子生徒たちがこれ以上見ていられないと駆け寄ってきた。次々に先生の元に駆け寄ってきてあたりには大きな輪ができあがる。
中心はもちろん禿げていたがそんなことはもうどうだってよかった。
「隠してたとしても……堂々とすればいい」
様子を見ていた威鈴もようやくほっと安堵のため息をついた。
傍らいる悠人も優しくその言葉に頷く。
先生はもう立ち直った。もう禿で挫折することはないだろう。
こんなにすてきな生徒たちに囲まれて羨ましく思えた。
ヒヨレが大きな袋を持ってきて皆に配る。
「ヒヨが焼きたてのパンをごちそうしますから! 甘いもので解決できないことはありません! きっと、そうに違いないのですから」
みんなでパンを食べながら楽しくおしゃべりをする。
撃退士達も生徒達の輪に入って佐藤先生と一緒に楽しい時を満喫する。
「お前達、みんな花マルだああああああ!!」
先生は笑顔で禿を皆に見せつけた。