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「――これはひどい」
ゴミ捨て場に入った瞬間に礼野 智美(
ja3600)は惨状を目の当たりにした。
髪もしっかり編んでピンでとめて上からバンダナでおおって、顔を隠している。そうでもしないと隙間から異臭が体の中に侵入してきそうだ。
「毒虫害虫G退治は私の仕事だけど(女系家族)これはまた酷いな……」
Gに対しては百戦錬磨の智美でも絶句する程の地獄。
山のように堆く積まれた生ごみや廃棄物。
何か得体のしれない者同士が融合してヘドロの海が出来ている。
川の一面は何故か緑色に変色して大量の魚が浮いていた。
「うぐっ、ああっ!?」
鼻を押さえて葉桜 玖皇(
jc1291)が蹲る。
顔色が悪くてもう吐きそうだ。それも無理もない。傍にいた咲村 氷雅(
jb0731)が、大丈夫かと声を掛けたが全く反応がない。ますます顔色が悪くなっていく。
もう耐えられないというように彼はどこかへと去って行った……。
「どうしてこんなになるまで山積みしてたんだか……」
流石の芥川 玲音(
jb9545)も眉を顰めた。
普段は動じない冷静な性格の玲音でもこれは想像以上にきつい現場だった。
「臭いが体に染付きそうです」
虫よけスプレーを持参していた雫(
ja1894)は早速自分に振りかける。
続いて仲間にもいつもよりも多めに振りかけた。
殺虫剤をもってこれば良かったと思っていた雪室 チルル(
ja0220)は安堵する。
缶が切れる位に大量に振りかけてこれで準備万端と胸を張った。
「天魔相手には効かないでしょうけど、普通の害虫相手は有効な筈です」
雫の言うように周りには大量の蚊が発生していた。先ほどから雫の可憐な肌の血を吸おうと群がっていたのである。足元では何か得体のしれない黒い生き物もいたが……。
「人類の敵ねェ……まァ、気持ち悪い連中は退治しないとダメよねェ……♪」
皆とは対照的に何処か楽しそうな黒百合(
ja0422)。
彼女はいつも通りの通常運転だった。
目を胡乱気にゴミの山の何処かに潜むディアボロにウィンクする。
「負けた方が、害虫だ!」
アサルトライフルWD3を背負ったエカテリーナ・コドロワ(
jc0366)が喝を入れる。
鉄仮面のような表情で凄みを利かせて味方を怒鳴る。
まるで何処かの軍隊とこれから戦争しに行くような気合の入れ方である。
彼女の言うように相手は強敵だった。
人類と何千万年にも及ぶ戦いを繰り広げてきた凶敵である。
もしかしたら彼らこそが人類にとってもっとも手ごわい相手なのかもしれない。
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「敵はかなり狡猾な連中のようだな。これだけのゴミがあれば身を隠すのに有利だ、気を付けろ」
エカテリーナは先頭を切ってゴミの山に向かった。
身を屈めてすり足になりながら目標に向かって行軍する。
目の前の山はもはや彼女にとって二〇三高地に思えていた。
絶対にこの戦いに負けるわけにはいかない!
その時だった。不意に目の前の廃棄物のトーチカから黒い大きな触覚が現れた。
黒光りするGだった。もっとも恐ろしい将軍が現れた!
すかさず敵を発見したエカテリーナが味方に隠れるように指示する。
その瞬間に、敵の緑色のビームが飛んできた。
エカテリーナは身を翻し、空中で華麗に回転しながら着地する。
攻撃の後には腐った異臭と煙が立ち込めていた。
少しでも回避が遅れていたらと思うとゾッとする。
巨大な芋虫と百足が突然にゴミ山から姿を露わして攻撃を一斉に仕掛けてきた。
芋虫の毒毛針が雨あられと撃退士達に襲いかかる。廃棄物を楯にして雫が前に立ちふさがって仲間へとの攻撃を食い止めた。攻撃が止んだ隙に楯から身を踊りだす。
一気に近づいて剣をお腹に突き刺す。
大量の血が撒き散らされて芋虫は苦しみにもがいた。
「さて、汚物は消毒しないと……」
玲音がケリを着ける為に接近して跳んだ。
毒毛を飛ばしてくるが、何とか寸前で体を捻って交わす。
忍耐強く待って敵の攻撃がガス欠になるのを待つ。
クラシャンシールドで攻防一体の構えをとり、敵に隙を与えないようにふんばる。
よしっ、いまだ!
敵の攻撃した後を狙って、お返しにを込めた火炎球を放つ。
炎に巻かれて毛虫は雄叫びを上げた。
真っ赤な炎に包まれながら毛虫はついに大炎上した。
智美がお返しにと隠れ家から跳躍して斬り込んでいく。
今日の為に磨いておいた対G戦闘用の大鎌。
というか普段の武器は使いたくなかったというのが本音なのだが……
関節の所を狙って一気に振りおろす。
その瞬間に、Gは大量の緑色の液体を辺りに乱した。
思わず智美は避けようと後退する。あれだけは絶対にあたりたくない……。
ダメージを負ったもののGは再びゴミの山に潜り込んで機会を伺う。
その瞬間に大量の血を吸う戦闘機が現れて空爆を仕掛けてきた。
「いいか、ここで奴らを逃がせば他所に隠れ家を移してしまう。今日限りで決着をつけねばならん。たとえ便所に逃げ込もうと息の根を止めてやる!」
ライフルを空に向けて対空砲火を浴びせる。
飛んでいた蚊が次々に火を噴いた。
力尽きた蚊が真っ逆さまに地面に墜落して果てる。
対空砲火を避けようとして空の戦闘機は大混乱に陥った。
撃退士側の戦闘機である黒百合が不敵な笑みを浮かべ、空中で攻撃をしかける。
敵も物怖じせずに接近戦を挑んできた。
背後を取ろうと互いが背中を追いかけまわす。
空中では黒百合と蚊のドッグアファイトが開始された。
「飛んで火に入る夏の虫てねェ……きゃはハハハァ♪」
それとも春? 黒百合は笑いながら舌を舐める。
集中して狙いを澄ますと後ろから敵を狙い打つ。
「私達の攻撃でついでにゴミも処分する、というのは駄目かしら……?」
黒百合の奮闘を見ていて玲音も奮起した。
前から挟み打ちを仕掛けるように飛びあがると一気に力を解放する。
魔法陣を出現させて一気に手を振るった。
逃げ場のない敵に一直線に魔力が向かって行って直撃する。
蚊は大きなダメージを受けて地面に落下した。
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「さて、面倒だがこれも仕事だ。手早く済ませるとするか。
ゴミが散らばるが、それを気にして敵を逃がしてしまえば笑い話にもならない。
悪く思うなよ!」
翼を使用して空に浮かんだ氷雅が叫んだ。
腕を振りかぶって百足のいるゴミの山に目がけて刀剣を振り下ろす。
圧倒的な破壊力の無数の影の刃が襲いかかった。
百足は切り刻まれて足を取られてしまった。
雫も弱った敵の体の関節をわざと狙って剣を振りかぶる。
体重を載せて一気に振りおろして叩き斬った。
緑色の血が噴き出して百足はもがき苦しみ始める。
それでもやられてばかりいるわけにはいかないと百足も頭を振り返ってきた。
チルルが助け出そうと前に行くが、逆に百足の顎につかまってしまう。
食い込んだ牙は強力だった。逃れようと体を振るがまるでびくともしない。
次第に体の力が抜けてきた。あまりの激痛でもうこれ以上は駄目だ。
目の前の視界が徐々に薄れてきた。
もう駄目だと思った時、雫が後ろから機会を伺っていた。
「怪談唾が百足を溶かすってありましたけど……」
手に持っていた剣に唾を吐きかけた。
こんなことをするのは初めてだったが今は仕方ない。
噂で聞いたことのあるこの方法は果たして効果があるのだろうか。
「これで、効果が無ければただの怪しい人ですね」
雫は敵の目の間で威嚇するように唾を何度も剣に吐きかけた。
意を決して顔面に向けて跳び上がる。
敵の顔に目がけて強引に斬りつけた。
顔が引き裂かれてうめき声をあげる百足。
なぜか唾つきの剣を受けて喜んでいるような顔している。
「き、きもち悪い顔してる……!! いやあああああああああああ」
こいつは変態だと思って雫はさらに剣に力を込めた。
百足は頭から体に向かって真っ二つに裂かれた。
急いで救出したチルルの手当てをしてヒールで癒す。
幸いに怪我は大したことがなくてすぐにチルルは目を覚ました。
すぐに起き上がると今度は宿敵のGの方へ向って行く。
「よくもやってくれたわね! 借りは返すよ」
借りを返すためだった。絶対に害虫には負けるわけにはいかない!
チルルは振りかぶって頭を横殴りに叩く。さらに上から黒百合が猛烈な攻撃を仕掛けて、続いて玲音も烈火の猛攻を叩き込む。
ゴミ山に激突した敵はまだ長いその触角を動かしていた。
ゴキブリは流石にしぶとかった。
水陸ともに動けておまけに空もとぶことができる。
叩いても叩いてもなお動くことのできる強靭な肉体。
さらにギザギザの脚で殺傷力もあり、逃げ足も速かった。
氷雅が接近して首を取ろうと近寄るがギザギザの脚で絡め取った。
長い脚が擦れて氷雅は体を切り刻まれる。ナイフのような切れ味に苦しめられた。
このままでは切り刻まれる。しかもGに! それは絶対に嫌だ!
刀剣を抜いた氷雅は決死の想いで足を叩き斬った。
Gはうめき声を上げて不意に力を弱める。その隙に氷雅は脱出に成功した。
だが、Gは人間の力に恐れをなしたのか、その脚力を生かして逃げ出そうとした。
敵前逃亡の気配を悟っていち早く動いたのはエカテリーナ。
ライフルをG将軍の頭に突きつけて吠えた。
「敵前逃亡は軍法会議で厳しい審判が下る
軽くても懲役刑、重ければ絞首刑……さもなくば銃殺だ!」
隠れていたゴミ山のトーチカから顔だけを出して照準を定めた。
絶対に逃しはしない! 軍人の名にかけて。
敵の将軍の首はこの私が取る!
無数の射撃をGの頭の前に放った。
一見外れたかのように見えたが、実はそれは囮だった。
Gがこちらに向かって後退したその時――
エカテリーナは跳躍していた。
「おのれえええ、絶対に貴様を始末するっ!」
ライフルの銃口が火を噴いた。
次の瞬間、猛烈な火力によってGの頭が吹き飛んだ。
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「はぁ……はぁ……やったか?」
隊長のエカテリーナが呟いた時にはディアボロは息の根を止めていた。
普通の害虫はこの戦いに巻き込まれて多くが姿を消していた。
「試しにジョブチェンジしてみたが、やはり火力が落ちるな。
代わりに身軽になったが。腕試しと日々のストレス解消の為には丁度いいかもな」
氷雅は流石に今回の戦いはきつかったと総括した。
だが、その代わり宿敵のG共を倒して気分が晴れやかだった。
今後はさらに火力をアップして精進していきたいと心に誓う。
「あっ……また汚してしまった」
智美が緑色の液体に染まった大鎌を見て呟いた。
もうこれはどうしようもない。
どんどんけがれていく鎌を見て溜息が尽きなかった。
「帰ったらお風呂に入って、念入りに洗わないと……」
雫がため息交じりでそうつぶやいた時。
「みんなでお風呂に行こう!」
チルルが元気いっぱいに仲間に向かって叫んだ。
戦闘ですっかり体が穢れていた。早く禊ぎをして綺麗になりたい。
それに先ほどの戦いで傷ついた体を癒しておきたかった。
辺りを見回すと黒百合の姿はすでになかった。
彼女はまったく気にするそぶりがなかったが……果たして風呂に行ったのだろうか?
疑問に思いながらも撃退士一行は談笑しながら近くの銭湯に向かった。