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「あいついいところのぼっちゃんだったんだなー」
思わず見上げて、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)が嘆息した。
鉄の柵できた高い壁の向こうに豪邸の洋館が建っている。
庭には色とりどりの花が咲き誇っており、噴水に銅像が設置されていた。
まるで中世の貴族の洋館のようで撃退士達はあまりの凄さに仰天した。
「みなさん、今日はお集まり頂き、有難うございます」
インターホンを押して出てきたのは稲葉正義だった。後ろにはすでに来ていたクラスメイトの幹彦が恥ずかしそうにぶりぶりのミニスカメイド服を着ている。
手には愛しのエカテリーナを抱えてにっこりと正義がほほ笑んだ。
当然のように太い生足はすね毛ボウボウだったが――
ラファルは思う。
女装趣味、ゴスロリ、ドール趣味。
一つ一つならふつーなのに、どうして3つもそれが揃うとこんなにもクリティカルなのか……。
正義と幹彦の姿を見て目を釣り上げたのはペルル・ロゼ・グラス(
jc0873)。
「とりあえず正義はスネ毛を剃れ、話はそれからだ!」
「へぇ? あーれー」
ペルルはぼうぼうのすね毛が許せなかった。
正義と幹彦の服の袖を引っ張って控室に早速連行していく。
「幹彦も同じくスネ毛を剃れ、話は――」
不敵な笑みを浮かべつつ、ペルルは二人に説教を始めた。
いわく、ただ化粧をするだけじゃダメなのな!
正義はいかついから〜眉を整えて、シャドーを入れて〜と特殊メイクばりの化粧を施すなの!
女装するなら自分の体形をいかに可愛く見せるのかも大事なの!
「肌を守る為、シェービングクリームと化粧水、乳液は必需品。
カミソリは二枚刃以上をケチらず使い捨てろ」
立派な服装を着込んだ江戸川 騎士(
jb5439)も正義達に口を酸っぱくして喋る。
「中途半端にやるから、羞恥が出て、周りから敬遠される。本気を見せれば自然と人は寄ってくる。やるからには土台からみっちりいくぞ。
ただ筋トレしただけでは女性的なラインは見せれない、しなやかで丸みを帯びた筋肉が必要だ、その為には〜(略)。
毎日のスキンケアにも気を配れ、無駄毛などもっての他、毎朝の肌の調子を見て洗顔の仕方を変える位は必要だ、まず肌がかさついている時は〜(略)」
友人の騎士とタッグを組んで口撃するアルジェ(
jb3603)。
怒涛の押しに正義は圧倒されそうになる。
だが、まだこれだけで説教は終わらなかった。
「化粧品は100均で十分だ。
ネイルは、チップを使ったやり方を教える。
男性らしい顎と頬骨を隠すウィッグは必要だぞ」
女性以上に肌のケアを怠らない騎士。服装もメイクも隙が全くない。
女子力が高い彼は二人のお肌の惨状に我慢ならなかった。
「まずはすね毛、すね毛からよ!」
ふふふと、二つの剃刀の刃を光らせる悪魔の顔をしたペルル。
「お願いだから、優しくして――」
観念したように正義と幹彦がそろって太い脚を差し出す。
二人の脚に剃刀をあてがい、傷つけないように慎重に刃を出したその時。
ひゃあああああああん!
黒いゴスロリ姿の深森 木葉(
jb1711)が慣れないドレスの裾を踏んで足を滑らせた。
ズルウウウウウウウウ!!
ぎゃああああああああああああああああああ!!!
お約束のドジっ子レベル99を発揮した木葉がペルルの背中を思いっきり押して、剃刀の刃が盛大に滑った。
一気にすね毛が強引に剃られて、あまりの激痛に二人は絶叫する。
あまりの痛さに失神してしまった二人。
「木葉だけに滑っちゃったとか――なんちゃって」
すかさずフォローの突っ込みを入れる葛城 巴(
jc1251)。高等部男子儀礼服を改造した、江戸川騎士監修王子衣装着用していた。気絶した正義を何とか起そうと、黒ロリ系の服と犬耳と尻尾を生やした葵 輝夜(
jc1305)が助ける。
モノトーンのゴスロリワンピース、暗色のヘアコサージュを着けた黒羽 風香(
jc1325)も幹彦を体を揺さぶるがこちらもやはり駄目だ。
「ヅラ、それフォローになってないだろ」
あきれた表情で冷静なツッコミを入れるラファル。
すでに輝夜と巴によって黒白ふわふわのモコモコにされてしまっていた。
諦めと悟りの境地である。
「ふふふふふふふふふふふふふ」
これ幸いにと今のうちにメイクを施そうとペルルは化粧道具を取りだした……
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部屋の中に入ると一面辺りは異様な雰囲気に包まれていた。
血の色のようなカーペット。
黒いフリルのカーテンが窓を覆い隠している。
天井からは煌びやかに輝く豪奢なシャンデリアが掲げられていた。
部屋の中央にはいくつもの蝋燭と魔法陣が描かれている。
「お迎えの儀式とは、サバトの事ではない。雰囲気の為の蝋燭はともかく魔法陣は必要ない。これではまるで生贄にでも捧げられる少女にしか見えない。
共に食卓を囲み簡単な晩餐を行えばよい。歓迎会だな」
部屋を一目見てアルジェは呟いた。
「そうですね。お洒落な燭台ならともかく、祭壇や魔法陣は要りません。
ある意味ゴシック的ではありますけれど、可愛らしい小物やお洒落な家具も置きましょう」
風香も頷く。全く正義はゴスロリを理解していない。
サバトと見がまう部屋を改造するために、二人は協力して祭壇と蝋燭を片づける。
巴は輝夜と共に二人の模様替えの手伝いを始めた。
不気味なカーペットをはがして祭壇を模様替えし、ケーキやお茶を並べていく。
騎士が用意した手製のスコーンと薔薇ジャム、風香が持参した大輪の花にも見えるストロベリータルトなどどれもおいしそうである。
「これを使えば、色と模様で、自分のグラスが分かるよ」
巴がその場の全員と椅子に座らせた人形達に手編みのレースコースターを配った。
「さて、まずはドール…娘のお手入れからだ。といってもそう難しいものじゃない、定期的にベビーパウダーをパフを使って軽く塗布し埃を払うだけだ。
衣装に関しては既製も良いが、自作はイメージ通りの物を作る事が〜」
アルジェがエカテリーナにぶつぶつ呟きながらオシャレを施していく。
手をテキパキ動かしながらとても楽しそうに振る舞う。
会場内はゴスロリを良く知るアルジェや風香の指示でみるみるうちに変わる。
巴と輝夜が協力して手伝うことで会場はすぐに準備が整った。
「おまたせ〜二人を連れてきたよ」
ペルルと騎士がまず部屋に入ってきた。
続いて彼らの手によって華麗に変身した正義と幹彦が入ってくる。
すね毛は綺麗に剃られて、服装もゴシックに馴染んでいた。
化粧も施されていっちょまえの見栄えのする女装になっている。
アルジェ自身の衣装コレクションからも提供され、服装は完ぺきに決まっていた。
二人は鏡面を見て変身した新しい自分の姿に感動する。
「体型に合ってない服を着ている奴ってのは、多い。
全身が映る鏡を用意して毎日見るのも大事だぞ」
騎士のアドバイスに正義は笑顔でうなずく。
「東さんはピンクがお好きのようですけれど、ゴスロリではなくて甘ロリの部類では?
パステルカラーでふわふわで甘い女の子全開なのがお好みならそうなります。
知っておくと便利ですよ?」
風香も今後の幹彦のことを思って一つ忠告をした。
部屋に入った瞬間、模様替えした内装に正義は再び感嘆した。
これが、本物のゴスロリ部屋……。
正義が感動して立っていると、小さいゴスロリさんがやってきて可愛くお辞儀する。
「本日はお招きいただき、ありがとうございますぅ〜」
木葉が両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げて挨拶する。
「ごきげんよう、エカテリーナさまぁ。あたしはこのは……、じゃない。リーフと申しますぅ。この子は瑞葉なのですよぉ」
脇に抱える大切なぬいぐるみの銀狐にも挨拶をさせる。
「今後とも、仲良くしてあげてくださぁ〜い」
慌てて正義も自慢のエカテリーナを紹介する。
ぬいぐるみと人形が互いに手を出して握手したようにお互い振る舞い合う。
まるで本物の人間のように仲良く隣同士の席に座った。
巴がすかさずケーキを取り分けて持ってくる。
「エカテリーナは何が好きなの?」
「……」
「そうか、イチゴね、はいあーん」
「……」
「美味しかった? また持ってくるね」
「……」
甲斐甲斐しくエカテリーナを世話する巴。
当然のように全く動じないエカテリーナ。
横で嬉しそうに終始正義がにやにやと気持ち悪い笑顔を爆発させている。
「なんだ、この光景は……奇妙すぎる」
怪しいその光景にラファルは思わずまた溜息が出る。
ガシャアアアアアアアン!
何処かで木葉が皿を落として割っていた……。
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「実は、俺ゴスロリには自信がなかったんです……」
ケーキを食べながら突然、正義がぽつりと本音を告白した。
周りの目が気になってゴスロリを存分に堪能することが今までできなかった。
以前から興味があったけれどやり方が全く分からなかった。
今後も上手くやっていけるか自信がないようだった。
不安そうに幹彦とうつむきながら黙々とジャム、タルトを食べている。
「恥ずかしがってばかりではお洋服にも自分の心にも失礼なの」
バアンンとテーブルを叩いてペルルが身を乗り出す。
「でもやっぱり……」
弱気な表情で正義は愚痴をこぼそうとしたが、ペルルが遮る。
「自分で変だとか恥ずかしいと思っている事を、どうして人に認めてもらえるなの?
堂々としていればいいなの。
新しい姿と一緒に、自分は生まれ変わったのだと……
むしろ生まれた時からこの姿だと思うなの! こうなるために生まれたなの!」
あまりに熱い言葉に正義は口を開けたまま茫然とした。
生まれたままの自分。
この姿こそが本当の自分。
正義と幹彦は互いに顔を見合わせて頷いた。
今日が自分たちの誕生日なのだと。
「エカテリーナは美人なお人形なのな。
この子に恥ずかしくないような姫ライフを送るべきなの。
お前たちを笑う不届きものなヤツらがいたら、俺がブッ飛ばしてやるぜ。なの☆」
ペルルの励ましに正義は感動していた。
脇に抱えたエカテリーナもどこか嬉しそうにほほ笑んでいるように見える。
「おめでとう、エリザベス、カトリーヌ」
まるで天使のような微笑みで巴は二人をそのゴスロリネームで呼ぶ。
晩餐会のダンスホールは準備が整っていた。
その場にいた全員がホールに向かう。
風香は迷わずグランドピアノの席についた。
アルジェはサックス。
騎士はバイオリン。
三者はホールの演奏席で互いにメロディを奏でた。
流れるような水の音楽。今宵の晩餐会に相応しい音色を奏でて。
赤いカーペットに零れ落ちる至高の旋律。
シャンデリアを揺るがす熱い調べ。
目をつぶり耳を澄ますとまるで人形達が動きだしそうだ。
正義は順番に手をつないで皆と踊り会う。
楽しかった。いつまでもこうやって踊っていたい。
今日から自分はエリザベスとして生きていく。
「ゴスロリは、心・技・体。即ち、乙女心・着こなし術・立ち居振る舞い!」
巴からは撃麗の言葉を貰う。
常盤先生ブロマイドで練習した笑顔を無駄に振りまきながら。
正義は力づよく頷いてお礼の会釈をした。
「何も間違ってないと思うよ。好きな道を進めばいい。
分かり合える友達はきっと近くにいるよ。諦めずに頑張っていこう」
今度は輝夜と手をつなぎながら軽やかなステップを踊る。
つないだ手からは暖かいぬくもりが感じられた。
「ありがとう。輝夜さんも女性らしくてよく似合っています」
正義は感動して涙が込み上げていた。
嬉しさのあまり、握手を求める。
輝夜の顔を見てなぜか正義は顔を赤くしていた。
「……えっ」
巴とラファルは互いの顔を見合って絶句する。
そんなまさか。
なぜなら――輝夜は、
見た目は可愛らしいが実は正真正銘の男。
「輝夜さん、今度一緒にお茶でも――」
正義はそんなことも知らずに輝夜に熱い視線をいつまでも向けていた……。