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「ねぇ……僅兄様、ここ、は何処? 何だか……人が、いっぱい」
ふわしふわした足取りでハル(
jb9524)が僅(
jb8838)とともにデパートの屋上にたどり着くとそこはすでに大勢の親子連れで賑わっていた。
クマやキリン、ゾウやウサギの着ぐるみキャラクター達が風船を子供たちに配っている。中には当然のように大谷 知夏(
ja0041)と上野定吉(
jc1230)が紛れていた。
「良い子の皆さん! トラブル発生時は、係の人の指示に従って下さいっすよ♪」
プラカードを持ちながら案内をするウサギと何故か草臥れた着ぐるみのクマ。
所々に糸の解れが見えており手作り感が半端ない。
おまけにジッパーが腹に見えており、見るものから見たらかなり怪しかった。
定吉は何気ない動きで風船を親子連れに手渡していく。
物珍しい光景にハルが驚いた表情で僅に尋ねた。
「あの動物? 扮しているのは着ぐるみと言って、中身は人間、だ。
まあ、今回はディアボロが混じってるようだ、が」
はたから見るとまるで二人は本当の兄弟のように雰囲気が良く似ている。
僅自身もハルと一緒に居ると気持ちが穏やかになる。だが、今日は遊びではなかった。
この中に敵のディアボロが紛れている。
離されないようにしっかりとハルの手を握り締めて会場内を楽しむ兄弟のふりをしつつ、風船を貰いに行く。
カッターを出してみるとパンと音を立てて風船が割れた。
「風船と言うモノ、だ。 こうして、割るオモチャだ、な」
びっくりした表情でハルが見上げてくる。何処か楽しそうにほほ笑む。
「お姉ちゃんてーつないで? ねえねえ、あのお菓子がほしいっ!」
緑色のリボンの付いた可愛い服を着ているのは常盤 芽衣(
jc1304)。傍にいる大人びた雰囲気をした夜桜 奏音(
jc0588)の袖を引っ張って急かす。
背も小さくて顔もあどけないのでまるで幼い少女に見えた。
奏音と一緒にいると子供連れの親が遊びに来たようにしか思えない。
「あ、あの………えっと……あ……ふ、ふうせん……を……」
足をもじもじしながら桜庭 ひなみ(
jb2471)はクマさんに風船をおねだりする。ぶりぶりのフリルがついたピンクの少女服を着ていた。
見た目は幼い少女によく見られるとはいえ、この格好は実はどうなのか。
あまりにぶりぶり過ぎる格好に内心とても恥ずかしい。
思わず声が裏返って動作がぎこちなくなる。
クマさんを警戒しながらひなみの様子を微笑ましく黄昏ひりょ(
jb3452)が見守る。なかなかひなみが手を出せないでいるので代わりに風船を取ってあげた。
にっこりと笑顔で渡してあげるとひなみが喜んでお礼を言う。
たまにはこうやって息抜きして仲間たちと一緒に遊ぶのも悪くはないなと思った。
だが、この中にディアボロが紛れ込んでいる。
油断は禁物だった。特に今回は戦闘にまだ不慣れな仲間もいる。
ひりょは実は事前に従業員に接触して腕章をつけて貰うように周知していた。
イベントが始まって着ぐるみたちが一斉に腕章を取り出す。
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一斉に着ぐるみたちが腕章を身につけ始めた。
ひりょの前に居たクマさんが周りをきょろきょろしながらあわて始める。
皆が腕章を付けたにも拘わらず何時までも身につけようとしない。
「――休憩だそうじゃ」
怪しい様子のクマに定吉が声をかけた。
飲み物を渡して油断させた時だった。
ようやく事態を悟ったディアボロのクマさんは慌てて近くにいた子供に扮したひなみの手を強引に握ってその場から逃げだそうとした。
辺り一面にひなみの悲鳴が響き渡る。
その瞬間に、別の所にいたディアボロのキリンとゾウも騒ぎだす。
観客に体当りしながら会場から逃げ出そうと試みた。
定吉は目をぬいぐるみから光らせていた。
ディアボロ達は度肝抜かれた。
まさか自分と同じ着ぐるみに撃退士達が紛れているとは思いもしなかった。
定吉は着ぐるみとは思えない身のこなしで腕を振り上げた。
ディアボロ目がけてカラーボールを投げつける。
「幼子を傷つけるとはゆるせん!」
まるで強肩のライトからのレーザービーム!
バアアン!
背中に見事に命中した。
驚いたクマさんがひなみの手を離して逃走を止める。
その隙を狙ってひなみがスナイパーライフルを取り出す。
恥ずかしがっていた彼女はすでに落ち着きを取り戻していた。
すでに目は少女ではなく歴戦の戦士の目つき。
一気にクマの頭に目がけてぶっぱなす。
敵は脚を撃ち抜かれて動きがかなり鈍くなった。
会場内は暴れるディアボロに客達が一斉に混乱して叫び始めた。
「誘導するので、知夏達の指示に従って下さいっすよ!」
ウサギの着ぐるみの知夏がプラカードを持って非常口に客たちを案内する。
クマの定吉も迅速な動きで親子連れを安全な隅へと避難させた。中には泣きながら泣き叫ぶ子供もいたが、ひりょが背中を撫でながら大丈夫だと勇気づける。
長い首からキリンが火炎球を放ってきた。
子供を庇ってひりょと奏音が庇って避ける。
相手の攻撃の予備動作を注意して見ていた。奏音は敵の予備動作の兆候が見られると同時に1歩後ろに下がり、予測回避により攻撃軌道を見抜いていた。
「危ないですわねぇ」
奏音は芽衣にお願いして狙われた女の子を安全な場所へと下がらせる。
振りかえると鋭い目つきで再び敵を睨み詰める。
「まずは、やっかいなキリンからでも狙いますか」
逃げようとするキリンさんに向かって奏音が空かさず後を追いかける。
狙いを澄まして思いっきり鞭を飛ばす。
「あらあら、逃がしませんわよ」
足元を狙われてキリンは思いっきり地面に転がった。
奏音はそれだけで攻撃を終わらせるつもりはなかった。
怒ったキリンが突っ込んでくるが奏音は華麗に再び交わす。
避けた後の隙を狙って首にサンダ―ブレードを叩きこむ。
重い一撃をくらったキリンは苦悶の表情を浮かべて地面に足を付く。
相当にダメージを負っているようだった。
何とか立ち上がろうとした時だった。
すぐ傍には怯える幼い少女がいた。
これ幸にとキリンはその少女を掴んで人質に取ろうとする。
だが、その少女は突然不敵な笑みを浮かべた。
「生憎と私は、見た目ほど子どもではないのでね。ふふふ、残念だったねえ」
敵がうろたえたその瞬間を芽衣が逃さずに見ていた。
集中して両手を広げて一気に開け放つ。
「闇の霧よ、包み私たちの身を隠し守っておくれ?」
深い闇が敵の視界を覆い付くしていった。
全く辺りが良く見えなくなったキリンはどうすることもできない。
無駄に火炎球を放つが標的を捕えることができなかった。
敵が動きを止めたところを狙ってひりょが突っ込む。
アウルによって作られた無数の妖蝶が舞う。
死に舞う蝶の乱舞によってキリンは力なくその場に倒れた。
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ハルと僅も怪しいきぐるみを発見していた。
集中して観察していると他の動きとは微妙に異なるゾウがいた。
敵に気づかれぬように注意して一旦その場を離れる。
自販機で特大のLサイズのジュースを二人分買って来た。
おそるおそる背後からゾウに近づいて行く。
風船を持ったゾウがようやく後ろを振り返った時だ。
バシャアアアアア!!
派手に転ぶようにしてハルがジュースをぶっかけた。
敵が慌てた瞬間に風船を割って逃走目印を作るのも忘れない。
何とかその場を逃げ出そうと着ぐるみたちに紛れようとしたが丸わかりだった。
ウサギのぬいぐるみの知夏が前に立ちはだかる。
同じ着ぐるみだと油断していたディアボロは虚を突かれた。
「悪の着ぐるみを成敗しに来たっすよ!」
知夏は両手を広げて鎖を解きはなつ。
後ろから挟み打ちのように僅もハルと協力して鎖を出す。
ディアボロは逃げることができずにその場で身動きがとれなくなってしまった。
苦しい苦悶の表情でゾウさんはどうすることもできずに吠える。
僅は魔道書を取り出してさらに追撃した。だが、黙ってやられるわけにはいかないとナイフを振り回して威嚇してくる。
滅多切りをしてくる敵にひりょは注意を呼び掛けた。
むやみに敵の間合いに入ってはいけない。
まだ戦闘に不慣れな仲間たちを庇って最前線で戦う。
仲間をこれ以上傷つけるわけにはいかないと自らが庇って立ち続けた。
ひりょは自分に注意を向けさせて気のオーラを放つ。
巻き起こった猛烈な砂塵で敵を巻きこんだ。
激しい攻撃にさらされて立っていられなくなりその場に崩れる。
ハルが素早く体を竦めて低い体勢からナイフを取り出す。
敵の腸めがけて体ごとそのまま突っ込んだ。
グウウウウウウウウ―――
体液を撒き散らしながら仰向けにゾウは転倒して動かなくなった。
クマさんは仲間がやられて困惑していた。
このままではやられてしまうと反撃を試みる。
出刃包丁を持ってそのまま前のめりに突っ込んできた。
定吉が横からタックルして取っ組み合いを始める。
クマとクマの宿命のきぐるみ対決だった。
果たしてどっちが強い着ぐるみなのか。
鋭い包丁に着られて定吉は呻いた。
だが、すぐにひなみが援護射撃をして敵の動きをけん制する。
その隙を狙って定吉が腕を取った。
巻き込むようにして敵の体を背中に乗せる。
腰の回転を利用して地面に敵の巨体を叩きつけた。
呻き声で敵のクマがむせ返った時だ。
「切り刻まれて闇へと誘われるが良い、鎮魂の名の剣が冥府へ送ってくれるさ!」
芽衣が大きく跳躍した。緑色のスカートを翻して。
高く舞い上がった小さな体は一瞬空中で止まったかのように見えた。
一気に振りかぶった悪魔の鍔と柄頭を持つ剣が光る。
強い意志の瞳を湛え、鎮魂の歌を餞に――
鋭利な刃がクマの首を掻き切る不吉な惨劇音が辺りに響いた。
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クマさんは首を落とされて力尽きた。
逆立った髪が着地とともに元の位置に戻った。
芽衣は乱れた髪を手で直しながらまだ荒い呼吸をついている。
「幼子を狙うとは懲らしめてやる必要があるね。邪悪は闇に返すのさ……」
気を抜くと疲れと傷の痛みに倒れそうになったが堪えた。
撃退士達の奮闘によってディアボロは倒された。
プリティでしかも強い。
正義の着ぐるみ。知夏と定吉は互いにハイタッチを交わす。
二人はディアボロのクマさん達に勝って自分たちの方が強いと証明した。
懸念された客への被害も迅速な対応によって被害は最小限で済んだ。
中には傷ついた子供もいたがすぐに知夏と僅が駆け付けた。
安全な場所で寝かせて治療にあたる。
怪我をした者は僅が応急処置を施した。
幸い大した怪我はなくてすぐに元気を取り戻すことができた。
「今回の敵は可愛らしい見た目の敵で本当に良かったよ……
化物系の見た目だったら平常心ではなかったやも知れないね……」
芽衣の視線の先には回復したばかりの女の子の楽しそうな笑顔があった。
「ありがとう、おねえちゃん。――助かったよ」