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「あ、っ、もう、だめだあ、お、おなかがく、苦しいっ……!」
撃退士の橘慎也が屈みこんだ。
子供たちの遊んでいる児童公園。
目の前には醜悪な姿をした蜘蛛と蜂のディアボロの大群。
羽音を立てて飛んでくる蜂を見た瞬間、慎也は顔を青ざめた。
「おまえ、またのか!! あれほど言ったのに! おまえ、メンタルが弱すぎるんだよ、おい、しっかりしろぉ!!」
同じく新米撃退士の花田慶次郎が叫んだ。
いつもと同じ展開に流石の慶次郎もあきれ返ってしまう。
慎也を激しく揺さぶるが、すでに青ざめていて使いものにならない。
そうこうしているうちに、蜂が猛スピードで迫ってくる。辺りにいた子供たちが気がついて騒ぎ始めた。このままでは自分達も子供達も皆危ない。
絶体絶命のピンチに今度こそ慶次郎は茫然とした。
「おい、何やってるんだ! しっかりしろ」
絶体絶命のまさにその時に雪ノ下・正太郎(
ja0343)が現れた。
急いで二人の前に立ちふさがって両手を広げる。
「敗北も失敗も逃げる事も、必ず悪いわけじゃないが、
今回の二人は逃げたらいかん時に逃げるとかダメなケースだ」
怯えている二人に向かって叱咤激励する。その間に、斉藤 茜(
jb0810)が後ろからやってきて何とか二人を立ち上がらせると安全な所へさがらせようとする。
事態は一刻を争う状況だった。遊んでいた子供達も危険にさらされている。
「まず人々の避難誘導を優先します。 メンタルを鍛えるのはその後ですね」
手袋を嵌めながら鷹司 律(
jb0791)冷静に言い放つ。
すでに混乱している現場を収めようとしてディアボロに立ち向かっていく。エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)や天羽 伊都(
jb2199)、黒百合(
ja0422)も後に続いた。
「きゃはァ、この程度の相手ならスナック感覚だわねェ……手軽にいきましょうかァ♪」
黒百合は目を光らせた。銃を取り出すと蜂に容赦なくぶっ放す。
蜂が驚いてちりぢりばらばらになった。
子供たちに攻撃の魔の手が向かないように前線に立って敵をひきつける。
頼もしい黒百合の言葉に二人とも幾許か安堵の表情を見せる。
流石口で言うだけのことはあって威力は抜群だった。
「…今回の依頼でふと思ったのですが、私の中で戦闘が日常に一部になって来てますね」
自虐的にふと雫(
ja1894)は言葉を零す。怯えて動こうとしない慶次郎と慎也に見せつけるかのように素早く移動する。剣を振りかぶって一気に叩きこむ。
蜂は瞬く間に数を減らしつつあった。その隙を狙って子供たちを避難誘導させようとエカテリーナや藍那湊(
jc0170)が救出に向かう。
「子供たちの不安を取り除くのも、撃退士の役目だよ。慎也くんは子供たちを宥めてあげて。慶次郎くんは周囲の警戒をお願い。
……頼れるお兄さんの姿を、子供たちに見せてあげてほしいな」
湊は二人に優しく話しかけた。
お腹を痛めていた慎也と逃げようとしていた慶次郎は互いに顔を見合わせる。
ディアボロが怖かった。いつ自分の方へ襲ってくるかわからない。
もしかしたら救助している時に襲ってくるかもしれない。
だが、湊の言うようにそれでいいのだろうか?
「敵を倒すことだけが撃退士ではない。逃げ遅れた人々を救うことも撃退士としての立派な使命だ」
エカテリーナも問い質す。時間は一刻の猶予もなかった。
逃げてばかりじゃ解決にはならない。
子供たちを助けることも立派な撃退士の使命じゃないか。
「今、怖い思いをしているのは君たちだけじゃない。勇気をだして」
湊が子供たちに向かって行くのをみて慶次郎も慎也も覚悟を決めた。まずは自分のできることから一歩ずつ始めていきたい。
蜂が飛び交う弾幕の間を慎也と慶次郎は潜り抜けて救助に向かう。
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蜂の大群はしつこく撃退士を消耗させようと纏わりついてきた。小回りがよく利くために背後に回られてなかなかせん滅する所まではいかない。
律は密かに敵に知られないように潜行してさらに敵の背後に回っていた。
後ろから突如として現れた律は敵に向かって氷の夜想曲を放つ。
予想外の場所から奇襲を受けた蜂の大群はなすすべもなく攻撃をくらった。
救出に向かった慎也と慶次郎も敵の猛攻に思わず足をすくめる。エカテリーナが二人を攻撃使用している蜂をショートボウで狙い打って防いでいた。
次々にやってくる猛毒の針を持つ蜂はとても恐ろしいものに見えた。
「無茶をする必要はない。今はお前たちが確実にできることをしろ。たとえ敵を倒せなくても、子供たちを無事逃がすことなら、今のお前たちにもできるはずだ」
危機一髪でエカテリーナが防いでいるが突破されるもの時間の問題だった。
やっぱり帰りたい。こんな所で死ぬのは御免だ。
なんとか無事に子供たちの所へたどりついて声を張り上げる。
ディアボロから逃げるように最後まで慶次郎と慎也は避難誘導に徹した。
無事に子供たちを逃がすことに成功していた。
これで自分の役目は終わったはず。もう戦いたくなんてない。
「ちょっと、タンマ! あ、ま、また、お、なかが苦しい……」
そう思った時だった。
黒百合は不敵な笑みを浮かべた。
素早く武器を4連装の改造ショットガンをフルオート射撃に変える。
正面から真っ向勝負を挑む蜂に乱れ撃つ。
激しい弾幕が辺りに降り注いで蜂が次々に地面へと墜落していった。
「あァ……? ……今回は誰も敵前逃亡しないわよねェ? もし……そんな事になったら私は悲しみのあまりに逃亡した子を追い詰めて嬲り潰してしまいそうだわァ……キャハハハァ……で、誰も居ないわよねェ♪」
不気味に笑う黒百合の笑顔があまりにも怖い。
思わずこのままトイレに逃げようとしていた慎也は思わず縮みあがる。
「ごめんなさい! おなか、治りました!!」
そのまま銃口をこちらに向けてきそうなので慶次郎とともに思わず回れ右をした。
「私よりも年上なのですから、最初の一歩で躓いた位で何時までも蹲っていないで下さい」
雫も厳しい口調で責める。怪我をした仲間を癒しながら戦場を駆け回る。まだ年が若いのにもかかわらず戦場での振る舞いは実に堂々としていた。
「君たちはどんな撃退士になりたいのかな……?
俺は弱いよ。逃げないのは自分の憧れるものに背を向けたくないからだ」
湊も二人に背を向けながら剣を振るって蜂を叩き落とす。
数が多くてなかなか思うようにせん滅できない。
それでも二人が勇気を出してくれることを信じて戦い続ける。
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「気をつけろ! 蜘蛛がやってくるぞ」
正太郎は仲間に注意した。
蜂を援護しようとして後ろから大きな蜘蛛がやってきた。
糸を吐き乱しながら素早く伝ってやってくる。律は何とか蜘蛛の動きを邪魔しようとして積極的に足場となっている糸をファイヤーで爆発させる。
驚いた蜘蛛は糸を降りて正太郎の方へ向かって体当たりしてきた。
だが、泣きごとを言っている場合ではなかった。
ここで後輩に良いところをみせないといけない。
光を纏ってリュウセイガーに変身していた正太郎は背中で語る。
蜘蛛の苛烈な反撃が始まった。
糸を大量に撒き散らしてリュウセイガーを苦しめる。近距離から鬼蜘蛛が体の上に乗っかってきて脚で体を雁字搦めにしてくる。
正太郎を助けようと伊都も蜘蛛の間に割り込んで行った。
銀獅子化して一気に光焔で撃破を狙いにかかる。
上から叩きつけるように攻撃すると不意に蜘蛛の足が折れた。
だが、まだ正太郎は脱出できないままだった。湊もみかねて正太郎を助け出そうと救出に向かった。梟の眸で蜂を回避しつつ、激しくもつれ合う糸を必死に解いてく。
蜂を掃除した黒百合が今度は鬼蜘蛛に向かって連射を始めた。
堪らず蜘蛛は糸をはなって攻撃するが、黒百合は動じない。
逆に無数の蝙蝠をはなって敵に反撃を試みる。
体が言うことを聞かない。リュウセイガーは何とかその場を脱出しようともがいた。
徐々に土俵際に追い込まれてしまってもう後がなくなっていた。
「逃げない、負けない、泣かない、諦めない!」
慟哭しながら一人で鬼蜘蛛に向かって行って強烈な辻風をお見舞いする。
鬼蜘蛛は大きな口から血を迸らせて苦しんだ。
「おれはもうやることはやったし、帰っていいよな?」
正太郎が歯を食いしばって戦っている姿を見て慶次郎はためらっていた。
このまま皆の頑張りに任せて帰ってしまおうかと。
あんなに強い正太郎達でさえディアボロを倒すのは一苦労なのだ。
まして新米の撃退士である自分が倒せるわけないじゃないか。
慶次郎はそう自分に言い聞かせて密かに戦線から離脱しようとする。
「恐れる事や逃げたいと思う事は恥じゃない。
それらに打ち勝てない事は悲しいけど罪じゃない」
逃げようとしたその時だった。雫が声をかけた。
「最も恥じるべき事は、恐れる自分に目を背ける事。そして、その事を誰かのせいにして自らを律しない事が罪」
奮起するように迷っている慶次郎に諭す。
「全てを認めず、逃げる様なら貴方は撃退士ではない。口先だけの臆病者です」
雫はそう言い残すと正太郎を助けに行った。
危険な鬼蜘蛛の前に躍り出て気を引いて注意をひきつける。
敵が雫に気を取られてた瞬間だった。
潜行していた律が鬼蜘蛛の横に現れて手榴弾を叩きつける。
目の前が一気に煙に包まれて辺りが見えにくくなった。それまで恐ろしい姿をしていた鬼蜘蛛のディアボロの姿が一瞬消えてなくなる。
「これなら敵を見ないで倒せます」
律はリボルバーCL3とログジエルGA59を二人に握らせた。
慶次郎と慎也は互いに顔を見合わせた。
「見っとも無くても良いです、自分が出来る事を成しなさい。失敗しても私達がフォローしますから存分にやりなさい」
雫も近くで応援していた。慎也は雫にコクリと頷く。
覚悟はできていた。
狙いを澄ましてトリガーを一気に引く。
銃口から激しい火花が散った。
その瞬間、見えない煙幕の向こうから地獄の雄叫びが聞こえてきた。
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煙が晴れると鬼蜘蛛は血を撒き散らして倒れていた。
撃退士の奮闘によっておぜん立てをされた慶次郎と慎也は自らの手でディアボロに止めを刺してたおすことができた。まだ信じられないというような顔をしている。
手に持った銃がまだ熱かった。
この手でディアボロを倒したんだという実感が徐々にわいてくる。
「やったよ、おかあちゃん、俺、ついにディアボロ倒したよ」
思わず歓喜の涙を出して慶次郎は喜んだ。
初戦で失敗したのがトラウマになっていた。
敵前逃亡するのが癖になっていた。
いつのまにか人のせいにして自分の力の弱さを省みていなかった。
そんな弱い自分も今日でおさらばしたい。
「俺だって実は怖いんだ、でも今日の二人はよくやった。おめでとう」
「いえ、そんなあ、先輩もかっこよかったですよ」
湊は砕けた表情で慶次郎と今日の依頼の成果を祝い合う。
「戦って敵を倒すことだけが撃退士の使命ではない。戦いの中で傷ついたり危険に晒されたりしている人々を救うことも立派な撃退士の使命だ。
お前たちはその使命を無事果たしたんだ」
エカテリーナもよくやったと二人をほめたたえた。
「ありがとうございます。おかげで少し自信がつきました」
思わず慎也は恥ずかしそうにお礼の言葉を述べる。
「撃退士の数は未だ未だ足りてない現状、救いきれない、手の届かない人が一杯いるんだ、一緒に頑張って助けて行こう」
伊都が慶次郎の元へやってきて握手を求める。
二人はがっちりと手を交わした。
今日の戦果は伊都たちの御蔭だった。
けっして自分一人でやった結果ではない。
けれどもいつか近い将来自分の力でディアボロを倒せるように――。
「おい、あっちに大きなディアボロが!」
正太郎が大きな岩を間違えてディアボロだと言った。
その瞬間、びっくりした慶次郎がどこかへと逃げていく。
「そういえば、橘さんは我慢していたトイレは大丈夫ですか?」
雫が唐突に質問した。
「あ、おおおおお、なかが、ももっれうるううううううううううううう」
慎也は青ざめて一目散にトイレへとダッシュした。
その二人の姿をみて撃退士達はどっと笑う。
やれやれ、まだまだ先が思いやられると律は思わずにいられなかった。