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マスター:凸一
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/06/04


みんなの思い出



オープニング

●現実と虚構の境界線
「修二くん、待っててね。いつか必ず戻ってくるから……」
「だめだ! 紫織! いかないでくれ!」
 紫織は高い木の枝の上に腰かけていた。涙を溜めながら下にいる修二に問いかける。
身体は深夜の月の光を浴びて今にも消えそうになった。
「さようなら……修二くん」
「しおりぃいいいいいいいいいいいい!」
 修二の叫びもむなしく紫織は消えた。もう跡形も残っていない。しばらく修二はその場所に突っ立っていた。いつまでもいつまでも……。
 やがて、エンドロールが流れて「終わり」が現れる。PCの前にいる勝又修二はいつまでも項垂れたまま顔をあげようとしない。
「どうして死んじゃったんだよ……紫織……」
 修二は濡れたキーボードを何度も叩きながら嗚咽を漏らした。
 修二が遠野紫織エンドを見たのはこれで二十五回目だ。もう何度泣いたかわからない。俺の生きている価値はないんじゃないか……。
 もうこの世に生きていても意味はない。
 修二は精神的に思い詰められていた。
「そうだ……! あの木のある場所……ひょっとして、学校の裏山にある木じゃ!」
 その時、修二の頭に天啓が差した。
 思い出せば思い出すほど画面の中の風景と学校の裏山の情景がそっくりだ。偶然とは思えなかった。もしかしたら紫織はこの世界にいるのかもしれない。
 それはあり得ない妄想だった。しかし、修二は他にどうしていいかわからなかった。
 修二は時計を見上げた。時刻はちょうど夜の十一時。
「あと一時間で紫織が消えてしまう! 急がないと!」
 そうして修二は今日も両親に気づかれないように家を飛び出した。
「待ってろよ! 紫織! 俺が助けてやるからな!」

●妄想の彼女との語らい
「――毎晩息子さんが夜中に家出をするので助けてほしいという依頼が来ています」
 斡旋所の職員が疲れた顔で言った。依頼は両親から来たという。
 勝又修二は兵庫県の一般高校に通う一年生。友達に貸して貰った美少女ゲームに先月からどっぷりつかってしまったようだ。現在攻略キャラの遠野紫織にただならぬ想いを寄せている。
「それだけなら年頃の少年にはよくある話ですが……修二君は現実に紫織がいると思い込んでしまったようです。さらに、そのキャラが最後にいなくなる場所が学校の裏山にある木だと思い込んで、毎晩夜中に家を飛び出すようになったそうです」
 さすがに両親に気づかれて注意されたが、それでも修二はやめなかった。今でも毎晩夜中に家を飛び出しては明け方ごろに別れを惜しみ、涙をからして帰ってくるという。
「睡眠不足がたたって、最近では神経衰弱に陥っています。成績も下がり、友達も誰も近づかなくなってしまいました。彼は妄想の彼女とその場で話をしているようです。両親の望みは、修二君の目を覚まして元の明るい元気な子に戻してほしいということです」
 職員は最後にこう付け加えた。
「今回は変わった事例ですが……。穏便に事が治まるようにお願いします。親御さんの話によれば、無理に家から飛び出すところを止めると、ヒステリックを起こしてしまうようです。最初にゲームをやめさせても逆効果でした。相手は普通の高校生なので暴力とかもできるだけ避けてください。一刻も早く元の明るい修二君に戻れるようにみなさまのご協力をお願いします」



リプレイ本文


 深夜の裏山の麓には事前準備のために撃退士たちが集まっていた。ゲームの中のキャラクターに熱烈な想いを抱いてしまった男子高校生の目を覚ます。それぞれが今日のために入念な対策を施してきた。誰もが気合いを入れて作戦成功を祈って作業する。
「死を否定してはならない。その世界の紫織は確かに死んだのだ。例えプログラム上の事であったとしても、全てを受け入れた先に真のキャラ愛が見つかるだろう」
 鴉乃宮 歌音(ja0427)が真剣な面持ちで言った。彼はすでに二百時間をかけて遠野紫織のゲームを完全に攻略していた。その驚くべき集中力に仲間も感嘆する。
「ひとつのことに盲目的に打ち込める、というのは、それはそれで幸せなことじゃろうて。何やら面白そうな事態になっておるのう」
 リザベート・ザヴィアー(jb5765)がにやにやしながら言った。赤いゴスロリに身を纏った姿は夜でも十分に目立っている。
「恋は盲目とはいったもんだけど……自分の力にだってなるんだよねっ♪」
 藤井 雪彦(jb4731)はそう言いながらも、すでに修二を邪魔する気満々だった。
「修二君の心、なるべく傷つけたくないわね♪」
 雁久良 霧依(jb0827)もそう言いながら邪悪な笑みを浮かべる。
「私は笑ったりしないぞー……ぷっ。だって、素敵じゃないか、この世に無い者をこころに作り出せることは!……ぷっ」
 ルーガ・スレイアー(jb2600)は手で口を必死に抑えつける。笑いを堪えるのに必死で腹が痛くておかしくなりそうだった。それでも携帯だけは絶対に手放さない。
「勝手にすればいいと言いたいが……。すでに周りが迷惑してるからな……」
 山木 初尾(ja8337)がやれやれ、といった表情で溜め息をつく。本当にこの作戦で大丈夫なのかと仲間をみて心配になってきた。
「あれ? 一人足りないようですが……気のせいでしたかね?」
 斬ケ峰 緋流(jb5608)が集まったメンバーを見て首を傾げた。たしかもう一人誰かがいたような気がしていたがどうだったろうか。なぜかリザベートが「心配ない。これで全員そろっておる。それじゃいくとしようかのう」と現場に急ごうとする。
 緋流は仕方なくみんなの後をついていくことにした。まあ、そのうち思い出すかもしれない。それにそろそろいい時間だった。
「しおりいいいいいいいいい!! しおりいいいいいいいいい!」
 その時だった。草葉の陰からものすごい地響きがした。撃退士たちが慌てて辺りの木の裏に隠れると件の修二が血相を変えて走ってきた。
 目にクマが出来て髪の毛はぼうぼうに伸びきっていた。服には食べカスやフケが溜まりこんで異臭を放っている。ボロボロの靴には大きな穴が空いて靴下が見えていた。とてもまともな男子高校生には見えない。これでは友達は誰も近づかないだろう。


 一瞬戸惑ったが、意を決して、まず雪彦が修二の前に躍り出た。彼の行く手を塞ぐようにして足止めを食らわす。
「お前は誰だ! しおりが危ないんだ! そこをどけろ!!」
 修二が唾を飛ばしながら雪彦に怒鳴った。
「君とボクはライバルだ……。だけど、惚れた女の子を救うためならディアボロとだってボクは手を組む。ひとまず手を組んで紫織を救わないか? 争うのはその後だっ!!」
 そう言いながら雪彦は遠野紫織の水着姿の等身大抱き枕を取り出して見せた。
「そ、それっは……!! 夏コミ限定版の紫織水着スペシャル☆じゃないかっ!! 先着で十名しか配布されなかったという伝説の! お前は一体……」
 恐ろしい目で修二が雪彦を睨みつける。興奮しすぎて今にも頭から湯気が出そうだ。こいつはタダモノではないと心の中で密かに思う。
「紫織を救うのはこのボクだ! 貴様には絶対に紫織を渡さないぞ」
 雪彦が挑発の言葉を投げかける。そうしてその抱き枕をすぐそばの崖下に向かって堂々と放り捨てた。
「おまえ!! なんてことするんだっ! 紫織ちゃんがっ」
 慌てて抱き枕を拾いに行こうとして、修二が崖に向かう。そこに雪彦が立ち塞がって言った。
「おいおい、いいのかい? そんなニセモノに騙されちゃって。ホンモノの紫織ちゃんはボクがちゃんと頂いちゃうよ」
 雪彦はそう言いながら走り始めた。修二もなくなく抱き枕を諦めた。どこの馬の骨かわからない奴に俺の嫁を取られるわけにはいかない。雪彦の後をすぐに追い駆ける。
「ぎゃああああああ――――」
 その時だった。修二がその場で激しく転んだ。前転宙返りをして、傍にあった大木に頭からダイビングする。修二は頭をぶつけて泣きながら転げ回った。
「誰だっ! こんな場所に釣り糸を仕掛けたやつは!!」
 修二は顔を真っ赤にして叫んだ。もちろん、初尾の仕業だった。彼は木陰で「ドジなやつ……」と憐みの目線をよこす。
さらにその直後にまた修二は激しく今度は後ろにズッコケた。下に大量にばら撒かれた濡れ落ち場に足を滑らせた。誰がやったのかは言うまでもない。
「(´;ω;`)あぁ……ワカモノよ、道に迷ったのだ、助けてー」
 その時、修二の前にルーガが現れた。さすがの修二も今度はびっくりする。携帯をもった怪しい女の姿に肝をつぶした。絶対に関わってはいけない空気が漂っている。
「助けてくれないなんて、最近のワカモノはハナクソ系男子じゃないー!」
 逃げようとした修二に向かってルーガは迷わず追い駆けた。あまりのルーガの形相に思わず修二も泣き叫びそうになった。
 転びながらもようやく修二はルーガを振り切ることに成功する。だが、油断はまだできなかった。どこに罠がしかけてあるかわからない。そうしてようやく修二は緋流が隠れている場所までやってきた。すでに息が上がって身体が思うように動かない。
「さあ……今度は私の番です。見事にひっかかってください」
 ひそかに緋流はドキドキしていた。修二はもうすぐヤギ餅を見つける。それに気を取られた彼の姿を想わず想像してニヤけた。いまかいまかと胸がドキドキする。
「んっ? なんだこれは――邪魔だ」
 グチャ!
 修二はヤギ餅を見つけると、踏みつぶした。
「ええええええっ! そんな……」
 緋流はショックでどうにかなってしまいそうだった。あんなに美味しいヤギ餅が目の前で無残にも踏みつぶされてしまった。
 何事もなかったかのように走り去る修二。緋流はしばらくその場から動けなかった。


「はぁ……はぁ……紫織……どこだ?」
 修二は満身創痍でようやく木のある場所に辿りついた。だが、時計の針はすでに十二時を大幅に越えている。修二は泣きそうになった。変なやつに途中で絡まれたり、変な罠に嵌ったりして予定の時刻に間に合わなかった。
 すでに紫織はこの世にはいない。これまでずっと頑張って生きてきたのに、これでは台無しだった。もう生きている価値はないかもしれない。
 そう修二が思い詰めた時だった。
「こっ、これは……?」
 木の陰からどこともなく音楽が流れてきた。それは紛れもなく最期のシーンで紫織が消える時に流れる曲だった。修二は胸を躍らせた。まだそこに紫織がいる!
 もちろん、それは霧依が事前にゲームから収集した音楽だった。歌音が攻略した全データに基づいて作り上げた傑作。これには思わず修二も騙される。
「しおりいいいい! そこにいるんだろ! 隠れてないで出てきて!」
 修二は木に向かって叫んだ。さっきから木の陰でこそこそと身動きするのが修二にもわかっていた。誰かがそこに隠れている。それは紛れもなく遠野紫織に違いない。
 紫織はちゃんとそこで待っていてくれた。十二時をすぎてもう諦めていたが、こんな時間の約束を破ってしまった俺の為にずっと待っていてくれたんだ。
「さあ……おいで、紫織。……もう離さないよ!」
 修二は木に近づいて両手を広げた。飛び出してきた紫織を抱き締めるために。
「我輩は遠野紫織 。どこにでもいるごく普通の人間である!」
 現れたのはムキムキマッチョの男だった。いや、彼はピンクのフリフリのリボンを身にまとっていた。モヒカンは三つ編みにされて、小さな赤いレースのリボンが先端に結ばれている。大きく開いた胸元には逞しい胸板の筋肉が飛び出していた。
 顔には付けまつ毛と紫のアイシャドー。口元にはパール色のつやつやのルージュ。頬紅を付けられたその異様な姿は――紛れもなくマクセル・オールウェル(jb2672)であった。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――――」
 修二はその場で昏倒して倒れた。


 修二は夢を見ていた。ムキムキマッチョが遠野紫織となって襲ってくる。貞操をうばわれそうになった所でようやく修二は目が覚めた。
「はぁ……はぁ……はぁ……なんだ夢か。よかった……」
 修二がほっと一息ついたときだった。
「ようやく目が覚めたようだね。これ、修二君に詩織からって」
 そこにいたのは歌音だった。なにやらわけありの事情を知っていそうである。よくわからなかったが、修二はその手紙(実はリザベートが書いた)を素直に受け取った。

『修二君

最期にどうしても伝えたいことがあって、手紙を書きました
私、貴方に会えて、本当に良かったと思ってる
貴方が自分を磨いて、もっともっと輝いた人生を送ってくれれば
きっと未来でまた会える
形は少し違うかもしれないけど
ずっとそばにいて、見守ってるから
                           紫織』

「これは……紫織からの手紙?」
 修二は読み終えて呟いた。何度も何度も読み直してようやく歌音にその意味について聞こうとしたときだった。そこにはマクセル――遠野紫織がいた。
「し・お・り・を・た・べ・て」
 胸元を両腕で協調したセクシーポーズでマクセルは迫る。
「うわああああああああああっ!! く、くるなああああああ!!」
 修二は絶叫した。夢ではなかったことに今度こそ後悔する。
「自分を見てみろ……。寝不足、疲労、ヒステリーで親不孝……おまけに汚らしい姿で会いに来るなんて、好かれた相手はドン引きだろうな……」
 初尾は鏡を渡して修二に自分の顔を確認させた。修二はあまりのひどさに目を逸らす。そこへ歌音がさらなる追い打ちをかけた。
「紫織も残念なことに十二時になってしまって呪われてしまったんだ。本当の紫織は君の攻略が不味かったせいで変身してしまった。けれど、その手紙にあるように――これから本当に君が努力してきちんと生きて行くことさえすればいつかは――呪いも解けて元の紫織に戻ることができるだろう。どうだい――約束できるか?」
 歌音は優しく問いかけた。修二はそれを聞いて涙を流した。さらに隠れていた霧依が出てきて修二に驚愕の事実を伝える。
「私は未来予報の専門家よ。ちょっとこれを見てみなさい」
 霧依が見せたのは完ぺきなまでに加工されたゲーム動画だった。紫織と修二が仲良く遊んでいるシーン。キスをしているシーン。さらにはベッドインしているシーン。さらには紫織と修二が結婚式を挙げているのもあれば、二人によく似たベイビーを持っているものまであった。その家族の写真はどれも幸せそうな笑顔であふれている。
 ただし、その紫織の顔はどれも――マクセルそのものだったが――。
「お、お、お、おえええええええええええっ!!」
 修二は盛大に吐いた。
「大丈夫か! しっかりせい」
 たまらずリザベートが介抱する。修二はなんとか息を取り戻すことに成功した。
「マクセルさん! ダメですよ。これ以上やっちゃったら修二くんが!」
「緋流! ちがう、俺はマクセルじゃない。遠野紫織だ!」
「ご、ごめんなさい、マクセルさん」
「だから紫織だって。ばれたらどうするんだ!」
 マクセルと緋流が何やら騒いでいる。幸いなことにそのやりとりはショックの大きい修二の耳には入っていないようだった。
「もう――紫織はいい。こんなの紫織じゃない!! 俺は馬鹿だった。親にも迷惑をかけてしまった。友達もいなくなってしまった。今度からはちゃんと生きる」
 修二は傍らでまだ暴れているマクセルを見て言った。あんな奴に襲われたら身がいくつあってもたりない。もう恋愛ゲームなんてこりごりだった。
「そうじゃのう。その心意気じゃ。今度は現実の恋を実らせるよう努力するんじゃ」
 リザベートが愛苦しい表情で修二に言う。これを機にゲームを止めて、現実で恋人を作ってくれればいいと願う。まだ修二は高校生だ。これからも先は長い。
「リザベートさん……」
 修二は顔を赤らめて言った。何やら身体をもじもじとさせている。
 様子がおかしかった。リザベートは嫌な予感がした。
「リザベートさん、すすすすすすきです! けけけえけけけっこんしてください!!」
 修二がリザベートに向かって叫んだ。
 その場にいた一同が唖然とする。まさか修二がリザベートを好きになるなんて。
「リザベートさん。キキキキキッス―――」
 修二が唇を突き出してリザベートに迫ってくる。
「ズルイ。修二は吾輩のものだ!」
 逃げ出そうとしたリザベートを修二が追い、さらにそのあとをゴスロリのマクセルが追い駆ける。阿鼻叫喚の三つ巴。それぞれの想い人の背中を追う。やがて三人は山を駆け下りて行って見えなくなった。
「ふぁあ……眠い。もう帰ってねよ」
 緋流があくびをした横でルーガが新しいゲームを始めていた。
「これ、面白いわね。はまっちゃいそう」
 そのゲームとは他ならぬ霧依が改造したやつだった。タイトルバックの攻略メインヒロインがゴスロリのマクセルの――。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:1人

ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
地道に生真面目・
山木 初尾(ja8337)

大学部5年139組 男 鬼道忍軍
群馬の旗を蒼天に掲げ・
雁久良 霧依(jb0827)

卒業 女 アストラルヴァンガード
駆逐されそう。なう・
ルーガ・スレイアー(jb2600)

大学部6年174組 女 ルインズブレイド
伝説のシリアスブレイカー・
マクセル・オールウェル(jb2672)

卒業 男 ディバインナイト
君との消えない思い出を・
藤井 雪彦(jb4731)

卒業 男 陰陽師
撃退士・
斬ケ峰 緋流(jb5608)

大学部3年18組 女 阿修羅
その名に敬意を示す・
リザベート・ザヴィアー(jb5765)

卒業 女 ダアト