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「――そうですか、ありがとうございます」
ジェニオ・リーマス(
ja0872)が丁寧にお礼の言葉を述べる。
チラシを配りながら逃げたモモコの行方を捜す。空き地の周辺の住宅地を中心にジェニオ達は聞き込み調査をしていた。写真を手掛かりに近隣の住民に当たる。
未だに有力な手掛かりは見つかっておらず溜息が洩れる。
早く見つけてあげなければ……モモコちゃんが可哀そうだ。
自分も猫を飼っており気持ちは痛いほどよくわかる。
「モモコちゃんを雑木林の方で見かけたって!」
途方に暮れていたその時だった。
電話が鳴って取ってみると雪室 チルル(
ja0220)からだった。
手分けして聞き込みを行っていたところ、近所のオジサンがモモコに似た子猫を偶然にけもの道でみつけたという。だが、それは先日のことで今は見かけないらしい。
チルルは囮を密かに制作していた。猫の餌と段ボール箱と棒と紐を用意してトラップを仕掛ける。自身は木陰の陰に隠れて猫が来るのを待つ作戦だった。
「どうよこの完璧なトラップ! これで楽勝ね!」
チルルは胸を張った。すぐさま何かが引っ掛かって引っ張る。
するとモモコとは似てもつかないウリ坊が罠にかかった。
思わずため息を付いたがそれでも見た目は可愛くてチルルも思わずほっこりする。
モモコはなかなか罠に引っ掛からなかった。
「家出猫の捜索ですか。 やれやれ、わざわざアウル覚醒者がやる仕事ではないと思いますが……まあ、猫は嫌いではありません」
知らせを受けたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が直ぐに向かった。
ヒリュウのハートを召喚して空から捜索に当たらせる。
口ではそう言ったが、依頼を受けた以上全力で取り組む必要がある。
深い藪に覆われた道を掻きわけながら自身も地上から頑張って捜索する。
横の方で明りを照らしながら捜索するのは新田 六実(
jb6311)だ。猫じゃらしを持ちながら反応を見るが今の所は全く反応がなくて次第に不安になってくる。
「大丈夫です。きっと見つけてきますよ。だから安心して」
藪を掻きわけながら黄昏ひりょ(
jb3452)も必死に狭いところや暗いところを探す。
捜索の前に飼い主の橋本朱里に会ってきたことを思い出していた。
モモコがいなくなってひどくショックを受けていた様子だった。朱里を慰めるために、ひりょは飼い猫のクロとシロの二匹を預けてきていた。
少しでも気がまぎれるかもしれないと思ったからだ。それでもやはり、モモコが見つからなければ意味はない。早く朱里の笑顔を取り戻すためにひりょは頑張る。
「モモコは怖がりで隠れるのが好き、と言うことですから……案外近くにいるかもしれませんわね。怖がりな子は移動するのにもすごく勇気が要りますから」
氷咲 冴雪(
jb9078)が猫耳を付けたゴスロリ姿で登場した。
「ぎゃあーー想像以上に猫耳冴雪っちが可愛いいいい!!!
オーケー、俄然テンション上がってきたから頑張るわ!」
スマホでバチバチと写真を撮るのはクアトロシリカ・グラム(
jb8124)だった。
想像以上の可愛さに思わずハイテンションになる。
グラムのリクエストに冴雪はばっちりと答えてくれていた。
怖がりのモモコを探すためにこちらも同じように猫になるのが効果的――
グラム自身も全身にねこじゃらしをくっつけてモモコの名前を呼ぶ。
「モモコー、いるならでてこーい」
凪(
jc1035)も声を張り上げていた。
近くにやはりいそうな気がしていた。不意に木の上を見上げる。
何かが動いた気配がした。もう一度モモコの名前を呼ぶ。
五感を澄まして反応を待った。
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「モモコだ! いたぞ!!」
凪が突然何かを見つけて叫んだ。すぐにマステリオのヒリュウが確認に向かう。
木の高い頭上に目を凝らすと子猫がいた。
慌てて持っていた写真を確認すると間違いなかった。
木の高い所にある洞から顔を出している。
おそらく登ったはよかったが怖くなって降りれられなくなったに違いない。
近くで探していたチルルやひりょがやってきて見上げた。
かなり高いところなので登るのは困難を極めた。六実は奥の手を使って呼ぼうとしたが、やはり見た目が怖くなってしまうのでためらっていた。できれば使いたくない。
ねこじゃらしで気を引こうとするがやはり高すぎて反応は良くない。
「これは……ちょっと難しいわね」
思わず冴雪も愚痴を零す。
目立つ猫の姿をした冴雪に興味を持ったかのようににゃーとモモコは鳴く。
どうやら少し安心した様子だった。
その間にマステリオは飼い主の朱里に電話を入れた。
すぐに必死の形相で朱里がやってきた。モモコを見るなり目を潤ませる。
「朱里さん、これをどうぞ」
ジェニオから美味しい餌手を受け取った。
「モモコー! おいで!」
朱里の姿を見たモモコも激しく鳴いた。
だが、どうしても自力で降りられないようで尻ごみしている。
「俺につかまってくれ」
見かねた凪がついに朱里に申し出た。
返事を待たずに朱里を抱えて飛ぶと一気にモモコの元へと向かう。
洞の前にたどり着いた朱里はそっと手をさしのばす。
「大丈夫だよ、モモコ。寂しかったよね。もう一人じゃないから――」
するとモモコが朱里の胸へと飛び込んできた。
幸せそうに朱里に撫でられてにゃーと鳴く。
凪も思わず頬が綻んで見つかってよかったと心底思った。
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雑木林の高い木から下ろされたモモコは少し元気がなかった。
逃げ出してから数日どうやら食べ物を取っていなかったようだった。
ひりょはすぐにバスタオルで包んで温めてやる。
さらに用意していたミルクを与えてみるとモモコは勢いよく呑み始めた。
「よかった――いい呑みっぷりで元気がいい」
あまりの呑みっぷりにひりょも思わず苦笑する。
試しに猫じゃらしを近づけてみたら驚くほどモモコが反応する。
負けてはいられないと対抗心を燃やしたのはグラムだ。
全身猫じゃらしのグラムが登場するとモモコが狂気乱舞したように跳びかかる。
楽しくして仕方がないというように全身を思いっきりひっかきまわす。
「い、いてえええ!!」
全身を引っ掻きまわされたグラムは悲鳴を上げた。
助けを呼ぶとすぐに猫耳の冴雪がやってくる。
抱きかかえるとモモコは冴雪に大人しくされるがままになった。
どうやら冴雪のことをものすごく気にいったようだった。
冴雪の胸に抱きかかえられて幸せそうに目を閉じている。それを見ていたグラムも思わずモモコが羨ましくなった。
無事にモモコを探し出して皆はほっと一息をついた。
「わたくし、猫型クッキーを持ってきたんですのよ。
折角ですからこの後猫喫茶に行きませんこと?」
冴雪が皆に向かって提案する。
「いいね! みんなでわいわいしたい」
「今のクゥでしたら大人気になれますわよ?」
グラムの言葉に冴雪がほほ笑んだ。
それまで別の所を探していた朱里の友達がやってきて合流すると、皆で親睦会を兼ねてお茶会をすることになった。すぐさま各自が飼い猫を連れて再びやってくる。
撃退士側では凪がソマリのライを連れて来ていた。
レッドの毛並の雄だった。元気で横顔が美しかった。
朱里の友達の猫と一緒になってボール遊びをしている。
飼い主の凪いわく、犬のような猫だ。みんなと遊ぶにも適しているようだ。
ひりょのクロとシロも朱里とかなり仲良くなっていた。短い時間だったが、その間に二匹とも朱里に結構なついていた。
親睦会ではジェニオの用意した芋ケーキが振る舞われた。
「こら、あんまり食べさせすぎないで」
勢いよく食べようとする飼い猫のマイケルに釘をさす。
ケーキが美味しいのでそれも無理なからぬ所だった。他の集まった猫達もジェニオ自家製のケーキには目がないらしくすぐに品切れになってしまう。
冴雪のクッキーも好評だった。もっとも大部分をグラムが食べていたが。
猫よりも食いしん坊なグラムに冴雪も見ていて苦笑する。
「だって、おいしいんだもん」
「もうしょうがないわね。また作ってあげるわ」
二人は楽しそうに猫達を可愛がりながら話に花を咲かせる。
ひりょもクロとシロを凪のライやジェニオのマイケルと遊ばせていた。
ジェニオのマイケルは柴犬と暮らしているせいか猫より優しい犬になつきがち、優しい人や猫も好きだった。 優しそうなら基本人見知り無、好物のごはんやおやつには、誰より早く寄ってくる食いしんぼである。お座りとお手も出来、お昼寝も大好き。
当然朱里達にもマイケルは好評だった。
皆が熱心にマイケルのことをもっと知りたいと訊きたがる。
「――猫缶食うか」
マステリオも餌を上げてみる。
モモコは最初警戒していたようだがすぐに恐る恐る近づいてきた。
ひとたび食べると一気にモモコは食べつくす。
以外にも可愛いじゃないかとマステリオも少し頬を緩ませていつまでも見守った。
飼い主同士はすでに意気投合していた。
お互いの苦労話や楽しい話をしながら会話が尽きない。
飼い始めたばかりで特に朱里は不安に思っていた。
しつけや餌やりなどをジェニオ達から詳しく聞いてメモを熱心に取る。
そばでじっと聞いていた六実も羨ましくなった。
「良いなぁ、私も飼いたい……」
六実も皆に感化されて猫を欲しいと密かに思っていたのだ。
「六実ちゃんはどんな子が好き?」
「血統書つきとかなら耳折れのスコティッシュとか好きだけど、モモコちゃんみたいな三毛猫も大好きですよー」
好みを皆に聞かれて六実も笑顔で返す。
猫じゃらしや猫缶で必死になってアピールをした。
思いのほかに可愛いモモコ達の横顔を見てどんな子がいいかなあと想像を膨らませる。
「いっててて!!」
指先に思いっきりかまれたのはチルルだった。
餌を与えようとして間違えて尻尾を踏んでしまう。
怒った猫がチルルを噛んだ。思わず泣きそうになるが我慢する。
いいこだとよしよしすると次第に大人しくなった。
最初は大変だったが、なれると次第に可愛く思えてくる。
「猫って飼うのやっぱり大変?」
チルルはその子の飼い主に聞いて質問する。
「しつけは大変だけど、ちゃんとすれば大丈夫、絶対飼って見て!」
薦められてチルルは我慢できなくなってきていた。
いろいろ質問していくうちに自分もできそうな気がしていた。
自分も猫が欲しい――
「そうなれば善は急げよ! いざペットショップに!」
テーブルをバンと叩いて勢いよく立ちあがる。
もうぐずぐずしていられなかった。
チルルは猛ダッシュでその場を後に行ってしまった。
みんながその姿を見てどっと笑う。
にゃーとモモコも楽しそうに笑顔を見せた。