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放課後になって茉莉香と葵と花蓮は下駄箱で待ち合わせをしていた。
お互いに憂鬱な顔をしている。最近しつこく纏わりついてくるストーカーのせいだった。
厳しく断ったつもりなのでエスカレートする始末。
「はあ……どうしよう」
茉莉香がその端正な目元を曇らせて息を吐いた。
思わずため息が出るのも無理はない。
「――なんかごめんね。
イケメンだったら良かったんだけど僕みたいなので。
まぁ、仕事はするから、ちょっとの間辛抱してね」
謙遜しながら米田 一機(
jb7387)が皆を励まそうとする。
茉莉香はその言葉に少しほほ笑みを見せた。一機が気を利かせたことによって、沈みがちだった雰囲気が明るくなった。美少女にはやはり暗い顔よりも笑顔が似合う。
「……お迎えにあがりました、お嬢様」
一目でボディーガードとわかる者がやってきて挨拶する。
「――お弁当とお味噌汁ありがとう。美味しかった」
花蓮が傍らに仕えていた染井 桜花(
ja4386)にお礼を言った。
胸にサラシ、髪はヘヤワックスでオールバック、サングラス、黒のスーツでどこからどう見ても男のボディーガードにしか見えない姿に変装している。
実は登校前に桜花の自家製のお味噌汁を作っていた。
桜花は、……よかった、とだけ短く言ってすぐに身辺の警護に当たる。
荷物を持ちながら辺りに不審なものがいないか確認しながらようやく校門の前に至る。
「そう心配そうな顔すんなって、俺達に任せときな」
待っていたのはディザイア・シーカー(
jb5989)だった。
胸を張って拳を叩いて見せた。花蓮好みの質素で渋いスタイルの服装を纏っている。
花蓮が頼もしそうに見てきたのでディザイアもなんだか照れくさい。
やる気を出して先頭に立って曲がり角やわき道を入念にチェックしていく。
どうやら妖しい人物はいなくてほっと一息を吐いた時だ。
「HEY 茉莉香YO! 待っていたかい? MY SWEET AHURO!」
路地の木の上から何かが跳び下りてきた。
爆発した大きな赤い色のアフロの光男だった。
あまりの醜悪さに耐えられないとばかりにセレス・ダリエ(
ja0189)が去っていく。
「……なるほど、これは酷いねぃ」
思わずため息が出るほど皇・B・上総(
jb9372)は呆れてしまった。
開いた口がふさがらないとはこの事である。だがそれだけではなかった。
「愛のサインコサインタンジェント、つまり三角形が基本なんです愛は。
こうやって両手の親指と人差し指をくっつけてみれば――ほら、見えるでしょ? 僕と葵さんの愛の形が!!」
がり勉に瓶底眼鏡の七三の髪形をしたいかにも冴えなさそうな男が現れる。
孝也の言っていることはもはや意味不明だった。
その姿を見た葵や花蓮があまりのおぞましさに隠れてしまう。
「俺の顔がそんな眩しくて見れないのかい? なんて罪な顔しているんだ僕は!」
鏡を見ながらうっとり自分の顔を見つめるのは正輝である。
まるでホストが着るような胸元の襟が大きく開いた服装にトンガリブーツを履いている。何故か薔薇を持ちながら上目遣いの決めポーズで花蓮に猛アピールしてきた。
「ライバルって。お前そもそも花蓮と普通に話した事はあるのか」
青いスーツで決めたジョン・ドゥ(
jb9083)が割って入る。
「何だ、貴様は?」
「花蓮に言われてその格好にしたのか? ならお前、多分今人生で一番カッコ悪いぜ」
ジョンの攻勢にあからさまに敵意をむき出しにした。
カッコ悪いという言葉は禁句だった。正輝は髪をなでる回数が爆発的に増える。
名前で呼んでいて馴れ馴れしいのが正輝にとってさらに不快で堪らない。
この三人が茉莉香達を付け狙うストーカーたちだった。
一見して茉莉香達が困るのも無理はない。
どいつも聞く耳を持っておらず押しがかなり強そうだ。
三人はそこにボディーガードたちがいるなんて眼中にないようだった。
無理やりに孝也が近づいてきて強引に腕を引っ張ろうとしてくる。
「まあまあ。まずは一呼吸、落ち着いてみては如何でしょう?
相手の話をきちんと聞くというのも大人の素養ですよ」
腕を制しながらレイル=ティアリー(
ja9968)が止める。
孝也のヒートアップさと比べて落ち着いた丁寧な声音で喋る。
「頭の良さを自称なさる貴方なら理解いただけると期待します。
まず、彼女は貴方のことなど眼中にありません。
そして貴方に付きまとわれて非常に迷惑しています。
故、彼女と貴方が恋人同士になれる可能性はありません。
私たちがこの場にいるのがその証拠ですね」
まともな正論に孝也がぐっと詰まってこたえられなくなった。
上手く言葉を出そうとするが数式しか出てこない。
イライラが募ってさらに愛の公式で何とか対抗しようとしてくる。
「うーん、言おうか迷ったけど、君の為だから言うね。すごく分かりづらい。本当に頭のいい人は説明も上手いし、そもそも簡単な言葉に置き換えて説明するものなんだよ?」
爽やか優等生風の神谷春樹(
jb7335)がついに切り出す。
葵が頼もしそうに後ろで隠れながら事態を見守っている。
あまりに葵と春樹が密着しているので孝也の血が上り始めた。
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「もう一つおまけに忠告。『知者不言、言者不知』」
春樹が畳みかけるように話を切り出す。
「何だそれ? 食いもんか?」
まったく意味がわからないというように首をひねる。
孝也は頭の良い振りをしているが実際は全く勉強ができないので無理はない。
「老子の言葉なんだけど、知らない? 厳密には本当の事を知る人は寡黙だって事なんだけど、ぺらぺらしゃべって知識をひけらかす行為を戒めているって解釈もあるんだよ。事実、『希言は自然なり』って言葉で虚栄心を戒めてるしね」
「…………」
孝也には難しすぎて春樹が何を言っているのかわかっていないようだった。
「まぁ、僕個人としてもべらべら知識をひけらかすのは勉強はできても頭が悪い子供みたいに見えて、彼女の好みの対極だと思うよ?」
「春樹さん素敵」
うっとりした様子で葵が春樹にしがみ付いてくる。
圧倒的な威圧感でこれ以上、孝也を寄せ付けない。
「本当に好きならこんなのに怯んでないで、命がけで向かってきなよ」
春樹は自信たっぷりに問いかけた。
「――私たちの言っていることが理解できないのでしたら、彼女の求める頭の良さを満たしているとは言い難い。
一次審査不合格です。やはりお引き取りください」
レイルが代わって引導を渡す。
孝也は唇をかみしめて頭を掻きむしながら一目散にどこかへと走って行った。
「茉莉香もレッツアフロ! 俺とビターでナイスなエブリディしようZE」
アフロが個性を押し売りし始めてきていた。
「その辺で止めてもらおうか。迷惑なのだが。君に我々の楽しい下校時間を壊す権利があるなら明確に理由と根拠を提示、証明した上で来たまえ」
苛烈を極める光男を圧し折るべくついに皇が立ち上がる。
辛辣な声音で敵の心をえぐるような言葉を連発させようと試みた。
「……そろそろその没個性の極みみたいな容姿と口調を引っ込めたまえよ。無様にも程があるというものさね」
「俺にアフロにケチをつけるのか?」
「何をもってそれが個性的と思えるのがかさっぱり理解できない次第さ。大方雑誌などの情報に踊らされたところだとは思うが」
「えっ……」
「雑誌の情報など、皆が真似するわけだ。それのどこに個性が見えるのかね?」
アフロはアフロを抱えてうなり声を上げた。
この俺の頭が個性的でない……?
そんな馬鹿な。
「……これ……国のおっかさんも泣くぞ」
一機の言葉に追いうちを掛けられて膝をついてしまう。
アフロが個性的だと思っていたのに……そうじゃなかったなんて。
光男はやけくそだとばかりに叫んできた。
「もうみんなアフロになっちまえ! そしたらみんな個性的じゃなくなる!」
「だから……やめろっつってんだろぉ!」
一機が暴れ始めた光男にジャーマンプレスをしかけた時だ。
ゴキッ!
「あ、アアアアアアアアアアアア」
光男が文字通り腰を折られてしまって悲鳴を上げた。
アフロはついに地面へと撃沈してしまう。
それを見ていた残るナルシストの正輝は甲高く笑い声をあげる。
最後に勝つのは俺の顔だ。俺よりもイケメンの奴はいない。
自信満々に花蓮に強引に迫ろうとする。
「……近づかないで、貰えますか?」
「なんだ貴様! おれの花蓮に邪魔をするな」
桜花が壁ドンを阻止して正輝との間に割って入る。
意図せずに桜花に壁ドンすることになってしまったが相手は見た目は男である。
あまりの出来ごとにナルシストの正輝はプライドを傷つけられた。
俺が男に壁ドンだなんて……!
「貧乏人の分際で生意気だぞ」
「……それは、貴方の金ではなく……貴方の「ご両親」の金です」
痛いところを付かれて正輝も言葉が詰まる。
「女を威圧するのが自信の表れだとでも?
豊かと聞いて高級そうな物を思い浮かべる辺り、考えが足りん。
それにその格好、本当にカッコイイと思ってるのか?」
ディザイアが試しに花蓮にどう思っているか聞いてみることにした。
「サイテーその格好超古い」
「ふ、古い――」
正輝はショックだった。
最先端を走っているはずの俺だったのに――
やはりアフロにしておくべきだったかと間違った方向で勘違いを始めた。
そして極め付けにディザイアは地面に膝を付いた。
スミレの花を大地の恵みで咲かせて即座にプレゼントする。
「どうか、受け取って欲しい」
「ありがとう――デイザイアさんかっこいい」
花蓮がうっとりした声音でスミレを受けった。
「ま、まけた、俺よりカッコいい――」
あまりの優雅さに流石の正輝も怖気づいた。
もうやけくそだとばかりに自分も薔薇で無理に押し付けようとしたが桜花に止められる。
「……いっぺん、死んで見る?」
ドスを利かせた言葉に正輝の肝は縮みあがった。
「俺と、花蓮の愛はそれでも――」
「ふざけるな、私の愛する女が……彼女が信じる“愛”という感情を、貴様が語るな……!」
ジョンが一喝する。怖がる花蓮をこれ以上傷つけるのは許さない。
気迫に押されて今度こそ正輝は言葉がでない。
正輝はもう後ろを振り返らずに足早に去って行った。
「ありがとう、みんなの御蔭で助かった」
茉莉香が代表して皆にお礼を述べる。
撃退士達がストーカー男の心を圧し折った御蔭だった。
彼らは相当のショックを受けていたようで当分はやってこれないだろう。
とりあえず茉莉香達になにかなくてよかったと一機は一足先に帰ることにした。
「――ああいう人を高嶺の花っていうんだろうなぁ」
皆が仲良くしているのをしり目に一機は羨ましそうに呟いた。
だが、一機は彼女たちの間で評判だった。
彼が上げたホワイトデーのチョコはかなり好評を博していた。
一機はその事実を知らぬままわれ先に帰っていた。