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動物保健所の周りの空き地に鳴き声が響き渡る。
脱走した野良猫や野犬が餌を求めて彷徨い歩いていた。
いずれも食べ物を数日食べていないため体のあばら骨が浮き出ている。
近くを通りかかる人がいると、すぐに食べ物を求めて吠えかかる。
近所の住民は怖くて近寄れない状態が続いていた。
早くしないと被害がでてしまう恐れがあった。それに犬猫の飢えも限界に来ている。
幽樂 來鬼(
ja7445)と柊 朔哉(
ja2302)がビーフジャーキを片手に忍び寄る。先に動物たちに気づかれないよう注意しながらようやく慎重に餌を放った。
「終わったら良い縁探してやるよ」
來鬼はやせ細った犬猫たちを見ながらそう思わずにはいられない。
桜坂秋姫(
ja8585)も犬や猫が来そうな木の周辺などに餌をばら撒く。程なくして餌の匂いに気がついた野良猫や野犬たちが警戒しながら集まってきた。
危険がないことを察すると勢いよく餌に齧り付いてくる。
「ん……ぎゅっ、と。いたい……けど、いたくない」
秋姫は頃合いを見計らって犬猫を保護するために飛びかかった。
驚いた犬猫は必死になって噛んだり引っ掻いたりして抵抗する。
「だいじょうぶ……こわくない。もう、こわくない」
犬猫たちは怯えていた。無理もない。殺処分を恐れていた犬達は人間に深い敵対心を持っていたのだった。それでも秋姫は不安を取り除くかのように抱きしめ続ける。
來鬼も申し訳なさそうな悲しい表情を浮かべていた。
「ごめんね? 終わったら出してあげるから……」
ようやく意を決して犬猫たちの不安を取り除くためにマインドケアを施す。急に大人しくなった動物たちを次々にゲージへと収納していった。
「良い子だ。……後でまた遊ぼうな」
野良猫たちと優しく問いかけながら朔哉もゲージへ誘導する。
大人しくなった動物たちを慈しむように、そっと抱きかかえながら秋姫や來鬼たちと一緒になって回収作業を手伝った。その間に礼野 智美(
ja3600)はこっそりと動物保健所の中へ入っていった。警備員の制服を貰うために職員と話をする。
「警備員か作業員の制服買い取らせてもらえませんでしょうか?」
絶対にこれ以上、犠牲を出すわけにはいかない。その為には自分が囮になる。
もちろん危険は百も承知だった。でも智美は自信があった。
必ずこの子たちを救って見せると――。
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「ディアボロたぁいえ、死を待つだけの犬猫をどうにかする権利はねぇ。俺らにも言えることだがな」
深夜になって保健所は寒くなってきた。怪しい足音ともに何かが近づいてくる。禍々しい気配を感じ取った鐘田将太郎(
ja0114)が闇の向こうに視線を光らせた。
「犬と猫可愛いよねー!……あの大きいのは可愛くないけど」
鴉女 絢(
jb2708)も近づいてきた巨大なディアボロを見て呟いた。大きな体をした二匹のディアボロはそれぞれ妖怪の猫又と狗神のような姿をしている。いずれも動物保健所の方へ大きな赤い眼光と鋭い牙を光らせていた。
「手に余ったペットを捨てるのが人間の都合であるように、ディアボロの行いもまた個人の都合でしか無いわね。
これ以上、こんな最期を迎える為にいたずらに命を増やす訳にはいかないもの」
意を決したようにナタリア・シルフィード(
ja8997)が呟いた。鮮やかな綺麗な長髪を翻して涼しい顔で敵を睨みつける。もう一歩もこの場所から引くことは許されない。
並々ならぬ決意を抱いてナタリアは敵の背後へと回り込んでいく。
「狩りだー、狩りの時間が来たぜー」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は不敵に笑った。
姿勢を低くくして敵の登場を待ち受ける。体が武者震いしていた。
強い敵を思う存分打ちのめすことができるかと思うと愉快でならない。すでに武器を取り出して自分が対峙するはずの狗神の方へと近づいていく。
保健所の玄関の付近には警備員の姿をした智美が一人で待ち構えていた。格好の獲物を見つけた狗神が先ずわれ先にと大きな口を開けて飛びかかった。
狗神の刃を数センチの差で智美は華麗に身を翻して交わす。刀を鞘から抜くと、敵の迫る牙に向かって思いっきり刃を叩きつけた。
飲み込まれそうになりながらも智美は渾身の力で耐え続ける。
激しい鍔迫り合いが起こった。智美が押さえている間に、秋姫と來鬼が狗神の周りへと展開して一気に攻撃をしかける。
「だめ……すとっぷ!」
秋姫が叫ぶと同時に攻撃を加えると狗神が吠えた。
その隙を狙って今度は、來鬼がナイフを取り出して一気に跳躍すると,
敵の腸めがけて強引に切り裂いた。
鮮血が辺りに噴出して狗神が苦しみの雄叫びをあげる。
おとり役の智美から狗神を引き離すことに成功する。
再び牙を向けてきたところを今度はラファルが食い止めた。
それまで潜行していたラファルは直前まで狗神に気づかれていなかった。突然に現れた敵の姿に狗神も驚きを隠せない。一瞬、脚の動きが止まった。
ラファルはその瞬間を見逃さない。
「ヒャッハー、俺達の恐怖につけ込んだつもりだろうが、甘い甘い甘すぎるぜ。今から俺達がお前らに本当の恐怖を味わわせてやるからなー」
嘲笑とともにラファルの攻撃が炸裂した。連続攻撃で狗神が叩きつけられた。
血が出なくなるまで散々に殴られた狗神は猛烈に怒りを覚えて突っ込んでくる。そこへ來鬼がすかさず足元をナイフでえぐって転倒させて、智美が迫る。
刀を突き立ててついに狗神の心臓部分を貫く。
智美の剣先に貫かれ、狗神は仰向けについに倒れてしまった。
「これにて一件落着!」
ラファルが動かなくなった狗神に馬乗りして胸を張る。
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「攻撃、来ます! 注意を!」
朔哉が叫んだのと同時に猫又が攻撃を繰り出してきた。
大きな巨体を生かすように鋭い爪を思いっきり振りかぶってくる。朔哉は敵を十分に引き付けた。
他の仲間へ攻撃をさせないように一手に猫又の攻撃を食い止める。
激しい敵のタックルに吹き飛ばされそうになりながらも朔哉は歯を食いしばって耐え続けた。
なかなか倒れない猫又もしびれを切らして標的を変えようとする。
だが、朔哉はそうはさせないと強引に猫又の額に向かって斬り込んだ。
「お前の相手は俺だと言ってるだろう?」
容赦のない一撃が猫の額に当たって炸裂した。
「頭がお留守、だよ!!」
絢がそれまで潜行していていきなり顔を出した。
猫又が驚いて脚を止める。
その隙に絢が思いっきり上からたたき込んだ。奇襲を受けて猫又の脚が急に鈍くなった。
絢に機動力を削がれた猫又は何とか態勢を立て直そうとする。
猫又は苦しみにもがきながら何とか後ろに一旦は退こうとする。
その先には動物保健所があった。
当然その中には殺処分を待っている犬猫たちがいる。
「ぜったいにそっちにはいかせねえ!」
将太郎は吠えた。罪もない猫を殺すことは絶対に許さない。
たとえそれが化け猫であってもだ。将太郎は手を大きく広げてゆく手を阻む。
火球攻撃を放ってきたが、将太郎はなんとか身をこなして交わした。
敵の鋭い連続攻撃につかまらないように交わし続ける。
将太郎は遠距離からリカーブクロスボウで威嚇する。素早い動きで裏を取ったところを今度は素早く近づいて腹にめがけて薙ぎ払った。
猫又の雄叫びが木霊する。腹を撃たれて猫又はその場にもがいた。
「死になさい、この化け物!」
ナタリアが大きく振りかぶって狙いを済ます。
腕を伸ばした先には猫又の顔があった。アウルの弾丸が容赦なく額を貫く。
猫又は撃ち抜かれてさらに大きなダメージを負った。
これ以上は前に進むことができないと思ったのか、今度は撤退しようと後ろに向かおうとする。
そうはさせないと絢が後ろ脚を狙って猫又を転ばすことに成功した。
そこへ振りかぶってきた将太郎とナタリアが一斉に猫又の心臓を狙う。
アルカンシエルに持ち替えたナタリアは仲間と力を合わせて一撃を放つ。
将太郎も渾身の力で上半身に反動を付けて一気に巨体を薙ぎ払った。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンン――」
猫又の最後の雄叫びが木霊してついに地面に倒れた。
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深夜の動物保健所から不気味な妖気は消し去った。
だが、そこに残された野良猫や乃ら犬達は盛んに何かに怯えるように吠え始めていた。
唯一の救いであったディアボロが倒されてあとは殺処分が待っている。
野良犬と野良猫は観念したかのように再び声が次第に小さくなっていった。
だが、ふとそんな重苦しい雰囲気を破るかのように智美が手を伸ばす。
先ほどの戦闘時とは打って変わって優しい表情の智美は4匹の猫を抱きかかえた。
「実家にいた猫が老齢と行方不明で相次いでいなくなって、お婆様が落ち込んでいるらしいんだ。
だから2匹は実家に。もう2匹はこちらで飼う事にした。うちのマンションはペットOKだし、この子達は躾け済んでるみたいで雌は雄より引き取り手が少ないそうだから」
智美に抱きかかえられた猫はまだ幼かった。
まだ親が誰かもわかっていない表情だったが、それでも安心したように眠っている。
智美の行動を見ていた來鬼と朔哉も次々に傍にいた猫や犬を見つくろった。
朔哉は受け取った犬にそれぞれ「太郎」と「花子」と命名する。
來鬼の方は、犬二匹にそれぞれ「ミミ」「グゥ」と名付け、さらに猫三匹に「小鉄」「ぷぅー太郎」「タマ」と名付けた。名付け終わると満足そうに一匹ずつ抱いた。
「こらくすぐったいよ、ミミ! あっだめだよ、小鉄」
楽しそうにする來鬼を羨ましそうに絢は眺める。
「可愛いなーでも飼えないんだよね……だったらせめて……」
絢はその代わりに将太郎や秋姫とともに里親探しをすることを決意した。将太郎はとくに内心悲しい思いを秘めていた。実は猫好きだった。
一匹しか引き取れないことを悔やんだが、その代わり絢達と協力して里親を探したい。
皆が皆猫や犬を飼えるわけではない。それでも役に立ちたかった。
殺処分されるこの子たちは悪くない。
悪いのは自分勝手に捨てた人間の方なのだから。
辺りの空はすでに何事もなかったかのように星が瞬いていた。
澄み渡った夜空をみているとこちらもなんだかいい気分になってくる。
「この子達に、いい人が見つかります様に――」
絢は満点の星空にそう願いを込めた。