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「気分転換にちょっとシンデレラしてみません?」
魔女のような帽子と紋章を付けた夏木 夕乃(
ja9092)が、伊集院君子がアパートの扉を開くなり、そう問いかけた。
まるでお伽の国から来たような格好に君子は動揺する。
果たしてこれは夢なのだろうか。
そう戸惑って自分の顔をバチバチ叩いていた時だ。
「おい、君子。迎えに来たぞ。……俺が来たというのに閉じこもるとはいい度胸だな。無理やり攫って欲しくなければ早く出て来い」
目鼻立ちの整った眼光の鋭い飛鷹 蓮(
jb3429)が上から見下ろすように言った。
君子は度肝抜かれた。あまりにこの世離れしたイケメンの登場に胸が高鳴る。
「……何をしているんです。出かけますよ、さっさと準備して下さい」
次に現れたのは眼鏡を掛けて理知的な砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)だ。
爽やかな金髪を掻きあげながら高圧的に急かしてくる。
押しの強そうなタイプで強引に何かをされそうな感じがした。
君子の鼓動はさらなるヒートアップをあげていく。
「迎えに来たよ、お姫様……。一緒、に……行って、くれる?」
後ろの方から長身のイケメン達をかき分けてきて出てきたのはハル(
jb9524)だ。
美少年のような薄幸タイプであり、自分の思うままに動いてくれそうな感じがする。
思わず甘やかしたくなりそうな弟のような雰囲気を持ち合わせていた。その後ろにはさらにもじもじとしながら大きな瞳で様子を伺っている金咲みかげ(
ja7940)がいた。
君子が唾を飲み込む。小動物のようなみかげをペットにしたい衝動に駆られた。
今までの強気のタイプとはちょっと違う路線に君子はさらにくらくらと眩暈がする。
いつも妄想していた通りの君子の直球ドストライクの好みのタイプの王子たち。
イケメン王子様が私をこの場で連れ去ろうとしている。
ついにこの日が訪れたのかと思った。
マンガの世界にしかいないと思われたイケメンが私を攫ってくれる……!
「はぁい、伊集院先生? お日様が昇る前だけど貴女にお姫様になれる魔法(物理)をかけてあげるわ 。タイムリミットは深夜0時、結構な時間あげるんだから魔法が解ける迄にちゃんとお家に帰って来てね?」
「えっ、あっ、あっ、きゃあああああっ――」
ナイスバディの長身の叶恵 麗歌(
jc0036)が不敵な笑みを浮かべて現れた。手には何やらいろいろな道具やハサミを持っており表情がとても怖かった。
犯されるのではないかと思った君子はようやく気がついて部屋の中へ逃げこもうとするが、そうはさせまいと麗歌と夕乃が脚でドアを止めて君子を拘束した。
俎板の鯉をみるような目線で二人はほくそ笑んだ。
君子の絶叫がアパート内に木霊する……。
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「シンデレラに王子様はつきものですから。12時までの魔法楽しんで下さいましー」
元気な明るい声で夕乃から励まされてアパートの外に出た君子は華麗に変身していた。
夕乃の着せて貰ったのは、ふんわりスカートが広がる甘めのワンピだった。
髪は毛先をゆるく巻いたハーフアップで小さな花のコサージュ。
ネイルは薄めのベージュ系で不自然に浮かないようにコーディネート。
ほんのり淡いピンクのメイクが麗歌によって丹念に施されていた。
「はい、可愛いお姫様の完成ね♪
さぁ、王子様が貴女を待ってるわ。行ってらっしゃい」
送り出されたときに、こっそりとお守りのレースのハンカチを貰う。
君子は信じられないといった様子で茫然と手鏡を見ていた。
これが私……?
地味でダサいと思っていたのに、まるでそこにいるのはお伽の国の御姫様。
『女性にブスなんていない、いくつになっても女の子は夢見るお姫さまなの』
夕乃に勇気づけられた言葉だった。君子はその言葉を胸に噛みしめる。
せめて今日だけは魔法が解けませんように――。
「何故、下を向いて歩いているんだ?」
考え事をしていてうつむき加減だった君子に蓮が話しかける。
思わず顔を上げると迫力のある蓮の端正な顔がそこにドアップに迫っていた。
君子は緊張のあまり顔をさらに反らしてしまう。
「いや、あ、あ、私のような人が貴方と一緒だなんて自信が、ななくて」
「……そんなもの、無理に付けるものでも意識するものでも無いだろう。
他人がどう君子を評価したところで、俺には関係ないしな。
君子は今俺と一緒に居て、俺は君子だけを見ている。それでは駄目なのか?」
真剣な表情で迫ってくる蓮にもうどうすることもできない。君子はもう鼓動が速くなりすぎてこのままでは心臓が破裂してしまうのではないかと思った。
一行は駅中心の繁華街に来ていた。色とりどりの服があってどれも目移りしてしまう。
王子たちの提案で今日はショッピングのデートをすることになっていた。
早速君子はイケメン王子たちを連れてお店の中に入っていく。
「ん。良い機会だ。上から下まで俺が見立ててやる」
蓮が強引に君子を引っ張り込むと早速店員を呼びつけて服を調達した。
ローズをプリントしてあるワンピースで胸元と襟、カフスはホワイトコットン。
模様入りのタイツに靴は編み上げのショートブーツをチョイス。
「……き、君子さん、と、とっても似合います……」
「そうかしら?」
「……き、君子さんだったら、何でも似合うと思いますけれど……き、綺麗で、か、可愛い……です」
みかげの言葉に君子は顔を真っ赤にしてしまった。
「童話のプリンセス、だな。綺麗だぞ、君子」
仕上げに蓮は君子に徐に近づくと、耳元に赤いガーベラを一輪挿した。
あまりのキザなセリフに興奮した夕乃が後ろからビデオを回していた。ニヤニヤ薄笑いを浮かべながら秘蔵の蓮の王子姿を激写している。
「ハルだけ、に……、見せてくれたら……嬉しい……けど……ダメ?」
ハルが君子の袖をぐいっと引っ張った。自分だけにその姿を見せてほしいと甘えてくるう。君子は母性本能を擽られてしまってどうにかなってしまいそうだ。
「……ふむ。こういう顔も良い」
竜胆が近づいてきて強引に君子の顎を上げて眺めた。
その瞬間、君子の鼓動が最高潮に達する。
「だが、彼女には此方が似合う」とさらに竜胆は他の王子をけん制するように言った。羨ましそうに見るみかげとムッとする蓮。
私の前で王子たちが火花を散らしている……!
君子は妄想通りの王子の取り合いに歓喜した。
蓮は表情をまるで奪い去るように颯爽と君子を店外へとエスコートしていく。
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「あぶない! 君は此方を歩きなさい」
その時だった。歩道から外れそうになって君子は竜胆に抱きかかえられた。
一瞬、頭に血が上って君子は眩暈を起しそうになった。君子が疲れているのではないかと見透かした蓮の提案で一行は休憩を兼ねて喫茶店に入った。
「甘い物……って、ハル、あんまり食べたこと、ない。
でも、君子……美味しそう、で……幸せ、そう。良かった……。
ねぇ……君子。ハル、にも一口、くれる?」
喫茶店に入るなり、君子の膝に乗るような勢いでハルが密着してくる。それだけでに君子にとっては危険なことなのに、さらにハルが食べ物をおねだりしてきた。
大きく口をあけて接近してくる。まるでキスをするような光景だ。
「お、美味しいですね。き、君子さんと一緒、だからかな……」
片脇から負けじとみかげも迫ってくる。君子と一緒で嬉しいとアピールする。
(……た、食べる所作も、やっぱり素敵だな……)
聞こえるか聞こえないかの小さな声でみかげはつぶやいた。
すでに君子はおかしくなりそうだった。同じく近くの席からデートの成り行きを見持っていた麗歌が羨ましそうに眺めている。自分も君子と年が近かった。トイレに行くと君子が立ち上がったところですかさずメイクを直しに向かう。
「ねぇ伊集院さん、魔法なんて無くっても貴女は十分可愛くて素敵だわ?」
「そうかしら?」
「皆には内緒だけど、私も今年で30なの。
私が貴女の歳になる時には、貴女が私に魔法をかけに来てくれる?」
麗歌はこっそりとブラウン系のナチュラルメイクに化粧直ししてから、にこにこ笑いながら麗歌は冗談を飛ばした。
君子は感謝をしていた。今日の日があるのは麗歌たちの御蔭だ。
客席に戻っていく君子を笑顔で送り出した麗歌は溜息をつく。
窓の外はすでに暗くなっていた。そろそろ次の場所へと移動する頃合。
それは魔法が解ける時間が迫っていることを意味する。
どうか今日一日は楽しんでほしいと願いを込めて。
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夜景の見える港埠頭の丘に君子と王子たちは来ていた。
色とりどりのネオンサインに光り輝く街の光景。時折汽笛の声が鳴り響く――
まるで異国情緒にあふれる景色だった。
「星、が……お月様、が……綺麗。君子、も……同じ位に、綺麗。
外見、も勿論だったけど……何より中身、が。
ハル……甘えたこと、って君子、が初めてかもしれない……。
でも。甘えたい、って……思わせられる、君子、は…それだけの魅力が、
あるんだ、よね。きっと。
今日、は……沢山沢山、ありがと」
君子は傍にいるハルの言葉にうなずいた。
このままイケメン王子たちと別の国で暮らしたい。そんな淡い願いを覚えていた。
君子は夕乃からドレスチェンジを施して貰っていた。
体にピッタリした重ね着トップスにスカーフ。
ミドル丈のふんわり気味のスカートにブーツ。
髪型は軽くアップにして眼鏡をすでに返されていた。
「夜景……き、綺麗ですね……」
勿論、それよりも綺麗で、輝いてるのは彼女だな…と、ぼそりとみかげは言った。
「えっ、今何て?」
君子の心の中で興奮が最高潮に達していく。
そして――
「な、なんて言って良いのか……
ぼ、僕こなんだけど、そ、その、僕も君子さんが好きです!」
その時だった。後ろから強引に竜胆が迫ってくる。
「私のものに、なってくれるのでしょう?」
君子を取るのは自分だと言わんばかりに今度は竜胆が攻める。
その言葉に君子はどう返事をしていいかわからなくなった。
願ってみもみない言葉だった。できればそう言ってほしいとどこかで思っていた。
けれど、こんなにうまくいっていいのかと思う気持ちもどこかにあった。
今日のことは全部夢なんだ。それでもやっぱり私は――
「はい、タイムアップ☆」
竜胆がパンパンと手を鳴らした。その瞬間に王子たちの態度が明らかに変わる。
先ほどとは違って何だかよそよそしい。
もしかしてと思って気が付いてしまった。時刻は12時を回っている。
魔法がもう解けてしまったんだ。
その時君子の中で何かが終わりを告げた。
やっぱり私は伊集院君子――ブスで地味でモテない三十時の女。
結婚できるはずがない。イケメンの王子に愛される資格なんてない。
君子は魔法が解けてしまって嘆いた。これからどう暮らしていいかわからない。
「12時に魔法は解けてしまうけれど……それでもやっぱり、君子さんは君子さん。
だから……例え魔法が解けても、十分素敵だよ」
みかげがその時、優しく君子の肩に手をかけた。
落ち込んでいた君子はその言葉にハッとする。
手鏡をみた自分は確かにいつもの自分だった。
もうそこにはドレスアップした自分はいない。
それでもどこか以前とは違う自分がそこには確かにいた。
麗歌に言われたように今度は自分が誰かに恩返しをする番なのだ。
「今日が終わる前に一つだけ伝えておく。
君子は魅力的だし、心根も優しい女性だ。
だが、俺は君の王子じゃない。君のパートナーになる者はきっと、現の君の傍に現れるはずだ。それを楽しみに、明日から歩き出せないか?」
蓮に言われて君子は心を決めていた。これからは自分の力で歩んでみせると。
「ありがとう、皆――私、頑張るから!」
君子は決意を込めた様子で一人で先に丘から下りて行った。イケメン王子たちは最後で君子が見えなくなるまで手を振っていた。
「夏木。身ぐるみを剥いで欲しく無ければ一切の撮影機材をそこに出せ」
「えっ、なんのことです? わたし知りませんよ」
「とぼけるな、尻隠して頭隠さず。上手く隠れていたつもりかしらんが、そのトンガリ帽子頭がずっと突き出ていたぞ」
蓮は容赦なくお仕置きしようと夕乃を羽交い絞めにする。
「やー先輩、いやちょっと、ああっ恥ずかしい! そこはだめええええ!」
顔を真っ赤にしてしまった夕乃が蓮に羽交い絞めにされたが、もちろん皆は知らんぷりして帰り支度をしていた。蓮は夕乃の異変には気がつかない。
お仕置きの間、夕乃は端正な顔の蓮が近くにいてなぜか終始、胸がドキドキしっぱなしだった。