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今日は朝からさわやかないい天気だった。肌に纏わりつく風が気持ちいい。照りつける日差しがまぶしく思える程だった。学園内の通学路に学生が次々にやってくる。友人とおしゃべりをしながら楽しそうに歩く姿がちらほらと見える。
どこにでもある平和な日常の風景だ。
だが、彼らはまだ知らない。
すぐ傍の敷地でヘンタイのディアボロが現れたことを。そいつはあろうことか自身が持っている男物のブーメランパンツを女子高生の頭に被せてくる。
暖かい気候になると、そろそろそんなヘンタイが顔を出してくるのである。
「……一分の隙もないほどにヘンタイですね。 かえでお姉さんが心に立ち直れない程のキズを負う前にさっさと掃除することにしましょう」
楊 礼信(
jb3855)が嘆息しながら言った。このままでは、襲われた花村かえでに一生のトラウマを焼きつけてしまう。そうなる前に何としても助けなければならない。
「……ヘンタイには死を!」と礼信は誰にも聞こえないように呟いた。
「このディアボロを作った悪魔の思考は私にはわかりませんが、わかりたくないです……」
知楽 琉命(
jb5410)も同じ気持ちだった。
彼女もかえでに負けず劣らずの並はずれた容姿をしている。もし、自分がパンツを被せられたら一生の恥になる。それだけは絶対に絶対に嫌だ。
「なんて変態なディアボロなんでしょう……造った悪魔の正気を疑います。 汚物は消毒という格言があるように、 そのパンツごと……きっちり焼却しないといけませんねぇ!」
葛葉 椛(
jb5587)も恐れおののきながら何とか闘志を口に出す。
だが、そんなパンツを被せられることを嫌がる3人に対して、まったく違う意見を持っている撃退士たちが後ろから距離を置いて付いてきていた。
「何故褌では無いのじゃ……勿体無い、絶対に損をしておる。あれほど機能性に優れたものは無い。ぱんつ何ぞ下着ではない、そもそも貴様は男じゃろう、褌穿けよ褌!」
千 庵(
jb3993)はしきりに褌の愛について熱弁する。パンツを被せられることが問題なのでなはく、彼にとっては褌でないことが重大なる問題であった。
「ディアボロのくせにリーマンスーツ姿でストッキング被ってウケ狙うなんて……!」
黄 秀永(
jb5504)は憤慨する。パンツを被せるのは下ネタである。お笑いに下ネタを持ちこむのは許せない。彼にとってもまたパンツを被せられることよりも、お笑いに下ネタを持ちこむことの方が断然に許せないことであった。
だが、それよりももっと――危険な撃退士たちがいた。彼らは仲間からもはや完全に無視されているが気にもせず堂々と道中を歩いてくる。
「フムフム、スーツニストッキングトハ、中々モードデ、イカシタファッションデハアリマセンカ。 シカシ、ウラ若キ乙女ニ心ノ傷負ワセルワケニハ参リマセン」
箱(
jb5199)はすでに白いブリーフを頭から被っていた。なにが問題なのかわからないという態度でこれから対峙するヘンタイのディアボロを罵倒する。彼女は箱ではなくて――もはやブリーフパンツだった。
「撃退士としての初仕事が変態退治とは ――まぁ、それもありか」
クールに決めた台詞を言う猿(
jb5688)に至っては、白いジョックストラップを仮面の上から被っている。紛れもなく彼こそが正真正銘のヘンタイだ。
初依頼にしてこのヘンタイぶりはタダモノではない。これではディアボロとどちらがヘンタイなのかわからなかった。
「きゃああああああ――――」
箱と猿の姿を見た学生たちが、ヘンタイが現れたと言って逃げて行く。二人はそれが自分たちに向けられたものとはまったく気が付かなかった。
「ごめんなさい――熱があって帰ります。あとはよろしくね、てへ」
日比谷陸(
ja8528)はまるで同じヘンタイの仲間扱いはごめん、とばかりに一行とは反対側に走り去って行ってしまった。
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「きゃあ、誰か助けて――私死にたくない!」
「怖がらなくても大丈夫だって。このパンツはちゃんと洗濯してないから。匂いもちゃんとほら、するし。よれよれだから被り心地も最高だよ!」
ストッキングで顔の潰れたサラリーマン姿のディアボロが迫る。花村かえではすでにその美貌を涙でぐちゃぐちゃに歪ませていた。
「かえではんは俺が守る!」
その時だった。ストレイシオンを召喚させた秀永がディアボロに向かって宣戦布告を行った。ディアボロも突然現れた撃退士たちのほうへ顔を向ける。
「お前ら一体なにしに来たんだ?」
ディアボロは冷たく言い放つ。顔はストッキングで潰れていてわからないが、その声からするとかなり怒っているようだった。
せっかくのいいところを邪魔されたせいで、腹が立っている。
「オオットソコマデデスヨ! ココカラハ私トオ遊ビシマショウ」
ちょうどそこへ箱が二人の会話に割り込んだ。それを見たディアボロが驚きの視線を彼女に対して向ける。思わず口を開けてまじまじと見返した。
「そのブリーフなかなか素敵じゃないか! しかも箱の上から被るとは――なんて斬新なスタイル! こんな所でパンツ愛好の同士に会えるなんて思ってもみなかったよ」
「貴方ノ趣味ハ大変素晴ラシイト思イマス。 草臥レタスーツトストッキングノ締メ付ケノギャップ……ビューティホ」
「そうか君もわかるかね。この臭いスーツとストッキングの息苦しさが」
ディアボロは箱と固い握手を交わした。
「ちょっと待つんじゃ! パンツよりも褌じゃろうが! かえでさんはお前の汚いパンツを被せられそうで嫌がっておる! パンツじゃなくて褌を被せるんじゃ!」
庵がディアボロに怒鳴った。気迫で圧倒する。たまらずディアボロもその庵の熱気に後退せざるをえなかった。
「貴様……! ブーメランの締めつけのフィット感がわからんのかっ! 密着して脱がす時のあの擦れ具合がまたいいのに、それを褌なぞとほざきやがって」
ディアボロは金属バッドでかえでを殴りつけようとする。そのとき、秀永が間に入って代わりに金属バッドで殴られた。
「うぐううううっ! かえではん、俺が代わりに被るで!」
秀永はディアボロにとうとう黒いブーメランパンツを頭に被らされてしまった。あまりの息苦しさに発狂しそうになったがすんでのところで我慢する。
「恥ずかしいやろけど我慢しい!」
ストレイシオンにも自らの手でパンツを被らせる。これでかえでがもしパンツを被らされても自分だけではないと、恥ずかしい思いをしないために。
それを見たかえでがすでに涙目になっていた。やっと助けに来てくれたと思っていたのにあろうことか撃退士たちも極めつけのヘンタイだったからだ。
「褌は戦闘服に由来し、戦国時代は褌の有無によって身分を分けていた。言っておく、褌は越中が主流じゃ。しかも褌はつける事で成人を迎えた通過儀礼を受けたことになっている。褌は誰でも付けられる、性別も種族をも超える、まさに争いが起こらんのじゃ!」
庵はそう言いながらディアボロに迫った。そして、そばにいたかえでに向かって手をやさしく差し伸べる。もうこれで大丈夫だといわんばかりに。
「きゃああああ――今度は褌のヘンタイが現れたあああ――」
かえでは一目散に庵から離れた。そしてすぐそばに控えていた琉命と椛の元へと走り寄っていく。ようやくかえでは無事に保護することができた。急いで琉命たちはかえでを安全な後方へと下がらせる。庵はヘンタイ呼ばわりされてショックを感じていた。
「おのれ、よくもパンツを被せる邪魔をしてくれたな! 絶対に許さない。褌よりもブーメランパンツの方が締めつけ具合のよいことを証明してやる!」
ディアボロがついに金属バッドを振りかぶって庵たちの方へとにじり寄った。
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「ヘンタイさん、覚悟してください!」
椛が手の中に札を作りだしてそれをディアボロに向かって投げつけた。
「ぐはははっ! 何をするんだっ」
見事に命中して爆発が起きる。ディアボロは思わずその場に倒れそうになったが、何とかその場に踏みとどまった。そして険しい形相で椛に迫ってくる。
素早い動きで金属バッドを椛に殴りつけた。倒れ込んだ椛に対して、黒いブーメランパンツを頭に履かせようとしてくる。
「無理やり被らされるなら、自分で被った方がまだましです!」
椛は持参した白いブーメランパンツを頭に被った。
「君は白い方が好きだったんだね。それならそうと早くいってくれればいいのに」
ディアボロは感心したように言った。少し残念そうに黒いブーメランパンツを背中にしまい込む。
「〜〜っ!! なんで、私が往来でこんな恰好を……っ!」
椛は顔を真っ赤にして今にも消え入りそうになった。こんな姿を知り合いにでも見られたらそれこそ人生おしまいだ。お嫁にもぜったいに行けない。
「……ふふっ」
椛はうっすらと笑みを浮かべはじめた。目が死んでいる。
そんな哀れな仲間を助けるために琉命が急いで戻ってきた。いまや彼女も決死の形相でディアボロを退治することだけを考えていた。
「そこまでです! もうあなたの好きなようにはさせません。潔くヘンタイは焼かれて死んでくださいっ!」
琉命がすぐにディアボロに向かって火炎放射で攻撃した。
「ぐああああああ――よくもっやってくれたなあ!」
炎に捲かれたディアボロがすぐに金属バッドで琉命に襲い掛かる。あまりの素早い攻撃に琉命も避けきることができなかった。鳩尾にヒットしてそのまま突っ伏す。
「おまえ、さっきの娘と同じくくらい可愛い顔をしてるじゃないか! きっとブーメランパンツがすごくよく似合うな。えーっと、君には……これこれっ!」
ディアボロがズボンの下から取りだしたのは、黄金のブーメランパンツ。それを両手に広げて無理やり琉命の頭に被せてくる。
「ダメです! 断固拒否です!」
琉命が長い髪を振り乱しながら喚き叫ぶ。彼女にとって、頭に男のものパンツを被せられることなどあってはならないことだった。ましてや金色のブーメランパンツ。殴られ続ける危険よりも、パンツを被ったまま戦う姿を人様にお見せしてしまうことのほうが嫌だった。それなのに――。
「いやああああああ!」
その瞬間、琉命の顔に生温かい感触が広がった。それと同時にものすごい締めつけが顔の筋肉や唇や鼻を押し潰してくる。
「嫌がれば嫌がるほど萌える! その表情いいっ! もっともっと恥ずかしがって!」
ディアボロの目がキラキラと輝く。
「こ、こんなのってぇ!」
対してパンツを被った琉命はあまりの屈辱に死にたくなった。
「次は金と黒のシマシマがいいかなあ。それともピンクの紐パン――ぐふっ!」
ディアボロがさらにパンツを被せようとしたときだった。仲間たちとは別行動していた猿が気づかれないように背後に回って手裏剣を投げつけた。
油断していたディアボロは立て続けに攻撃を食らってしまう。ようやく振り返った時にはすでにそこには仮面を被った礼信が剣を持って立っていた。
「僕の名前はラディカル・楊。あなたのようなヘンタイはこの世にとって、もっともいらない不潔な存在です。はやくこの世から去ってください!」
礼信は剣を振り被る。ディアボロはもうどこにも逃げ切れなかった。
「待って、待ってくれ! たのむ、紫と金のシマシマの面積のすっごく薄いとっておきのブーメランがあるんだ。履き心地も締めつけ具合も最高なんだ。実は――それはちょうど今履いてるやつなんだ。百万円で君に譲るからゆるして!」
そう言ってディアボロはズボンとパンツを脱ごうとする。
「僕はそんなパンツはいりません! 普通の白のブリーフで十分です!」
「ぐはああああああああああ――」
ディアボロは礼信の剣に切り裂かれてついに倒された。
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「かえではん、大丈夫か? 怪我あらへん?」
秀永がかえでに向かって手を伸ばそうとすると、彼女はそれを汚いものであるかのように撥ねつけてしまった。上目遣いに他の撃退士たちを睨みつける。
「触らないで! あんたたちと一緒だと私もヘンタイ扱いされてしまう。それだけは絶対にいやよっ! どこかで見かけてももう話しかけてこないでよね!」
バチンンンッ!
「ぐへええ」
かえでは、思いっきり秀永の頬を叩いた。
そして一目散にどこか走り去っていく。
「なんでやねん……」
秀永が赤くなった頬を抑えながら呟いた。
「見事に嫌われちまったようじゃのう。まあ、それも仕方あるまいて。やっぱりかえでさんもブーメランじゃなくて褌が好みだったんじゃ。ほら、お前もそう思うじゃろう?」
庵がもう動かなくなったディアボロの頭に褌を撒きつける。何も物を言わなくなったディアボロは哀れにも庵に褌を頭に被せられてしまった。
「こんなのって……屈辱です」
「……ふふっ」
琉命と椛の二人がさっきから同じ独り言を繰り返していた。あまりに負のオーラーを放っている二人に誰も慰めの言葉をかけることができない。
「まあ、かえでが無事でよかった。それじゃ、俺はもう帰るから」
「私モ帰リマス。サヨウナラ」
猿と箱は仲間に挨拶して颯爽と背を向ける。
頭にパンツを被ったままの姿で彼らは颯爽と立ち去っていた。