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「アーッ!!」
何の変哲もない昼下がりの公園で叫び声がした。
緑あふれる自然豊かなその場所で、そいつは突然現れた。
腰をくねくね動かしながら猛ダッシュで公園を向こうから走ってくる。
「◆※∀〒☆○§χ!!」
先ほどから顔を青ざめていた藤井 雪彦(
jb4731)がついにその姿を見て言葉にならぬ雄たけびを上げる。全速力でうわ言を喚きちらしながらどこかへと走り去っていった……。
いったい彼は「ナニ」を見てしまったのだろうか?
思わず撃退士も敵前逃亡したくなるほどの醜悪な敵に仲間たちも困惑を隠しきれない。
「どこからツッコメばいいかよくわからないくらいアレな敵な気がしないでもないね」
大量の汗を掻きながら猫野・宮子(
ja0024)がため息を吐いた。可愛らしい猫耳と尻尾を装着しておりすでに準備は万端だった。それでもなぜか冷汗が止まらないのは何かの気のせいだろう。
熱い大漢の眼差しがすでに降り注がれている。
「時々、天魔が何考えてるか分からなくなるよ……あ、あたしも天使だった」
額に手を当て眉間に皺を寄せながらアサニエル(
jb5431)も嘆息する。こんなディアボロを作る奴と同類だと思うとますます気が滅入ってきた。
「物理的にも精神的の攻撃してくディアボロですか……攻撃方法が悪趣味ですね。
できるだけ速やかに殲滅して、応援を要請した方の手助けをしないと」
一瞬顔をしかめたが毅然とした態度を取り戻したのはユウ(
jb5639)だ。
奥にある公衆便所には助けを求める花村かえでがいた。
早くしないといろいろな意味で危ない。
(またしてもパンツなヘンタイディアボロかいな。しかも悪臭つき……。また、かえではんにビンタされそやなぁ)
俯きながらぶつぶと呟いたのは黄 秀永(
jb5504)だった。
かえでとは、パンツを頭に被せてくる男の依頼で面識があった。
その時に秀永はかえでに変態の仲間だと思われてしまい、ビンタを頬に食らった苦い過去がある。何とかしてその誤解を解きたいが……果たして上手くいくのか一抹の不安が頭を過る。
何か嫌な予感しかしない。
「なんか変なのばっかりね! あたいが全部やっつけてやる!」
仲間が困惑している一方で雪室 チルル(
ja0220)は元気に声をあげた。どんな敵でも臆することはないのが身上だ。ただそいつの醜悪さに気が付いていないだけかもしれないがそんなことは些細なことだといわんばかりに先頭を突っ走る。
「1人の兵士の救出に8人が動く……どっかの映画で見たわぁ」
やれやれ、と言わんばかりに雨宮アカリ(
ja4010)が感想を漏らした。早いところ片づけてしまって無事にかえでを救助できればと思うがはたして上手くいくかどうか。
「ションベン小僧……ああ! あの公園なぞにある、彫刻のことか!
精巧な彫刻を愚弄するとは如何せん許せんな。僕が成敗してやろう!!」
まるで皇子のような美貌の持ち主のカミーユ・バルト(
jb9931)が声を大きくした。美しいものを愚弄する奴は許さない。それに奴はブーメランパンツを履いているという。
なぜブリーフではないのか。男なら白のブリーフに決まっている!
バルトはすでに並々ならぬ意気込みを見せていた。それを見た他の仲間の撃退士達がまるで彼から距離を取るように行動していたのは気のせいだろう……。
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「と、とにかく僕はあの大漢を惹きつけるよ。魔法少女マジカル♪ みゃーこ出陣にゃー♪」
宮子は公園の向こうから走ってきた大漢を見つけた。すぐに仲間たちに先駆けてその醜悪な大漢を引き付けるべくアカリと共に飛び出して行った。
「ヒリュウ、ヘンタイな小僧やっつけんの手伝ってや。パンツには気ぃつけ。いけ!」
秀永もやる気満々で召喚したヒリュウを小僧の元へと向かわせる。すでに公園内を闊歩していた小僧達はヒリュウの先制攻撃を受けて慌てて散らばった。
逃げ回る小僧たちを回り込むようにしてユウが敵の上空に展開する。まだ上からの攻撃にきがついていない小僧達に向かって無数の影の刃を降らせた。
瞬く間に斬られた小僧達が叫びながら地面に崩れて行ってしまう。そこへ容赦なくアサニエルが行く手を阻むように回り込むと虚空から審判の鎖で小僧を捩り上げた。
「落ち着きがないガキにはお仕置きだよ!!」
ピクピクと体を痙攣させながら小僧は興奮したように叫んだ。顔を真っ赤にして攻撃されているにも拘わらず快感に酔いしれているように、雄たけびを上げる。
あまりに気持ち悪い小僧達につい本気を出して強引に縛り上げた。小僧はなすすべもなく大きな破片だけを残して砕け散る。アサニエルはそれをヒールで踏みつぶした。
小僧達もただ黙って攻撃をうけているだけではなかった。お返しとばかりに手に持った異臭をはなつ黒のブーメランパンツでユウの顔を覆うとしてくる。
「く、異臭に加えて視界も塞ぐなんて、褒めたくはありませんが利に敵った攻撃ですね」
パンツで顔を覆われたら堪らないと必死に抵抗した。口呼吸に移行し少しでも鼻から呼吸しないようにしながらダメージを負わないように振舞う。
「すばしっこいわね! なら回避できなくすればいいのよ!」
チルルは縦横無尽に走り回って投げてきたパンツを回避した。何とか木の後ろに回り込んだチルルはがら空きの小僧の背中に向かって思いっきり突撃する。
「先手必勝よ! あたいの奥義を受けてみろー!」
後ろを振り帰った時にはチルルの必殺の一撃が鳩尾に食い込んでいた。
小僧は口から泡を吹くようにしてその場に崩れ堕ちる。
美しい顔をしたバルトにも小僧のブーメランパンツが襲いかかった。
「小僧と言い、大漢と言い、パンツを投げるとは汚らしいことを……!
しかもブーメランパンツ……パンツと言えばブリーフだろう!!」
しつこく纏わりつくブーメランパンツについに怒りを露にしたバルトが、敵が投げたパンツを顔面にあびて叫んだ。不意にパンツを取ると逆に投げ返す。まさか返されると思っていなかった敵は奇襲を受けてもろに顔面にパンツを被せられて倒された。
大漢は現れた撃退士を見て仁王立ちに立ちふさがった。腰をくねくねと揺らしながら熱い視線で見目麗しい可憐な乙女の宮子とアカリに微笑みかける。
「鬼さんこちら、猫さんの方に、にゃー! …あ、でもパンツはいらないにゃよ」
宮子が誘うと突然、大漢は手に持ったブーメランで追いかけてきた。あまりに必死の形相の濃いい顔をしたオジサンの接近に流石の宮子も思わずうねり声をあげる。
「黒い天使様、我が手と指に戦う力を与えたまえ……」
迷彩服とベレー帽を被ったアカリはすぐさま戦闘準備に入った。ライフルで照準を定めて大漢の大事なところを狙って容赦なく撃ち放つ。
攻撃された大漢は苦悶の表情を浮かべて悶絶の表情を見せた。だが、大漢もよくもやってくれたなという表情で近くにいた宮子の後ろから抱きついて襲いかかった。
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大漢を公衆便所から引き離さすことに成功して、花村かえでの身の安全は確保された。だが、彼女はバリケードの中から絶対に出てこようとはしなかった。外にはまだあの気持ち悪いディアボロの大漢がいる。見るのも嫌な敵には絶対に近づきたくたくもない。
「うに、下半身は見たらダメなんにゃね。……凄く……大きいにゃああああああ!!」
ちょうどその時、外側では宮子の悲鳴が鳴り響いていた。後ろからしがみ付かれた宮子は背中に怖気が走って身動きが取れなくなってしまう。
「猫野さんダウン!」
アカリは緊急事態を告げた。仲間が奮闘して苦戦を強いられている。動けなくなった宮子を助けるためにユウが向かう。アカリは、このままではダメだと思って公衆便所の中へ駆け込んだ。中で隠れているかえでに応援を要請する。
「もし覚悟が出来たら出てきてねぇ。貴女の身の安全は守るわぁ……私じゃ頼りないかもしれないけれど――」
やさしい声音で呼びかけたが返事はない。かえでも逃げてばかりではダメだと思ったが、どうしても足が竦んでなかなか前に出て行くことができない。
「私だって“戦争”って場に慣れてるだけで、撃退士としての技術なんか今戦ってる皆の足元にも及ばないわよ」
アカリはさらに言葉を続ける。
「でも覚悟ならあるわぁ。貴女の生還はこの身を擲ってでも成さなきゃいけないのよ」
後はかえでの判断に任せると言うようにアカリは再び戦場へと舞い戻った。
「気持ち悪いからって戦わないなら、いつ戦うんだ!」
アサニエルも遠くから発破をかける。
大漢はユウの背後からの一撃をくらってついに宮子を手放した。そこへアサニエルが飛び込んで無事に宮子を救出すると後ろへ下がらせることに成功する。
だが、大漢も最後の反撃とばかりにパンツをばら撒いてきた。激しい悪臭を放つパンツに前を塞がれて秀永はもがき苦しむ。だが、こんなところでくたばるわけにはいかない。
「パンツかぶんのはもう嫌や! 俺はヘンタイちゃうねん!」
銃で何とか撃ち落としてパンツを回避したがそれでも後頭部にくっ付いたパンツは離れない。悪臭に堪えながらも秀永もかえでにむかって叫んだ。
「かえではん、はよ出てきぃや。あんたの力も借りたいねん! 俺はヘンタイ撃退士ちゃうで。今はパンツかぶってへんし。頼むから出てきてぇな!」
秀永はようやくパンツを取ってかえでに助けを求めて公衆便所へ入った。
「わあ、助けにきてくれたの、秀永くん!」
「こないだはごめんね、私、貴方のこと誤解してた」
「いやだ、私ったら――思わず手を握っちゃって……でもなんか胸がドキドキする」
かえでが俺の握った手を見つめてくる。
――秀永は妄想を逞しくした。
かえでは絶対に自分を見直す。
あわよくば、かえでと今回のことを気に仲良くなれたらと妄想した。
その時だった。
かえでのいるはずのトイレのドアを開けようとして不意にドアが勢いよく開く。
「あっ、あんたはこの前のパンツを被ったヘンタイっ!! こっちにこないで、ヘンタイっつっ、いやあああああああっ!!」
秀永を見たかえでは絶叫した。それもそのはず秀永はまだはぎ取ったパンツを両手にもったままだったのだ。襲われると勘違いしたかえでは剣を振り被る。
ここで逃げたら撃退士失格だ。
勇気を持ってかえではヘンタイを撃退するべく立ち向かう。
そして容赦なく目の前にいる秀永に思いっきり斬り付けた……。
公衆便所で秀永の雄たけびが木霊する。そのとき、大漢と対峙していた他の撃退士たちの波状攻撃はピークに達しようとしていた。
「そこのでかいの! あたいを無視するとはいい度胸してるじゃない!」
大漢に罵声を浴びせてチルルはまっすぐに突っ込んだ。大漢の油断した隙を狙って飛び込んで敵をそちらに引き付けた。大漢も悪あがきの反撃を試みる。
「変な物を投げつけてきたな! お返しの一撃よ!」
チルルに押されるように攻撃を受けて大漢は地面に膝をつく。
「下半身? 見るのも嫌だな。そんなモノ、こうしてやる!!」
バルトはタオルを大漢に被せて見えなくしてしまった。自慢の下半身を封じられた大漢はなすすべもなくやってきたアサニエルに背後を襲われてついに倒れた。
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「最悪の敵でしたが、無事に殲滅できましたね。そういえば、近場に銭湯があるようですし、この匂いを洗い落としませんか?」
撃退士達の必死の戦闘によって何とか無事にション小僧達を撃退することに成功していた。後には異臭を放つブーメランパンツが散らかっている。早くこの体についた汚れを根こそぎ洗い落としたいとユウは仲間に向かって提案する。
「おっと……後で洗わないとけないねぇ」
アサニエルもブレスシールドを仕舞おうとして咄嗟に気がつく。それはともかくユウの誘いに乗って皆で銭湯で戦闘の疲れを癒すべく先頭を切って向かうことになった。
「ま、まあ、あんな敵は僕でも一人であったら逃げる気がするんだよ」
無事に助け出された花村かえでは宮子に労われていた。勇気を絞って最後はトイレから出てきて戦闘に参加することができた。
「かえで君……良く1人で耐えたな。 僕は貴女の勇気に賛辞を贈ろう……!」
バルトの熱い抱擁を受けてかえでもいささか困惑する。その様子を眺めていたアサニエルとアカリも何とかヘンタイを克服できてよかったと思うが――トイレで未だに蹲っている秀永をみて思わず憐れむしかなかった。
彼は、ひとり身の危険を晒して、かえでのヘンタイの克服に一役買ったのだ。多大ならぬ犠牲を払ってしまったが彼の行為は称賛に値する。
「……って、なんでやねん」
秀永は厳しく睨みつけてくるかえでに向かってそう愚痴を零した。
現実はまだ厳しかった。
誤解を解くのはやはり一筋縄ではいかない。
絶対に今度は誤解を解いてやるで……
秀永は悪臭を放つパンツを握りしながらいつまでも厳しい視線に耐えていた。