●
晴れやかな舞台であるはずの結婚式の会場はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図のようだった。
突然乱入してきた異形のバンドたちが爆音を響かせる。
あまりにひどい騒音に鼓膜がやぶけてしまうのではないかと思わせるひどい演奏だった。
入り口には我先に逃げようとする人々が押し寄せてついには将棋倒しになってしまった。身動きが取れずに叫び声や泣き声がこだましている。
「一生に一度の場です。必ずハッピーエンドにしませんとね」
祈りを込めるように城前 陸(
jb8739)は呟いた。今日という晴れ舞台を待ち望んでいた人の幸せを奪うようなことは決して許さないと決意に滲んだ瞳を見せている。
「えらいことになっとんね……しかし騒音を撒き散らすだけちゅーんはあかんね。こいつらちゃっちゃと片付けよか」
大惨事を目の当たりにして黒神 未来(
jb9907)がため息を吐いた。だが、早くしないと犠牲者がでるかもしれない。気を引き締めて現場へと急行する。
「おー、ホラーだな」
走り回るピアノの女を実際に目の当たりにして江戸川 騎士(
jb5439)思わず苦笑いを浮かべた。これでは恐怖のあまり逃げ出したくなるのもやむを得ないと思う。
「やっかまし。品のないんは勘弁やなぁ」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が厳しい視線を敵のバンドに向けた。耳栓をして腕には『久遠ヶ原救護班』と書かれた腕章している。まるでどこかの偉い委員長のように仁王立ちになって逃げ惑う人々に救助の到着を知らせる。
「大丈夫です! 落ち着いて避難してください!」
柚島栄斗(
jb6565)は着くなり大声で人々に向かって声をかけた。警備員の姿をしており、栄斗を見た人たちは救助が来たと安堵の表情を浮かべる。
「久遠ヶ原から来ました! もう安心してください!」
同じく未来も学生証を見せながら栄斗と一緒になって声を枯らした。
杜屋 葫々杏(
jb7051)は避難指示が聞き取りづらい人たちのために、迅速に避難するように指示を書いた大きな紙を掲げた。押しあわずに自分たちの言うことを聞いて欲しいと冷静に対処するように人々に身振り手振りも交えて訴える。
ある程度観客が落ち着いた所をみてヒリュウを召喚した。
先に壁の向こうへと行かせて様子を探りに行かせる。
メレク(
jb2528)は集中を重ねて不意に姿を消して人々が殺到している壁を乗り越えて向こう側に潜り込むことに成功した。すぐに暴れる敵の姿を見つけて向かっていく。
続いてゼロや騎士も遅れまいと壁の向こう側へと素早く消えた。
「あの人達の頑張りに、私も応えないとね」
内部に潜入する頼もしい仲間の背中を見送って倉敷 織枝(
jb3583)が決意した。
彼らに報いるためにもここで一般人を何としても一人でも多く救わなければならない。
次々に飛び出してくる人々を順番に介抱しながら織枝は一歩ずつ前へ前進していく。
●
『落ち着いて』『待ってて』『こっちへ』『痛いところは?』とスケッチブックのページを継ぐ次に捲って陸は怪我をした人々の看護に当たっていた。
「ありがとうございます」
女性客が陸の手に引っ張られて救い出される。すぐに背中にできた傷をヒールで癒す。
マインドケアを施して混乱している人々の気分を和らげるように努力する。陸達の介護の甲斐もあって徐々に会場の混乱が収まりつつあった。
先に侵入したメレクはすぐに飛行して上から敵の立ち位置を探って味方に連絡を行う。
シールドを使いながら飛んでくる敵の攻撃を交わしながら全速力で動きまわって逃げ遅れた人を手助けする。暴れ狂うベースの男に対して斜め上から強烈な一撃を叩き込んで弾き飛ばした。
さらにその攻撃のすぐ後で壁に向かって攻撃を仕掛ける。
徐々に大きな穴が開いていき、ついには人が逃げれるほどの巨大な穴が出来た。
すぐにメレクは新たに出来た避難路に向かって逃げ遅れた人々を誘導する。
その隙に一報を受けたゼロたちはすぐに一番危険な敵のいる場所に向かって飛んだ。
「おい下手くそ。お前らの相手はこっちやで」
大鎌を掲げたゼロが不敵な嗤いを浮かべてギターの坊主を挑発する。
「さて、クソ下らない自己満足のツケをたっぷり払って貰いましょうか」
栄斗が爆音を響かせるボーカルのリーダに向けて言葉を投げかける。不意に侵入者の存在に気がついたバンドのメンバーが目を釣り上がらせた。
「うちはギターだけやないんやで?」
未来が肩から掛けたエレキギターを向けて挑発した。
敵のバンドの演奏に対抗して刺激的なフレーズをかき鳴らす。
相手のギターにも負けず劣らずのピッキングについには敵意をむき出しにして注意をこちらに向けてきた。未来はドラムの男と近距離でフレーズを弾き合いながらついには殴り合いに発展する。激しく殴られながらも未来は歯を食いしばってギターをそれでも手放さなかった。
大事なギターみすてるわけにはいかない。
それに絶対にこの男の演奏にも負けるわけにはいかなかった。
敵のパンチを受け止めた未来はお返しにレイアーバンドでカウンターを狙って鳩尾に叩き込んだ。
ドラムの男はついに未来に力負けてステージの下へと叩き落とされる。
「うちはギターだけやないんやで?」
再び同じフーレズでドヤ顔をしながら未来は勝ち誇った。
逆上したピアノの女が火炎弾を一斉にこちらに向かって投げつけてきた。
「させないっ!」
栄斗は俊敏に反応した。襲いかかかってくる火炎弾に向かって跳躍すると、狙いを済まして叩き落とす。火炎弾は逃げ遅れた人々に当たることなく手前で撃沈される。
女は強靭な腕力でピアノを持ちながら栄斗に向かってタックルをしかける。
●
不意の攻撃を受けて栄斗は壁に激突した。ピアノと壁に挟まれながらこのままでは押しつぶされてしまうと抵抗するが、なかなか思うようにいかない。
「さて、祝いの儀式を穢す狼藉者には御退場願おうか……」
織枝の口調がみるみるうちに厳しいものへと変わっていった。凄まじい形相で素早くピアノの女のところへと向かうと雪晃を用いて薙ぎ払う。
女は激しい攻撃を受けてうめき声を上げた。思わずそれまで強靭な力で持ち上げていたピアノを落としてしまう。ピアノが女の脚を踏みつけていた。
「つまらんくだらん気持ち悪い。叫ぶだけなら誰でも出来るねん。うっさいから消えろ」
ゼロが大鎌を振り上げてピアノに向かって叩きつけた。内部の弦を狙った鋭い一撃がピアノを粉々に破壊してしまう。青ざめたピアノの女が逃げようとした。その隙に傷ついた栄斗を陸が救助してヒールで癒して直す。迅速な手当によって大事には至らず済む。
「そうはさせない」
葫々杏が逃げる女の背中に照準を定めた。その前に召喚したストレイシオンがピアノの女の足に噛みついて身動きが取れなくなる。
弓をうならせて思いっきり腕を振りぬいた。
真っ直ぐに放たれた矢が女の急所に突き刺さる。
そのまま崩れるようにしてピアノの女はうごかなくなった。
敵も逆上してベースの男が衝撃波を放つ。
さらにギターの男が連射で襲いかかってきた。
騎士はぼうっとしているように見せかけてフェイントを仕掛ける。
油断していると見せかけてすぐに体重移動する。
何とか寸前で身を交わして攻撃を避ける。
同時に反撃に前に躍り出て影から腕を出して敵の首根っこを掴んだ。
「今だ! やれ!」
騎士の言葉に即座に反応して未来とメレクがそれぞれの敵に向かって飛びかかる。メレクはギターの男に向かって上空から流れるような一撃を頭に向かって叩きこむ。
真上からの威力ある攻撃にギターの男は頭をかち割れて倒れた。
未来もベースの男に容赦の無い火炎を叩き込んでノックダウンさせる。
最後に残ったのはいかつい頭をしたボーカルのリーダーだけだった。
仲間を失って歯を食いしばる表情をみせる。
「ははっ、音が小さくなってきましたねえ? 文字通り虫の息ですか?」
栄斗は傷を負いながらも立ち上がると挑発した。
ボーカルの男はついに刀を取り出して栄斗に向かって襲いかかってくる。
素早い動きに一瞬、見失って背後をとられてしまい、背中を思いっきり切りつけられた。
堪らず地面に膝をつく。ゼロが栄斗を助けようとして背後に回りこむと敵のボーカルに向けて鎌を振りぬく。ボーカルは脚を斬られてしまって、血を吹き出した。
歩きづらくなり動きが鈍った所をメルクがライフルをぶっ放す。
激しい攻撃にボーカルの男も後退せざるをえない。
「喧しい……お前達の勝手な自己満足を押し付けるな」
織枝も加勢してモノケロースU25で乱れ撃った。息も耐えぬ総攻撃を受けてついにボーカルの男が血だらけになりながら呻く。だが、最後の力を振り絞って目の前にいる栄斗に向かって再び刀を振りかぶって斬り込んできた。
「おい――珍問屋ごときが調子ノッてんじゃねえぞ! 臭ェ脳髄をぶち撒けてえかァ!」
栄斗はついにブチ切れた。再び立ち上がると、味方の攻撃を一斉に浴びて疲れきって動けないでいるボーカルの口に容赦なく銃口を突っ込んだ。
「テメエの自己満で地獄の底に落ちる気分はどうです?」
嗜虐的な笑みを浮かべた栄斗は不意に面白く無いというように吐き捨てると、容赦無くトリガーを引いて敵の脳みそをぶち撒けた。
●
「大丈夫か? 無理はするな、落ち着け」
葫々杏は激しい戦闘が終わると、すぐにまだ居残っていた人々に向かって声を掛けた。脅威となるディアボロがいなくなったとはいえ、まだ恐怖に怯えている人達がいた。優しく介抱しながら動けない人を陸と一緒に手助けしながら安全な場所へと運ぶ。
「俺達の大事な結婚式がもう――」
中には放心状態になっている新郎新婦の姿もあった。二人共信じられないというようにうつむき化加減で皆から離れた所で荒れた会場を見ている。
そこへやってきたのはゼロだった。大きな足取りで新郎の元へたどり着くと、そんな顔をしていては新婦をこれからどうやって守っていくんだと叱咤する。
ゼロに叱咤激励されて新郎はようやく顔を上げて優しく今度は新婦の手を取ってこれからもう一度やり直していこうと言葉をかけた。それに答えて新婦も涙が溢れる。
「さ、いろいろやり直しや。憂さ晴らしにパーっと行こうや」
ゼロは不敵に笑って頷いた。皆で手分けして片付けをして、すぐに別会場の手筈を整えるために奔走する。陸もようやく笑みを見せた二人に対して思いを巡らした。
「時は戻らなくても、新たにやり直すことはできます。 お二人には幸せになってもらいたいものです――」
曇っていた空からようやく陽の光が差して荒れた会場を照らし出した。