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森の奥は白い霧に覆われていた。
光は霧に遮られてしまい、昼間だというのに辺りは薄暗くて視界は悪い。
おまけにうす気味の悪い野獣の遠吠えが遠くから聞こえてくる。
「確かに雰囲気は劣悪だな、こりゃ」
眼光を鋭くして千葉 真一(
ja0070)が呟いた。足元が深い藪に覆われていてなかなか前に進むことが出来ない。それでも仲間と協力しながら周囲の警戒を率先して行う。
「パニックってますね」
東條 雅也(
jb9625)がこめかみに手を添えながら冷静に言葉を選ぶ。
「うぅむ。何か、通販番組で出てくる名前みたいで覚えにくいぉ……」
秋桜(
jb4208)は難しい顔をして助けだす二人の名前を何度も思い出そうとしていた。なかなかアメリカ人のような名前を覚えるのは実は苦手だ。
「――ですけど助けを待っている人が居ますから、何としてもディアボロを倒して助け出しましょう〜」
皆の言葉を受けてアマリリス(
jb8169)が穏やかな口調で返す。
急がないと人質のクリスたちが危険な目に会う恐れがあった。アマリリスはそっと胸に手を置いて二人の無事を祈る。
「敵を潰して……助ければいい……ただそれだけの話ですね……」
草刈 奏多(
jb5435)はそっと拳を握り締めて決意をつぶやく。その手には事前の作戦で用意した連絡用の携帯電話があった。万が一の時に備えて準備はしっかりできている。
「ミーナもヒサビサの参加になるからナ! 右も左もまだオボロゲな新米さんの気持ちはヨクわかるゾ! 何が何でも助け出すゾ!」
ミーナ テルミット(
ja4760)が大きな声で元気よく決意を語る。腕を張り上げて自分が助けださんとばかりに悪い足場をものともせずに先頭を突っ切る。
「なんとか持ちこたえてくれればいいんですが――」
アディル・ディル(
jb4550)は心配していた。危機的な状況であるが、自分たちが行くまでに何とかして二人共無事にいて欲しいと優しくアディルは思った。
「へぇ……敵さんに鴉もおるんかいな? 身の程教えたらんとなぁ?」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は目をギラつかせている。目の前に敵がいることを仮定して何度も空中に拳を叩き込む。すでに身体は温まって戦闘準備は万全だ。
深い霧の向こうから何か悲鳴のようなものが聞こえた。急いで撃退士たちが駆け付けると深い霧の向こうに古びた教会が佇んでいた。
目の前には大きな川が立ち塞がっている。ミーナはすぐに回りを明るく照らしだして視界を確保することに成功した。
その時だった。川の中から大きな背びれを持った赤いサメが姿を現した。真一はいち早く気がついて仲間に後ろに下がるように促す。危機一髪の所で牙を避けた。
「ケイン、クリス、敵はこっちで引き受けるが、そっちも万が一には備えておいてくれ!」
真一は教会にいるはずのクリスとケインに向かって大声で叫んだ。助けが来たことを知らせてすぐに行くことを伝えた。
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敵が現れたことを知って上空から大きな翼を広げた鴉の化け物が飛来した。すぐにゼロが前に進んで両手を広げてこれ以上は行かせないと勇ましく立ちはだかる。
クロウソードは直前で進路を変えるとゼロの背後に回って背中をその鋭い鉤爪で思いっきり切り裂いた。ゼロは苦痛に顔をしかめながら倒れ込みそうになる。
「大丈夫? しっかり!」
ミーナがすぐに負傷したゼロの所に赴いて手当を施す。手厚い回復を受けて何とか大事に至らずに済みそうだった。だが、その時また別のクロウソードが迫ってくる。
「ヒサビサの戦闘だけド、ミーナ頑張るゾ!」
ミーナはすぐにゼロを庇って後ろに倒れこんだ。鉤爪攻撃を避ける事ができたが、再びクロウソードは上空から黒い刃を向けてくる。
木々の木陰に上手く隠れてクロウソードの魔の手から逃れる。敵が去ったところをすかさず狙ってミーナは前線へと飛び出した。
ロングボウを構えると、敵の羽に向かって容赦無く射撃した。
クロウソードの翼に刺さって破れる。
そのまま力を失くして急降下してきた。形成を挽回しようと今度は目眩ましの光線を目から強烈に発射させる。
「鴉の名を汚す雑魚が。本物を……教えたるわ!」
ゼロは突っ込んできたクロウソードに向かって吠えた。そして懐から敵に向かって鏡を取り出して突きつける。
「こんな返し方はどないや?」
ゼロがニヤリと嗤ったその瞬間。
グアアアアアアアアアアアアアアアアア
クロウソードが目を潰されて雄叫びを上げた。
そこを頭からゼロが薙ぎ払う。
敵は苦悶の断末魔をあげて地面へと崩れ落ちた。
もう一匹のクロウソードが加勢にやってこようと猛烈な勢いで突進する。
秋桜が二体を合流させまいと真っ向から跳びかかった。不意を突かれたクロウソードは秋桜の登場に行く手を遮られてしまう。
秋桜は花火のような火炎を巻き起こして敵を至近距離から爆発させた。これにはなず術もなく黒焦げになってクロウソードは川の中へと落ちていく。
レッドシャークは落ちてきたクロウソードに吃驚して再び川面から飛び上がってきた。怖ろしい牙で襲い掛かってくる。岸辺で狙い撃っていた雅也がシールドで何とか敵の牙を防いだ。ボールドの光を纏いながら決死の形相で抑える。
「皆様の盾になり、キミたちを葬る矛となる…さぁ、くたばれ…」
雅也は歯を食いしばってレッドシャークの攻撃を食い止める。
すぐさま後ろにいるミーナや奏多に向かって反撃するように叫んだ。
「今だ、やれ!」
雅也の言葉と同時に奏多が代わりに前へと進む。
「ほら……オイデ、オイデ……こっちだ……自分を狙え、自分は君の標的だ」
タウントで奏多はレッドシャークを極限にまで惹きつけた。
「いくぞ!」
雅也は重心を低くして敵の懐へと飛んだ。
見るも早さで迫って敵の反撃よりも早く動いた。
その瞬間に、雅也が剣で思いっきり振りかぶって突き刺す。
ギャアアアアアアアアア
レッドシャークは気味の悪い緑色の液体をまき散らした。ミーナもファルシオンに持ち替えてレッドシャークの死角から腹に強烈な一撃を叩き込む。
「ふふ、アッハハ……最高です……刻んで料理して差し上げます……」
もがき苦しむ敵を見ながら奏多は喜んだ。トドメを刺すために大きく振りかぶると頭をかち割るように大きな一撃を食らわした。
「『イキテル』って感じられますねッ!!」
奏多がいうやいなやレッドシャークは盛大に血を吐きながら川に沈んだ。
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雅也たちは敵を倒したのもつかの間、すぐに教会へと直行した。ステンドガラスを叩き割って中へと侵入するとぐったりとしたクリスとケインが横になっていた。
「学園の撃退士です。救助に来ました。気をしっかり持って!」
二人は希望の目を持ってやってきた撃退士達に振り返った。だが、やってきた雅也も腕に傷を負って血を流していた。それを見たクリスが不安になる。
「貴方達大丈夫?」
「あぁ俺、怪我は治りやすい方だから気にしないで下さい」
雅也は笑って答える。
「おまえたち、悪魔か……?」
ケインが後ろにいた秋桜を見て思わず絶望する。敵と勘違いして武器を取ろうとしたクリスに向かって何とか誤解を解くために敵ではないと秋桜は冷や汗をかきつつ説得する。
奏多は飴を取り出して渡した。警戒しつつも二人は飴を口に運ぶ。程なくして二人はようやく落ち着きを取り戻し始めた。秋桜も二人に献身的に回復を施す。
「森から出ましょうか……誰か、彼らを運ぶの手伝ってください……」
奏多は二人を運ぶために仲間に呼びかけた。すかさず雅也と秋桜が手分けして悪夢の教会から連れだそうと試みる。
「怪我人は大人しく運ばれましょうね……」
奏多たちが二人を連れて外へ移動しようとした時だった。
不意に大きな異様な姿をしたロボットが立ちはだかる。殺戮マシーンと化した怪物だった。逃げようとした撃退士達に向かって容赦無く銃を突きつけて乱れ撃つ。
雅也や奏多は必死になってクリスとケインを庇った。だが、あまりの攻撃力に撃退士たちは徐々に押されていく。そのときにクリスが脚をすべ滑らせて転倒した。
「この世の地獄だわ……もう駄目ね」
迫り来る敵を前にしてクリスが弱音を吐いた時だった。
「地獄? そんなものはもう見飽きた。地獄より深い闇に俺はいる。何もしない神なんかに頼ってんじゃねぇよ」
ゼロが勇猛果敢にターミネイトにタックルを食らわした。目の前の餌に気を取られていたターミネイトは不意を突かれて教会の壁へと激突する。
だが、すかさずターミネイトもマシンガンでゼロを蜂の巣にした。
苦しみもがきながらそれでもゼロは二人に向かって言う。
「己の力であがいてみろよ」
ケインとクリスはようやく我に帰った。
自分の道は自分で切り開く。そうでなければ何も成し得ない。
行きて帰ることもできないのだ。クリスはようやく絶望から目を覚まして自分の手で立って撃退士達がいる方へとその隙に戻っていく。
だが、身体を張っているゼロはすでに息切れしそうになっていた。そこへ真一とアマリリス達がやって来て注意を逸らすために叫びながら突入する。
「お前の相手は俺たちだ!」
真一はターミネイトに向かって跳躍しながら武器を突きつけた。だが、敵も真一の姿をみてとってすぐに物陰へと隠れて移動して姿を暗ました。
「器用な真似をするもんだな、もぐら叩きが希望なら、お望み通りにしてやるぜ」
真一は動き回るターミネイトを探しながら挑発する。アマリリスは敵の斜線から味方への攻撃を守るべく突然出てきたターミネイトの前へと飛び出した。
マシンガンをぶっぱなしてくるが懸命に動かずにたえぬく。敵はアマリリスを何とか倒そうとして近づいてきた。それでもアマリリスはシールドで強靭に立ちはだかる。
猛烈な攻撃に脚がすくみそうだった。だが絶対にここを通すわけにはいかない。
後ろには負傷した仲間やクリスたちもいる。ここが踏ん張りどころだ。
「絶対にここは守りぬいて見せます!!」
アマリリスは隙を見てフレイヤで攻撃をした。装甲の繋ぎ目の薄い関節部分の膝を執拗に狙う。思わぬ弱点を突かれたターミネイトは膝が耐え切れずに崩れた。
「変身っ! 天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
真一が決めポーズを作って吠えた。すでに目は闘志に燃えていた。
大切な仲間が目の前でやられている。傷ついて動けなくなっている。
絶対に許せなかった。殺人ロボットなんて夢もロマンもない怪物を俺は許さん!
「ゴウライ、流星閃光キィィィィック!!」
まるできらめく星のごとく跳躍した真一が渾身の蹴りを叩き込んだ。
思いっきり後ろに引き込んだ力の篭った一撃が敵の頭に食い込む。
その瞬間、ターミネイトの首が大きな音を立てて吹き飛んだ。
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「もう大丈夫ですよ」
アディルが優しくクリスとケインに向かって手を差し伸べた。
壮絶な闘いを見守っていた二人はようやく安堵の表情を浮かべていた。それでもまだ傷は十分には癒せていない。早く帰って本格的な治療をするべきだった。
アマリリスは赤い髪を振り乱しながら献身的に介抱してようやく二人共何とか気力を取り戻すことができていた。だが、戦闘する気力はまだ戻っていない。
本当にこれから先も撃退士としてやっていけるのかと。
「お前たちはまだ本当の地獄を知らない。精々精進するんだな」
ゼロが厳しい言葉を突きつけた。
クリスは思った。最後まで諦めずに頑張ることを。
この世は地獄ではない。まだ撃退士としての任務はじまったばかりだ。
弱音を吐いていてはいけない。いつかこの人達と一緒に――。
「さあ、行こウ、病院まで連れてってあげル!」
ミーナが元気よくクリスとケインの手を引いて駈け出した。
すでに霧は晴れて森には明るい太陽の光が戻っていた。