●おじゃりもうせ?
「おじゃりもうせ」とは、種子島の方言で「いらっしゃいませ」という意味である。
しかし現実は簡単に「おじゃりもうせ」とはいかず、中種子町の住民の一部には撃退士の受け入れに反対する者達が居り、今回は彼らを説得するのが目的。
また、南北を天魔に挟まれた状況であることから、派遣された撃退士達は町内のパトロールも兼務することとなる。
そう……いつ、この中種子町にも天魔の手が伸びるか判らないのだ……。今この瞬間にも脅威は迫っているかもしれない……。
***
中種子高校。会議室――。派遣された六名の撃退士達が最後の打ち合わせを行っていた。
(知り合いが説得して無理だったのに、面識のない私達じゃ当然無理よね)
長く美しい黒髪と優しげな目元が特徴的な美女、天河 真奈美(
ja0907)は朗らかに笑う。
彼女は無理と思っているようだが、そうではない。それをどうにかするのが今回の依頼なのだ。
撃退士の受け入れに反対する者達の説得を撃退士が行う……。
確かに一見無理なようにも思えるが、実際に天魔と交戦し、天魔の脅威を本当の意味で知る撃退士ならば、意固地になっている反対派をどうにかしてくれるのではないか?
というのが撃退士の受け入れに賛成している者達――今回の依頼主の考えである。
「『これ以上種子島を戦場にしないでほしい』……? 俺達が戦わなければ自分達が死ぬのに、よくそんなこと言えるよな」
と言い、幼い容姿の少年は憤りを露わにした。彼の名は黒崎 啓音(
jb5974)。緑の瞳にくるりとした癖毛が愛らしい。
彼は今回の依頼が説得であることを思い出し「ふう」と一息ついて考えを入れ替える。怒っていても仕方がない。
「平和に暮らしたいって気持ちは解らないでもないけど。いや、すごく解るけど。……多分この戦いは長丁場になるだろうし、島の人達とは仲良くやっていきたいもんな」
啓音は柔らかそうな頬っぺたを両手でぺちぺち叩いた。
(……それに。俺とおんなじ思いをする子どもを増やしてたまるもんか……!)
表情を引き締め、啓音はぎゅっと右手を握り締め、その右腕に嵌められたチェーンブレスレットに左手でそっと触れた。
(……これ以上戦場にするな? そんな悠長なこと言ってられる状況かなぁ)
包帯だらけのはぐれ悪魔、ヒスイ(
jb6437)は思う。
包帯の隙間から覗く容姿は女子と見紛うほどに可愛らしい。瞳は赤と金のオッドアイであり、髪は名前と同じく翡翠色。
(ここは、この世界はとっくに戦場だよ)
先の冥魔侵攻で前線に立った彼は反対派の主張に呆れつつも、本音は口に出すまいとした。
しつこいようだが今回の依頼の目的は「説得」なのである。ヒスイとしても場が荒れるのは避けたかった。
「説得か……難しいとこだな。上手く説得できればいいのだが……」
色白の肌に長い黒髪を後ろで結わえた青年、ルーカス・クラネルト(
jb6689)はそのように呟く。
今回彼は説得が主な目的ではなく、兼務である中種子町のパトロールを重点的に行うつもりだ。
依頼本来の目的は反対派の説得であるが、天魔の襲来に備えるのは撃退士として間違ってはいない。
己の得手不得手を見極め、戦闘という彼の得意分野で最大限に力を発揮しようというのもまた良い心がけである。
「……説得……ですか……。撃退士の……受け入れに……乗り気で……らっしゃらない……との、ことです……が……。ぅぅん……」
制服の上に血のように赤い和服を羽織った清楚系の美少女、支倉 英蓮(
jb7524)はうむむと顎に手を当てる。
話を聞くに反対派は賛成派がいくら説得しても頑として譲らず、意固地になってしまっているらしい。これは中々に難しそうな依頼だ。
だが――自分の経験と気持ちを素直に伝えれば、あるいは――と、英蓮は目を瞑って両手を胸に当てた。
そして最後の参加者は食寝 眞流佗(
jb7556)。
打ち合わせを終えた撃退士達はルーカスと英蓮、ヒスイと眞流佗、真奈美と啓音の三班に分かれ、二班がパトロール、一班が説得に当たる。
●戦闘フェイズ
さて、時系列は若干前後するが、まずは撃退士達のパトロールでの活躍を見てみよう。
やはり天魔と戦ってこその撃退士である。
ルーカスと英蓮のペア――。
「高所より街を見渡せば……早期発見……できます、かね……」
「そうだな。町を一望できる場所でもあれば良いのだが」
英蓮が言い、ルーカスが頷く。二人は携帯端末の地図を呼び出し、町の高台を目指した。
出来るだけ広範囲を見渡しながら歩いていると、やはり――高台近くの林で、巨大な白蛇数体と遭遇。自然界ではありえない大きさ。確実に天魔。
「支倉、速やかに連絡を」
既に光纏していたルーカスが冷静に言う。
「了解です!」
英蓮はすぐさま無線機で他の班に連絡。天魔と遭遇したことを伝える。
その後に周辺の住民へ中種子高校の体育館に避難するように呼びかけた。
「向こうへは行かせん」
ルーカスは準備していた長大な和弓を構えて引き、巨大な白蛇目掛けてアウルの矢を放ち、射抜いた。矢に貫かれた一匹の蛇は一撃の元に撃破され、びくんびくんと痙攣。
「兵は拙速を貴ぶ」
戦は早く攻め、早く勝負を決めるほうが好ましい。
ルーカスは次の目標へ弓を向ける。――第二射。命中。これも一撃の元に葬った。二匹目の白蛇がのた打ち回る。
「次。――っ!?」
近い。三匹目が眼前に迫っていた。大蛇が大口を開けて牙を剥き出しにし、ルーカスに迫る。
「やあああっ!」
そこで気合の入った声。と共に鋭い斬撃音。ルーカスに飛び掛からんとしていた白蛇が文字通り真っ二つに両断された。
……英蓮の【抜刀・幽】による攻撃だった。
「何匹だろうと……向かうモノすべて……! ことごとくを……断つ!!」
両断されても尚藻掻く白蛇を、英蓮はその手に握った剣で何度も斬り付ける。……ほどなく白蛇は沈黙した。
***
ヒスイと眞流佗のペア――。
「もうこんなところにまで……」
天魔発見の報を受けた二人は町内を隈無く索敵中。
(やっぱり『撃退士受け入れ反対』なんてのんびりしていられない……そのことをちゃんと伝えないと……)
ヒスイは目つきを鋭くする。……しばらく歩くと、遠目で白い動くものを発見。情報にあった白い大蛇だ。
ヒスイは【闇の翼】、鳥のような四枚の翼を広げ、上空へ舞い上がり、周囲に逃げ遅れた住民が居ないかを確認。
……居ないことを確認すると降下、【ハイドアンドシーク】を使用。……敵の背後へ忍び寄り……爪で一撃を加える!
背中を突き刺された白蛇は一撃で絶命した。
「このダメージ……こいつはサーバントか」
カオスレート差を考えると明らかにそうだ。ヒスイはすぐに無線機を取り出し、その情報を仲間に伝える。
その後もヒスイと眞流佗は索敵を続け、敵を発見次第迅速に撃破していった。
***
真奈美と啓音のペア――。
天魔出現の報は既に中種子町全体に伝わっていた。住民の大半は中種子高校などに避難済み。
しかしまだ残っている住民も居るため、油断はできない。真奈美と啓音の二人は注意深くパトロールを行う。
……ほどなく二人は二匹の白蛇を発見し、戦闘状態へ。
啓音が前に出て、敵との距離を測りながら【アイスウィップ】や【炎焼】で攻撃を行い、それを真奈美が援護する。
距離を取って戦うのは『蛇=牙=毒』という図式の為だ。用心するに越したことは無い。
幸い敵の戦闘能力は低く、すぐに撃破することが出来た。
●説得フェイズ
また時系列は前後してしまうが、今度は主目的である説得の様子をご覧いただこう。
ルーカスと英蓮の場合――。
「大丈夫か、怪我はないか?」
戦闘を終えて中種子高校の体育館に帰還したルーカスは、持参したミネラルウォーターを沸かして淹れたインスタントコーヒーを英蓮に振る舞う。
「大丈夫です。ありがとうございます」
コーヒーで喉を潤した英蓮は立ち上がり、避難してきた住民のほうへ移動。
場の雰囲気を読んでトーンや声量を選び、話し始める。
まずは住民の注意を引いて自分の生い立ちを話し、二度と自分と同じような惨劇を繰り返して欲しくない――その気持を伝える。
「人は……手と手を繋げば……きっと……もっと……強くなれる筈です……。その為の剣と盾の役目は……自分たちが、受け賜ります故……どうか……」
その真摯な訴えは反対派の同情心にも揺さぶりをかけるものだった……。
***
ヒスイと眞流佗の場合――。
ヒスイは壇上にのぼり、喧嘩腰にならぬよう、子供っぽく明るい言動で誤魔化すように話す。
「狼さんが怖いなら僕ら狩人さんをおうちに入れて? 難しいことはそのあと一緒に考えようよ」
そう、最初に短く言った。あまりにも幼く、無垢な訴え。反対派にも若干の動揺が走る。
それからヒスイは少しだけ口調を変えて続けた。
「僕らは喧嘩しに来た訳じゃない。みんなを守りたいから来たんだよ?」
ヒスイは真剣な表情で訴えかけた。
「不安に思っていることがあるのかな? 何でもいいから聞かせて欲しい」
体育館に集まった住民を見回し、言う。
「学生なんか信用出来ない? それとも個人的に撃退士が嫌い?」
その言葉に反対派の男性一人が反応した。
「違う……違うんだ……。私達はそんなつもりじゃ……」
撃退士達の言葉が、人々の心を動かし始めていた。
***
真奈美と啓音の場合――。
真奈美は初めに、反対派のほうをじっと見て、きっぱりとした口調でこう言った。
「貴方がたの意見には賛成できませんが、貴方が意見を言う権利は命をかけて守ります」
それからこのように続ける。
「お話を聞かせていただけませんか? 折角来たのですから、この島のことを知りたいんです」
無碍にするのが躊躇われるくらい、真剣に、丁寧に。心から心へ響かせるように。
「私は、撃退士を受け入れるか、このまま放置して天魔の支配を受けるか、どちらが良いと、みなさんには言えません」
真奈美は穏やかな口調で言う。
「でも少なくとも、天魔どちらがこの地を支配しても、今日のように自由に意見を言うことは出来なくなると思います。言えばきっと、命を投げ出す覚悟が居るでしょう」
その言葉は、天魔の支配を受けた後のことを、住民に想像させるには十分だった。
真奈美に続いて口を開いたのは啓音。
「天魔とはよいらーいき、無理ですよ」
啓音は最初に、はっきりとそう口にした。その後にヒスイを見て「堕天使やはぐれ悪魔は別として……」と付け足す。
「俺、天魔……サーバントとディアボロの争いで、巻き添えになって家族全員を亡くしました」
その言葉に体育館がざわついた。
「この島を戦場にしたくなくても天魔が支配領域を広げていけば必ず衝突します。その時亡くなるのは貴方達自身、もしくは家族、友人です」
啓音は必死に訴える。
「俺達がパトロールしていて発見したのは比較的弱い蛇型でした。強力なサーバントもいるのに投入して来なかったというのは……多分偵察用だったと思うんです」
啓音は尚も必死に訴える。瞳に涙を浮かべて。
「もう時間の猶予は無いんです。だから皆さんの力を貸して!」
●種子島の現状
撃退士達の説得により、住民は元より、反対派の心まで大きく揺さぶられたその時。
反対派のリーダーである、村上と名乗る中年男性が前へ出てきた。そしてそこへ――
「やはり村上のおじさんだったんですね」
中種子高校の拠点化を任されている久遠ヶ原学園教師、瀬戸口・美希が歩み出た。
「君は……美希ちゃん……か?」
「はい。お久しぶりです」
美希は村上に冷たい眼差しを向ける。
二人は古い知り合いだった。更に言えばご近所さんだった。
村上という男は消防団長をしており、顔が広い。頑固者で、古き慣習を大事にすることで有名だった。……よそ者嫌いなことでも。
美希は村上の目を見て、周囲にも聞こえるような声で、子どもにも理解できるように簡潔に述べた。
南種子町と西之表市が落ちたというのに。自分達とは関係ない。他の世界の出来事だ。そういった貴方がたの現実逃避が、間もなくこの町と住民を危険に晒す。これは確実。
天魔に支配されてしまえば普通の暮らしどころでは無く、彼らの食料となり、奪われ続け、果てはサーバントの材料やディアボロにされてしまう。
現実は非情。逃避したくなる気持ちも理解できるが、受け入れてもらうしかない。
撃退士達の説得によって大きな揺らぎが生じた反対派の気持ちに『現実』という冷酷な最後の一太刀が入り、反対派はついに折れ、撃退士の受け入れに応じたのだった。
***
「なんとか説得できましたね」
真奈美は緑茶を啜りながらホッと一息。
「これからこの高校の拠点化……基地化が始まるのか……」
ルーカスは難しい顔でコーヒーの入った紙コップの水面を見つめる。
天魔との戦いの拠点である。当然、軍事基地さながらの様相を呈することになるだろう。
「仕方がない。この島はもう戦場なんだから」
ヒスイは住民から差し入れられた、種子島産の芋を使ったタルトをもぐもぐしながら言う。
「南北が……抑えられて、いますものね……。早く……解放したい、ところです……」
英蓮はスイートポテトにぱくつきながら答えた。
「俺達が、やるんだ。最後はあのお姉さんが脅しをかけたみたいになっちゃったけど……。悲しい思いをする人を一人でも減らせるように……!」
言ったのは啓音。――少年の瞳には確固たる決意が浮かんでいた。
こうして中種子町の撃退士受入れ反対派の抵抗は無くなり、速やかに中種子高校の拠点化が開始された。
種子島での戦いは、これからますます激化していくことだろう……。