●顔合わせ!
宮城県仙台市を流れる広瀬川の某河川敷――。
雷音寺・閃(jz0374)と氷川・零子主催の久遠ヶ原学園野外レクリエーション、芋煮会に参加した撃退士達が集まっていた。
その数二十名程。閃が開会を宣言すると拍手が巻き起こる。
***
さて、今回作る芋煮は閃が調理の指揮を執る宮城県風の豚肉味噌ベース鍋と、零子が指揮を執る山形県風の牛肉醤油ベース鍋である。
そしてもう一つ……闇鍋ならぬカオス鍋……。こういった催し物では参加者が学生である事もあってはっちゃける輩が出るのは当然。
そんな訳で事前に隔離してしまおうという措置だった。
***
味噌鍋組――。
「最近は寒くなってきたし鍋はいいね」
微笑みを浮かべながら龍崎海(
ja0565)が言った。
「あの時は、庄内と内陸で揉めていたんだっけなぁ」
海は顎に手を当てて思い返す。彼は芋煮経験者らしい。
山形県は庄内(日本海側)と内陸では芋煮の具と味が異なり、勢力争いをしているのだという。
「山形県風にも味噌ベースなのがあるけど、それとの違いはどんな所なのかな?」
彼は宮城県の芋煮に興味津々? 前回食したのが山形風だったので今回は宮城風にしたそうな。
「氷川さんは醤油ベースの鍋って事は山形でも内陸と言われる地方の出身なのかな? やっぱり締めはカレー的な物なのかな?」
零子の出身地にも興味がある様だ。零子は「そうですわよー」と準備をしながら軽く答える。
『美味しい物があると聞いて!』
そう書かれたホワイトボードを掲げるラッコの着ぐるみは――鳳 静矢(
ja3856)。
「キュゥ!」
彼は何故かそんな鳴き声が鳴る機能付きの着ぐるみを装備して颯爽と参戦。
「芋煮楽しみだね〜」
星杜 焔(
ja5378)はにこにこと笑顔を見せる。
(祭りの時に出店で父さんと母さんが作ってた里芋の入った豚汁が好きだったな〜構成の近い豚と味噌の方にしようかな〜)
そういう事で彼は味噌派を選択。
「日本のふるさとの味を勉強できる機会だから基本は味噌で醤油派とも交流したいね〜」
(闇鍋はやばそうな気配がしたら近づかないようにしよう……)
味噌派と醤油派は時間が許せば交流可能である。ただしカオス鍋は完全に隔離される。
浪風 悠人(
ja3452)と浪風 威鈴(
ja8371)の夫婦は――
「うち、豚汁に里芋入れるんですけど、どうなんでしょうか……?」
「芋煮……? 美味しそう……ボク……汁物……は……猪肉……入れるから……初めて……」
(料理は苦手だけども……何とかなるかなぁ……?)
威鈴が持参(狩ってきた)した猪肉を豚肉の代わりに使えないか、調理指揮の閃にお伺い。
それに対し閃は「うーん、豚肉はもう用意しちゃったし、それに猪肉って独特の癖があるのよね……今回はオーソドックスにいきたいかなぁ」と言う。
その答えにしょんぼりしかける威鈴だったが閃は「折角だから猪肉の芋煮も別の鍋で作りましょうか」と微笑む。
閃の言葉に浪風夫婦は喜びを露わにする。「その代り調理は自分達でしてよね」と笑う閃であった。
華澄・エルシャン・御影(
jb6365)はエプロンとマイ包丁と食べる時の七色とんがらしを持参。
ついでに親友と一緒に温まる為のブランケットも用意。
一方で九鬼 龍磨(
jb8028)は「芋煮! 北の名物!」と気合が入っている。
華澄と龍磨は季節行事をいつも共に参加している仲らしく、今回華澄は別の小鍋で芋煮を作る様だ。
材料は他の味噌鍋と同じで、ほんのり甘い白味噌仕立て(実家伝来の味)の芋煮を内緒で龍磨に楽しんで貰うつもりである。
***
醤油鍋組――。
「折角なので、牛肉は良いお肉を使いたいですよね。具体的には、米沢牛とか、せめて山形牛とか」
と、芋煮に使うお肉にこだわりを見せるのはRehni Nam(
ja5283) 。
「心配はご無用ですわ。既に米沢牛を取り寄せておりますので」
零子はその様に答える。牛肉を使用する山形(内陸)風芋煮だけあり、肉にこだわるのは共通の様だ。
「芋煮って、たしか……材料で、全然変わってくるって……」
Spica=Virgia=Azlight(
ja8786)はカオス鍋に地雷臭を感じた為、山形風を選択。
ノリと勢いに任せて動くと悲惨な目に遭うのだ……正しい判断だと言えよう。
そして彼女と一緒に行動する新谷 哲(
jb8060)。
「美味いもんが食えるってんなら幾らでも手伝うぜ!」
彼は人手が足りないからとSpicaに手伝いに呼ばれて旨い飯ついでにやって来た次第。
「最近まともな飯も食えてねぇからな……ここで食い貯める所存」
アルティミシア(
jc1611)、アルフィミア(
jc2349) 姉妹と執事のヴラド・バトラー(
jc2472)は共に行動。
「鍋は、食べた事、無いです、ので、楽しみ、です。醤油、味噌……?? あれは、何鍋でしょうか?」
今回三人で鍋パーティー行こうと言い出したのはアルティミシアである。
妹のアルフィミアと、執事のバトラーに楽しんで貰いたかったのだ。
そして姉に「美味しい物が食べられる」とそそのかされ付いてきたアルフィミア。
彼女は何故か「やり過ぎましたぁ」と半泣き状態。お腹の虫が盛大に鳴いている。
どうやら本で空腹は最高のスパイスという知識を仕入れ実践したらしいがどれだけ食事を抜いたのだろうか……。
「お嬢様方が鍋を食べたいと仰られた時、作れないとあっては執事の名折れ! 今日は勉強させていただくとしましょう」
渋いおじさま執事のバトラーは物凄く気合が入っている様子。
「それからお嬢様、あちら(カオス鍋)には近づいてはなりませんよ」
アルティミシアはカオス鍋組に興味を持っていた様だったので一応釘を刺しておく。
***
開始直後から既に不穏な空気が漂っているカオス鍋組――。
「やっぱりカオスよねェ、外れ、当たり、関係なくどんな物を引き当てるか楽しみだわァ♪」
人でも殺した様な狂気の笑みを浮かべる黒百合(
ja0422)。
「……危険と分かっていて何故選んでしまったのでしょうね」
その様にぼそりと呟くのは雫(
ja1894)。しかしカオス鍋を選択したからにはもう後戻りは出来ない。
「掛かってきなさい!」
ラーメン大好き佐藤 としお(
ja2489)はカオス鍋に挑む心の準備は十分?
果たして彼は依頼後無事にご当地ラーメンを食べて久遠ヶ原学園へ帰る事が出来るのか……!!
「カオスならカオスなりに楽しまなきゃ損々♪ カオス鍋……かかってこい!!」
食べる事が大好きなユリア・スズノミヤ(
ja9826)も既に臨戦態勢。
しかし食べる事が好きなら何故まともに食べられる物が入っているかどうかすら怪しいカオス鍋を選んだのだろうか。
「わふぅ。何か変な雰囲気ですけど、これが芋煮というのでしょうかー? 好きなものを持ってきたのですよー! これ、入れればいいですー?」
小さな可愛らしい男の子、影山・狐雀(
jb2742)。彼は芋煮が初めてで、何やら賑わっているらしきこちらが『本物の芋煮』だと思って選んでしまった様だ。
そして「食べると美味しい物を鍋に入れると鍋も美味しくなる!」という危険な考えを持っている模様。
そして初芋煮な人物がまた一人――橘 樹(
jb3833)。
「ほむ、芋煮始めてなんだの! 楽しみなんだの!」
(そう思っていた頃がわしにもありました……)byこの後の彼自身の心の声
「料理ってまともに出来ないからさ、だったら皆が最初から戦いだと思ってる闇鍋の方が、まともに出来なくても楽しいじゃん」
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)は初めからまともに食べる気が無く、楽しめれば良いという感じらしい。
「芋煮会から不穏な空気! これは参加せざるを得ないですよ」
ザジテン・カロナール(
jc0759)はそう言ってケセランを召喚。
召喚獣にはまともな方の芋煮を食べさせて、自分は犠牲(?)になる様だ。
●調理!
味噌鍋組――。
「慣れているので芋や野菜の面取りとか塩もみとか下拵えを中心に受け持つよ〜」
焔は率先して調理の手伝いをする。慣れているだけあって手際が良い。
「里芋がほくほく美味しく出来る様に下処理するね〜」
ちゃっちゃと下拵えを済ませてゆく焔。
「蒟蒻も臭みを取る下処理を〜、牛蒡はささがき〜」
メインの味噌芋煮鍋の調理は焔と閃で行った。極めて順調に進行。
海と静矢は火熾し担当。
悠人は別の鍋で作る事になった猪肉を使った芋煮を調理。
牛蒡・人参・里芋・葱・蒟蒻・油揚げ・肉をカットして、酒と砂糖と水を入れた鍋に里芋と牛蒡を入れ一煮立ちさせ、味噌入れる。
柔らかくなれば他の具を――と、途中、妻の威鈴が「入れて……♪」と、子どもの様な笑みを浮かべ、綺麗にカットされた猪肉を嬉しそうに差し出してきた。
悠人は笑顔で皿を受け取り、他の具も合わせて鍋の中へ投入。灰汁を取りつつ煮る。その様子を威鈴は楽しそうに眺める。
後は味噌とダシで味を調えて完成だ。
華澄と龍磨は――
龍磨が面倒な作業を優先的に引き受け、どんどん里芋を剥いたり蒟蒻の下茹でをしたりする。
華澄も華麗な包丁捌きを見せ、具材をカットしてゆく。
「後は煮る! 薪の様子はどうかな」
「二人でお料理……楽しいね」
微笑み合う二人。煮えるまでの待ち時間、華澄は愛する義兄の静矢や友人の浪風夫妻と談笑。
焔と閃が担当するメイン鍋の方も滞りなく調理が進み、いよいよ良い香りが漂ってきた。
***
醤油鍋組――。
零子が全体の指揮を取り、RehniとSpicaは協力して調理。
取り寄せた米沢牛の他の具材は人参、里芋、しめじ、蒟蒻、葱、豆腐等々。
哲は山形の地酒を芋煮に使う用と、そのまま飲む用に二本、それとソフトドリンク数種を持参。
「オレンジジュースとかないと可哀想だもんな!」
Spicaは量を用意する都合上、二人でもちょっと大変なので哲に手伝いをお願いする。
事前に料理苦手と聞いていたので里芋の皮むき等、楽な仕事を回してあげた。
哲は自分が味付けを担当すれば惨劇が目に見えている為、大人しく皮剥きに専念。
その間にも調理は進む。鍋に水を張り里芋&蒟蒻どぼん。牛蒡ささがき。
Rehniは砂糖少なめで日本酒で甘みをつける感じで醤油は適量のつもりだったがSpicaは豪快に醤油・酒・出汁汁だばー砂糖ざばぁ肉その他材料どばぁ。
……ちょっと喧嘩になりそうだった物の、アウトドアな雰囲気で和やかムードに戻り、味は都度味見しつつ調整する事で合意。
「ふむふむ、成る程」
一方、バトラーは逐一メモを取り、味見もさせて貰いながら作り方を真剣に勉強中。
アルティミシアとアルフィミアは……
「なんだかバトラーが張り切っているし、邪魔するのは悪いかな」
アルティミシアは優雅に椅子へ腰掛けてお腹が膨らまない程度にソフトドリンクをストローでちゅるる。
「うにゃー! さっきから〜美味しそうな匂いがぷんぷんするのですぅ! お腹が空いてぇ、落ち着かないのですぅ」
アルフィミアは鍋の周りを怪しげな踊りをしつつ駆け回り調理担当の意識を散らしていたそうな。
***
カオス鍋組――。
黒百合が持参、鍋に投入するのは『ヤドクガエル(多数)』。撃退士だからこの程度の毒でも大丈夫、という気分らしい。本当に大丈夫だろうか……。
「ウフフフフフ♪」
雫が持参、投入するのは『生きたオオサンショウウオ』。……生きたオオサンショウウオ!?
「虫だろうと何だろうと肉みたいなら当たりですね」
のっそり動く黒いモノが一応だし汁が張られた鍋に投入される……。
この時点で既に危険度が限界突破している様な気がするのは気の所為だろうか……。
としおが持参して投入するのは……『カチカチ音がする硬い物体』。何なのかは不明。
ユリアが持参して投入するのは『ピロシキ』。漸く比較的まともな物が出て来ましたよ。
「はぅ!? い、芋煮って凄いものなのですねー」
異臭を放ち始めている鍋に狐雀は驚きつつも、彼が持参し、鍋に投入したのはたい焼き。
「どうしてこうなったんだの……」
樹が持参し、鍋に投入したのは『主にスウェーデンで生産・消費される、塩漬けのニシンの缶詰(発酵が進み缶が膨張した奴・開封済み)』。
いわゆる有名な『アレ』である。異臭の主な原因はこれだった。半分ほど鍋に投入した所で仲間に見つかり樹はフルボッコの刑に処された。
「おみゃーが味わってみんさーぃ!」
「ぶほー!!」
あまりの臭いにキレたユリアが残りを全部樹の口に突っ込んだ。ああ……、歯磨きしても臭いが取れない奴だこれ……。
「食事は楽しい方がいいね!」
ジェンティアンが持参し、鍋に投入したのは世界で二番目に辛い唐辛子。
おやおや、鍋が真っ赤になって来ましたよ。湯気に近づくと目が痛いですよ。
食べ物はなんでも感謝して「いただきます」の精神なザジテンが持参し、投入するのは黒毛和牛霜降り肉。
なんと驚きである。当たった人を驚かせたかったらしい。
……カオス鍋の現在の見た目は真っ赤な水面から飛び出しのっそり蠢く黒いナニカ+凄まじい臭気と痛みを覚える程の辛味の湯気?
まさにカオス。時獄の様相を呈している。カオス鍋参加者の運命や如何に……。
●実食!
味噌鍋組――。
「さて、こっちの鍋は全部完成したわね。それじゃあさっそく皆で食べましょうか」
雷音寺・閃が芋煮完成の宣言。メイン鍋から芋煮を使い捨てのお椀によそい、皆に配る。
宮城風芋煮鍋を味わった海の感想は――
「成る程これは美味しい。一般的な豚汁と違うのは里芋を使うのは当然として圧倒的な具の量ですね」
言いながら海はフーフーしながら汁も飲み、一杯目を完食。
「どっちゃり入った豚バラ肉とホクホクの里芋やその他野菜の相性が抜群です。もう一杯貰えますか?」
それを聞いた閃は「そうでしょうそうでしょう」と得意気に二杯目をよそってやる。
一方、ラッコの着ぐるみ姿(口の部分は開いているらしい)の静矢もめっちゃフーフーして冷ましてから絶品の芋煮に舌鼓を打つ。
『ラッコは猫舌!』
ハフハフと食べながら、その様に書かれたホワイトボードを掲げる。
「いや〜美味しいね〜。そして少し懐かしい……。特別に美味しく感じるのは皆で作って外で食べているからかな〜」
焔もにこにこしながら芋煮を味わう。
「折角だから宮城の美味しい日本酒を一緒に楽しもうかな〜? 同じ土地のもの同士はきっと相性がよいのだよ〜」
予め用意しておいた宮城の地酒をおちょこできゅーっとやる。
「んん〜!? これは最高〜!!」
悠人と威鈴は猪肉を使った自作の芋煮をまずは二人で食す。
「……うん、美味しい。猪肉も味噌味に合ってる」
「美味しい……。家……でも……作って……欲しいな……」
「もちろん」
二人は「うふふ」とにっこり微笑み合う。
それから猪肉の芋煮を皆にも振舞い、好評を得た。
華澄と龍磨はビニールシートの上に並んで腰掛けて、膝にブランケットを掛けて二人で作った芋煮を頂く。
「ほくほくのお芋にじんわりおつゆ……七味もいい感じ」
(これうちの味の。龍磨さん、暫く家に帰ってない代わりに)
「これが華澄ちゃんちの味かあ。甘さと七味のぴりり感がいい感じだねえ」
一緒に仲良く美味しく食べる。芋煮ほくほく。内緒の白味噌でもっとほくほく。
美味しい芋煮を楽しみながら、華澄はふと考える。
(言葉で何を言おう)
あったかい芋煮一緒に食べてそばにいたら十分。
「黙ってても心はいつも隣ね……ありがとう」
「心はいつも隣、かあ。いいもんだね。こちらこそ、ありがとう」
帰れてないのはちょっぴし気になるロンリーな二十代後半、だけども今はいい感じ。
お芋とお肉と親友と。楽しい。そんな休日の一日。
***
醤油鍋組――。
こちらも鍋からお椀によそって芋煮をぱくぱく。
Rehniはお酒は未成年なので、残念ながらパス。「お米のジュースで我慢するのです」
「うーん、お肉美味しー♪ 里芋がほこほこなのですー。しめじやお肉の出汁の利いたお汁も、幾らでも飲めそうなのです〜」
自作の芋煮の出来にご満悦の様子。
Spica達は哲が持参したソフトドリンクで乾杯してから芋煮をぱくぱくもぐもぐ。
「一応、うまくできた……?」
「いやぁ、青空の下で美味い芋煮と美味い酒……最高だな。おっと、こいつぁ大人のお楽しみって奴な」
酒の飲めないスピカを前にどや顔でぐいっと。Spicaはぷくぅと頬を膨らませ「哲のいじわる!」と胸をぽかぽかアタック。
バトラー達は――
「お嬢様方の為、私は今日、鍋執事となりましょう」
渋い執事はお嬢様二人に鍋をよそって差し上げる。
「ごはんごはんごはんごはんごはんごはん」
アルフィミアは我慢が限界に達した様子。
「こらこら、婦女子が涎など垂らして……はしたないですよ」
「じゅるり……よ、ヨダレなんて出でないですぅ!」
散々お預けを食らったアルフィミアは漸く芋煮にありついた。一口ぱくり。
「…………うーーまーーいーーにゃーー!!」
思わず叫んでしまう程の美味しさであった。空腹は最高のスパイスというのも強ち間違いではない。
「醤油も味噌も、良い匂いです」
アルティミシアもお上品にお椀に箸をつけ芋煮を口に運ぶ。
「なんだかバトラーが、とても良い、笑顔です。良い事、あったのでしょうか?」
うふふと微笑む彼女。
一方でバトラーは警戒心を露わにしていた……。
(お嬢様方をあの負のオーラには近づかせない様にしませんと)
勿論カオス鍋の事である。向こうからは悲鳴やら絶叫やらこの世の物とは思えない声が聞こえる……気がする。
「バトラー、あっちに、不思議鍋が、あります。行っても、良いですか?」
「絶対に駄目でございます」
お嬢様方を混沌より守護するのが執事の務めだ。
***
カオス鍋組――。
いよいよ出来上がりました地獄のカオス鍋。それでは実食に参りましょう。
尚、事前に公開されたルールにより、一度箸で掴んだ物は絶対に食べなければならない(食物ならば)。
出来上がったカオス鍋は……一見すると赤黒く、血の池地獄の様相を呈している……。
それに加えて凄まじいまでの臭気。更に湯気を浴びると目が痛くなるほどの辛味(?)。
一番手。まずは黒百合がカオス鍋に箸を伸ばす――掴んだのは――…………ピロシキ!!
鍋で煮こまれぐっちょんぐっちょんになっている……のとヤヴァイ汁でヤヴァイ臭いとなっていた。
「……?? これは?」
「それはたぶん私が入れたピロシキだね」
「なるほどぉ。思ったより大した事ないわねェ」
と、言うと、黒百合は臭気など意に介さず二口位で食べてしまった。
曰く、「ちょっとしょっぱ辛い」だそうな。
二番手、雫。カオス鍋に箸を伸ばす――掴んだのは――…………世界で二番目に辛い唐辛子!!
「……?? これは……ピーマン?? パプリカ?? う〜、野菜何て食べなくても生きて行けるのに」
「それは僕が入れた唐辛子だね」
と、にこやかに笑うジェンティアン。
「この所為でスープがアレな事になっていたんですね。……これって食べないと駄目ですか?」
「ダメです」
と言う訳で一応原形を保った唐辛子を口に運ぶ……。
「仕方ありません……ごはっ! 不味いけど食べれなく無いのがムカつきますね…………って、辛ーーーー!!!!」
そのまま彼女は「み、水ーーーー!!!!」とその場でのた打ち回っているが全員が食べ終えるまで飲み物等は許されない。
三番手、としお。カオス鍋に箸を伸ばす――掴んだのは――…………ヤドクガエル!!
「あ、それ私が入れた奴。沢山入れたから他の人も当たるかもねェ」
さも平然と黒百合は言い放った。
「それと、ただの蛙だと思わない事ねェ」
ニヤリと狂気の笑みを浮かべる。としおの顔が引きつった。
意を決して箸を震わせながら口に運ぶとしお……!! ぱくり。
「…………ぐあああああ!! ぐえええええ!! ぎがごごごご!!」
としおはその場でびったんびったん跳ね回りのた打ち回り、終いには白目を剥き、泡を吹き出して動かなくなった。
かと思うとすっくと立ち上がりメガネを上へ放り投げて光纏。
「メガネが無ければ即死だった」
四番手、ユリア。カオス鍋に箸を伸ばす――掴んだのは――…………黒毛和牛霜降り肉!!
「獲ったどおおぉぉっ!!!! わぁぁぁぁぁいお肉だあぁぁぁぁ!!」
「それを入れたのは僕ですね」
ザジテンが手を上げる。
「ありがとぉぉぉ!! 超ラッキー!!」
と言ってからユリアはお肉を一口で頬張ってもぐもぐした後にごっくん。
「臭くて辛かったけどお肉自体は美味しかった」
という感想であった。
「闇鍋――カオス鍋的にはハズレかと思ったんですが……喜んでもらえて何よりデス」
五番手、狐雀。カオス鍋に箸を伸ばす――掴んだのは――…………オオサンショウオ!!
「それを入れたのは私ですね」
雫が手を上げて名乗り出た。
「すごく……黒くて大きくて長いです……」
ぽっと何故か頬を染める狐雀。しかし実際に大きいので食べ応えがありそうだ。
ちなみに鍋投入時は生きていたオオサンショウオさんだったが無事天に召された様子。
「…………何とか食べたのですー。けど、こんな凄いものだとは思わなかったですーそして臭くて辛いですー」
「くっ……数々の毒茸を食してきたわしに怖い物はないんだの!!」
六番手、樹。カオス鍋に箸を伸ばす――掴んだのは――…………ヤドクガエル!!
「これを入れたのは誰なんだの!! って、おぬしか」
黒百合の方を見る。黒百合はにっこーり笑顔で返す。
樹は泣きながら煮込まれた蛙を口に運んだ――
「…………ぐあああああ!! ぐえええええ!! ぎがごごごご!!」
樹はとしおと同じ様にその場でびったんびったん跳ね回りのた打ち回り、終いには白目を剥き、泡を吹き出して動かなくなった。
しばし置いて、光纏して復活。
「……撃退士でなければ即死だの……たぶん」
良いのか悪いのか。恐らく良かった筈。良い子は絶対に真似しちゃダメだ。
七番手、ジェンティアン。カオス鍋に箸を伸ばす――掴んだのは――…………たい焼き!!
「…………!!!!」
ジェンティアンの顏に滝汗が流れる。においは臭いだけだが――これは――(彼は甘い物が超苦手)。
「唐辛子で辛味が付加されている! 多少マシになっている筈!」
顔面蒼白になりながら意を決して口に運ぶ。
「ぐああああああああああ!!!! やっぱり甘いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
びたーんと彼はその場に倒れ伏した。
「たい焼き……美味しいのに……」
狐雀はしょんぼり残念そうな表情。
最後、ザジテン。カオス鍋に箸を伸ばす――掴んだのは――…………と、その前に。
「何か変な音がしないか?」
言ったのは復活したジェンティアン。確かにカチ、カチ、カチと機械的な音がする。
「それより早く食べてよォ」
黒百合からのブーイング。急かされてザジテンは箸を鍋から上げる、と、それは黒くて丸い物に時計の様な物が付いた物体。
…………少なくとも食べ物には見えない。ザジテンが抗議をしようとしたその時――
その物体を中心としてカオス鍋一帯が閃光に包まれ、大爆発が巻き起こった。
●〆る(色々な意味で)
真っ当な芋煮を堪能した味噌派と醤油派の二組は合流。
今は味噌派が醤油派の元へお邪魔させて貰っている。
海や焔、悠人と威鈴、華澄と龍磨の姿が見えるが……何故か静矢だけ居ない。閃と零子も居るのだが。
ともあれRehniは〆に、残った鍋の汁にカレールー溶かしてうどんを投下。
「芋煮カレーうどんー♪」
跳ねない様に気をつけながら食べる。
「やっぱり〆はこれですよね、スピカ!」
「そうですね、やっぱりこれがないと」
Spicaが満面の笑みで答えた。……と言う訳で味噌派の皆にも振舞う。
「〆のカレーうどんが酒の後の胃袋に染み渡るぜぇ……」
哲はカレーうどんを啜りながら、宮城の地酒をぐいっと。お酒が飲めるメンバーと酌み交わす。
アルティミシア、アルフィミアも美味しそうにずるずる。
アルフィミアは少しお行儀が悪かったのでカレーの汁が跳ねてしまった。
「バトラー……ごめんなさい」
「いえいえ、この程度でしたら十分染み抜きは可能です。今日は楽しまれましたか?」
お嬢様姉妹に尋ねると二人は元気よく「うん!!」と答え、バトラーも笑顔に。
***
カオス鍋組――。
時間は少し巻き戻る。宮城風芋煮を堪能したラッコの着ぐるみ――静矢は、
『カオスとラオスはちょっと似ている』
などというホワイトボードを掲げながら小脇に鮭丸ごと一匹を抱え、それをプレゼントしにカオス鍋の方へ向かっていたのだが。
突如として大爆発が巻き起こり、ラッコの着ぐるみは爆風に吹き飛ばされお空の星になったそうな。
「キュゥー!?」
***
時は戻り、爆心地付近――。
カオス鍋組は全員が地に伏していた。勿論特にダメージが入った訳では無く全員無事なのだが……全員全身臭くて辛い汁塗れ。
そこでコソコソ匍匐前進で逃げ出そうとする影が一つ。だが――
「爆弾を混入させたのはあなたでしたか……」
ザジテンがその人物を呼び止める。彼から感じるのは明確な敵意!
そう、時限爆弾をカオス鍋に入れたのはとしおだった。……気が付けば全身が臭くて辛い汁塗れの全員に包囲されている!
「ゆ、許せ! 出来心だったんだ! 盛り上がるかなーって思って! てへぺろー☆ ……あれ? 許してくれないの? ごめんなさい! マジすいません! 許してください! ……アッー!」
としおは無事カオス鍋のメンバーからフルボッコにされたそうです。おしまい。