その日、ショッピングモールはいつもと違った喧騒に包まれていた。
笑い声や、買い物の計画をねる声ではない。悲鳴、怒号、慟哭。負の感情を含む声だ。
パトカーが多数止まりモールを封鎖、駐車場には救急車が。隊員が忙しそうに走り回っていた。
「エライことになっとるな」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が野戦病院と化した風景を眺めながら眉を寄せた。
「そんな表情しちゃって、内心は楽しくて仕方ないんだろ?」
浪風 悠人(
ja3452)に突っ込まれたゼロは、途端にニヤリと笑う。
「被害に遭った連中は気の毒やと思うけど、今回の作戦を考えるとどうしてもな」
東側の建物から正面突破という豪気な作戦。デビルを一刻でも早く倒すためという目的もあるが、この作戦が選ばれた大きな理由の一つにメンバーの性格もある。
突入前からテンションが上がっているのはゼロだけではない。彼らから少し離れた所にいる雪室 チルル(
ja0220)が突入を待ちきれないと飛び跳ねていた。
「うおー! やるぞー!」
両手を突き上げて空に向かって叫ぶ彼女の横で、落月 咲(
jb3943)もまたウキウキと、自身が持つ鎌を愛おしそうに撫でていた。
「うふふ、今回いるデビルさんの斬り心地はどうなんでしょうねえ?」
うっとりと。本当に楽しそうに言う咲を見て、チルルが『うおぉ?』と声を漏らす。
「よし、運が良いね」
黒井 明斗(
jb0525)がスマホを耳から離しながら微笑んだ。
「連絡が取れたの?」
その脇でRobin redbreast(
jb2203)が平坦な声を出しながら首を傾ける。
「ええ、雑音混じりですぐに切れましたが、作戦内容は中にいる小野君に伝えることが出来ました。協力してくれるようですよ」
「そう、勇敢だね」
「まったく」
「よう、そろそろ行くか?」
ゼロが明斗に声をかける。
彼が振り返ると、いつの間にかモールの正面玄関前に全員が集合していた。
「はい。中に入ったら細かい話をしている暇はありません、準備はいいですか?」
全員が力強く頷いた。どの顔も、早く突入させろといっている。
仲間の頼もしい顔に明斗は苦笑を浮かべると、モールの扉を睨み付けた。
「行きましょう!」
☆
人が退避し、静まりかえったモール内に突如破砕音が響き渡り、正面玄関の巨大な自動ドアが吹き飛んだ。
砕けたガラスの破片が日の光を反射させながら煌めき。ホールと、すぐ近くにいた人型ディアボロの上に振りそそぐ。
「壊す必要あった?」
「景気づけや!」
浪風の言葉に悪びれもせず答えたゼロは背中に羽を顕著させ、高々と飛び上がった。
他のメンバーもホール内に駆け込み、一目散に走り抜ける。
正面ホールには幾人かの人型ディアボロがいた。両腕をだらりと垂らし、病人のような足取りでホール内を彷徨っていたヤツらは、撃退士の姿を認めた途端爆発的な勢いで彼らに駆け寄る。
「させんわ!」
宙に浮かぶゼロの周囲に微細な氷の塊と黒色の風が浮かび上がるとディアボロの周りで吹き荒れ、その身体を切り刻む。
悲鳴を上げる間もない、ディアボロたちは絶命しその場に崩れ落ちる。
「あら? 間の悪い」
本来の作戦ではゼロが敵を引きつけその間に皆が駆け抜ける作戦だったのだが。おり悪く、Robinの進行方向を塞ぐように三人のディアボロがいる。
「邪魔だよ」
彼女の周りにある壁や床に氷が張り始める。彼女もまた冷気を放ち、進行方向にいるディアボロをあっという間に凍りづけにしてしまう。
「ふう」
もはやピクリとも動かないディアボロの横を走り抜けながら、Robinが興味なさそうに息を漏らした。
「うおお! あたいもやるー!」
「うちも、ウズウズしてきちゃいました」
「今はデビルのいるところまで突破するのが主目的ですよ、我慢してくださいね」
明斗に柔らかく釘をさされて、チルルと咲が同時に唇を尖らせた。
「ううう! 早く暴れたい!」
「あーん! 早く斬りたい!」
「ははは、頼もしいね」
全員がホールを抜けた瞬間、背後で音を立てながらシャッターが降り始めた。
「小野君、頑張ってるな」
☆
小野啓治は通話が終わった瞬間、大きく息を吐いた。
身を隠していた時に急にスマホが鳴りはじめ、飛び上がりながら画面を見てみるとそこには覚えのない番号。
おっかなびっくり通話を始めると、相手は黒井明斗と名乗る撃退士だった。
憧れの職業に就く人物から入った連絡にしどろもどろになりながらも、啓治は今の状況をつぶさに伝え、聞かされた今回の作戦にぶっ飛んだ。てっきり見つからないように隠れて侵入するのかと思いきや、正面突破するという。
それだけでも充分驚いた啓治だったが、驚愕はもう一度やってきた。
手伝ってほしいのだという。この作戦をより確実に、完全なものにするため、彼らが通り過ぎたあとで追っ手が来ないようにシャッターを操作して時間稼ぎをして欲しい。そう言われたのだ。
無理をする必要は無い、あくまで可能ならば、ということだ。
嬉しかった。憧れの相手に頼られるという高揚感が体中を駆け巡り、彼は考える間もなく即座に『やる』と返事していた。
運の良いことに、一緒に逃げていた人の中にモールの従業員がいたので、シャッターを操作する方法は教えてもらうことが出来た。従業員用の通路を使って一階まで降り、東館の端にある玄関近くまで行く必要があった。
彼は他のメンバーをそこに残し、すぐに出発した。
コンクリートむき出しのトンネルのような従業員通路は薄暗く静まりかえり、殺風景だ。まるでホラー映画のような状況に、啓治は人知れずにツバを飲み込んだ。
(大丈夫、出来る!)
頼ってくれたのだ、なんとかそれに応えたかった。
東館の端までは問題なくたどり着いた。歩いて移動しているだけなのに心臓は早鐘を打ち、呼吸は絶え絶え、手にも背中にもたっぷりと汗をかいていた。
正面には鋼鉄製の緑の扉がある。この先にある階段を降り、その先にある扉を開けばすぐ脇に制御室があるという。
扉を開いて階段ホールを確認。物音は無い、手すりから身を乗り出して階下を覗き込んだ。
(よし、誰もいない)
階段を駆け下りて、また扉の前に立つ。抜ければ制御室だ。扉をそっと開いて顔を覗かせると、そこは左右に広がる大きめのトンネルだった。
(やばい!)
すぐに扉の裏に身を隠す。
右手には確かに制御室に入るための白い扉があった。
しかし左側には生気の無い人型ディアボロが、ユラユラと歩いていた。
もう一度扉から顔を出して様子を伺うと、ディアボロはふらつきながら周囲を監視するように首を振っている。
制御室までたいした距離はない、ヤツが後ろを向いた瞬間に走れば。
息を殺してディアボロを監視する。右、左、右と首を振りながら、のっそり歩くディアボロ。いっこうに反対側を向く気配がない。
(早く、早く!)
こうしている内にも撃退士たちがやってくるかもしれない。
その時だ、建物を揺るがす爆発音が正面玄関の方角から聞こえてきた。
(なんだ!?)
しかし、驚いている暇はなかった。音につられてディアボロがこちらの背中を向けたのだ。啓治は階段ホールから飛び出し、制御室まで後ろも振り向かずに走る。
扉が目前に迫り、ドアノブに手を伸す。そのまま体当たりするような勢いで押しあけて、扉の裏側に体を滑り込ませた。
(バレてないよね?)
音を立てないようにそっと扉を動かし、やがて完全に閉じきった。
「……ふー」
やりきった。膝が震え、その場にへたり込みそうになったけど、まだだ。
ふらつきながら、横向きにならぶコンソールの前に立って様々なボタンとレバーを見る。
「あった」
三つ並ぶ緑色のボタンがあり、その下に『東館シャッター』と書いてあった。
顔を上げれば五つのモニターが立体的に並べられ、館内に設置されている監視カメラの映像を送って来ている。
そしてその映像の中で突風のように駆け抜ける六つの影があった。
「この人たちが撃退士……急がないと」
ぼんやりとしている暇はなかった、彼らは既に東館の半ばまでに達しているのだ。
啓治は手元に視線を落とし、一つ目のボタンを押下した。
☆
閉まるシャッターを見ながら明斗が薄く微笑んだ。
「啓治すげー!」
チルルも我が事のように喜んでいる。
シャッターが動いたことに一行はさらに弾みを付けてモールの中を駆け抜ける。
「ゼロ! そこだ!」
悠人がモール二階、右手を指さした。そこには額に三つの目を持つ巨大なトカゲがいた、壁にへばりつき、一向に粘着質な視線を向けている。
「おう!」
友人の声に素早く反応したゼロが、黄金の輝く銃をディアボロに向けて立て続けに二発発砲する。
両前足に二発の弾丸を受けたディアボロは、ヤスリ同士をこすり合わせるような悲鳴をあげると壁面から剥がれ、一階のホールにまで落下する。
「どんなもんや!」
「もう一体!」
左手にあった雑貨屋から、人型のディアボロが歩み出してきた。
「そっちはうちが! もう我慢できない!」
たまたま進路上にいた咲が、地面を蹴りつけて一気に加速。
ディアボロの横を通り抜けながら、大鎌で相手の胴を薙ぐ。
「ん〜、きもちいい〜……けど、もったいないなぁ」
名残惜しそうにまだ息のある人型ディアボロを見ながら、それでも作戦は作戦と咲はモール中央に向けてひた走る。
「よっしゃ! 後は俺に任せて――」
「うおおお! どっかーん!」
「はあ!?」
メンバーを先に行かせようとしたゼロの横を駆け抜けざまに、チルルがトカゲめがけて闘牛のように突進し相手を空中高く跳ね上げた。
「あいつ、我忘れとるやんけ」
呆気にとられるゼロの前で、トカゲが地面に叩きつけられ床に大きなヒビを描く。
「食らえ!」
悠人がアウルのエネルギーを爆発させ、ふらつく人型ディアボロをゼロの方へと吹き飛ばす。
「うお? 危ないやんけ!」
「悪い悪い!」
足下に飛んできたディアボロを避けながら文句を言うゼロに、悠人は爽やかに笑いながら片手を上げた。
「ホンマ、気ぃつけえや! ほなら」
「ああ、足止めとまいりますか」
「おう!」
立ち上がるディアボロ立ちを見ながら、ふたりは太い笑みを浮かべるのだった。
☆
「これが撃退士……僕の目指す道」
食い入るように監視カメラの映像を見ていた啓治が、誰に聞かせるでもなく言葉を漏らした。
デビルとディアボロを目の前に、一般市民は為す術も無く逃げ惑うしかなかった。にも関わらず、彼らはディアボロをあっという間に叩きつぶし、目で追うのが困難な速度でモールを走り抜けている。
ボタンに添えている啓治の腕が震えていた。
それは恐怖のためか、武者震いか。
☆
「なんだぁ! 派手な音がしたからどんな軍勢がきたのかと思ったら、たった四人かよ?」
中央部に設けられた小さなステージ。そこに腰を下ろし、両腕を組んだデビルが口元を歪めながら漏らした。
その傍らにはゲートが浮かび、虚ろな穴を撃退士たちに向けている。
「なめんじゃねえぞ!」
デビルが両腕を開き臨戦態勢を取る。
「先手必勝だよね」
そういうなりRobinの身体が闇の中に溶けるように消えた。
「ああ?」
「よそ見はだめだよ」
Robinの姿に気を足られた瞬間、明斗が数多の彗星を放つ。
デビルはその身体能力をもって雨のように降り注ぐそれを避けたが、完璧とは行かなかった、幾つかがその身体に穴を穿つ。
「クソが!」
「ふふふ、やっと思う存分斬ることが出来ますねぇ」
濃い紫色の闘気を纏う咲の横を、蒼色の弾丸が通り抜けた。
「くらえー!」
チルルだ、明斗の攻撃を避けて体勢を崩すデビルに、彼女の拳が深くめり込む。
「クズが!」
デビルの角が光りを帯びた瞬間。チルルは素早く飛び退いた。 次の瞬間、落雷に似た音が鳴り、視界を焼くような閃光が走った。
「避けろ!」
明斗が叫んだのはほぼ同時だ。
閃光が去ったあとには、焦げ臭い臭いが充満し デビルが睨み付ける先にある壁に大きな穴が空き煙を上げていた。
「とんでもない技だな」
苦々しげに言葉を漏らす明斗の袖口が煙を上げていた。咄嗟に身を躱したが、腕をデビルの攻撃がかすっていったのだ。
「どうだ……ぐお」
勝ち誇っていたデビルの腕に、光線が刺さった。
「油断は禁物だね」
感情のこもらない声で呟いたRobinの姿がまた闇に消えていく。
「クソ――」
「おっしゃあ! おまっとぉさん!」
ゼロの声がデビルの言葉をかき消した。
全員が視線を向ければ、しまりゆくシャッターを背景に微笑むゼロと悠人の姿があった。
「さて、一気に片付けようか」
その姿に目を向けていたデビルの身体に、またRobinと明斗の攻撃が突き刺さる。
「しゃらくせぇ!」
苦し紛れにデビルが光線を放つ。
「危ない!」
明斗がRobinを突き飛ばし身を捻る。
さらにたたみかける気か、デビルが明斗に角を向けた瞬間。悠人がアウルのエネルギーを放ち、チルルが弾丸の勢いで右腕をたたき込んだ。
「うちもいますよぉ?」
強烈な攻撃にデビルが身体をよじらせると、そのスキを見逃さず、咲が近づき。大鎌を振るって相手の左腕を切り飛ばした。
「ああ……素敵な感触」
「がああ!」
切り落とされた腕にいっさい気を向けず、デビルが残った腕に力を込めた。血管が浮かび、筋肉が盛り上がり、一番手近にいた咲めがけて砲弾のような拳が打ち出された。
巨大な岩であっても砕いてしまいそうなその一撃、だが。
「どかーん!」
チルルがその腕めがけて右ストレートを打ち出した、さらに――
「甘い!」「だめだって」
ゼロとRobinの放つ弾丸。
「させないよ」「残念だったね」
悠人と明斗の放つ攻撃が全てその右腕に集中。完全に勢いを殺されたその腕は、咲の眼前でピタリととまった。
「ふふふ〜残念でしたねぇ」
咲が鎌を振り上げて、デビルの右腕も切断。ホールの壁が震えるような絶叫が響き渡った。
「俺らをなめとるからそんな目にあうんや」
ゼロが銃をゲート向けると、蒼色に光り輝く銃弾を発射。
ゲートを粉々に吹き飛ばした。
☆
「俺も撃退士になれるかなあ」
全て終わったモールの駐車場。啓治は自信なさげに漏らした。
あっという間の撃退劇。自分にあんなマネが出来るとは思えなかった。
「何言ってるの、君ももう立派な撃退士だよ」
「え?」
微笑む明斗に、啓治は首を捻った。
「シャッターを閉じて、僕たちを助けてくれたろ? それに、現地に残された人々を避難させた。何も撃退士の仕事は敵を倒すだけじゃないんだ。人命救助は僕たちにとって欠かせない仕事の一つだよ。君は立派にやり遂げたんだ」
啓治の頭上に優しい手が置かれた。彼が視線を巡らせると、今回の作戦に参加したメンバー全員が優しい瞳を彼に向けていた。
「君と仕事が出来る日を、楽しみにしているよ」
「……うん!」
威勢の良い啓治の声が、青空の下で響き渡った。