「ちゃんと撮れてる? あたいの活躍見逃さないでよね!」
「自信たっぷりですね。天魔との戦いが怖くないんですか?」
「ふっふっふ。なんたってあたいはさいきょーだからね、怖くないよ!」
「なるほど〜やはり歴戦の経験がそうさせるんですか?」
「さいきょーだからね!」
「なるほど!」
「……会話成立してないだろあれ」
カメラに向かってピースサイン。元気よくインタビューに応える雪室 チルル(
ja0220)と彼女の前に立つ岡田 朋のやりとりに思わず突っ込みを入れてしまった薄氷 帝(
jc1947)。その声が聞こえたらしい朋が彼の許に歩き出し、カメラもついてきた。
「薄氷さんはど〜でしょう? 怖いと思ったことは? 何を思って戦うんです?」
「あ? いや、そうですね……月妃、パス」
と、隣にいた薄陽 月妃(
jc1996)の肩を掴んでカメラの前に引っ張り出した。
「薄氷さんは照れ屋なんですかね〜。それでは薄陽さんお願いします!」
「え? 私? ちょっとおにいちゃ〜ん……え、ええとですね。やっぱり怖さもありますけど、私たちがやらないと一般の人たちに被害が及びますし。頑張りますよ、よろしくお願いします」
急に話を振られて眼を丸くしながらおどおどする彼女を納めた後でカメラが横に向き、仏頂面の黒井 明斗(
jb0525)映し出す。
「薄陽さんと同じですよ、撃退士としての使命をこなすだけです。それでは僕は準備があるので」
「はいは〜い、それじゃあ次私ね私!」
固い声で言い放った明斗とカメラの間に川澄 文歌(
jb7507)が割って入り。慣れた動作でビシッとポーズを決めた。
「アイドル部部長川澄 文歌! 華麗にディアボロ退治しちゃいます! ファンクラブ会員募集中でーす、よろしくね!」
ズイッズイッとカメラに迫る文歌の姿に恐れをなしたように、カメラが慌てて横を向く。
「アレ? ボクですか? 藤井 雪彦です。よろしくお願いします……そうだね、ボクも黒井ちゃんと同じ。やれることをやるだけさ」
カメラの逃亡先にいた藤井 雪彦(
jb4731)が柔和に微笑んで頭を下げた。その姿を納めたカメラがまた横に向いて、朋を映した。
「は〜い、ありがとうございます。今回取材させていただく撃退士の皆さんでした! はくしゅ〜。 いったい、どんな活躍を見せてくれるのでしょうか!」
花柄のブラウスに黒っぽいデニムのショートパンツに赤いジャケット。季節の割に寒そうな格好をした彼女はバチッと音が鳴りそうなウィンクをカメラに放つ。
「戦いの舞台になるのは二体のディアボロが出たという、こちらの鉄工所です!」
「カット! カメラのバッテリー替えます」
責任者の声が響き総勢五名のスタッフたちが車に積んだ機材を下ろしている。その様子を眺めている朋の横に雪彦がそっと立った。
「本当についてくるの? 危険なんだよ? ……下手をしたら命も」
「大丈夫で〜す! こう見えて運動は得意なんですよ? それに、今回のお仕事はでっかいチャンスなんです!」
得意技なのか、またもバチンとウィンク。カメラがまわっていようといまいと、彼女は至極明るい、というか軽い。
「そこまで言うなら……でも、危険だと判断されたらちゃんと避難してください。あなたに何かあったら作品を楽しみにしている人も悲しむんだからね?」
「朋ちゃん了解です!」
敬礼のまねをする朋を見て『本当に分かっているんだろうか?』と、頭を抱えたくなる雪彦であった。
☆
作業員が避難した時のままなのか、鉄工所の正面にある鉄製の巨大な引き戸は開け放たれたままにされていた。
バッテリー交換が終わったカメラの前で朋がその扉の脇に立ち、ポーズをとる。
「はいは〜い。いよいよ中に入りたいと思います……おや? 川澄さんそれは〜?」
装備を確認していた文歌が持つ符をめざとく見つけた朋が、興味深げに尋ねる。
「これは阻霊符といって、天魔の透過能力を無効にする道具です」
「へー、便利ですねぇ」
のんきに呟いた朋は文歌から符を借りると、しげしげ眺めた後で力をいれて引っ張り始めた。
「わ−!? そんなにしちゃダメですよ」
文歌は慌てて朋から符を取り戻す。
「ダメなんですか?」
「……ダメなんです」
キョトンと符を指さす朋。文歌はそっとその指を掴んで、符から引き離すのだった。
そんなやりとりの後、準備を終えた一行は鉄工所の中に脚を踏み入れた。
先頭はチルルと明斗。そして二人からやや離れたところでテレビクルーと護衛の撃退士たちが音を立てないよう進んでいた。しかし、矢庭に朋が小走で明斗に走り寄ってしまう。
止める暇も、声をかける暇もあったものではない。
「こういう時のセオリーってあるんですか?」
いきなり声をかけられた明斗が、ギョッとしながら振り返った。
「何してるんですか。危険ですから、離れて護衛の人たちと一緒にいてください」
「あ〜ん」
朋は背中を押されて、追いついてきた護衛部隊へと戻されてしまう。
「……怒られちゃいました」
「当然だろ、今度やったらこいつをけしかけるぞ?」
帝の足下にヒリュウがいた、追いかける直前に呼び出したのだ。小さな鳴き声を上げながら尻尾で朋の脚を叩いている。
「やだ〜可愛い。なんですかこの子?」
帝の叱咤などどこ吹く風、朋は瞳を輝かせてヒリュウを抱き上げる。
「や〜、ふにふにフワフワ。この子もらってもいいですか?」
「抱き上げるな大きな声を出すなもらっていいわけないだろ」
一息で言ってのけながら、帝が朋の腕の中からヒリュウを奪い返す。
「大人しくしてろ」
「は〜い」
朋は頬を膨らませながら周囲を見渡すと、隣で敵の気配を窺う月妃の顔をのぞき込んだ。
「薄陽さんは、薄氷さんのことをお兄ちゃんと呼んでますけど。本当の兄妹ではないですよね?」
「え? あ、はい?」
急に話しかけられたせいで混乱した薄陽は、よくよく質問を思い返してから朋を見る。
「親戚の、尊敬するお兄ちゃんなんですよ」
「あらららら、ひょっとして……?」
両手でハートマークを作り上げる朋を見て、月妃の顔がニヤリと溶けた。
「やだ、もう」
パシンと朋の肩を軽めに叩くが、そこは撃退士。思いの外大きな音がなって全員の視線が集中し、月妃は首をすくめた。
「あたた……なるほどなるほど」
その時だ。先頭を行く明斗が何かに気付き、チルルの横にある巨大な機械を指さした。チルルはそのジェスチャーにいち早く反応し、その機械に背中を預けるように動く。
「おっと? 何か変化があったようです……あれ?」
すぐさま駆けつけようとする朋の肩を雪彦が掴んでいる。
「ダメですよ、ここは大人しくしていてください」
「……はーい」
口調は柔らかく、しかし有無を言わせぬその物言いに、朋はまた頬を膨らませる。
朋を監視しながら、後衛組が前衛に追いつくと、明斗がジェスチャーで『声を出すな、向こう側を見てみろ』示した。それに従い全員が交代で機械の反対側をのぞき込む。
「あ……」
最後に覗きこんだ朋の口を明斗が素早く手で封じて自分の近くに引っ張り込み、もう一度機械の向こう側に首を伸す。
(気付かれてはいないようだな)
ターゲットのディアボロ二体がそこにいた。ふらふらと身体を揺らしながら機械のない空間でケージの中の動物のように歩き回り、巨大な単眼をギョロつかせている。まるで毛のない猿だ。
(奇襲をかけるなら今だな)
明斗が振り返り頷いてみせると、全員が同じように頷き返して武器を取り出す。それを確認した明斗は指を三本立て、一定のリズムで一本ずつ折り曲げていく。
(三……二……一)
最後の指が折り曲げられるその瞬間、『ガッシャーン』と耳を塞ぎたくなるような金属音が周囲に響いた。
近くにいるディアボロがその音に気付かないわけがない。恐ろしい勢いでこちらを向いたディアボロたちは次の瞬間、超人的な跳躍力で周囲にある機械の影に隠れてしまう。
「あ〜……ごめんなさ〜い」
朋が『テヘッ』と言わんばかりに舌を突き出した。そんな彼女の足下には大きな金属製の工具箱、これを蹴飛ばしたのだ。
「気付かなくて〜失敗、失敗」
「さがって!」
後衛組は明斗の言葉に従い、朋たちを連行して機械から離れた。
「雪室さん?」
「こっちはいないよ!」
前衛二人はさっきまで敵がいた所に踏み込んだが、奴らの気配は完全に消えていた。足音もない。
「……こっち!」
目前にある巨大な機械の上でこちらを睨み付ける巨大な目玉に、月妃がいち早く気付いた。
黄色く変色した乱杭歯を剥き出しながら、小さな声で『キィ』と鳴いた巨眼ディアボロは地面に飛び降りるなりスプリンターが度肝を抜かれるスピードで正面にいる朋めがけて走り出す。
「させない。食らえ髪芝居!」
ディアボロの前に文歌が立ちはだかったその瞬間ディアボロは見た。彼女の髪が逆立ち、己に向かって伸びてくるのを。
身の危険を感じたディアボロは大きく飛び退く。
しかし逃げたディアボロの足が地面に付いたその時。床から光の鎖が伸びてディアボロの身体に巻き付く。
「逃がさない!」
ディアボロの身体を拘束する光鎖は明斗の手から伸びていた。地面をヘビのようにうねるその鎖が、ディアボロの身体を締め上げていく。
「そのまま縛っててね」
明るい声を出す雪彦が掌をかざした瞬間、『ヒュン』という甲高い音と共にディアボロの身体に無数の深い切傷が走り、鮮血を吹き上げさせる。
ディアボロは『ヒュー』と小さな声を出すと地面に倒れ、二度と動かなかった。
「もう一体が来るよ!」
チルルが指さすのは一団の真後ろ。
「不意打ちのつもりか!」
「食らいなさい!」
帝のヒリュウと、月妃のアイスウィップが同時に敵に襲いかかるが、相手は横に飛んでそれをかわすと、手近にあった機械の後ろに隠れてしまう。追撃で放たれた雪彦の風魔法はその機体に弾かれて表面に傷を作っただけだった。ディアボロはそのまま走り抜けて機械の反対側から顔を出すと、こちらを睨み付けながら威嚇の声をあげている。
「流石に速いですね」
雪彦が洩らした時、文歌が一歩踏み出した。胸元に手を当てて大きく息を吸い込むと。
「みんなに届け HappySong♪」
歌声に合わせてステップを踏み、踊り出す彼女。それに従い彼女のアウルが高まり身体が輝きだすと、それに呼応するように朋たちテレビスタッフの身体も光り出す。
「アウルの鎧です。それが皆さんの身を守ってくれますので」
朋たちに告げた後、文歌は一際大きな声で歌い、踊り出した。彼女独自のアウル制御方なのだが、今回は思わぬところに効果が現れた。
「おおお! テンション上がってきた−!」
軽快な曲に触発されたチルルが大声を張り上げながら走り出した、その速度ときたらディアボロにも負けていない。機械の裏側に逃げ込んだ相手にあっという間に肉薄する。
「くらえ!」
チルルが力一杯に両手剣を振り下ろすと。光が地面に氷の道筋を残しながら走り、ターゲットに触れるや嫌な炸裂して、その身体を吹き飛ばした。
チルルは剣を納めて更に加速すると、吹き飛んでいくディアボロを追いかけながら両手を握り合わせた。
「いけぇぇぇ!」
集中したアウルが氷で出来た透明な突剣を作り上げると、彼女は突進の勢いを利用しながら両手を突き上げ、氷剣でディアボロの身体を貫き通して命を奪った。
チルルは両足を踏ん張ってブレーキをかけると、素早くカメラに向かってピースサイン。離れた所で床に叩きつけられる敵を背景に。
「あたいさいきょー!」
と、勝ちどきを上げたのだった。
「すご〜い! あんなに怖いディアボロを、あっという間にやっつけちゃいました!」
静かになった工場の中で、興奮が冷めない朋の声が少しの間響き続けるのだった。
☆
「いや〜おかげで良い勉強が出来ました〜」
語尾にハートマークでも付いていそうな声で言いながら、朋は撃退士たちの手を取っては上下に激しく振っている。途中で文歌にサインをねだられ、それに快く応えると。最後に帝の手を掴んで振り回し、また敬礼のまねごとをみせた。
「今回は本当にありがとうございました。おつかれさまでした〜」
「ちょっと待て」
帝に呼び止められた朋は、キョトンとした表情で彼を見た。
「なんでしょうか?」
「あんたいったい何者だ?」
「……どういうことでしょう?」
今までの明るい声が嘘のように、朋の声が低くなった。
「俺らみたいな撃退士嫌ってる連中が多い中、撃退士をテーマにしたドラマって言うのがどうにも腑に落ちなくてね、月妃に調べさせた」
帝の隣にいた月妃が、満面の笑みをもって一歩踏み出した。
「局に問い合わせました。そんな番組の企画はありませんでしたし、岡田朋なるタレントも知らないとのことです。スタッフの方々も同様です」
思わぬ事態に撃退士たちの間に緊張が走り、全員が身構えた。
「よくやった月妃。依頼途中で何か分かるかと泳がせたんだが」
「へへへ〜」
月妃は心底嬉しそうに表情を崩した後で、朋を指さした。
「目的はいったいなんですか?」
朋がニコリと笑みを浮かべ、ジャケットのポケットから小さな玉を取り出して見せた。
全員が朋の行動に『?』マークを浮かべた瞬間、彼女はそれを地面に叩きつける。
途端に巻き上がる濃い煙幕。一瞬で視界を潰された撃退士たちの耳に車が急発進する音が聞こえ、彼らは朋たちに逃げられた事を悟ったのだった。
☆
後日、依頼を受けた撃退士たちが教室に集められた。彼らを迎えたのは、あのときの受付嬢に長身の男、そして。
「あ、お前! なんでここに!」
帝が指さした先に、あの日と同じ服装でいたずらっぽく笑う朋がいた。
「さて今回はお疲れ様、まあ座ってくれ。実は今回の依頼だが――」
席につく撃退士たちに向かって男が語り始めた。その内容を聞いた瞬間、撃退士全員が机に突っ伏す。
「マジで? まあ、誰も怪我しなかったしいいんだけどさ……」
椅子の上でぐったりしながら洩らす雪彦をみて、朋がケタケタと笑った。
「ゴメンねー。私はこの人の後輩で元撃退士なのよ、スタッフ役の奴らもね」
「そういうことだ。今は舞台役者をやっている、演技力は確かだったろ? まあ、そう気を落とすな。ディアボロ退治の依頼は本物だ、報酬もちゃんとでる」
そんな教師の言葉は全員の耳を素通りしていた。
「あたいのテレビデビュー……」
「せっかくファンクラブを売り込んだのに……」
思惑が外れたことにがっくりと肩を落とす者。明斗や雪彦のように、完全に騙された事にショックを受ける者。
帝は怒りに震え、月妃は険しくなっている帝の横顔をウットリと眺めている。
「いやあ、でも今回は楽しかったなぁ。舞台の世界に憧れて引退したんだけど、昔を思い出しちゃった。現役復帰しようかな? そうしたらチーム組んでくれる?」
「絶対にお断りだ!」
朋の言葉に、帝は絶叫をもって応えたのだった。