「ああ、噂になってるサンタ姿の泥棒かあ。うちの方では見てないねえ」
寒風吹きすさぶ冬の街。
質問に応えたパン屋の主人は眉を寄せていた。
『なんだこいつら?』
主人は心の中で首を捻る。
「どうかいたしましたか?」
「い、いや。なんでもない」
慌てて首を振った主人は、またまじまじとふたり組の片割れを見た。
『……ねこ?』
また心の中で首を捻る。
どうみても猫だ。それも主人が軽く見上げねばならないほどの巨大な猫。後ろ足で直立し、おまけに頭の上にはトナカイの角を模したカチューシャをしている。
「仕方ねえ、次だな」
その猫の横で声を上げた男を見て、店主はまた眉を寄せた。
『……さんた?』
真っ赤なサンタ衣装に身を包んだ金髪の男が、猫の横で肩をすくめている。その目元は衣装に不釣り合いなサングラスで隠れていた。
「そうですね、調べるところはまだたくさんあります。急ぎましょう」
「邪魔したな」
「……どういたしまして」
店主に背中をみせたふたり組。
カーディス=キャットフィールド(
ja7927)とミハイル・エッカート(
jb0544)は素早く次の目的地へと歩き出した。
「なんなんだ、あのふたりは?」
呆気にとられたパン屋の主人をその場に残して。
☆
「はいよー、了解」
スマホをポケットにねじ込みながら、逢見仙也(
jc1616)ため息をついた。
「どうです?」
静かな声に仙也は振り向き、首を振ってみせた。
「ニャンコちゃん、凶悪サンタコンビは今のところ収穫なしだってさ。あの見た目じゃあ相手が警戒しちゃって情報集められないんじゃない?」
『なんてね』と笑う仙也に雫(
ja1894)は小さく『そう』と応えたっきり、前方にある店舗に視線を移してしまった。
その素っ気なさに、仙也の笑顔が苦笑いに変わる。
『ちょーっぴり調子狂うよね』
ふたりがいるのは、過去にデビルが襲ったケーキ屋さんだ。人的被害こそでていないが、正面のガラス戸と、その正面にあるケーキを並べるためのガラスケースは見るも無惨に破壊されていた。
「何かあった?」
「いえ」
子供たちが攫われた先を探し当てるヒントでもないかと、過去にデビルが襲った店舗を調べ始めたふたり、この店で都合三件目だがめぼしい物は見当たらなかった。
「方針変更した方がいいのかね? どう思う雫ちゃん?」
頭の後ろで両手を組んだ仙也が訊ねたが、雫はそれに応えずガラス片が飛び散っている店舗内でチャリチャリと音を立てながらゆっくり歩いていく。
「……これ」
不意にしゃがみ込んだ雫が何かを拾い上げ、仙也に向けて指先でつまんだ物をみせた。
「何それ? ケーキの材料?」
つまみ上げたのは小さな彼女の指先にも満たない、茶色の塊だ。仙也の言う通りケーキのの飾りにも見える。
「いえ、これはツノハシバミの実です」
「なにそれ?」
「野草の一種です。一般的には山中などに生え、この実は食用出来ます。ヘーゼルナッツの近縁種ですがケーキに使うとは思えません」
思わぬ雫の知識に、仙也は小さく口笛を吹いた。
「普通ケーキ屋さんにあるものではない、ということは?」
「何者かの身体に付着してここにきたのでしょう」
「デビルか、はたまた他の誰か」
「まずはお店の関係者でこれが身体に付着する可能性がある方から調べましょう」
いうなり雫は歩き出した。
「一歩前進かな?」
☆
「お世話様」
矢野 古代(
jb1679)はスーパーの店員に礼を言って分かれると。大儀そうに首を鳴らした。
「ふむ。あまり身を隠すことは考えてないのか?」
ダメ元覚悟で開始した目撃情報集めだが、意外なほど大量に集まった。
そのどれもが髭に赤い衣装を纏う太った老人という、いわゆるステレオタイプのサンタクロースが店舗を襲い、背負っていた巨大な袋に商品を詰めて飛び去ったということだ。
時間帯は昼夜を問わず。襲われた店の特徴と言えば。
「お菓子にケーキに……後はおもちゃ屋か。なんとも子供が喜びそうなラインナップだな。何のつもりだ?」
子供を攫い、さらに子供が喜びそうな物を盗む。その目的は一体何なのか。
「……まさかね?」
首を振って脳裏に浮かんだ考えを追い出すと、古代は再び情報収集のために歩き出した。
☆
「やはり」
雫は自分の持っているスマホを仙也にみせた。画面内にはツノハシバミで画像検索した結果が出ている、それは確かに彼女が持っている物と同一だった。
あの後すぐにケーキ屋で勤める人間に連絡を取ったが、その誰もがここ数日山に行った事はないし、また店で使う食材の類いでないことも確認した。
「なるほどねえ」
ふたりは一度情報を整理するために近場のオープンカフェを訪れていた。
仙也はテーブルの上に地図を広げ、興味深そうな声を上げ雫の視線を促した。
「なにか?」
「いやこれ見てよ。これが例のサンタに襲われた店」
仙也が持っていたマーカーを使って地図に丸を書き込んでいく。その位置はバラバラで一見するとなんの法則性もなかった。
雫は眉を寄せて仙也の顔を見る。
「待ってって。でさあ、ココなんだけど」
仙也が街の左脇にある山の頂上に丸を付けた。
「店の人間がツノハシバミを持ち込んだんじゃないとすると、それ以外であそこを訪れたヤツが持ってきたって事でしょ? で、付着したとしたらこの山が確率高いよね」
仙也が山の頂上から一番最初にサンタの被害を受けたお菓子屋に向かって線を引く。
「このおもちゃ屋が二番目で、さっきのケーキ屋は三番目」
次々と山を中心に襲われた店を繋いで行く。線はまず地図の北側に向かって引かれ、そしてだんだん放射状に南下していく。
「こいつだんだん南下しながら一直線に進んで、一番近いおもちゃ屋とかお菓子屋を狙ってると思わない?」
雫もスマホのマップを呼び出して検索してみる。確かに仙也の言う通り、襲われた店は山から直線距離で一番近い場所にある。
「で、このまま南下していくとしたら……次はココかな?」
仙也は最後に引いた線の南側に視線を這わせると、一件の店を指さした。
「なるほど」
雫は素早く立ち上がり、仙也をその場に残してすたすたと歩き出してしまう。
「あ、ちょっと待ってよ。まだ頼んだ物が来てない」
呼び止める仙也だったが、雫は振り向くことさえもせずにあっという間に人混みの中に紛れてしまった。
「……あれ? ひょっとしてココ俺が払うの?」
軽く頬を引きつらせた仙也はため息をもらしながらスマホを取り出し、街に散らばった仲間に連絡を取り始めた。
☆
「こいつは……」
「困りましたね」
背の高い建物が並ぶ繁華街の探索を続けていたカーディスとミハエルは、自分たちの背後を振り返って苦い表情を浮かべた。
彼らの後ろにはちょっとした行列が出来あがっていた。
その全てが小さな子供たち。
なにせトナカイの角を付けた猫とサンタの仮装。人目を引かないわけがない。めざとく彼らを見つけた子供たちが集まり始め、ちょっとしたパレードのようになり。道の脇で彼らを眺める大人たちは、ほほえましいと柔らかい笑みを浮かべている。
「探索どころじゃねえぞ……と?」
「どうしました?」
ミハイルは唐突に懐へと手を伸すとスマホを取り出し、操作し始めた。
「仙也から連絡だ。ちょうど俺たちが向かっている先に、次に狙われそうな店があるらしい」
「なにか手がかりを掴んだようですね?」
『らしいな』とスマホを懐に戻したミハイルはまた背後を盗み見た。
「このままじゃマズいな。仕方ねえ」
ミハイルが勢いよく振り返ると、ついてきた子供たちが一瞬身体をびくつかせたが次の瞬間には何事かと瞳を輝かせながら彼を見返してきた。
「こいつと遊んできな!」
ミハイルの足許に目も眩むような光が走ったかと思うと、一抱えほどの毛玉が彼の前に現れた。つぶらな瞳に小さなツノ、まるで犬のような見た目の生き物だった。
「子供たちを頼む!」
ミハイルの言葉にしたがってケセランが動き出すと、その動きにつられるように子供たちの視線が動き、やがてその後を追いかけ始めた。
「今だ」
「はい」
子供の注意が逸れた瞬間、ふたりの撃退士たちは全力で走り出したのだった。
☆
「南側ね」
古代は送られてきたメールを読み終えた後でひとりごちた。
ちょうど攫われた少年宅の周囲は探索を終え繁華街の方まででたところだ。足を伸ばしてもいいだろう。
「向かってみるか……ん?」
方向を変えた古代の瞳が、空を行く影を捉えた。
一瞬鳥か何かかと思ったが、明らかにシルエットが違う。
「正解のようだ逢見さん」
古代は笑みを浮かべると、空を飛ぶソリの後を追いかけながらスマホを取り出して操作し始めた。
「……これで連絡は良し。向こうはこっちに気付いていないみたいだし、降りる先まであとをつけさせてもらおうか」
見失わないようにと尋常の人間にはとても出せない速度で走り出した古代。とんでもない速度で風景が後ろに流れ、強い風が彼の髪を撫でる。
距離にして数キロがあっという間に過ぎ去ったとき、古代がさしかかった十字路の右側からふたつの人影が飛び出して彼の横に並んだ。
「おっと?! カーディスさん、ミハイルさん!?」
「え? おや矢野さん!」
「なんだってこんな所に?」
「え? あんたたちもアレをおってきたんだろう?」
お互いに目を丸くしあう三人。古代が指さした先を見たカーディス、ミハイルの両名は更に目を丸くした。
「いや、私たちはちょっと……」
「別の理由があってな」
苦い顔をするふたりを見て首を傾げた古代が視線を前方に戻すと、ソリが徐々に高度を下げ、ビルの影へと消えていくところだった。
「いけませんね、このままでは見失ってしまいます」
「急ごう」
カーディスの言葉に古代が応えると三人はうなずき合い、更に速度を上げた。
☆
「あれ? 雫ちゃんもこっちに来たの?」
「ええ」
登山道の入り口で仙也に声をかけられた雫は小さく頷いた。
最初はあたりの付けた見せに行こうかと思ったが、仲間からデビル発見の報が入ったので行き先を変えたのだ。とりあえずデビルへの対処は任せて今のうちに子供たちを探そうと考えついたのだ。
「さて、どこから探したもんか。その木の実ってヒントにならない?」
雫が首を振ると『そっかあ』と仙也が肩を落とす。
「雨風を凌げるところ」
「山小屋とか洞窟ってこと?」
雫は頷いた。
「なるほどね、それじゃあ行くか。皆にも連絡しておかないとね」
ふたりはそろって登山道へと足を踏み入れた。
☆
「逢見さんのよみ通りですね」
カーディス、ミハイル、古代の三人はデビルの後を追いながら近づいてくる山を見て頷きあった。
デビルを目撃したのはよいが、流石に空を飛んでいる相手に追いつくのは至難の業だった。彼らが現場に到着したときすでにデビルは襲撃を終えており、再び空に舞い上がるところだった。
彼らは再び追跡を開始し、山の付近までやってきたのだ。
そしてそのまま彼らは入山。伸びる木々の隙間から見えるデビルを見失わないように追跡を続ける。
「流石にキツいな」
思わずミハイルが愚痴る。
いかに撃退士とはいえ舗装されていない山道では多少速度が落ちる。
「降りていくぞ」
古代が指さした先、ソリの高度が下がっていく。
「どうやら近くみたいですね、気付かれないように気を付けましょう」
カーディスはそう言うとソリがとんでいった方向へ進路を変え、登山道を外れて木々に囲まれた茂みへと分け入った。
そんな彼に続いてふたりも茂みへと足を踏み入れる。
そのままどれほど進んだだろうか、急に木々がなくなって視界が広がると、目の前にそり立つ断崖が現れた。その中央にポッカリ空いた洞窟を見た瞬間、三人は素早く茂みの中へと姿を隠した。
「あそこですかね?」
その時だ、三人は背後の気配を感じて臨戦態勢を取りながら素早く振り返った。
「ごめんごめん、脅かした?」
そこにいたの仙也と雫だった。仙也はニヤリと笑うと三人の横に並んで座った。
「登山道歩いてたら、飛んでくるヤツが見えたからさ。追いかけてきたら皆がいたってわけ」
「静かに」
得意げな仙也の横で雫が小さく、しかし鋭くいった。
洞窟からサンタが出てきたからだ。
「ビンゴみたいだな」
ミハイルも口元に笑みを浮かべる。
「気付かれたというわけでは、ないみたいだな。またどこかに行くつもりか」
古代の言葉を肯定するように、サンタの乗ったソリが空に浮かび再びどこかへと飛び去っていった。
「今のうちですね、子供たちを助けましょう」
カーディスを先頭に一同は洞窟へと足を踏み入れた。
奥行きはそれほど無く、明らかに人工的な光が奥の方を照らしている。
やがて一同は洞窟の奥で座り込む子供たちを発見した。
☆
撃退士たちはすぐに子供たちを連れて洞窟の外へと出ることができた。
説得に手間取ることはなかった、際限なく与えられるお菓子やおもちゃは確かに彼らを虜にしていたが、そこはやはりまだ子供、親が恋しく『皆心配して待ってる』という言葉を聞いた瞬間、半分泣きながら差しのばされた撃退士たちの手を取った。
このまま子供たちを避難させればとりあえず任務は完了、と思ったときだ。
「何をしている!」
叩きつけるような声が飛んだ。全員の視線がそちらに向くと、ソリから飛び降りたサンタがこちらに向かってくるところだった。
次の瞬間、サンタの輪郭が歪み肌にぴったりと貼り付くような衣装を着た褐色の肌を持つ少年の姿になった。
しかし、怒りに満ちたデビルの瞳はカーディスを見た瞬間光り輝いた。
「にゃんこ!?」
少年の右手がいきなり鞭のように伸び、カーディスの身体に巻き付くと一気に引き寄せた。
「あいだだだだだ!?」
思わず悲鳴を上げるカーディス。殺気や敵意の籠もった攻撃なら気配をよんで避けることもできるが、その行動にはそういうものが一切無く、まったく反応できなかった。
「もふもふ〜!」
嬉しそうにカーディスを撫でるデビル。その光景を呆気にとられた表情で撃退士たちは眺めた。
「なるほど。アレはただの子供だ」
「あだだだだだ! 見てないで助けてください!」
古代の言葉に頷く一同の前でカーディスの悲鳴が響き続けた。
☆
やがて解放されたカーディスはぐったり地面に横たわり。
デビルへの軽い質問が行われた。
彼の罪は破壊に盗難、誘拐。となかなかのものであったが、その目的は人間界で初めて見たクリスマスに心浮かれ自身も遊びたかったということであったらしい。
人を傷つけてはいないと言うことから、彼の身は学園預かりと言うことになった。
学園に来れば仲間もいる、思う存分遊べるぞという説得に彼は喜びをその顔いっぱいに浮かべて『うん!』と二つ返事で応じ、『私は傷ついたと思うんですが? これは人的被害ではないのですか?』というカーディスの言葉が事件を締めくくった。