●ブリーフィング
田畑や庭は草が伸び放題になっていた。
家屋もかなり傷んでいる。
人の手が入っていないというだけでこうも様変わりするものかと、撃退士たちの心に少し寂しいものがよぎっていく。
「ミノタウロスが見当たらないですね。てっきり外に居るものだと思っていたのですが」
感慨を振り払い、Cecil=Rashade(
jb1865)が違うことを口にする。
「……ということは家の中に居るのかな? それともこのエリアには居ないのかな?」
高峰 彩香(
ja5000)がきょろきょろと辺りを見渡す。
ミノタウロスどころか、骸骨兵士の姿すら見当たらない。
数は少ないと事前に聞いていたが、これなら潜んでいたとしてもそう多くは居ないだろう。
「うーむ、支配領域から攻められず、逆にはぐれでも魔の者が居る‥ここは天魔の緩衝地帯になってるって事か…?」
口にして、物見 岳士(
ja0823)はすぐさま首を横に振って自らの考えを否定する。
「いや、ここは天使の支配領域のすぐ近くだ‥そんなことはありえない」
だとすればシャドウストーカーはどうしてこんなところに居るのか?
偶然なのか?
それとも何か狙いがあるのか?
……考えても答えは出ない。
「ともあれ、住民の期待に応えるためにも頑張りましょうか」
「そうですね」
相槌を打ったのは、アーレイ・バーグ(
ja0276)。
「さて、敵の殲滅がお仕事ですねーどうしますか?」
作戦確認のため、続けて仲間に問いかる。
「そうだな。正規軍相手の対人索敵戦闘はやったことあるが、化け物相手の戦闘か。面白いといえば面白いが…早めに終わらせたいものだ」
「でも、急がば回れ、と言いますし…慎重に、確実に行きましょう…です」
緑川 安則(
jb1887)が率直な感想を述べ、水葉さくら(
ja9860)がおどおどしながら逆のことを口にする。
「さくら様の言う通りですね」
今回のメンバーには回復ができる者がいない。
うかつな行動は直ぐに作戦継続の障害になってしまう。
「解っているとは思いますが、前には出ないで下さいね。職業的にサーヴァントとは相性が悪いですから」
念のため、アーレイが二人のナイトウォーカー――炎宇(
jb1189)と、安則に釘を刺しておく。
二人とも異論があるわけでもなく、肯定して即席の作戦会議は終了。
「ふぅ…」
「どうしたの? ちょっと暗いよ」
重い息を吐き出した炎宇に、アリシア・ミッシェル(
jb1908)が明るい声で問いかけた。
「うまい話ってのはそれ相応の苦労もついて回る…ってのは常識だが、実際にバケモン相手に戦うのは初めてなのでな、オジさんも若干緊張している」
「大丈夫大丈夫、何とかなるよ! 私がぶった斬ってあげるからね」
「そうか…年端もゆかぬ子に先陣を任せるのは良心が咎めるが…負担になるのなら、そうしよう」
笑顔と苦笑。
次いで仲間の呼ぶ声に、炎宇と、アリシアも行動に移った。
●エンゲージ
「一軒目はクリア。次いで二軒目に入る」
安則がインカムで連絡を取っている間に、彩香が足音を極力消して家の中に入っていく。
次いでバックアップのCecil、そして岳士が祖霊陣を発動させながら侵入。
最後に、安則が家の外部を再確認して中へ。
すると彩香が手を広げて仲間を留めていた。この居間から伸びる廊下に何か居るようだ。
全員が止まったのを見て、彩香がクロスファイアに換装。
この間に他の三人も、素早く周囲を見ている。
周りに敵が居ないのを確認して、銃声が鳴った。
「……来るよ!」
警告。
次いで、飛び出してきた骸骨兵士に攻撃が殺到する。
銃弾に扇、大剣と続き、一巡したときにはもう骸骨兵士は崩れ落ちていた。
倒してからも戦闘音を聞きつけて新手が来ないか、警戒を密にする。
「近づいてくるものはいないようです」
Cecilの意見に他の三人も同意。
「効率良く、確実に倒していくようにしないとね」
「そうですね。見落とさないように注意していきましょう」
彩香が再び先頭に立って、岳士も祖霊陣が発動しているの確認して後に続く。
「敵勢力確認。状況を開始する」
最後に、安則が連絡を入れて1班は家屋探索を再開させた。
連絡を受けた2班も探索の真っ最中であった。
「誰かいますか〜…?」
さくらが押入れを開けて中を確認。
「おーにさーんこーちらー、てーのなーるほーへー」
カーテンの近くでは、アリシアが楽しげに歌いながら敵を探している。
1班とは違い、こちらは賑やかだ。
敵を誘い出そうという目論見であり、音に関してはむしろ余計に出している。
「どうやらこの家にも居ないようですね」
「そのようだ。まあ、居ない方が楽でいいが」
アーレイが1班に連絡を取り、炎宇が地図にチェックを入れる。
これで二軒目もクリア。
「誰かいますか〜…?」
「って、さすがにそこには居ないよ!」
後ろでは冷蔵庫を開けたさくらに、アリシアがツッコミを入れていたりするが……まあ、クリアはクリアだ。
そして、外に出て1班を少し待ち、班同士の連携を保ったまま三軒目へと向かう。
「お邪魔します…」
ここも玄関のドアが破壊されていた。
「誰もいなくても、人間の泥棒さんが来る心配はないんですけれど……えっ?!」
入った途端に、さくらの目に砕け散った白骨が飛び込んできた。
「うん、どうしたの? ……あっ?!」
続けて入った、アリシアも同じ反応を示した。
アーレイと、炎宇も顔をしかめる。
事前に聞いた話ではサーバントがくる前に住民は避難したらしい。
ならば、これは骸骨兵士の成れの果てなのか?
警戒レベルを更に引き上げて、2班の面々はゆっくりと奥へ進む。
居間はクリア、風呂場もクリア、二階を確認しようと廊下に出たところで、深い闇が階段のところに見えた。
「…居ました…たぶん、シャドウストーカーです」
さくらがリブラシールドを構えて後退る。
「……面倒なのが来ましたね。このまま屋外に誘導しますよ」
いつでも魔法を使えるようにして、アーレイも視線を逸らすことなく後ろへ下がる。
――ボキッ
後ろから、より正しくは家に侵入した玄関の辺りから木の折れたような音がした。
「…ちっ、挟まれたか」
舌を打つ、炎宇。
先ほどの音は彼が鳴子として仕掛けた木の枝が踏み抜かれたもの。
「あと、階段から来てるの…一体じゃなかったみたいだよ」
アリシアの指摘に再び意識を前に戻せば、階段から現れた闇は二つになっていた。
2班から入ってくる情報に、1班は迅速に動いていた。
「二階部分は既に確認済みだったな…ならば」
こちらの方が早いと岳士はアサルトライフルを構えて、二階の窓から外を見る。
2班の侵入した玄関部分……その辺りに、居た。
くっきりとそこだけ抜き取ったかのような人型の黒い闇――シャドウストーカーだ!
「2班の方には行かせん」
フルオートにして制圧射撃。
ダメージを与えるよりも今は時間を稼ぐことが大事だ。
家の中に入らせないように銃弾の雨を浴びせ、シャドウストーカーが玄関から距離を取ったところに、
「あんまり時間掛けたくもないし、手早く仕留めさせてもらうよ!」
風を纏った、彩香が急加速。
目にもとまらぬ速さとなって闇を貫く。貫かれた部分の闇が霧散していく。
「住人さんに家を返すのです!」
続いて、Cecilがヴァッサーシュヴェルトにアウルを篭めて強烈に叩きつけた。
その勢いのまま、僅かに横にずれたのは射線を開けるため。
「遠距離も可能なのだよ。喰らうがいい!」
安則の放ったアウルの弾丸が頭部を捉え、闇は崩れ落ちた。
「どうやら生命力はそれほど高くないようね」
とりあえず、これで仲間を助けに行けると、彩香が安堵したところに『それ』は現れた。
牛の頭を持つ巨人。
神話に語られる姿を持ったサーバント――ミノタウロスが。
「あれがミノタウロス。厄介なタイミングで」
家の壁を透過して、その姿が徐々に露わになっていく。
安則は距離をとり、彩香と、Cecilが押さえるために前へ出る。
その間に岳士はスキルの組み換えを。
最後に救援には向かえない旨を2班へと伝える。
どうやら、ここが正念場だ。
●天魔挟撃
2班の戦場は必然的に屋内となった。
外では1班がミノタウロスと死闘を繰り広げている。上手く敵同士をぶつけたいところだが、この辺りは打ち合わせをしていないので実際に行うには不安が残る。
「行かせませんよ、奥には……絶対に」
生気を奪い取ろうとするシャドウストーカーを、さくらがリブラシールドと防壁陣で受け流す。
既に受け損なうって二度も生命力を奪い取られているが、まだ持ち堪えられる。
そう思ったところにインカムから通信が、
『こちら1班、敵戦力に押されつつある。そう長くは持たない』
どうやら向こうも厳しい状況に追い込まれているようだ。
「…ダーシェ(殺ってしまいたい)」
仲間が傷ついていく姿に、炎宇の眼光が鋭くなった。
アウルの弾丸を矢継ぎ早に放って、攻勢を強める。その流れに沿って、アリシアが踏み込んだ。
「もう動きはだいぶ見せてもらったよ、これでどう?」
両刃の剣を次々に突き立てて、手数で押す。
「やぁあああああ!」
一撃、二撃、敵の反撃――生命力を奪われて脱力感に覆われるが、構うことなく青紅倚天へ換装して攻撃を続行。
そして、アーレイの魔法でシャドウストーカーが怯んだところに喉元へ刺突。
アリシアは勢い余ってよろけたが、敵も倒れている。
「よし……って!」
辺りが急に闇で染まった。
「離れて!」
慌てて、アリシアと、さくらが下がる。
先ほどまでいた場所が光も通さぬ闇で覆われている。
「これが件の暗闇ね。さてと、暗闇に多人数で突っ込むのも無謀ですし……まあ見てて下さい」
闇に包まれた空間が範囲を広げる中、アーレイがロッドを片手に闇の中へと入っていく。
中はあまりにも暗く、同色のシャドウストーカーの姿など見わけもつかない。
視覚はほぼ封じられた状態に近いが、まだ他の感覚が残っている。
感じ取った気配を頼りに緊急障壁を展開。
攻撃を受けた辺りに向かって適当にロッドを振る――コツンと、手応え。
次の瞬間、ロッドに電気が走った。
そして、
「もう大丈夫。シャドウストーカーはスタンさせたから、後は私が倒しておきます」
だから1班の援軍に向かってと、とアリシアが闇の中から訴える。
僅かな逡巡。
次いで玄関に向かって、足音が響き出した。
ミノタウロスの振るった戦斧が豪快に地面をえぐった。
辛くも回避できたが神経は磨り減り、彩香の頬を冷や汗がつたう。
「このぐらいで負けられないんだから!」
すぐさま風と炎の連撃で攻め返す。
風を囮にして、炎で袈裟懸け――でも浅い。
それを見てバックステップしたところに、反撃の戦斧。
組み替えたシールドを使ってハイランダーで受け止めるが、それでも押し切られた……。
「ボクは負けないのです!」
Cecilが大剣にアウルを篭めて全力の一閃。
入った。
だが、高い生命力を有するミノタウロスは怯みもしない。
「……くぅ」
攻撃を分散させようと頑張っているが、既に一撃受けてCecilも厳しい状況だ。
「でも、仲間は絶対に守りぬくのです!」
大剣を構え直して、再度攻勢に転じる。
迎え撃つ凶悪な戦斧。
激しい金属音が戦場に木霊する。
「…厄介なやつだ」
それをフロントサイト越しに見て、岳士は狙いを仲間がつけた傷に絞り込む。
精神を集中させてトリガーを引けば、ミノタウロスが怒声を上げた。
「こっちだ、化け物!」
ミノタウロスの気が高ぶっているところに、安則が注意を引こうと声をかける。
顔が向いたところで、直ぐさま後退。
遅れて戦斧が宙を切った。
安全距離を確保した上に、闇を纏っていなければ危なかった。
「……もう少しで援軍がくるはずなんだが」
2班の姿はまだ見えない。
ミノタウロスは攻撃を受けても弱る気配を見せず、強烈な戦斧の一撃が撃退士たちを追い詰めていく。
「くぅぅ……」
戦斧を受け止めた、彩香の顔が苦悶に染まる。
度重なる攻撃にそろそろ耐えきれなくなってきた。
「まだ……まだだよ!」
剣を横に滑らせて零距離から急加速突撃。
合わせて、Cecilと、岳士も痛撃を打ち込んだ。しかし、まだ倒れない……。
その時――真横から火の玉がミノタウロスにぶち当たった。
「遅くなった」
突如として、玄関口に炎宇が姿を現わす。不意を打つためにハイドアンドシークを使ったのだと気付いたのは後のこと。続いて、さくらと、アリシアが飛び出した。
「これ以上…仲間を傷つけさせません…!」
「いっけぇええええ!」
さくらのグランオールがエメラルドの輝きを放ち、側面へと回ったアリシアが挟撃。
続けざまに起こった激痛にミノタウロスが怒声をあげる。
薙ぎ払うように荒れ狂う戦斧。
その大振りの隙間を縫って、彩香の放った高速の刺突がミノタウロスの喉を貫いた。
剣を離して身を引けば、よろよろとミノタウロスが後退る。
膝が崩れ、ようやくその巨体は、動きを止めた。
●不可解なこと
激闘を乗り越え、負傷の少ない者を中心にして残る六軒の民家を探索した。
結果、骸骨兵士が一体残っていたのみで他に敵の姿は無し。
補足しておくと骸骨兵士の残骸が一体分あったが、これもシャドウストーカーの仕業だろう。
「とりあえず、これで依頼は成功だね」
ふぅ、とアリシアが背を伸ばす。
「残存戦力の被害が少し大きいからボーナスはなしかな?」
「さすがに他のところを手伝いに行くのは難しいわね」
安則のつぶやきに、アーレイが残念ながらといった顔で答える。
生命力、スキル共に消耗が激しく。
早めに掃討はできたが、更に戦闘を行うことは出来そうにない。
「……うーむ」
「どうかしましたか…?」
全体連絡用のトランシーバーを前にして、岳士が眉をひそめている。
「他のところの報告を聞いているのですが…シャドウストーカーの数が多過ぎる気がします」
「そういえば…私たちのところでも…そうでしたね…」
さくらが同意して首を小さく縦に振る。
「ええ、この町を攻略するには少なく、偶然迷い込んだにしてはその数が多過ぎますね」
「どういうこと…でしょう…?」
「わかりませんが、何かが起きる予兆のような気がします」
議論する仲間たち。
その様子を、炎宇は少し離れたところで見守っていた。
「俺も、もっと…強くならないといかんな」
声と共に煙が広がる。
手に持った煙草の火を消し、仲間たちの元へ歩いていく。
(…少なくともあいつらと肩を並べるぐらいにはな)
こうして撃退士たちはひとつの依頼を終えた。
シャドウストーカーのことは未だ解けていない。
だが、後日届いた住民からの手紙には心からの感謝が綴られていた。