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学園は人であふれていた。
どこを見回しても文化祭を楽しむ人々の姿があった。
(文化祭をジャマする悪、許すまじ! ――って、仕事の内容を聞いた時はちょっと燃えてたんだけど……)
並木坂・マオ(
ja0317)が思い出して身を震わす。
怒りにではない。
(け、ケーケンないし、アタシにラブラブカップルの演技とかムリ!)
囮として要求されたことに、だ。
「大丈夫か?」
心配して声をかけてきたのはcicero・catfield(
ja6953)。
「あっ、大丈夫大丈夫」
慌てて応えるマオの顔は少し赤い。先ほど、あんなことを考えていたせいだろう。
お蔭でちょっと顔も合わせづらい。
Ciceroもそんな様子にどうしていいものやら……。
「おや、二人で組むことにしたのか?」
「違う!」
だが、霧切 新(jz0137)に声をかけられ、そんな空気は霧散した。
「アタシは一人で見回りするから。普通に楽しんでる人達が襲われちゃう可能性も充分にあるからね、ね!」
「…そうか」
マオの勢いに押されて、新が後退る。
「それよりもそろそろ動いた方がいいよね?」
「そうだな」
同意が得られると、マオはそそくさと歩いていく。
「うーむ、仕事熱心だ」
「いや、色々とあるんだ」
そして、まったく理解していない新の肩を、Ciceroが軽く叩いた。
巫 桜華(
jb1163)に手を引かれ、穂原多門(
ja0895)は校舎内の模擬店を回っていた。
そうしていると、目につくのはカップルたち。
しかも人目をはばからずにいちゃいちゃしているカップルたちだ。
(俺もいちゃいちゃしているカップルに思うところ無いわけではないが…)
かといってホワイトリベリオンがやっていることもどうかと思う。
「何を考えているネ?」
服の袖が引かれた。
注意が逸れているのを見て、桜華がいぶかしげにしている。
「…いや、何でもないんだ……巫…じゃなくて桜華、と呼ぶべきだろうか?」
返ってきたのはにこやかな笑み。
「カップルらしいように、下の名前を呼び捨てで良いデスヨ」
「…そうか」
多門から少し安堵がこぼれる。
代わりに桜華の顔は曇った。
「…ゴメンね、迷惑だと思うケド、お仕事終わるまで少しだけ我慢、お願いネ…?」
「別に我慢とかそういうのはしていない。…桜華は何も気にするな」
「先輩優しい、イイ人ね♪」
曇りのち晴れ。
桜華は気を取り直して、ぐいぐいと多門を引っ張っていく。
「なら、先輩。次はあそこに行くネ!」
対して校舎の外を回っているのは、桐原 雅(
ja1822)と、刑部 依里(
jb0969)の二人だ。
実のところ女性同士の組み合わせなのだが、そこは雅が中等部男子制服を着て男装している。髪は纏めて、大きめのキャスケットに収めた。ちょっと見ただけなら気弱そうな男の子に見える。
で、当然それをエスコートするのは、
「寒くなったね、雅……ほら、手が冷たくなっているじゃないか」
スタイリッシュな出で立ちの依里である。
「あ、あの……」
戸惑いを気にすることなく、依里の手がそっと雅の手を包み込んでいく。
「風邪を引くといけない。まあ、風邪をひいて、僕が看病するのも悪くはないけどね」
「えっと……その……ありがとう」
うつむいているので周りには見えていないが、雅の顔はもう真っ赤だ。
最後のひと組。
水無瀬 快晴(
jb0745)と、リザ・ホルシュタイン(
jb1546)も動き出そうとしていた。
「……リザさん、今日は宜しく頼むよ」
「うん、よろしくね」
花が綻んだような笑顔。
白いワンピースに、短めの白いポンチョと白いブーツ。清楚な雰囲気がとてもよく似合っている。
「……じゃあ、行こうか」
快晴が手を差し出す。
「しっかりエスコートしてね」
添えられた手が触れ合い、離さないように繋がった。
そして、まずは軽食ができそうな場所を探して歩き始める。
●
囮作戦や巡回を始めて一時間。
多門&桜華ペアは、いくつかの模擬店を回ったところで後ろに気配を感じていた。
「(来てるネ)」
「(俺たちについてきているのか、確かめた方がいいだろうな)」
小声で相談すると二人は近くの模擬店でたこ焼きを買い、ベンチに移動した。
……やはり視線を感じる。
「先輩、口を開けるネ」
桜華はふーふーしてたこ焼きを冷ますと「あーん」と甘い声を出して口に運ぶ。
ドンドンドン!
どこかで壁を叩く音が聞こえた。
「…では、こちらからも……あーん」
多門が返すとまた聞こえる。
「あっ青海苔ついてるネ」
何かもう18ビートで壁を叩く音が聞こえてくる。
うん、間違いない。奴らだ。
「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるヨ」
仲間に連絡を入れるべく、桜華が席を外した。
視界の隅を白いものが通った。
慌てて目で追えば、白い三角の覆面に白いマントを着けた怪しい人物が!
(仲間が近くに居るという報告は受けていない。ということは――)
ciceroが後をつけていくと予想通りに仲間ではない一般のカップルに狙いをつけている。
傍から見るとカップルの一挙一動に動揺したり憤慨したり……痛ましい。
そして、遂には妨害行動に移ろうとしたところに、
「あ〜ぁ、くそ! イチャイチャしやがって…どうせ、にわかのくせに。腹立つんだよなぁ」
白ずくめに聞こえるように声を出せば、振り向いてこちらへと近づいてくる。
さて、どう出る。
「君もそう思うのか?」
「あぁ、許せないよなぁ」
「だろう、そうだろう」
「でも、君にも腹立つな。覆面なんかで顔隠して、むかつくカップルの幸せを邪魔して。もしかして羨ましいとか?」
「う、羨ましくなんかないぞ……」
「本当か?」
「ほ、本当だ………ごめんなさい。実は羨ましいんだ」
そうして話を聞くこと約五分。
「なら、俺も一緒に解決方法を考えてやるからこんなことはもうやめるんだ」
「分かった、心の友よ!」
「いや、心の友ではないぞ」
模擬店で食べ物を買い込んだ後、雅&依里のペアは中庭にやってきていた。
愛を育んでいるカップルが他にも3組ほど。
「ここなら良さそうだね」
言って、依里は僅かに視線を上げる。
雅がそれを目で追えば、3階の窓に白ずくめの怪しい人物が見て取れた。
もっとも依里には樹の枝に潜ませたヒリュウの視界がある。彼らの一挙一動もお見通しだ。
「(注意を向けさせた方がいいだろう)」
「(……ええ)」
顔を近づけて小声で話しているため、二人の距離が近い。
それだけで、雅の顔は赤くなってしまう。
「じゃあ食べさせてあげるよ。はい、あ〜ん」
次いで、依里が買っておいた食べ物を使って更なるアピール。
おまけに二人の距離も更に近づいている。
そっと周りをうかがえば他のカップルまでこちらに視線を送っているようだ。
(恥ずかしい……)
雅としては逃げたいところだが、ここは我慢するしかない。
ホワイトリベリオンはまだなのか?
「(もう少しだよ)」
依里が雅の首に手を回す。もう片方の手はミニスカートの裾を少し上げて太腿をチラリと。
「「な、なにをやっている!」」
遂にホワイトリベリオンが到着した。
「(現れたね。逃げるフリをして、新たちを呼ぼう)」
「(……うん)」
小声で話して、後は当初の予定通りに。
「……何かの宣伝だろうか?」
「ふざけるな! 公衆の面前でそんなことをしていいと思っているのか!!」
「さあね……それよりも」
依里が雅の唇に顔を近づける。
「「き、貴様ら……!」」
わなわなと震える白ずくめからはキスしているように見えただろう。
実際には『する振り』をしただけだが。
「僕達、羨まれる程のカップルだな」
「……みたいだね」
「校舎内に入ろうか、冷えてしまう」
「うん」
「「待て、待たんか!」」
「熱々のたこ焼きが――」
ダメダメと、マオが首を横に振る。
真面目に見回りをしようと思っているのだが……周りには誘惑が多すぎた。
「熱々の焼きそばが――はっ!」
気が付けば、両手にたこ焼きやら焼きそばやら綿菓子やらが。
「楽しんでいるみたいだな」
「全然そなんことないデスヨ? ……って霧切くんか、脅かさないでよっ」
「すまない」
「あ、いや、謝らなくていいよっ」
実際には新の方が年上だが、物事を何も知らないせいで年下のように感じてしまう。
「成果はどうだ?」
「ホワイトリベリオンの人達は見つからなかったけど、喧嘩を二件ほど仲裁して、あとは迷子を……あっ!」
声を上げると同時に、マオが消えるようなダッシュ。
そこでは新たな喧嘩の火種が噴き出そうとしていた。
残る快晴&リザのペアもホワイトリベリオンに捕捉されていた。
いや、正しくは釣れたというべきだろう。
近くの茂みが音を立てている。いい感じに釣れているようだ。
「……何だろう?」
「もう…快晴くん。他の人なんて見てたら、お姉さん…どっか行っちゃうよ?」
リザがしなだれかかってくる。
いい匂いが鼻孔を刺激した。
「……ごめん。もう余所見なんてしないよ」
そして、快晴がリザを抱き締める。
すると茂みから転がるように白ずくめの怪しい連中が現れた。
「「き、貴様ら!」」
「…騒がしくなってきたわね。二人きりになれるところに行こう?」
「……わかってるよ」
リザを連れてその場を離れながら、快晴はスマートフォンで用意したメールを送信。
さて、そろそろ捕り物の時間だ。
●
「待たせたネ」
「いや、それよりもどこか静かなところに行かないか?」
「いいネ。もっと先輩とくっつきたかったヨ!」
「「ちょっと待った!」」
桜華と多門が仲良く移動を始めたところにホワイトリベリオンの連中が割って入った。
その数、二人。
「ちょっと見せつけすぎたか」
多門が桜華を守るために前に出る。
予定とは違うが、ここから人気のないところまで引っ張っていくのは骨が折れそうだ。
「仕方がない」
ここで捕まえる、と多門がアウルを発動させたところに。
――バタッ。
ホワイトリベリオンのひとりが突然倒れた。
「おっ決まったネ」
「ヒリュウの超音波か。しかし、一般人も交じっていたとはな」
意外ではあったが、まだひとり残っている。
「恋人いなくテ寂しい気持ちは分かりマス。でも幸せな人達、邪魔するの良くないネ」
「君達のようなリア充に何が分かる?!」
「すまん、さっきまでのは誘き出すための演技だったんだ」
「なら君達はリア充じゃないのか?」
「リア充とか関係ないネ。いくら顔隠しても、そんな気持ちでいたらいつまでたってもモテない思うネ…とても残念なコト。その分自分磨きに時間と費用費やす方、お得だと思うのネ」
「桜華……いや、巫の言うとおりだな」
「もうここまで来たら下の名前でいいネ」
「うわーん、やっぱりリア充か!」
「「あっ」」
で、やっぱり実力行使へ。
「来たようじゃのう」
こっそり召喚したヒリュウのウォラクの視覚で、リザにはホワイトリベリオンの接近も一目瞭然。
校舎裏に誘き出されたとも知らず、姿を見せたところに、快晴とリザが立ち塞がった。
「んっ〜…。演じるというのも疲れると思わんか? のぅ、小童共」
リザが何を言っているのか、白ずくめの二人には知る由もない。
分かっているのは罠にかけられたということだ。
「……こういう事はもうやめた方が身の為だぞ」
快晴はソーンウィップを見せて、実力行使も辞さないことをアピールする。
「誰がお前たちリア充の言うことなんて――あばっ!」
接近しようとした白ずくめのひとりが見えない弾丸に撃ち抜かれて地面に転がった。
「白浜っ!」
仲間の元に駆け寄った白ずくめの隣に、いつの間にかリザが。
「さて、おぬしの仲間の所在、吐いてもらおうかのぅ…む?」
ちょうど、ここで校内放送が入った。
どうやら依里の仕掛けが動き出したようだ。
「刑部の方も上手くやっとるようじゃな。これは、時間の問題かのぅ」
「ひぃ……!」
「ほれ、さっさと話せ。そうすれば、少しは良い思いをさせてやっても良いぞ?」
リザの豊かな胸が白ずくめの片割れに押し付けられる。
「わっわっわっ……!」
「……もう少しぶっ叩こうと思ってたんだが」
苦笑を浮かべる快晴の前でとうとう白ずくめの片割れが告白を始めた。
『もっと楽にしていいんだよ』
『…そう言われても困る』
『大丈夫、お姉さんが優しくリードしてあげるから』
と、校内放送で流れているのはこんな内容だ。
「どういうことだ、これは!」
「校内FMを企画した部活があります。その放送の一部のようですが……」
見つけた熱々カップルに出演してもらっているらしい。
「何という暴挙だ! 急ぎ粛清せねばならん!」
「「おう!!」」
かくして、ホワイトリベリオンは残ったメンバーを掻き集めて放送室へ向かった。
「上手くいったようだね」
ホワイトリベリオンの接近を窓から確認して、依里が仲間たちを見る。
雅だけでなく、マオと新も合流済み。
「何度も練習した甲斐があっただろう?」
「もう今回だけにして欲しい」
楽しげな依里だが、応えた新はどこか疲れた様子。
先ほどの放送はこの二人が声をあてたものである。厳しい指導を受け、ようやく合格ラインに達したとか、何とか。
「皆、来たよ」
雅が一歩踏み出したのと、ホワイトリベリオンの連中がやってきたのは、ほぼ同時。
「放送室は向こうだ!」
「リア充、爆発しろ!」
思い思いのことを口走りながら向かってくる。
「なら蹴散らしてあげるよ!」
「蹴り技なら負けないよっ!」
雅が走り出すと、マオも並走。
二人の華麗な蹴り技が一列目を蹴り上げた。続いて二列目には多段蹴りからのラッシュ。そして三列目には牙が挟み込むように挟撃を食らわした。
「待たせたな……むっ、これは!」
ciceroが説得した白ずくめと一緒に駆け付けたときには見事に全員がノックダウン。
人の恋路を邪魔する奴は見事に蹴られたようである。
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ホワイトリベリオンは退治された。
で、その後どうなったかというと、
「隠すこと無いじゃないか。魅力的だ」
「「ほんとっすか?!」」
依里の言葉で希望が芽生えていた。
「後は、祝福出来る度量を見せて欲しいね」
「「もちろんっすよ!」」
「そうそう、そんなのやってるより今はこのお祭りを楽しんだ方が得じゃない? さあ、行こ!」
更に、マオが笑顔と共に手を差し出せば一生ついていきそうな勢いで後に続く。
「現金な連中だな」
「まったくネ」
多門の言葉に、桜華が答えながら笑みをこぼす。
「…あと、仕事抜きでも楽しかった。ありがとう」
「こちらこそネ。楽しかったヨ!」
どうやら互いに良い出会いとなったようだ。
また、快晴とリザも、
「……色々と助かったよ」
そう言って、快晴がリザの頬に軽くキスをしようとして――直前で手がかざされた。
「気が早いのぅ」
「……ははは」
「これ快晴、文化祭はまだ終わってはおらぬ。女性のエスコートを怠るのは、万死に値するぞ?」
と言って、リザはウインクする。
「さあ、文化祭はこれからじゃ」