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早く、速く、疾く。
夕闇に染まった山道を撃退士たちが駆けていく。
「アウルに目覚めたて…ねえ」
エルレーン・バルハザード(
ja0889)がスピードを落として、手に持った携帯端末に目を落とす。
GPS情報ではあと500mといったところ。
「子供だけでサーバント退治など…」
天龍(
jb0944)が並走しながら懐中電灯を取り出した。
「教訓で済ませられるように、急がないとね」
「ええ、と〜っても可愛らしい子供達を危険な目に遭わせられないわ」
高峰 彩香(
ja5000)と、御堂 龍太(
jb0849)も夕闇を払うようにそれぞれの照明器具のスイッチを入れた。
目の前には雑木林が広がっている。
中は夕闇より濃い闇が。
そして、GPSが指し示すのはこの先だ。
(ここから先は気を引き締めてかからないと、まずいかな……)
不安を感じつつも、速度を緩めることなく四人の撃退士は雑木林の中へと入っていった。
先ほどの四人から十秒ほど遅れて、更に四人の撃退士の姿があった。
足の速さを考慮して、二つの班に分けたのである。
後続班には当然のことながらダアトが多く含まれ、彼女たちの息は少し乱れかかっている。
「みんな、守りたい。子供たちも、仲間も――」
大きく息を吐き出し、諸伏翡翠(
ja5463)が心情を吐露した。
(色々思うことはありますが、とにかく子供たちを助けてあげないと)
目の前に見えてきた雑木林を見据えて、紅葉 公(
ja2931)が携帯端末を確認する。
準備することは先行班と同じだ。
蒼波セツナ(
ja1159)がLEDランタンを点け、機嶋 結(
ja0725)も装着したヘッドライトの明かりを灯した。
(天魔を倒そうとする意気には感心ですが)
そして、結が先頭に立って再び速度を上げる。
(只、自分が何処まで出来るのかは全く知らない。子供は子供……ですか、ね)
僅かに残った雑念はそれで頭の隅に追いやった。
今は一刻も早く、子供たちの元に辿り着かなくてはならない。
●
撃退士たちの持つ明かりが闇を払っていく。
草木が体に当たることなど厭わずに、先行班は駆け続けていた。
(GPSによれば、そろそろのはずだけど)
彩香が携帯端末を確認しようかと逡巡したところに、腐骸兵が視界に飛び込んできた。
見落としたのか? 木の陰にでも隠れていて見えなかったのか?
いずれにせよ、振り上げられた棍棒を避ける術がない。
「くっ……」
咄嗟にシールドを展開してダメージを受けることは免れたが、エルレーンと、天龍は防げなかったようだ。
二人の顔には苦悶が浮かんでいる。
受けた傷はあまり軽視できるものではない。
全力移動に加えて、遮蔽物の多い地形によって生まれた不意打ち。
さしもの撃退士といえども、これだけ悪条件が揃えば分が悪い。
だが、すぐさま態勢を立て直す。
これも日頃の訓練の賜物だろう。
「このっ、ぷりてぃーかわいいえるれーんちゃんがお相手するの、かかってくるのッ!」
名乗り上げて、エルレーンが腐骸兵の注目を集めた。
腐骸兵の数は全部で3体。
子供たちは近くに居ると思われるが、いま見える範囲にその姿はない。
「みんなは今のうちに子どもたちを!」
エルレーンは囮になることを暗に伝え、腐骸兵の動きに神経を集中させる。
1体目の攻撃を避け、2体目も避け、3体目は避けられないとみて受け流した。
大丈夫だ。
先ほどのように悪条件さえ重ならなければ、充分に対処できる。
「わかったわ、気を付けてね」
それを見て、龍太は腐骸兵の動きにも注意を払いながら、周囲の捜索を始める。
彩香と、天龍も同様だ。
エルレーンと腐骸兵が奏でる戦いの音に気を急かされながら、近くの茂みを手で押しのけていく。
この近くに居るはずなのだが……、
「…いた、いたよ!」
彩香の声が響いた。
彼女が押しのけた茂みの間から子供の顔が見える。
が、彩香の顔には不安の陰が差していた。
それをいぶかしく感じながら、龍太が近づいて、
「もう大丈夫よぉ。お姉さんたちが守ってあげるからね〜……あっ」
思わず目を見張った。
既に負傷している子供がひとり。
傷は深そうだが、身体から漏れ出しているアウルの光が少年の生命力の強さを示している。
「「ケンタを助けて!」」
口々に助けを求めてくる子供たち。
当のケンタは痛みのせいか、うずくまっている。それでも子供たちの一番前に居るのはヒーローとして気概だろうか。
「わかったわ。早くこっちへ」
「この状況は皆が危ないよ。だから、こっちにね」
どこから腐骸兵が現れてもおかしくない状況で、茂みの中に子供たちを置いておくわけにはいかない。
ケンタは彩香が支え、龍太と天龍が茂みの外へと子供たちを誘導する。
「…新手か、……まずいかも」
エルレーンのつぶやきに奥を見遣れば、新たな腐骸兵が近づいてきている。
数は2体。
「子供たちには指一本触れさせないわよぉ〜♪」
龍太が子供たちの前に立って、星煌と蜥蜴丸を構える。
後続班が飛び込んできたのは、その直後――
勢いのままに子供たちと腐骸兵の間に割って入る。
その際にセツナが腐骸兵の一撃を受けたが、今の状況を鑑みれば間に合ったことの方が大きい。
(子供たちにカッコいい姿を、か)
セツナは体勢を立て直すと召炎霊符を取り出して迎撃の構えを取った。
(まあ悪くないわね。出来るだけ派手に行かせてもらうわ)
次いで唇から零れだす呪文。
結と、翡翠が、その間にエルレーンの助成に向かう。
間合いを詰めた勢いのまま、
「子供たちのところには行かせませんよ、絶対に――」
翡翠がシンクレアにアウルの力を篭めて打ち込んだ。
それを受けても腐骸兵はまだ動きを止めない。だが、反撃のために腐骸兵が棍棒を振り上げたところに二つの炎が炸裂した――セツナと、公の魔法だ。それでようやく動きを止め、体に火が点いたまま崩れ落ちていく。
後続班が腐骸兵を押さえ込んでいるうちに、先行班は子供たちの避難を始めた。
「今日のぼうけんは終わり、なの…いのちごと全部終わっちゃう前に、帰らなきゃ、ね」
「う、うん」
エルレーンの言葉に異論など出ようもない。
子供たちは自分たちのヒーローであるケンタの負傷と、間近で見た天魔の恐怖に震えあがっているようだ。
だが、これでは迅速な行動など望めそうにない。
「大丈夫である。我輩たちが必ず救うからな」
天龍も言葉を加えるが、不安を除くにはいたらない。
加えて、ケンタの負傷の問題もある。
命に別状はなさそうだが、ひとりでは歩けそうにない。
「さあ、私の背に手を回して」
「…いや、我輩がその役を担おう」
エルレーンが声をかけたところに、天龍がケンタの面倒を買ってでた。
「じゃあ、お願いするね」
「急いで! 新しい腐骸兵が近づいてきているよ!」
そこに、彩香が警告を発した。
言葉どおり、奥から新たな腐骸兵が姿を現している。
「縛れ、黄泉の住民どもよ!」
セツナが無数の腕を呼び出し、避難の邪魔になりそうな2体の動きを縛った。
「とっとと…逃げなさい。足手まといなんですよ……!」
結も叱咤しながら、フリーになっていた腐骸兵の動きを阻んだ。
「さあ、行くわよ〜」
それを見て、龍太が子供たちの前を歩き出す。
両サイドに、エルレーンと、彩香が付き、ケンタをおぶった天龍と子供たちを守る形をとった。
「私たちも後に続きましょう」
呼びかけると同時に、公が腐骸兵の足元を槍のように隆起させた。
1体が貫かれて動かなくなり、もう1体がぼろぼろになりながらも近づいてくる。
「…わかっています」
言って、結が殿に回った。
体からはオーラが発せられ、腐骸兵の注目を集めている。
「出来るだけこちらに敵を誘導しておかないといけませんね…」
「かといって、子供たちからも目が離せません」
公と、翡翠は敵と味方の両方に目を配りながら、ゆっくりと後退を始める。
雑木林はざわざわと騒がしくなる一方だ。
同時に夜の闇が間近へと迫っていた。
●
「そこです」
公が掌に集めた魔法力を一気に解き放った。
直進する力に腐骸兵は次々と薙ぎ倒され、弱ったところを結のクレイモアが刈り取っていく。
「これで…あとは2体」
「いえ、あとは1体よ」
見れば、セツナの生み出した炎に包まれて腐骸兵が倒れている。
だが、雑木林の奥から更に3体が姿を見せた……。
「きりがありませんね」
新手との距離のあるうちに、翡翠が近くにいる腐骸兵に衝撃波を撃ち込み。よろけたところに、セツナと、公の魔法が突き刺る。されど、攻撃が浅かったのか腐骸兵は動きを止めない。
(……面倒な相手ですね)
結は腐骸兵に急接近すると、サイドステップで敵の迎撃をかわし、カウンター気味に切り払う。
どさり、と腐骸兵が倒れる。が、新手も近づいてきている。
「まったく、気は抜けませんね……」
翡翠の息は乱れ始めていた。
まだ経験も装備も少ない彼女にとっては腐骸兵といえども軽視できない相手だ。
「ここは三人で大丈夫ですから、先行班に合流して子供たちの誘導を手助けしてあげてください」
公が翡翠をうながす。
気遣っていることもあるだろうが、周囲を警戒しつつ子供たちにも気を配っている先行班も大変そうだ。
「大丈夫だから行って」
そう言って、セツナは呪文の詠唱に入る。
力ある言葉と共に宙に氷の錐が生まれていき、
「貫き凍てつけ!」
狙いは迫ってきた腐骸兵。
すかさず、公も大地を隆起させ、結が生き残った敵に突き進む。
「任せます」
そこまで見ると、翡翠は踵を返した。
先行班の前にも腐骸兵は立ち塞がっていた。
これに、龍太が立ち向かう。
「男でありながら女として生きる! それが、オカマの在り方よぉ!」
豪語しながら二本の長物で斬りつけた。
だが、倒れない。
反撃を警戒して距離を取ろうとしたところに炎の衝撃波が駆け抜ける。
「させないよ!」
彩香の打ち込んだそれに腐骸兵が崩れ落ちた。
そして、子供たちに笑顔を向ける。
「みんな、あと少しだよ」
もうそろそろ雑木林を抜けるはずだ。そうすれば、視界ももっと開けるはず。
「……あっ」
雑木林の出口付近に4体の腐骸兵の姿が見えた。
避けて通るには厳しい位置だ。
「嫌ねぇ。しつこい男は嫌われるって言うのに。そんないけない子にはお仕置きしなくちゃねぇ」
炸裂符を手にして、龍太が射程距離まで間合いを詰める。
同時に動き出していた、エルレーンも雷遁・腐女子蹴で機先を制した。
「ふふん、じゃましないでよねぇ!」
走り抜けるような一撃に腐骸兵は体勢を崩すも、龍太と、エルレーンに群がってくる。
いや、子供たちにもだ。
「この子達に手出しはさせないよ。決してね」
彩香が最後のフレイムブラストを打ち込もうとしたところに、
「手伝います」
ロングボウに持ち替えた、翡翠が横に並ぶ。
二人のロングレンジからの攻撃で近づこうとした1体を倒した。
「しつこいよッ!」
「相手にしている時間なんてないのよぉ」
エルレーンと、龍太の挟撃で1体が倒れた。
残るは2体……。
疲弊している体に鞭を打って、残る2体に攻撃を仕掛ける。
「このッ!」
ぎりぎりで見切って、エルレーンがエネルギーブレードを振りぬく。
直後にその腐骸兵が炎に包まれた。
後ろを見れば、子供たちの傍らに後続班が追いついてきている。
「さあ、終わりにしましょう!」
その声に応えるように撃退士たちはそれぞれの残った力を叩き込んだ。
●
山から下りてきた頃にはもう日はどっぷりと沈んでいた。
「もうここまで来れば安全だよね」
念のため、彩香は後ろを振り返って腐骸兵の姿が見えないか確認する。
「大丈夫…だよ、何も見えない」
エルレーンもナイトビジョンを通して見てみるが追ってくる様子はない。
とりあえずはひと安心と、安堵の息がこぼれた。
撃退士たちのその様子に助かったのだと分かった子供たちに元気と笑顔が戻る。
「じゃあ……手当しようか」
時間が無かったため、先ほどは移動を優先させたが、ケンタに応急手当を施さなくては。
エルレーンと、公が救急箱を取り出して治療を始める。
既に救急車と保護者には連絡をしているので、それまでの繋ぎだが、痛み止めぐらいは出来るだろう。
「いっ、たったたたた」
傷にしみるのか、ケンタが思いっきり顔をしかめる。
「天魔と戦うというのは、遊びではないんですよ。…ともあれ、無事で良かったです」
その痛みをちゃんと噛み締めてくださいねと、公は付け足し目を細める。
無事で本当に良かった。
「これに懲りたらもう危ないことをしてはだめよ」
「そうよ、あなたたちのお父さんやお母さんがどれだけ心配していることか」
セツナと、龍太が説教を始めると子供たちは一様にしゅんとなった。
「…愛する人を失うのは、必ず辛いんだからね…」
「…はい」
子供たちも充分に反省しているようだ。
「もういいでしょう」
公がそれを見て、間を取り持つ。
「ひとつだけいいでしょうか?」
そこに、結が口を挟んだ。
了解を得ると、ケンタと目線を合わせて端的に告げる。
「撃退士になるのは止めなさい」
「……えっ」
いきなりの言葉に理解が追いつかない。
が、結は意に介することなく、自らの義肢を見せて言葉を続ける。
「身体を失い、死ぬ事も…あります。それでも私は戦い続ける覚悟がある」
真っ直ぐにケンタを見つめ、
「ケンタ…といいましたか。貴方にはあるの?」
突然のことに驚きが大きいのか、唇は動くが言葉にはならない。
返答が出そうにないので、結は背を向け、
(……私もムキになって、子供ですね)
心の中で自嘲する。
「ちょっと待ってよ…」
そこでようやくケンタが声を絞り出した。
「俺、上手く言葉にできないけど…俺たちを守ってくれたあんたたちのことを見てカッコいいと思った。テレビのヒーローみたいにカッコよくなかったけど、俺もあんたたちみたいなことをしてみたいんだ」
感情のままの言葉。
だが、それゆえにケンタの正直な感想なのだろう。
「そうですか」
結は振り返ることなく、それに応える。
(みんな、それぞれだよね)
二人を見て、エルレーンが撃退士を目指したときのことを、アウルに目覚めたときのことを思い返す。
「…ん?」
思い出せない。
アウルに目覚めたときのことが思い出せない。何か重要な気がするのに、欠落してしまっている……。
「それなら、あたしがオカマの心構えを教えてあげるわ」
「…えっ」
声に反応して、エルレーンが周りを見れば、龍太がケンタをオカマ道に引き込もうとしていた。
それを他の撃退士たちが慌てて止める。
「た…大変」
慌てて、エルレーンもそれに加わった。
かくして、ひとつの物語は終わりを迎えた。
だが、若き撃退士たちの物語はまだまだ続く。
そしてその背を追ってリトルヒーローたちの物語も始まっていく――