●
話どおりの姿がそこにあった。
商店街の一角でビッグアヒルは懸命に破壊行動に勤しんでいた。
――ぽふっぽふっ。
(なんてもふもふ! …でも、おしごと…もふもふ…)
澤口 凪(
ja3398)がじーっとそれを観察する。
もし、被害が出たりしたら大変だ……でも、その心配はなさそうである。
「アヒルさん、まだいるよ♪」
「ほんとね」
と、そこにひと組の親子がやってきた。
「触ってくるー♪」
「あっ、待ちなさい」
子供は母親が止めるのも聞かずに、突進してもふもふしていく。
「ふむ、敵ながら、ありがたい存在ですね」
イアン・J・アルビス(
ja0084)がその様子を見て感想をもらした。
最近はガッツリと戦闘ばっかりだった上に、悪魔にやられたばかりだ。
「無理しすぎてますからね、最近」
次いで出た声は溜め息に近い。
「大変そうだね。……しかし、避難してもらうように頼んでおいたのにな」
ジェニオ・リーマス(
ja0872)はそう言って携帯を取り出す。
サーバントをこれから退治するので近づかないようにアナウンスをしてもらっているはずなのだが……まあ、あれに危機感を抱けと言われても難しいものがある。
(それにしても、見事なもふもふだー。これだけ大きいもふもふだと壮観だねー。アヒルさんー可愛いー)
あっ、また子供がもふもふしている!
それを見ているだけで、ジェニオもテンションが上がってしまう。
(…可哀想だけど。倒さないといけない、のかなぁ。うーん)
被害も出てないだけに心苦しいところだ。
「くっ、なんていうモフ度だ……モフモフマスター(自称)の血が騒ぐ!」
虎落 九朗(
jb0008)もそろそろ押さえきれなくなってきた。
故郷では近所の犬猫その他、大体の動物はモフってきた。
あの大物はいかなる触り心地なのか?
もう早く飛びつきたくて仕方がない。
「…ところで、あのパンダさんは、味方でいいですのよね」
と、クリスティーナ アップルトン(
ja9941)が言っているのは、ジャイアントパンダの着ぐるみを纏った奇人――下妻笹緒(
ja0544)に他ならない。
奇抜なファッション(?)のこともあるが、何か激しく興奮して、そして動揺している。
「実に興味深い」
つぶやいたひと言には重みがあった。
そう、どれほど精強なサーバントであっても、それこそシュトラッサーや天使級であったとしても。力では敵わずとも、もふもふ度合いでいえば自分の方が優っていると信じてやまなかった。
もふもふ感無くして何が強者かと、確固足る信念があった。
だが! しかし! 今まさに眼前に現れた、このつぶらな瞳のピヨ助ときたらどうだ。その圧倒的なもふもふ感! 何もしないというのはシンプルな自信の証に違いない。
「…ひっ…ひゅぷっしゅ! ですー!」
史上最強の相手に対し、震え立つ心が止められない。これは単純なサーバント撃退依頼じゃない。ジャイアントパンダとお風呂アヒルのプライドを賭けた、決戦なのだ……うん? 何か混じったな?
笹緒が声の元を探すと、
「あぁもう我慢できないですー!」
目をキラキラさせながらてってってと走り出す、エヴェリーン・フォングラネルト(
ja1165)の姿が見えた。
「うおー! 負けてらんね! なんかよくわからないけど、おもいっきり堪能しないと!」
相馬 カズヤ(
jb0924)もヒリュウのロゼと共に突進していく。
「待ちなさい! これを発動させておかないと」
慌てて、クリスティーナが阻霊符を発動させた。
「さあ、久遠ヶ原の毒林檎といわれた私が、華麗に仕留めてみせますわ」
そして、律儀に口上を述べ始めた頃には、遅れをとるかと残っていた仲間たちも走り出す。
「待ちなさいと言っているのに! もう、仕方ありませんわね………アヒルさんですわっ!!」
まあ、そんなクリスティーナも急いで追いかけた。
●
「にゃんこさんのお腹も負けてませんけど、全力でもふもふできるアヒルさんも捨てがたいですー!」
「すっげえもっふもっふー」
エヴェリーンと、カズヤ、それにロゼまでもがビッグアヒルの柔らな毛に埋もれている。
「なんとまぁ…触り心地が良さそうですね…」
「楽しーですーっ♪」
イアンの言葉に、エヴェリーンが即座に返答した。
楽しそうだ!
心底、楽しそうだ!!
「これは用心しなくてはならんな」
ならばと、笹緒はデジカメを手にする。
パシャッと一枚。
「あ、リィも一緒に撮ってください」
「ボクもボクも」
気付いた仲間たちがビッグアヒルとのツーショットをせがみ出す。
「まあ、待て順番だ」
こうして今度は記念撮影が始まった。
その間にもビッグアヒルは、ピヨッと声を出してちょっかい(攻撃)をかけている。
「ホントにくちばしまでふわふわなんでしょうか?」
疑問を口にしながら、凪は周りを見渡す。
よし、あの木からなら飛び移ることが出来るだろう。早速、木に登って一気にビッグアヒルの顔に向けて跳躍すれば、ぽふっと凪の全身をサラサラした体毛が包み込んだ。
なめらかな猫の毛を手ですくような感触を全身に受けながら、するりと落下する。
「はわぁ〜楽園はここにあったんですねぇ〜」
よほど気持ち良かったのか、凪は恍惚とした表情を浮かべている。
「ふう」
それを見て、笹緒がひと息ついた。
どうやら予想以上のもふもふのようだ。これは覚悟を決めなくてはなるまい。
まずはデジカメの画像を確認。
ちゃんと、完璧なピースサインを決めた笹緒とビッグアヒルとのツーショットが収められている。
(さあ、もう後には引き返せない。もふもふともふもふが真正面からぶつかった時に何が生まれるのか。新たなる宇宙が生まれてしまうのか)
それを確かめるために、笹緒が走る。
(そう、ここから新たな神話が生まれるのだ!)
「下妻さんー♪」
「……うおぉ?!」
だが、エヴェリーンのジャンプタックルが笹緒に炸裂した!
おまけにそのまま、もふり出すではないか。
「神話が……」
残念、もうちょっと待ってね。
と、そんなバタバタが起こっているうちに、凪が正気を取り戻した。
「…はっいけない。状況確認が先だよ…!」
「事実かどうかは自分で試さねば、ですからね」
イアンは応えると、全力で突っ込んだ。
――ぽふっ。
もう完全に柔らかな毛並みに包まれてしまった。
「……これは予想以上です」
毛の中から聞こえてきた声はとっても穏やかだ。
「なるほど予想以上ですか。では、どれほどのものか正面からぶつかってみますわ」
今度はクリスティーナが拳にアウルの力を込める。
「ウルトラ・ダイナマイト・パンチ!! ですわ!」
突き出された拳に幾重もの柔らかな毛が当たってその勢いを減じる。
まるで毛並みの海に潜ってしまったかのよう。
そして、衝撃を吸収すると柔らかな毛がサワサワと押し返してくる……これは気持ちいい!
「…なかなかやりますわね」
「こんどは俺の番だ。こんな巨大なモフ……これは、前からやってみたかった、アレをやるチャンス!」
言って、九朗が目をキュピーンと光らせる。
「心意転剣! 全力で行くぞ!!」
溢れ出すほどのアウルの力で大ジャンプ!
「スクリューキック!」
――ぽふっ。
ビッグアヒルに体ごと突っ込むと、柔らかな毛が全身を包み込む。
もう、柔らかな毛によって抱擁されているようなものだ!
「ならば、反転○ック!!」
そして、リバース。
ああ、なんていい毛ざわりなんだろう。
「くっ、全然、効果がない……」
言葉とは裏腹に嬉しそうな、九朗。
「では、これはいかがかしら」
今度は私の番と、クリスティーナが華麗に跳躍する。
「いくら身体を毛で覆っても、目を覆う事はできないはずですわ」
――ぽふっ。
残念。
実は目の部分もほとんど体毛だったりする。視界用に空いているのは少しだけなのだ。
「でも……もふもふ」
まあ、それはそれでご満悦。
「ならば! かつて蒙古が大陸を制覇した技――蒙古覇○道……!」
九朗も再び攻撃をかける。
――ぽふっ、もふっ。
もうビッグアヒルのあちらこちらから、そんな音がもれ出している。
で、当人は困ったように、ピヨッと鳴くのであった。
●
「どうやら、打撃ではダメージを与えられないようですわね」
ならばと、クリスティーナが建物の上からビッグアヒルの背中に飛び乗る。
――ぽふん。
「あら…」
予想以上のふわっふわっ。
「なら、僕も」
ジェニオもボディプレスアタックだ!
――ぽふん。
「わー、どこまでも埋もれるよ! ふわふわ! お日様の匂いもするね」
そんな甘い言葉にすかさず背中に移動する撃退士たち。
途中でイアンが小天使の翼を使ってフォローに回り、全員無事に登頂できた。
で、実際に登ってみると思いのほか広い。
「もしかして太ってるのかな、こいつ?」
「そんなことより、背中でお昼寝とかすっごく気持ち良さそうです♪」
エヴェリーンが早速ごろんと寝転がれば、釣られて他の者たちも横になってみる。
「わー気持ちいいなー」
「最高の寝心地だぜ……」
ジェニオと、九朗が目を閉じて大きく体を伸ばす。
「でも…あんまり見せられる気はしませんね」
それに、イアンが苦笑を返した。
知り合いにこうしているところを見られるのはちょっと恥ずかしい。
まあ、幸いなことに今は知り合いもいない。思いっきりもふもふを堪能させてもらうとしよう。
と、横になって寝返りを打つと全身がふんわりとした感触に包まれる。
「これはいいですね…」
「うむ、これは神話になる……神話に……」
直ぐ近くを、笹緒がごろごろと転がっていた。
同じく全身でそのふわもこを感じているのであろう。
「着ぐるみなのにどうやって感じているのでしょうか?」
「わかりませんね。それよりもこのアヒルをどうにかしないといけないのですけど……」
クリスティーナのつぶやきに応えた、凪はビッグアヒルの攻略を考えているが、辿り着けた答えはひとつだけだ。
「……物理が駄目なら、魔法…?」
試してみようか?
――ピヨッ!
ちょうど、ビッグアヒルが暴れまわる撃退士に怒って声を出した。
――ピヨッ! ピヨッ!
うっ、可愛い。
「何かがあってからじゃ、きっと遅い…のだけど…」
やっぱり手が出しにくい。
「そうでしたわ! これを試すために登ったというのに」
と、そこにクリスティーナが自らの成すべきことを思い出し、ビッグアヒルの首に腕を回す。
……が、全然、足りない。
まあ、サイズ的にも足りないことは余裕で分かりそうなことであった。
「ならば、このままチョークスリーパー!! ですわ!」
――もふもふもふ。
「なんてアヒル、なんてもふもふなんですの!? 妹の胸よりもふもふしてますわ!」
やはり、すべてはもふもふに帰してしまうのか。
恐るべし! ビッグアヒル!!
もう、撃退士には何の手もないのか?!
「お菓子とお茶を用意してきから、お茶会するですよ♪」
あら?
「いいですね」
「ご馳走になります」
エヴェリーンの提案に乗って、のどかなひと時が過ぎていく。
はぁ、平和だ。
「そういや、ぱんマゲに飛びつこう〜!」
ぱんマゲって、何? と疑問を浮かべている間に、九朗が笹緒に飛びついた。
「おっ、ボクも!」
「…僕も触っていい?」
カズヤとジェニオも追随する。
実のところ、このジャイアントパンダもかなりのもふもふだ。
「くっ、甲乙付け難い……!」
「わーもふもふだー」
ああ、世界は何てもふもふで溢れているのだろう。
「そういえば、ヒリュウはどこに行ったのです?」
きょろきょろと、エヴェリーンが首を振る。
「時間が来たんで戻ったんだ。ちょっと待っててくれ」
カズヤがお茶会でココアとお菓子をご馳走になった礼だと、ヒリュウを再召喚する。
そして、現れたロゼがふわりとカズヤの横に降り立った。
「触っていいぜ。ロゼもいい子にしてるんだぞー?」
「では、失礼するのですー」
エヴェリーンが猫と同じ要領で、ロゼを抱きながら優しく撫でていく。
「えへへ〜。シアワセーなのです〜。こんな可愛い相棒さんが居るクラスも良いですね〜v」
ううん、ほんと平和だなぁ〜。
●
ほのぼの、まったり。
有効な撃退方法も見つからず、癒しの時間が過ぎていく。
……って、それでいいのか撃退士!
「はぅ?! そいえば倒さないとダメなのですよね…。うぅ、こんなに無害なのですから、学園につれて帰っちゃいたいですー。にゅーでも、そうすると『元』にされた子が可哀想ですし…」
どうしたものかと、エヴェリーンがビッグアヒルを見る。
つぶらな瞳。
そして、もふもふプレスがきた!
「ああ、やっぱりもふもふですー♪」
敵意はあるのだろうが、如何せん攻撃になっていない。
「……ああ、くそ、心が痛ぇなぁ」
どうしたものかと、九朗も困っている。
「まあまあ、まだ試してみたいこともありますし」
声をかけてきた、イアンの手にはホースが握られ、反対側の手は水道のハンドルに伸びている。
「気になってしまっては仕方がないので、やってみますかね」
勢いよく飛び出す水がビッグアヒルの柔らかな毛を濡らしていく。
それに合わせてどんどん小さくなっていく体積……。
――ピヨッーーー!
「これは……」
「見る見る小さくなっていきます……」
次第に棒のような肉体部分が……!
――ピヨッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
水を払おうと、ビッグアヒルが体を揺すって水気を飛ばす。
「うわああああ!」
当然、周りに雨のように降り注ぐ水滴。
「おい、待てって。あれは攻撃じゃないんだ。って、ブレスはダメだって……!」
カズヤが止めるのも聞かず、ロゼがブレスを吹いた。
で、
「あーあ、倒しちゃった」
見事に一撃でお亡くなりになったのである。なむー。
「しかし、癒してもらいましたし、なんていうか…ごめんね」
とりあえず、イアンが手を合わせた。
こっそりと、凪がやりにくい仕事をしてくれたロゼに心から感謝する。
「いいもふもふを有難う…! 生れ変って普通の可愛いアヒルで幸せになってね…!」
「…アヒルさんとのひと時、すっごく楽しかったのです…!」
ジェニオと、エヴェリーンが旅立ってしまったビッグアヒルに言葉を送った。
さらば、ビッグアヒル。
君のことはきっと忘れない。
「さて、仕事も終わったし。帰りますか」
「そうですね」
「名残惜しいですわね」
「だよな、初めての戦闘任務。すっげーおもしろかったぜ!」
「……えっ、戦闘だったのですか?」
「うむ、神話級の戦いだった」
何か人によってそれぞれっぽいけど。
●
さて、先ほどの戦い(?)をこっそりと見ていた天使がひとり。
「……くっ、私のサーバントが敗れるとは……だが、甘く見るなよ人間。あれは同コンセプトで作られたサーバントの中でも一番の小物。次は目にもの見せてくれよう、わっはははははははは!!」
当初の目的を完全に忘れているみたいだが……まあ、いっか。