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件の学校に面した通りからは、人の行き交いが途絶え始めている。
「いよいよにゃ!」
「手筈どおりに行きますわよ」
素早く、猫野・宮子(
ja0024)と、桜井・L・瑞穂(
ja0027)が門扉へと近づいていく。
事前に瑞穂が調べた限りではここが侵入経路として最適に見えた。
「時間は有効活用しませんと、ね」
瑞穂のつぶやきと同時に、宮子が地を蹴って門扉を飛び越える。
「ん、魔法少女マジカル♪ みゃーこ出陣にゃ♪」
赤を基調とした魔法少女の衣装がふわりと靡き、猫しっぽが上下に揺れた。
着地して周りに誰も居ないことを確認すると、瑞穂を呼び招く。
そうして、校内に入ると後は校舎へ一直線だ。
宮子は本来なら攻撃用のスキルである迅雷をも移動に使って、校舎へと迫る。
続いて壁走りを使い、スピードを落とすことなく、校舎の壁を駆け上がった。
「階段なんか使わずともこれなら一番早いのにゃ♪」
「同感っすね」
後ろから声がした。いや、壁に張り付いていることを考えれば……下からだ。
「考えることは同じっす」
斜め下から同じように、忍装束の少年(以降から忍者くん)が壁を駆け上がってくる。
「おっと、それは読んでいたのにゃ! 瑞穂さん任せるにゃよ」
「ご期待に応えてみせますわ」
瑞穂の手が魔法書を手繰り、矢継ぎ早に放たれた魔法が忍者くんの目の前で爆発。
「っと……!」
慌てて進路変更を掛けるが、次々と襲かかってくる魔法が前進を許さない。
その間に、宮子は更に先へと進んでいく。
ここで視点を変えよう。
少し離れた茂みから、田村 ケイ(
ja0582)がじっと様子をうかがっている。
「さ、楽させてもらいましょうか?」
ゴーグル越しに、オートマチックP37の照準を合わせる。
狙いは独走している宮子だ。
「死んで。私のために」
銃声が鳴り響く。
音に反応して、振り返った宮子の先を銃弾が通り過ぎた。
「にゃ?!」
危険を感じて、そのまま近くの窓を破って校舎の中へ。
「不覚でしたわ。まさか他にも居たなんて!」
次の銃撃が来る前に、瑞穂も手近な窓を破って中へと逃げ込む。
忍者くんを見つけたために、生命探知を後に回したのが仇となった。
(さすがに一筋縄では行かないわね)
そして、ケイがそれを追いかける。
一方その頃。
別ルートから校舎に入った、並木坂・マオ(
ja0317)はペンライトの小さな光を頼りに教室へと向かっていた。
(ホームレスの人や野良犬野良猫は棲家にしてなかったけど……)
リノリウムの廊下がペンライトの光を受けて嫌な輝きを放っている。
(この雰囲気、ただの廃墟なら慣れてるけど……出そう)
怪談ものによく使われるだけあって、今にも出てきそうだ。
蹴りの効かないような相手はご遠慮願いたいのだが。
(でも……これは勉強の苦手なアタシへの救いの手! 別にカンニングとかじゃなくて、過去問みたいなもんだしね。やましい感じがしないのもいいし、ガンバってUSBメモリゲットだ!)
怯みそうになる心を奮い立たせて、マオは更に先へ進む。
――ゴトッ。
背後から物音がした。
見たくないが、恐る恐るペンライトを後ろに向ければ、そこには巨体が立っていた。
「で、出たーーー!」
「うおっ?!」
マオは一目散に逃げていく。
残されたのは声を掛けようとしていた巨漢の阿修羅(以降から阿修羅くん)であった。
女性の悲鳴に、相川北斗(
ja7774)と、相川零(
ja7775)がびくっと反応した。
校舎を照らす零のトワイライトと僅かな月明かりで見える範囲に人影のようなものは見えない。
「一体……どこから?」
「待って、姉さん」
零が耳を澄ませて音の出処を探る。
そう遠くはない。
「どうやら上に向かっているみたいだね。急いだほうが良さそうだ」
「先を越されちゃったか、行くよ」
「って、そっちじゃなくて、こっちだよ」
間違った方向に進もうとする北斗の手を、零が掴む。
そして、二人も目的地に向かって駆け出した。
●
三階に上がると戦闘音が聞こえてきた。
その音を頼りに、フィール・シャンブロウ(
ja5883)が足音を忍ばせて近付いていく。
半ば予想できていたことだが、音の源は3−A教室から生まれていた。開き放たれた扉からは、刃を交えながら牽制し合っている宮子と忍者くんの姿が見えた。
(よりによって教卓の前か。おまけに意識してるわね、時計を)
フィールが導き出した答えに二人ともたどり着いたのか、互いにその場所を譲ろうとしない。
「そこを退くのにゃ!」
「どうやら狙っている場所は同じっすね。ならば、やはりそこにあると見るのが正解っしょ!」
互いに苦無が飛び交う。
(こうなれば、どちらかが倒れたところで)
漁夫の利を狙って、フィールが動向を見守っているうちに廊下から足音が聞こえてきた。
「来ないでよー!」
「逃がすかぁああああ!」
必死に逃げるマオと、それを追いかける阿修羅さんだ。
これはまずいと、フィールが隠れる場所を探して振り返れば、振り向いた先からも足音が響いてくる。
淡いトワイライトの光の先に、北斗と、零の姿が垣間見えた。
(両方から……?)
逃げ場がない。
そして、考えている間もこちらへと近付いてきている。
覚悟を決めて教室に飛び込めば、両側から迫っていた者たちも教室へと入ってきた。
「………」
「………」
どうしたものかと、探るような視線がぶつかり合う。
そうしている間に、魔法と銃で牽制し合いながら、瑞穂と、ケイがたどり着いた。
最後に、羽空 ユウ(
jb0015)がやって来て、ここにブッキングしてしまった十人が顔を合わせる。
おまけに全員の意識に時計が向かっているようだ。
声にこそ出さないが、やはり天井近くに掛かったあの時計こそが隠し場所なのか?
「てゆーか、これ、ゲットしたUSBメモリを独り占めする必要あるのかな? ミンナで見せ合えばもっとテストの点数上げられると思うんだけど? 別に点数競い合ってるわけじゃなくて、進級できればいいんだしね」
どうかなと、マオが集まった者たちの顔を見ながら問いかける。
「そうね。戦闘は避けたいから他の人と教科がかぶらなければ譲り合いとか? もし一緒に使うことがOKなら寮に帰りって、一緒に勉強会をしてもいいよね」
北斗がすぐさま同意を示した。
「大学部のだけ貰えれば、こちらは穏便に済ませてもいいけど」
フィールもまた同意見だ。
USBメモリという媒体である以上、それらは実現可能に見える。
争うしかないと思えた状況であったが、撃退士たちは互いに協力し合えることに気づいた。
ああ、何とういう美談だろう。
めでたしめでたし。
「おーっほっほっほ♪ 悪いけど、絶対に譲る訳にはいきませんの」
おっと、ここで瑞穂が異を唱えた。
「目標達成の為、わたくし達が頂きますわよ!」
「「な、なんと?!」
「わたくしの目標は主席ですわ。即ち敵に塩を送るなどありえませんわ!」
「あっ……」
主席。
遠過ぎて、マオにはスコーンと抜けていたが、確かにそんなものもあった。
「私も助け合う気なんてないわ。さて、ノートはどこかしら」
「「えっ?!」」
ケイが時計に拳銃を向けている。
次いで発射された銃弾が一撃の元に時計を床に叩き落とした。
真っ二つに割る時計。
そして、その中から無数のUSBメモリが飛び散る。
「げっ!」
しかも飛び散るUSBメモリは、メーカーも形もまったく別の物だ。
嫌な予感がする。
これを隠したお茶目な先輩の意図を正しく理解する者が居たら……。
「さすがね、先輩」
フィールがすかさずポケットに入れておいたUSBメモリを投げつける。
「「ああっ!!」」
何ということだ。
偽物が混ざってしまった。
急いで各自が手近なUSBメモリを拾い集めるが、どれが本物なのか見分けがつかない。
「じゃあね」
そして、それを知る唯一の人物は逃走した。
「やられたのにゃ!」
「追いかけなさい宮子。そしてこれをお願いしますわ!」
瑞穂がUSBメモリを投げた。
「任せるのにゃ!」
宮子はそれを引っつかむと迅雷を使って一気に追いかける。
遅れて忍者くんもあと追うが、その前にユウが目配せを送ったのを、ケイは見逃さない。
「いつの間に抱き込んだの?」
「利害が、一致した、だけ」
ケイと、ユウの視線が触れ合った。
それは他の者たちも同様だ。
緊張が高まり、場の空気が張り詰めている。
「こうなったら何とか切り抜けるよ! 後方支援は任せた、弟よ!」
「ほどほどにね、姉さん」
北斗が一歩前に出て、零が魔法の態勢に入った。
引き金はそれで充分。
まずは猪突猛進に阿修羅さんが飛び出し、瑞穂がそれを迎え撃つ。
「此処は通さなくてよ。おーっほっほっほ♪」
次いで、3−A教室に戦闘音が激しく響き始めた。
●
フィールが急いで階段を駆け下りる。
だが、ダアトである彼女の移動力はあまりにも遅く、追っ手の足音はもうかなり近くまで来ている。
「何か……!」
妨害手段を探して、目に付いたのは各階ごとに設けられた防火扉だ。
これを閉めれば少しぐらいは時間が稼げるはず。
「……えっ?!」
引こうとした防火扉に何か紙が貼ってある。
――誰もが通る場所 学園への一歩 そこに名前を刻んでいる――
「これは……?」
新たな暗号かと思って動きが止まる。
そして、それはあまりに致命的な時間のロスとなった。
「追いついたのにゃ! さあ、USBを渡してもらうのにゃっ!」
宮子が後ろから強襲。
次いで忍者くんもやってきた。
「どうやらダアト(ユウ)さんの策にはまったみたいっすね」
なるほど、ブービートラップか。
だが、本来は3−Aの教室に仕掛けるはずが、思いのほか他の者たちの到着が早かったため、代わり適当な場所へと貼られただけなのだが――まあ、それはここだけの秘密である。
兎にも角にも三つ巴だ。
フィールは二人をエナジーアローで牽制しながら逃げ道を探した。
銃弾が直ぐ脇を通っていく。
「……っ」
漏れかける悲鳴を、マオは押し殺して必死に逃げる。
手の中には何とか掴んだ二つのUSBメモリがある。
(こんな思いをして何も手に入れずに帰れないよ!)
だが、ケイが振り切れない。
「絶対逃がさない」
それもそのはず、先程受けたマーキングが嫌なぐらいに効果を発揮している。
「そろそろ観念したらどう?」
淡々と無表情にケイは銃を突きつける。
「もしかして楽しんでます?」
「……そんなことはないわ」
「今の間は何ですか!?」
「お待ちなさい! わたくしからは逃げられませんわよ」
飛び込んできた、瑞穂の魔法書から既にアウルの光が漏れ出している。
「ちっ」
慌てて、ケイが飛び退く。
「巻き添えはいやーー!」
マオも少し遅れてあとを追うと、先程まで居た場所から轟音が響いた。
「正面からの打ち合いなら負けないよ!」
アウルの力も使って、北斗が偃月刀を一閃させる。
それを難なく受けた阿修羅さんが威力に押されて少し後退った。
「姉さん、撤退することも考えて」
「わかってるよ!」
零の放った氷の錐が、北斗の攻撃に合わせて阿修羅さんを襲う。
巧みな連携で押し込んでいるが、向こうにも相棒がいる。
「ごめん、なさい」
ユウの呼び出した無数の腕がこちらの行動を阻害してくる。
連携は悪いが、はまれば怖い。
「少し時間を稼げればいいんだけど……」
「なら、お姉ちゃんに任せなさい!」
頑張るよ、と北斗が攻勢を強めた。
その間に零はタイミングを計る。
ほんの少しでも隙が出来れば――と、零は近くにあったゴミ箱を放り投げる。
「行こう、姉さん」
「うん!」
背後では見事にバケツマンになった阿修羅さんが立っていた。
●
こうして混戦のままに、それぞれが学校から逃走した。
今は持ち帰ったUSBメモリを確認しているところで――
「鬼道忍軍に追われて1個でも持ち帰れたんだからよしとしないね」
フィールは手に持ったUSBメモリを早速パソコンに挿してみる。
起動したランチャーには見たこともないプログラムとテキストファイルが一つずつあった。
「どれ」
まずはテキストファイルを開くと件の先輩と思われる人物からの言葉があった。
「なになに……このUSBメモリはパソコンとの接続を切ると同時に初期化します。くれぐれも注意してね……?」
ならば、プログラムをコピーしようとするがエラーが発生した。
コピーできない……。
「さすがは天才。流用はさせてくれないのね」
諦めてプログラムを開けば、そこに展開されたのは社会のノートであった。
「はぁ、今更一般教養のを手に入れてもねぇ……」
あの苦労は何だったのか。
「貴重な時間を無駄にしたかも……」
「瑞穂さん、これでお互いに点数を底上げ出来るね♪」
「他にも解らないところは、わたくしが教えて差し上げますわ」
宮子と瑞穂が苦労して手にいれたUSBメモリは四つだ。
意気揚々とパソコンに挿して、操作を進めていくが二人の表情が曇り出す。
「ダミーですわ!」
「この二つは本物だけど印刷できないよ!」
「おまけにコピーも出来ないなんて……!」
ショックを受ける二人。
スケジュールの組み直しだ。
急げ! 試験は直ぐそこに迫っている!
コトンとUSBメモリがテーブルに置かれた。
それを見つめる、ケイはいつも通りに無表情だ。
「ダミーひとつに、壊れたのがひとつね……」
銃弾で撃ち落とした際に壊れたのだろうか?
「ふぅ」
まあ、ある意味で自業自得な結末だ。
「精密機器は銃撃してはダメね」
それが彼女の得た教訓であった。
「助かったよー」
本当に恩に着ると、マオが手を合わせた。
で、ここは相川姉弟の住んでいる寮だ。
あれから偶然にも再開して、互いの戦利品を共有しようという話になったのである。
「今のうちに勉強してるといいよ。その間に夕飯作るからね」
北斗の厚意に甘えて、零と、マオがUSBメモリを挿してみる。
結果……他と同じようなことが待ち構えていたわけだが、ダミーが一つと本物が二つだった。
本物はそれぞれ、相川姉弟とマオが一つずつ持っていたので互いに協力し合って正解だったといえる。
「ただ、印刷もコピーもできませんから勉強していってもらうしかありませんね」
「うっ、頑張る……」
「二人ともしっかりね!」
そして、NPC枠の忍者くんと阿修羅さんだが……。
「やられたっす!」
「全部ダミーだーーー!」
手を組んでいた、ユウに見事にしてやられていた。
かくして彼女の手にはUSBメモリが六つ、うち三つはダミーだったが、ずば抜けた成果といえる。
(分かりやすい、ノートであって、答え、ではない。……努力、している、つもり)
手に入れた戦利品を前に、ユウは勉強の準備を始める。
ふと、思い出して二人と別れた方に手を合わせた。
な〜む〜。
「さて、後輩たちは楽しんだかな。ふっふふ♪」
諸悪の権化が夜空を見ながら笑う。
脳裏にはまた新しいイタズラを浮かべながら――