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劇の時間が刻一刻と迫りつつあった。
「演劇か…治療中に見ていたDVDが役に立つ時! 小道具は作り込んであるようだな! …ん?」
ラテン・ロロウス(
jb5646)が何かを見つけた。
既に彼の周りにはよく分からない物が積まれているが、更によく分からなくなっていく。
「桃太郎? それ何ぞ? とりあえずは、好き勝手やればいいんっしょ?」
秋桜(
jb4208)も明らかに桃太郎に使うとは思えないような物を引っ張り出している。
予想はしていたが、これは……。
誰か、誰かまともな人はいないのか?
「えっと…盛り上げればいいんだよね!」
「…というか、きびだんご食べたい」
紀浦 梓遠(
ja8860)と、海城 恵神(
jb2536)もせっせと準備をしているが、期待は薄そうだ……。
「……恥ずかしいですけれど、その、うぅぅ……」
もう、月乃宮 恋音(
jb1221)なんて顔を赤らめて明らかに気後れしている。
「大丈夫ですよ。いつもどおり行きましょう」
そこに声をかけたのは、袋井 雅人(
jb1469)。
もう既に彼は着替え終わったようで桃太郎らしい立派な衣装に身を包んでいる。いつもの眼鏡は役にそぐわないので外しているという徹底ぶりだ。
良かった! これで少しは園児に見せられる!
「ああ、困ったことがあったら私に任せたまえ。6割のゴリラはこの着ぐるみで演じきってみせよう」
割って入ったのはラテン。で、ゴリラの着ぐるみ、ってーーー!
「ふっ、私の役割はお供だ、モモタロ四天王の一人ダークゴリラだ!」
四天王ってなんだーーー?!
……というか、誰もこれをおかしいと思わないのか? もしかして間違っているのはこっちなのか?!
「さあ、行きましょう」
次々と控え室から出て行くの撃退士たち。
とりあえず、劇が幕を開ける!
●
「良い子のみんな楽しみにしてくれていたかな? お兄さんお姉さん達がんばちゃうからみんな応援よろしくね!」
陣羽織に身を包んだ、雅人が舞台袖から顔を出す。
思わぬサプライズに園児たちから「わー」っと声が漏れ出した。
「それでは久遠ヶ原学園生による桃太郎を開幕するぞ」
続けて、霧切 新(jz0137)がナレーションを。
「昔々あるところに桃太郎という、女難の相を持って生まれた天然のラブコメ体質の男がいた。で、自分を中心に騒動が起こるので同じところには居られず、男女の真の恋愛を求めて放浪の旅を続けていた」
淡々と読み上げられていく妙な設定。
そのせいか幼稚園の先生もおかしいと気付いたのは少し経ってから。
で、止めとばかりに幕が開く。
中央に立つのは立派な若武者となった雅人こと桃太郎、傍にはゴリラのきぐるみを着たラテンが控えていた。
左手の方には御簾が下がり、奥に居る人物の影しか分からない。
「あなたがかぐや姫でしょうか?」
「……はい……」
桃太郎の問いかけに、御簾の奥から恋音ことかぐや姫が応える。
「噂に聞くお姿を拝見させては頂けないでしょうか?」
「……え、えと、そのぉ……恥ずかしいです……」
御簾にもじもじとした影が映った。
「こうして桃太郎とかぐや姫は恋に落ちた」
「…ちょ、ちょっと待ってください」
「……恋に落ちるのが、急すぎます……」
突然のナレーションに二人が抗議する。
「時間を掛けないようにとの指示が入っている」
「そんな、まだ遊園地に行く約束も取り付けていません!」
「……あんまり、ですぅ……」
ちなみに新のナレーションは各出演者からの要望が適当に織り込まれている。ついでに天の声も適当に。
「では、約束を早く」
「こんな雰囲気では…」
「……ええと、うぅ……」
「やぁ桃太郎、お困りのようだね」
真っ赤な花弁が一枚ひらりと舞う。
落ちてきた先を目で追いかけるとタンスの上に立つ梓遠の姿があった。
パーティドレスのようなものを着ているが、どういう役割なのだろうか?
「ここは桃太郎がいうように場を盛り上げる必要がある。さあ、みんな力を貸してくれ」
梓遠が呼び掛けたのは園児たちだ。
「さあみんな続けて――頑張れ」
「がんばれ」
「がんばれー」
「がんばれ!」
と、園児たちから声援が続々と。
それに背を押される形で二人は気恥ずかしそうに約束の言葉を交わす。
「…かぐや姫、どうか私と遊園地に行ってもらえませんでしょうか」
「……え、えと、そのぉ……。……あ、有り難う御座いますぅ……」
●
「こうして無事に約束を交わした桃太郎とかぐや姫だったが、なんとかぐや姫が鬼にさらわれてしまった!」
場面転換に合わせて急展開。
「「ええっ?!」」
子供たちもびっくり。
更に今度は大人のテーマパークばりのド派手なLOVEホテルっぽい舞台背景が設置されているではないか!?
「「えっ……」」
先生方が絶句した。
園児たちがよく分かっていないのがせめてもの救いだ。
で、そこに居るのは悪魔としての容姿を活かして鬼役を務める秋桜。
「いい加減その御簾から出てきたらどうだぉ?」
「……恥ずかしいですぅ……」
ちなみにかぐや姫は御簾を持ったまま攫われてきた。まあ恥ずかしがり屋さんだからね!
「そう言わずにそろそろ顔見せきぼーん」
「……ほんとに……ダメです……」
「ふひひw 恥ずかしがるところも可愛いんだぉ。でも、ここは心を鬼にして……って鬼だったし。ともかく、俺らAやってしまうんだぉ」
秋桜の指示に今まで舞台の隅でナレーションをやっていた、新が御簾の隣に歩いていった。
で、そのまま御簾を引き上げていく。
「……ちょ、ちょっと待ってください……」
慌てて詰め寄って御簾を押さえるかぐや姫。
気にせずに続ける新。
「よいではないかよいではないか〜」
楽しそうに悪代官をやる秋桜。
御簾はじりじりと上がっていく。
「鬼だから人の嫌がることをしなくちゃいけない罠。さあ、どんな姿なのかな」
ついには秋桜自身も加わって、一気に御簾が上がった。
そして、そこには、
「……あっ……」
赤面するかぐや姫――と形容するにはあまりに色気たっぷりというか、胸のサイズ的に花魁みたいになった姿――が恥ずかしそうに体をくねらせている。
「キターーーーーー!」
予想外の展開に、秋桜が歓喜の声を上げる。
かぐや姫からは悲鳴が。
「ぜひともホテル『鬼ヶ島』で働くといいよ!」
慌てて舞台の幕が下りてもしばらくの間、奇声が漏れていたとか……。
恐るべし、ドHENTAI!
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再び舞台の幕が上がるとそこには野外のセットが並べられていた。
「そして、桃太郎一行はかぐや姫を救出するべく急ぎ鬼が島へと向かっていた」
ナレーションと共に桃太郎とダークゴリラが舞台袖から出てくる。
「姫が、何ということに…」
「落ち込んでいても仕方ない。早く助け出してあげねば」
励まされながらも進んでいく桃太郎。
だが、そこに『ねこふんじゃった』のメロディが流れる。
舞台袖から、恵神がさっと現れてセットの山に飛び乗った。
「我が名は白若丸っ! 鬼という鬼をこの正義のハーモニカで断罪するぜっ!」
名乗りを上げるとドヤ顔のまま、ハーモニカを吹く。
「あ、あなたは一体?」
「下がるのだ――」
問いかける桃太郎を、ダークゴリラが押し留め、
「こいつは敵だ!」
黒いもので出し抜けに斬りかかれば、白若丸は出てきたときと同じように軽やかに飛んでこれを回避。
交錯する互いの視線。
白若丸はにやりと笑い、突然流れ出したルンバのリズムに乗ってステップを踏み始める。
「レッツ笹かまパーリィッ!! 地獄のカーニバル、開演だぜぃ!」
そのまま光の翼で飛び上がり笹かま(真空包装)をばら撒き始めた。
「ほらほら砂袋も混じってるぜ」
「むっ…やるな。だが、きぐるみなので食べられない。非常に残念だ!」
対するダークゴリラは涙しながら黒い棒状のもので次々とさばいてく。
しかし、あれは何だろう。
棒状かと思えば妙にくねったり、汁のようなものが飛び散ったり……。
「ふっ、これぞ。四天王の一人、ナマコDXだ。……途中で拾ったのだが…生きてるなコレ、先端から謎汁が出ている」
「「きゃああああああ!」」
悲鳴を上げたのは女性の先生方。
これは結構やばいかも!
「どうやらまたお困りのようだね」
そこに再び、梓遠が登場。
「あなたは一体?」
「それよりもこの場を何とかする方が大事だよ。落ち着いて、動きをよく見るんだ…そうすればおのずと道は見えてくる」
梓遠の言葉に、桃太郎は激しい(?)バトルを続ける二人に目を向ける。
そして思い出す、バタバタと役割を決めたが恵神は敵役ではなかったような……。
「そうか!」
桃太郎の出した解答に、自信を持たせるように梓遠がうなずく。
「白若丸さん待ってください。あなたの真意がわかりました」
「ほう」
「あなたは私たちが鬼と戦えるかどうか試していたのですね」
「……おおっ、そうだったぜ!」
白若丸が拍手を打つ。
こいつ忘れてたな、とは出演者たちの心の声。
ともかく、どうにか分かり合えて白若丸とダークゴリラががっしりと手を結んだ。
「…あ、あれ、私の役目では?」
「まあ、戦ってたのはゴリラだったしね」
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そして、いよいよ最後の場面転換。
外観はキャバクラとホテルが合体して、いかがわしさ極まったような感じだ。
「こ、これは一体…」
桃太郎一行も絶句。
「……た、助けてください……」
「ふふふ、よく来たんだぉ」
そこに舞台袖から現れたのは花魁モード全開になったかぐや姫と、それを押さえる秋桜だ。
「ひ、姫……」
思わず目のやり場に困る桃太郎。
「むっ、なんと卑怯な。そのような幻術で私たちを惑わせるとは…!」
フォローを入れながらダークゴリラが走る。
割り込んでくる影。
咄嗟にナマコDXを振るうと、新が鉤爪でこれを受ける。
「さあ、俺らA。そいつらを駆逐してしまえ」
「了解した」
秋桜の命を受けて割りと本気の一撃。
「ぬおっ…」
回避は出来たが思わず、嫌な汗が浮かぶ。
「ま、待て」
二撃、惨劇。
「ぎゃあああああ! …ってゴリラじゃなかったら致命傷だった!」
腹部に大きな引っ掻き傷が!
「させるかっ!」
コンと、新の頭にハーモニカが当たる。
「やってくれるじゃないか。だが、今度はこっちだ。レッツ笹かまボーナスステージッ!!」
白若丸が再び光の翼で飛び上がって笹かまと砂袋をばら撒く。
「さっきは不発だったが、今度は笹かまの魅力に勝てないぜ! ぶっ……」
そこに何ということでしょう!
投げた砂袋のひとつが白若丸に直撃したではありませんか?!
「へぶし! 私の命もここまでか…さらば皆の衆、お供えは豪勢に頼む…」
「「おいっ!」」
白若丸改め、恵神は光の翼を生やしたまま天(天井)へと上っていく。
「くっ…こうなれば四天王の一人、ゴールデンフィッシュよ。いよいよ出番だ」
ダークゴリラが腰に携帯した物を取り出し、
「モモタロさん、さあこれを」
言ってナマコDXを手渡す。
「えっ…?!」
手の中で蠢くナマコ。桃太郎は妙な顔になった。
ちなみに新は先ほどばら撒かれた笹かまをせっせとほうばっている。
今がチャンス!
ダークゴリラはさっと新の後ろに回って羽交い絞めにする。
「しまった」
「一緒に地獄へ行ってもらうぞ。さあ、モモタロさん!」
「えっ、これでやるんですか?!」
「さあ、早く!」
「ええっいいいい!」
嫌々ながらも桃太郎はナマコDXをフルスイング。
カッキーン!
ナマコとは思えない音を立てて、ナマコとは思えないほどにダークゴリラと新は吹っ飛んでいく。
「さらばだモモタロさん、幸せにな。ナマコDX…後は頼んだ」
そして、ダークゴリラは持っていた物を強く握る。
「そう、今まで秘していたがゴールデンフィッシュは爆弾だったのだ! エレガンツ!」
マジッ?!
で、本当に爆発した! ついで星の輝きもキラキラと!
「テキサァス!」
――アア、キレイダナー。
で、広がる爆煙。
薄れた先に広がる天井は無傷で……代わりにお約束として二人が真っ黒焦げになっている。
「……この状態で、この高さから落ちたら死ぬんじゃないか私……お、いいタイミングで巨大な鳥が! ちょっとそこまで乗せるがいい!」
「ちょっ、どこ掴んでるんだ?!」
先ほどからふわふわしてた恵神に、これ幸いと掴まる二人。
そして、そのまま舞台袖にフェイズアウト。
こうして残ったのは桃太郎と、秋桜。
「…みんなの犠牲は無駄にしない」
「ふふふ、あとは桃太郎氏を倒せば姫は私のものね」
勝った方がかぐや姫を手に入れられる。
いよいよ最後と場も盛り上がってきたのか、園児から桃太郎に声援が送られる。
「待て待て! 桃太郎よ、残念ながらお前はこのお話の主人公ではない!」
飛び出してきたのは先ほど一緒にフェイズアウトしていった恵神。
「マジカル☆鬼メイド恵神ちゃん参上! 主人公はこの私だっ!」
「「ええっーーーー?!」」
全体から響く驚きの声。
うん、そりゃそうだ!
「二人とも倒して姫は私がいただくぜぃ!」
マジカルなステッキで桃太郎のお尻をスパーン。
ついでにもう一撃、
「……あれ」
すんでのところでかわされた。
ステッキは勢いのままに背景セットを直撃して……ゆっくりと崩れてくる!
打ち込んだ恵神はもちろん、秋桜も巻き込んだ。
「おのれ桃太郎! 卑怯なり!!」
「最後のオチがこんなとは悪いことはできないね、サーセンw」
「えっと……」
「きみの勝ちということだよ」
そしてまたまた現れる梓遠。
「やぁ桃たr……」
「…もしかして噛みました?」
「噛んでない! ……ええ、こほん。それはともかくとしてきみの勝ちだよ。さあ、止めを」
じっと二人を見る桃太郎。
「悪行を尽くしてきたとはいえ、彼らにも…」
「ふむ、では私が止めを刺しておこう」
「「えっ…?」」
ザクッ。
「やーらーれーたー!」
二人は物質透過してそのまま舞台の下へ。
「はっはっは! 完璧な芝居だったな!」
……下から何か聞こえてくるのは気にしない方向でお願いします。
「それはそうと何度も助けてくれるあなたは一体?」
「僕のことはどうでもいい。早く姫を助けてあげるんだ」
「ところで、あなたは女性なのですか?」
「それもいいから!」
さっと身を翻し、梓遠は走り去っていった。
「そうだ! 早く姫を」
こうしてかぐや姫の元に駆け寄る桃太郎。
ゆっくりと助け起こし、
「私は貴方が好きだっ! 貴方が欲しいっ!!」
「……はい、私などでよろしければ、ずっと、お側に置いて下さい……」
見つめ合う二人。
それを見て園児たちから歓声が上がる。
合わせるようにゆっくりと降りてくと幕が下りてきた。
最後にカーテンコール。
「私はここにいるみんなを愛していますよっ!」
雅人が周りを見渡して絶叫する。
(…何であんな事したんだろう)
対照的に、梓遠は正気に返って意気消沈としている。
まあ、これも背後のINBOUってヤツです、ご愁傷様〜。まあいい黒歴史になっていることを祈りますw