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鳳 静矢(
ja3856)は近付いてきた仲間に目配せを送ると、トモエの両親に向き直った。
「落ち着いてください。もし娘さんが無事保護された時、貴方達が傷付いたり取り返しのつかない状態になっていたら娘さんはどう思うでしょうか?」
端的にかつ、後から来た仲間にも状況が分かるように言葉を選んでいく。
「貴方達がこのまま探しに行っても、天魔が出てきたらどうしようもありません…私達を信じて任せてもらえませんか」
「……しかし」
「…お願いです。邪魔にはなりませんから」
だが、両親の気は思ったよりも急いている。
言葉を交わしつつも娘を探して、辺りをうかがうように視線が逸れていく。
「事情は分かりませんが、娘さんが中に入っていったんですね。なら、俺達に任せてください」
やむなしと、龍崎海(
ja0565)も押さえに入った。
「なら、ボクは先に追いかけるよ!」
そこに大浦勇気(
jb6141)が飛び出す。全力疾走で天使の支配領域の方へと。
「…ちょっ、危ないから」
天海キッカ(
jb5681)が慌てて追いかける。
「それにどっちに行ったか見てないでしょう!」
ぴたっ。
声が耳に入ったのか、勇気が立ち止まった。
「わんは女の子が走って行ったのを見てるから一緒に行きましょう。あと、天魔が出るところで全力疾走は禁止です」
「なるほど了解だよ!」
二人はそうして路地の先へと進んでいく。
「あれなら行かせても大丈夫だな。さて、こちらをどうするかだが…」
海の脳裏にクリアランスのスキルが過ぎったものの、あれはアウルが使える者でなければ効果がない。
いくつか考えてみたが、多少時間がかかっても正攻法で行くしかなさそうだ。
「俺達は撃退士ですから、普通の人が探すよりよほど迅速に捜索できます」
向こうは感情的になっているが、ここは道理を説いていく。
「あなた達が一緒だと、あなた達を護る分余計に人手を割かないといけなくなるし、撃退士の速度に付いてくるのも難しいだろうから、その分動きも鈍る……。感情に任せて行動してると、娘さんの生存率はどんどん下がっちゃうよ……」
リアナ・アランサバル(
jb5555)も説得に加わるが……果たしてどこまで通じているだろうか。
「私たちのことはいいんです!」
「探させてください。こうしているうちにも…あの子は……」
どうやら自分たちのせいだと、自らを追い込んでしまっているようにも見える。
何とか落ち着かせたいところだが、どうしたものか。
こうしている間にも刻一刻と時間が過ぎていく……。
「――はぁあああああ!」
そこにオーラが吹き荒れる。
威圧されて、両親がその場にへたりこんだ。
「…手荒な事をしてすみません、ですが娘さんは元より貴方達の命も守る事も大事なのです、御理解を…」
怯んでいる間に、静矢が手から携帯を抜き取った。
そのまま携帯を開いて、GPSによる追跡機能が使われているのを確認し、
「あとは頼んだ」
と、リアナに投げ渡した。
リアナは小さくうなずいて、海と一緒にトモエの捜索に向かう。
「という事で、こっちもやる事を始めましょうかねぃ」
十八 九十七(
ja4233)がナイトビジョンを装着しながら腰を抜かした両親の近くに座る。
「安全なところにお連れするんでちょっと我慢してくださいですの」
そうして、父親を静矢が、母親を九十七が抱えて監視に使っていた学校へ戻っていく。
●
茜から蒼へ。
まだ日の光があるとはいえ、夕闇が次第に濃くなっていく。
「GPSではどこになっている?」
「目印になりそうなのは大きめの交差点、あと郵便局の近くね……」
海の問いかけに、リアナは携帯の画面を覗いたまま答える。
距離としては300mほど。
撃退士にとっては大した距離でもないが、それでも移動のために掛かる時間は確固として存在する。
そして、その僅かな時間ですら一般人にとっては致命的過ぎるのだ。
「先行した二人がいい具合に居るといいのだけれど……」
リアナが自らの携帯で発信。
コール音が一回、二回、三回目で繋がった。
「もしもし、何処に居るかわかりましたか?」
応えたのはキッカ。
「大きめの交差点の近くにある郵便局の辺りに居るはずよ……」
「それなら直ぐ近くです! 行ってみますね」
「お願いするの……。あと携帯は繋いだままにしておいて……」
「了解です」
次いで足音が聞こえてくる。
リアナは傍らで自分の分も周りを警戒している、海に目配せを送った。
「ああ、あの二人だけでは心配だな。今なら、全力で移動すればすぐに追いつけるか」
その言葉にリアナは首を横に振る。
「救出は速度が重要だね……。でも戦闘は不要だから、なるべく避けたい……」
二人は辺りをうかがう。
嫌なぐらいに静かだ。
言いようのない不安を感じつつ、二人もトモエの居る場所へと走り出した。
「この辺りですよね?」
「そうらしいんですが……」
勇気と、キッカがさっと見た感じ、人影はない。
移動した可能性を考えて連絡を取るべきかとも思ったが、到着に要した時間は多く見積もっても20秒程度。まだ、この辺りに居る可能性が高い。
「キッカ先輩、こうなったら呼びかけてみましょう!」
「うん、その方が良さそうです」
二人には探知系のスキルが無く、他に手っ取り早い方法はない。
声の届く範囲が広くなるように離れながら二人は「トモエ」の名を大きな声で呼んでいく。
反応が欲しい。
どうか……。
「――助けてぇぇ」
それはともすれば聞き逃してしまいそうなほど小さな声だった。
だが、反応を待ち望んでいた二人の耳には確かに届き――直ぐさま駆け出す。
声は郵便局の裏側から。
建物の陰を抜け、視界に飛び込んできたのは少女に近付いていく骸骨兵士。
少女、トモエは居竦んでしまい壁にもたれて顔を青ざめている。
「やるなら全力!」
鞭状にアウルを結晶化させて、勇気がそのまま骸骨兵士の背面を突く。
大きな音を立て、背を叩いた。
骸骨兵士がふらついた体を立て直しながら後ろを向こうとする横を、キッカが駆け抜けていく。
反応して振り返ろうとする動きに合わせて、勇気の鞭が再びしなり、
「きみの相手はボクだよ。さあ、どっからでもかかってきな!」
注意をひこうと攻撃を重ねる。
その間に、キッカはトモエの傍へ。
「もう大丈夫。わんたちが必ずお父さんとお母さんのところへ連れて行ってあげるから」
励ましながらトモエに闇の守りを施しておく。
気休め程度だが、無いよりはいい。
キッカはトモエを背に守りつつ、攻撃に加わろうと紋章を手にして魔力を生み出す。
だが、
「……えっ」
そこに這い寄る影が――
「ここなら大丈夫です」
学校の屋上へと両親を運び、静矢はその様子をうかがう。
時間が経ったことでだいぶ落ち着きは取り戻しているが、トモエのことが心配なのだろう。
表情は不安一色。
静矢のちょっとした動きにも何か起こったのではないかと動揺を見せる。
「あんまり見られても困っちゃいますねぃ」
やれやれと九十七が肩を竦めた。
「トモエちゃんでしたっけ? まぁ、判らんでも無いんですよ、九十七ちゃんも」
次いで出た言葉は何となく。
「九十七ちゃんにもこんな年頃ありました故。まぁ、でも、飛び出してった方向と勢いと、色々と物騒で不味いのは確かですねぃ…。親子間柄に割って入る程の余地も程度も無いかも知れませんが、ぼちぼちやっていくとしましょうか」
「…そうだな」
静矢は応えながら屋上に持ち込んでいた照明をすべて点ける。
阻霊符は既に発動済み。
ここに篭城する構えだ。
万が一に備えて辺りも警戒する万端さ。
故に。
「嫌な感じの正体はこれだったんでしょうかねぃ」
フェンス際まで寄って索敵スキルを使った、九十七はそれをありありと捉えた。
――壁を登ってくる巨大な蜘蛛を。
●
影が差したと感じた瞬間、キッカは上を向いた。
粘糸を伝って下がってくる巨大な蜘蛛。
その上にはサイズに合致する巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされている。
「……っ!」
反射的に逃げようとする体を留まらせ、キッカはトモエを見た。
先ほど見た両親の顔も浮かんでくる。
ここで逃げれば……!
(――家族を失う。それは手足をもぎ取られるのと一緒。子を失って泣く親の姿なんてみたくないよ!)
勢いよくトモエを突き飛ばした。
間髪を容れず、蜘蛛が毒牙を剥く。
もう避ける術はない。
キッカの顔に苦悶が浮かび、それでも巨体に圧し掛かられることは避けてトモエの側に体を動かしていた。
「キッカ先輩!」
「……このぐらい、なんくるないさ」
強がりなのは見れば分かる。
毒に蝕まれて顔には脂汗さえ浮かんでいる。
「このっ!」
何とか助けに入りたい勇気だが、前の骸骨兵士が邪魔だ。
まだ駆け出しに近い彼女にとっては互角といってもいい相手、強行するのは難しい。
その間にもゆっくりと蜘蛛は近付いてくる。
「大丈夫、間に合ったよ……」
声は繋ぎっ放しにした携帯からだ。
次いで蒼い稲妻の矢が走った。
蜘蛛の頭部に刺さって小さな光を放つ。
手傷を与えたこともあるが、それによって視界を奪われたのか、蜘蛛の挙動が明らかにおかしくなった。
「――待たせたな」
そして飛び込んでくる影。
勇気と骸骨兵士の脇を一気に抜け、キッカと蜘蛛の間に割って入る。
「ここからは俺たちが相手だ」
十字槍を向けて、海が立つ。
建物の陰には射程ぎりぎりから先ほどの矢を放ったリアナも。
「まずは邪魔な骸骨兵士を倒すよ……」
リアナが一気に距離を詰めてワイヤーを手繰る。
カオスレートの差も加わって閃きとともに骸骨兵士の右手左足が寸断される。
態勢を保てずに前のめりに倒れたところへ、勇気が止めだとメタルレガースで蹴り上げて頭蓋骨を打ち砕いた。
これで後は蜘蛛のみ。
相対する、海は猛攻をさばきつつもキッカの受けた傷に癒しの光を当てている。
「ありがとうございます」
「礼はいいよ。それよりも護衛を頼む」
言って攻勢に転じた。
十字槍を突き上げ、時に薙ぎ払って距離を詰めさせない。
そして骸骨兵士を倒した、リアナが遠距離攻撃で加わると形成は一気に有利になる。
槍の一突き、手裏剣の一投ごとに動きが鈍っていく。
「とはいえ、往生際が悪いな…」
敵は怯まない。むしろ更に凶暴化して、海を襲い。それを巧みに十字槍で受け流す。
反撃に転じようとしたところで、槍を止めた。
「むっ…」
体を少しずらして、倒れていく蜘蛛をやり過ごす。
事切れている。
「終わったね……」
側頭部にはリアナの投擲した手裏剣が深く突き刺さっていた。
屋上に銃声が鳴り響いた。
上がってくる巨大蜘蛛を、静矢と、九十七がフェンスに張り付いて銃弾を撃ち込む。
「ちっ……」
伸びてくる粘糸。
咄嗟に距離を取ったが、粘糸はべったりとフェンスにまとわりついている。
「来る…!」
「飛んで火にいる何とやらですの!」
静矢と、九十七が同時に後退。
九十七の方が大きく下がって両親に張り付く形で盾に、そして静矢が前衛を務める形へと。
その態勢が整った直後に蜘蛛の足がフェンスにかかる。
「この先には行かせんよ」
狙いすましていた、静矢が碧々と輝く直刀を一閃して光の衝撃波を放つ。
フェンスごと叩き落とすつもりだったが、蜘蛛は更に粘糸を吐いて屋上に踏み留まった。
だが、落ちていた方が幸せだったかもしれない。
「さあ、ぶち殺すとしましょうか」
九十七の構えたスナイパーライフルの照準は蜘蛛の姿をはっきりと捉えている。
おまけに先ほど超高温超高圧アウル発砲焔に切り替えたので火力も充分だ。
ゆっくりとトリガーを引く。
銃口から走るのは焔。龍が吐息を吐く様に似ているため「ドラゴンブレス」と名付けられたそれが一直線に、蜘蛛へと繋がった。人には発せぬ奇声を上げて蜘蛛が踊る。
その幕切れに、静矢が直刀にアウルを乗せて強撃。
奇声を上げて蜘蛛が落下したのはその直後であった。
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郵便局の敷地から出てからもトモエは震えていた。
つい先ほど命の危機に直面したのだから無理もない。顔も青ざめたままで未だに恐怖に支配されている。
「もう大丈夫……。あと少ししたらご両親のところに帰れるから……」
淡々と、リアナは声をかけるがどれだけ届いているのやら。
まあ言った彼女も自分がそういう役に向いていないのは理解している。
だから、目は電話をかけているキッカへと注がれていた。
「繋がらないですね………あっ、繋がりました!」
そして簡潔にお互いの状況を遣り取りして、携帯をトモエの近くに持っていく。
「お父さんとお母さんが声を聞きたいって言ってますよ。さあ、安心させてあげてください」
笑顔を向け、顔にそっと当てる。
持とうとしたトモエの手は震えていたから。
「――うん、うん、うん」
何を話しているのだろうか。
でも、トモエの目が潤んできている。
ここがサーバントの潜んでいる場所であることもあって会話は1分にも満たずに終わった。
されどそれが貴重な時間であったことは疑いようもなく。
トモエの顔にもいくぶん生気が戻ってきた。
「夕食の時間に呼ばれても反応しないぐらい、夢中になっていたことがあったのでしょ? なら、ここで死ぬのはもったいないと思いますよ」
海が手を差し伸べると恥ずかしそうに顔を赤らめて手を取り、起こしてもらう。
「飛び出すのはボクも好きだけど。ご飯くらいは食べとくべきだよ、やっぱり」
「……えっ?」
次いで掛けられた勇気の言葉に、トモエはきょとんとする。
意図すること――勇気にとっては何に怒って出ていったかよりも、ご飯の方が大事であること――が分かっているだけに、海と、キッカは苦笑を浮かべた。
「何ならスポーツドリンクと焼きそばパン持ってきてるんだよ」
「それは安全なところに行ってから……」
先ほどまでの流れにまったく表情を変えずに、リアナが勇気をとどめた。
「無事に連れて帰るまでが任務よ……」
「そうだな」
「あと、もう少しです」
「よーし、じゃあ早く帰って一緒に食べよう!」
日が沈んでいく。
先に安全な場所に移るようには言ったが両親はトモエを早く迎えたいと学校に留まっている。
護衛する負担は増えるものの、九十七からは鼻歌が漏れていた。
「機嫌が良さそうだな?」
「監視ばかりのつまらない依頼だったけどお蔭様で天魔をぶち殺せましたからねぃ」
静矢は応える代わりに肩を竦め、闇に染められていく町を見る。
いや、視線はさらに先――天使の支配領域へ。
「今回は無事に守れたが、あれがある限りは穏やかな暮らしなど出来ないのだな」
「まあ天魔ぶち殺は大正義ですの」
そして夜の帳が落ちていく。
トモエを連れた撃退士が灯す小さな明かりが見え、迎える者たちも明かりを振ってそれに応える。
境界で惑った親子にはそれが希望の光に見えていた。