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トントントン、と小気味のよい音が聞こえる。
鼻腔をくすぐる香ばしい匂い。
微睡みつつも、ユウヤはぼんやりと周りを見る。
「そろそろ起きてくださいよー、ユウヤくん」
で、この近くにきたメイドさんは誰だろう……って!
「う、うわぁあああああ!」
慌てて跳ね起きる。
「うん、起きたね。さあさあ、朝食の準備が進んでますよー」
目をぱちくりしているユウヤを他所に、みくず(
jb2654)は平然としている。
しかもこちらの様子を見て、
「……うーん…あっ、そっか! 朝食はあたしの手作りを期待してたのかもしれないけど、北斗さんが作ってくれてくるよ」
キッチンの方に視線をずらして当の人物、紫 北斗(
jb2918)を示す。
「……だ、だれ?」
「ざんねんだった? でも若い女の子がひとりで男の子の家に行ったらまずいもんね」
困惑するユウヤを他所に、みくずは話を進めてしまう。
もうユウヤは混乱するばかりだ!
――コンコン。
そこにドアがノックされた。
きっとこの事態を不審に思った寮の誰かだ。
ユウヤは助けを求めるようとドアへ駆け寄っていく。
で、ドアを開けて、また絶句した……。
「おはよう…、俺は蔵寺是之…見習いの悪魔陰陽師だ…、お前から…悪霊が見えっから…付いて行きながら…追い払ってやる…」
「だっ……」
「だっ…?」
「誰だよーーーーーー?!」
そして10分ほど。
蔵寺 是之(
jb2583)も加わって、ユウヤに真実を隠して適当な説明が行われた。
「……なるほど、よくは分からないけど俺を手伝いに来てくれたと?」
「そういうことだ。まあ、まずは冷めないうちに食べてくれ」
言って、北斗はテーブルに広げた料理を示す。
大根のお味噌汁。
ほんのり甘い出し巻き玉子。
鮭の西京焼き。
ふっくら炊き上がった麦飯。
お新香。
そして…納豆。
ああ、なんということでしょう!
懐かしきに日本の食卓が再現されていたのです!
「デートはいわば戦。飯を食わねば戦はできぬってな、しっかり朝ごはん食べて行きや」
満面の笑みを浮かべ、お椀を勧める北斗。
だが、その心中たるや……、
(これは…リア充を不幸に乗じて爆破する絶好の機会やで…!)
嫉妬戦士たる己が目的を果たすべく、納豆の香りでせこく妨害を狙っていた。
ほんと、せこいぞ!
――コンコン。
そこにまたドアがノックされた。
今度は誰だろうと、ユウヤがドアを開けると――台車に山積みになったピザがまず目に入った。
「宅配です」
「な、何これっ?」
思わず目を疑うが、聞いてみるとユウヤからの依頼らしい。
「代金がこれだけになります」
「た、宅配事故っーーー?!」
結論だけ言おう。
ある程度は交渉したものの、宅配物を断ることができずに食卓には大量のピザが並んだ(ババーン!)。
(…なんてことや、ピザの香りで和の食卓の香りが台無しやないかー)
代わりに、せこい北斗の陰謀は頓挫。
「どうしようーーーー!」
「え、たべるよ。全部あたしが食べておく」
言い放つ、みくず。
「は、はぁ?!」
いや、軽く十人分くらいはあるぞ。
「いつもよりちょっと多いけどまだ大丈夫だよ」
「俺も手伝おう。…しかし、誰がこんな事しよるんや」
みくずと、北斗がもぐもぐとピザをほうばる。
「俺ももらうぜ…」
あと、是之も。
……ええと、
(食べた分のお金出してくれないよね……たぶん)
そう思うと、ユウヤの口から溜息が漏れた……不幸だ。
「不幸って溜息を付くと寄ってくるんだっけ? とりあえずなんか…気の毒だね。ピザでも食べて元気出してよ」
「あ……ありがとう」
元々、自分が払ったものだというのを飲み込んで、みくずからピザを受け取ろうとしたところで、
「あ、俺はピザには大量にタバスコかけるタイプでな……おっと手が滑ったあ?!」
北斗が手にとったタバスコが宙を舞った。
ついでに態勢を崩して、テーブルにあった納豆までもが宙を舞う。
狙いは一点。
「うわぁあああああああ!」
見事にユウヤを直撃!
こっそりとガッツポーズを取る、北斗。
「ああ、服がよごれちゃったね。…と思ったらなんか服が縮んでるっぽい? ……つんつるてんだ」
みくずがこれは大変と辺りを見る。
目に入ったのは北斗の服で。
「北斗さん借りるねー」
「な、何っ?!」
理解が及ぶ間もなく、服を剥ぎ取られた。
で、
「…責任持って納豆俺が食べることになった…だと…そして服を剥ぎ取られた…だと…催眠術だとか超スピードだとか、 そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」
いえ、因果応報ってやつです。
ともかく、服も着替えて、食事も済ませた。
「それじゃあ、俺は出かけるんで」
「ちょっと待て…」
ここで是之が呼び止める。
先程から卜占を行っていたのだが……何やら表情が険しい。
「まさか…晴れでも急に…雨が降る事は…ねぇよな…。もし急に…雨が降ったら…」
……予想以上に酷いらしいぞ。
「大丈夫だよ。屋内を通るルートも調べてあるから」
みくずが抜かりはないと携帯からメールを送り、念のために印刷した紙も渡しておく。
「じゃあ、がんばってね〜☆」
「…うん、ありがとう」
見送るみくずを不安げに――いつまで居るんだろうと思いながら――ユウヤは部屋を出る。
すると、是之も続き。
(くっ、ユウヤの後をつけて不幸の阻止を阻止したる…っ)
めげずに北斗も追いかける。
「北斗さんもがんばってね〜☆」
「おう、任せとけ」
こうして、みくずに見送られて彼らは旅立ったのであった。
少し時間は巻き戻る。
瀬波 有火(
jb5278)は熟睡していた。
それはもうすやすやと。
彼女も依頼を受けたはずであるが、不幸が伝染したのか……これは!
「…むにゃむにゃ」
うん、単なる寝坊のようだ。
●
「……どうだい? これならそう目立つこともないだろう?」
サングラスと帽子をアクセントにして自らの特徴を隠したアサニエル(
jb5431)が、傍らのラテン・ロロウス(
jb5646)に問いかけた。
「…うん、そうだな」
応えた彼の服装は深く帽子を被って、どことなくスーパーでグレートな雰囲気を出している気がする……たぶん。
「それにしても……どうしてこう不穏な人が近づいてくるかね」
アサニエルの足元には先ほど撃退したチンピラ風の学生が3名ほど転がっている。
ユウヤの身に不幸が訪れないよう事前に排除していたのだ。
「出発する前からこれでは先が思いやられるよ……」
「まったくだな。おっ、出てきたか」
二人が話していると寮からユウヤと、是之、北斗が出てきた。
これから待ち合わせ場所へと向かうのだろうが……何だろう、急に雲行きが怪しくなってきた。
暗雲が立ち込め。
道の先から、無数の犬の鳴き声が響いてくる……?!
「い、犬?!」
「ダルメシアンか…101匹はいるな……」
なんと、いきなりピンチだ!
突破口を探していると、是之が犬の群れに向かって走り出した。
学ランをさっと広げ、仕込んでいたものを一気にばら撒く。
「………ぱ、パン?」
「おい…! 今のうちに行くぞ…! 俺の昼食は…気にするな…!」
「……というか、食べ切れなかったヤツが向かってきてるよ?!」
「むっ…」
かくなる上は仕方ない。
是之はユウヤを掴むと闇の翼を広げて空へと逃げる。
同様に、北斗も。
「俺がいて…大分助かっただろ…?」
「うん、ありがとう……でも、今度は空から何か降って来てるよ!」
「むっ…」
ちょうど、たまたま、偶然にも、降ってきた隕石の欠片を避ける、避ける、避ける。
傍目に見ていた、ラテンと、アサニエルは口をぽかんと開け、
「私には分かっている…これは人類滅亡を賭けた依頼である!」
「……案外そうかもしれないね」
かつてないハードな戦いを予感したのであった。
「遅刻遅刻ー」
そして、ようやく有火も目覚めた。
口にパンをくわえて、進路の邪魔になった人たちを撥ね飛ばしていく!
「きゃああああ」
「……もぐもぐ」
パンをくわえているので意訳すると「あれは幸野君に一目惚れしたとか言い寄ってきて、ふられた挙句に逆恨みで呪詛を吐いてきそうな女の人かな。ごめんちょっと気にしてる時間ないや」と言っているらしい。
いずれにせよ、猪突猛進。
有火は急に止まれないのだ!
●
いくつものハードな障害を乗り越えて、ユウヤたちは少しずつも目的地に近づいていた。
「はいはい、静かにしてもらうとあたしが助かるさね」
絡もうとしていたチンピラをまたもアサニエルが締め上げ、これで十人の大台に乗った。
「…これで徒党を組んでないってんだから、不幸とやらも本物だね、おや?」
そこにまたユウヤに近づく人物が、
(……女性?)
進路を阻むように立って、ユウヤを真っ直ぐに見た。
「幸野くん、これからデートに行くのね!」
「…えっと、そうだけど……キミ、誰?」
「酷いわ。私のこと忘れてしまったの……一億と二千年前からあんなに愛してたのに!」
げっ!
電波か?!
「酷いわ酷いわ、えっ……?」
「「えっ…?!」」
皆が驚いた。
ユウヤが突如として視界から消えた。いや、正確にいうと有火に撥ねられた!
「うわぁああああああ!」
えっと……。
飛ばされて近くの公園に入ってしまったユウヤ。
「なんということでしょう。数日前に依頼を受けた撃退士が、当日に不幸な障害として立ちはだかることになろうとは! こんなこと、だれが予想できただろうか。いや、できない。それは彼の不幸ゆえに!」
有火がきりっと責任転換。
「な、わけあるか!」
すかさず、近くの仲間からツッコミが入った。
「…えーと、その、うん。ごめんね?」
「それよりも早く見つけないと…また酷い目に遭ってるに違いない…」
――そう、彼らが追いついたときには手遅れだった。
気絶しているユウヤの上に、円盤のような、未確認飛行物体のような、ええいUFO(天魔)がいやがった!
「まずい! このままでは牛と間違われ幸野ユウヤが攫われる! 改造され人類滅亡!」
ここで急に、ラテンが熱く語りだす。
「そうはさせぬ、OPに出てきた牛よ来い!」
別に彼が召還したわけでなく、たまたま迷い込んできた暴れ牛。
「というわけで本物の牛を生贄に捧げ解決! なんという伏線回収! エレガンツ!」
「ええと……幸野君も一緒に連れて行ってるよ」
「な、何だと?!」
仲良くキャトルミューティレーションしようと反重力的な方法で回収中。
「させるか!」
阻止せんと果敢に挑む撃退士たち。
そこには熱い熱い攻防が1万文字ぐらいあった……と思う。
「やっと連れ戻せたね」
これに怒ったUFOはすかさず、猛攻に転じた。
打ち出されるボールのようなもの!
「むぅ!? …あれは…ボールだ!」
あっ、やっぱりボールなんだ。
「いかん! ボールなど幸野ユウヤに当たったらピタゴラ的な感じになり、人類滅亡! 世紀末!」
ひとり盛り上がって、ラテンは鉄壁の守備を見せる。
「ペナルティエリア外からのシュートなど、止める!」
横っ飛びでがっちりとキャッチ!
反撃に転じようと、ラテンがUFOを見たところで背後に巨大な何かが見えた……。
――手遅れだったのだ。もう事態は訳の分からないことになっていた!
「あれは巨大カジキメテオだ!」
ディテールは気にするな。
書いてる方も分かっちゃいない。とりあえず、でっかいんだ!
「難しく考えずとも人類滅亡!」
「というか、何で学園にこんな巨大な天魔がーーー?!」
撃退士たちが騒いでいるうちにカジキメテオはUFOをぱくんと食べてしまいましたとさ。
「「ぎゃああああ!!」」
「慌てるな。このカジキメテオ…通常の3倍大きく! 鼻の長さは4倍だ! つまり12倍の破壊力!」
ラテンが進み出る。
背中の湿布がはがれ、湿布の下に隠された羽毛が広がる!(意味はありません)
「行くぞっ!」
そして飛んだ!
「くっ! 高さが足りない! こうなれば…カジキ高飛びだ!」
どこから見つけてきたのかカジキを取り出して棒高跳びの要領で勢いをつける。
というか普通に羽で飛べよ!
「私は三角飛びで2倍ジャンプ! 倍速回転でさらに2倍! 湿布も2枚はがれたので2倍! そして通常の3倍の防御力の革靴で! 貴様を超える24倍だ!! ゴールは決めさせぬぞ!」
威勢を放ち、宙舞う。
美しい放物線を描き――ぱくっ。
「食べられたーーーー?!」
はい、美味しく頂かれました。
「……ほんとにマンガみたいなお話だね。でも大丈夫。ここはあたしに任せて、みんなは先へ。すぐに追いつくから」
有火が笑いながら言う。
「ひとりだけに…いいかっこさせられねぇな…」
横には、是之が並び立った。
既に意識を取り戻していたユウヤは尋ねる。何のためにここまでしてくれるのかと。
「お前がデートを…楽しめれば…俺はそれで良いんだ…!」
是之の言葉は戦いの音に掻き消えていく。
そして真っ先にこれ幸いとユウヤを亡き者にしようとした、北斗がカジキメテオの餌食になった。
「ぎゃああああ! 俺は戦うなんて言ってない!」
人を呪わば穴二つ……なんまんだぶ。
次いで、是之も、
「早く行け…! 不運なんかに…負けるんじゃ…うぅっ…!」
すべてを言きる前に……やられた!
空から降ってきた金ダライによって――
「は、はいっ!」
かけられた言葉を背にユウヤは走った。
いつの間にか約束の時間はあと僅か。
でも、これで辿り着けなかったら協力してくれた人たちの行為が無駄になってしまう。
だから、降りかかる不幸を跳ね除けて走り――遂に!
「ちょっと待って。これを忘れているよ」
入り口のところで、アサニエルがユウヤにあるものを手渡した。
それは彼の財布だ。
「手癖が悪い奴もいるからね。気をつけなよ」
言って、彼女もその場を離れていく。
振り返れば、全力で駆けて行くユウヤの姿が。
「さすがにこれでうまくいかなかったら……憐れとしか言えないさね」
「だよね」
いつの間にか、有火もやってきて様子を見ている。
他の仲間もいるところを見ると無事に巨大カジキメテオを倒すことが出来たのだろう。
そして、みんなで幸せな瞬間を。
●
――キキキキッッ。
目の前を車が横滑りしていった。
あと少しと油断していたユウヤを見事に巻き込んでいく。
「ノーーーーー!」
こうして彼はデートの待ち合わせ場所まで辿り着いた。
今は重症を負って、彼女に心配されているが……。
(しかし彼女が出来てから不幸体質とか、俺みたいな輩にでも目ェつけられてるんでっしゃろか)
北斗はそう思いながらも嫉妬を感じていた。
何だろう。
めっちゃラブラブだ。
これがロミオとジュリエット効果というものだろうか。
「案外あれはあれで幸せなのかもね。さて、お姉さんとデートしたいっていう子はいるかい?」
それを眺めつつ、アサニエルが笑いながら仲間に声をかける。
空は気持ちがいいぐらいに晴れ渡っていた。