●戦いを前にして
遠目にもはっきりと形が分かった。
意図したのか、偶然か、それは太古にいたとされる巨大生物を連想させる。
そう、すなわち恐竜と呼ばれた生物を――
「おー…これはまた、子供が喜びそうなのだ…」
フラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)が率直な感想を言うと、
「恐竜さん、何が目的…なのでしょう? おさんぽ、でしょうか」
水葉さくら(
ja9860)からはズレた言葉が出た。
「そんなわけないから……というか、もしそうなら作った奴に文句のひとつも言ってやりたいわ」
即座にツッコミを入れたのは、陽波 飛鳥(
ja3599)。
天然さに先のことが少し思いやられたが、彼女がああなのは前に依頼を同じくした際に聞いている。戦いにおいては問題なかったこともあり、飛鳥はそれ以上言うのを止めた。
「突進に雷撃は共に高威力、です。当たらないように気を引き締めて行きましょう」
白銀のアウルを帯びた、ミズカ・カゲツ(
jb5543)が注意を加えながら、始めようと仲間たちを促がす。
「厄介な相手ね。これ以上被害が出ないように私達で終わりにしたいわ」
応える、飛鳥からは対照的に灼熱の焔にも見える黄金のアウルが溢れ、
「ぶった斬ってやりましょう、紅炎」
ヒヒイロカネを展開して得物を手にする。
他の者たちも次々と武具を顕現。
「いつもはAチームだけど、今日はBチームかな。グリップよーし!」
黒色の大剣を握り、恵夢・S・インファネス(
ja8446)が気合を入れる。
準備は万全だ。
「じゃ、張り切ってジャイアントキリングと行きますか」
飛鳥の声に撃退士たちは二手に分かれて移動を始めた。
B班は密かに背後へ回り。
その到着を待ちながら、嵯峨野 楓(
ja8257)はハンズフリーにしたスマホから聞こえてくる音に耳を澄ます。
時間にしておよそ五分。
「――無事に着いたみたいね」
確認が取れ、残るA班も三本角へと近づいていく。
(全ては報酬の為に、優雅な退魔と行きますか)
楓は敵に目を向けたたま阻霊符を展開。
同時に三本角も撃退士たちに気が付いて咆哮を上げ、鋭い角を向ける。
「さって頑張ろー。蝶舞蜂刺って事で華麗にね」
そして、戦いの幕が上がった。
●右往左往
全長5mもの巨体が一気に加速する。
実際にいた恐竜よりも小柄であるが、ひと蹴りごとにスピードを増しながら迫ってくる様は尋常なものではない。
「…当たると痛そうですね」
これを迎え撃つためにA班の他の仲間より、さくらは前に立った。
ベルゼビュートの杖を構えて衝突のタイミングを計っていると、風の障壁が彼女の周りに現れる。
僅かに視線を逸らせば、スキルを行使した楓がうなずく。
それを見てから、三本角に再び注意を戻した。
頭を少し低くして、目の上から鋭角に伸びた二本の角で突き刺そうという構えだ。
狙いは一点。
タイミングは一瞬。
「――そこです!」
風の障壁によって突撃がほんの僅かに鈍ったところに銀の一撃が閃いた。
突撃を逸らされ、勢いを止められずに三本角は街路の茂みを薙ぎ倒していく。
ようやく止まって再びさくらに向き直ろうとしたところに、ミズカが走り込む。
「迫力は充分ですが、攻撃は本当に直線的ですね」
雷神の名を冠した直刀で斬りつけ、回避運動を取りながら直ぐに後退。
「きみの敵はこっちにもいるよ」
すぐさま、楓の撃った炎の塊が角の生えた鼻頭に突き刺さった。
怒りに轟く咆哮。
さして三本角には効いていないようだが、顔に直撃で炎を浴びせれば敵意も買うというもの。
「行かせませんよ」
すっと、さくらがその間に割って入る。
邪魔者を払いのけようと今度は鼻頭に付いた角を突き上げるような攻撃。
が、これでも斬り払って回避する。
「あの安定感ならもうしばらく任せていても大丈夫だね。……ただ、敵の抵抗は思いのほか高いのかも…硬い正面から撃ち込んだせいだと思いたいけど」
「わかりません。ただ、気の抜けない相手なのは…間違いないです」
先ほどの炎の効果を見て思案顔になっている楓に変わり、ミズカは牽制に回るべく再び走り寄る。
「確かにね」
それを追いかけて、楓から再び魔法が飛んだ。
A班に引きつけれた三本角の背面では、今まさに攻撃に移ろうとしているB班の姿があった。
「よーし、行くよ!」
恵夢が走り込んで、勢いをそのまま伝えるように大剣を振り下ろす。
肉を切り裂く確かな手応え。
それを証明するように三本角からひと際高く咆哮が上がった。
(ああいう敵にこそ、ボクの『最速』をぶつけてみたいところではあるけどね…)
フラッペは20mも先からスナイパーライフルで三本角を捉え、トリガーを引く。
銃声と、それに続く苛立ちの唸り声。
更に、飛鳥の放った黒いカード状の魔法の刃がここぞとばかりに三本角の脚を切り裂いていく。
注意が逸れている間に、攻撃、攻撃、攻撃。
次第に高くなっていく唸り声。
「――来るわよ!」
飛鳥の警告に少し遅れて三本角が執拗な攻撃に怒って向きを変えた。
「大丈夫!」
が、既に恵夢は大きくバックステップ。
そして着地と同時に大剣に込めていたエネルギーを剣閃と共に解き放つ。
黒い光の衝撃波が走り出そうとしていた三本角を直撃。
「………っ?!」
直撃したが、頭部の厚い装甲に阻まれてさしてダメージが入っていない。
先ほどまで容易にダメージを与えられただけに極端な装甲の違いに意表を突かれた。
「さすがに簡単じゃないのだ…」
少しでも突進のスピードを緩めようと、フラッペが狙撃。
が、今度は易々と弾いてくれる。
あっという間にもう恵夢の目の前で――巨体が一気に駆け抜けた。
「その質量なら急には止まれないんじゃないかな!」
声は上から。
真正面から衝突というタイミングで間一髪、恵夢は全力跳躍で上に逃れていた。
攻撃が愚直なまでに真っ直ぐであったがゆえにできた芸当だ。
事前に示し合わせていたので、飛鳥は狙われないように距離を取っている。
「さあ、もうしばらく付き合ってもらおうか!」
恵夢が着地して大見得を切ったところに、三本角が再び突進してきた。
今度も全力跳躍で何とか回避。
「さすがに何度も通用しないわ。フラッペさんの方に回って!」
念のために槍斧に持ち替えた、飛鳥が道路の端を指さす。
意図は一瞬にして理解できた。
三本角が態勢を整えるのを待って、逃げるように走り出す。
背に重量級の疾走音を聞きながら――フラッペと視線を交わす。
「…あんまり無茶できなんでたぶん一度限りの『最速』なのだ!」
蒼い風がフラッペの足に集まって、スノーボードを形作る。
それも一瞬。
次に見えたのは蒼い光の残像だ。
信じられないほどの機動力を見せたそれはビルの間際に追い詰められていた恵夢を攫って視界の端へと消えていく。
で、目標を見失った三本角は止まることも出来ずにビルへと突っ込んだ。
轟音を立てて、ビルの一部が崩れていく。
「大丈夫、取り壊し予定のビルなのだ」
ちなみに使用許可も取っている。
「今がチャンスよ!」
ここぞとばかりに飛鳥が踏み込んでいく。
態勢を整える前に無防備な右後脚を斬りつける。
仲間たちが駆け寄ってきたときには三本角も体を振るわせてビルの壁を壊しながら脱出を始めた。
破砕された物が飛び散る中、撃退士たちの攻撃によって血が混じる。
いや、ここで破砕物が途切れた。
「――下がって!」
警告を発した分、飛鳥の回避が少し遅れた。
ビルの壁を更に破壊しながら強引に向きを変え、三本角は壁を蹴りつけて突進してくる。
咄嗟にサイドステップで難を逃れようとするが、
「……くっ」
回避が間に合わず、肩にかすった。
突かれた勢いのまま横にずれて、ビルとビルの間の狭い空間に滑り込む。
慌ててフラッペから支援射撃が飛び、恵夢からは自分に注意を向けさせようと大剣によるラッシュが打ち込まれる。
「…何てタフなの」
既にかなりのダメージを与えたはずだが、三本角はまだ堪えていないようだ。
愚痴を吐き捨て、飛鳥は再びルキフグスの書に持ち替えて戦いに戻っていく――
狙いは仲間たちが攻めている右後脚。
走りよって斬りつけると、ミズカは念のために距離を取った。
(狙いはまだB班に向かっていますね。ならば続行――)
回避に向けていた意識のウエイトを再び攻撃に割り振って、直刀を振り下ろす。
それが思いのほか深く入ったようで、三本角の目がミズカを捉えた。
「下がってください」
さくらが攻撃時に使っていたケリュケイオンから再び、ベルゼビュートの杖を装備してカオスレートをゼロにする。
その後方から一枚の札が投げつけられ――三本角に触れると同時に雷撃が走った。
楓が注意を引こうと咄嗟に投げたものだが、角を執拗に狙われているのが嫌なのかあっさりと楓に目標を変える。
だが、さくらがその前へ。
(大丈夫…切り払って受け流す感じで)
先ほどまで成功したイメージを思い浮かべ、最後のパリィで迎え撃つ。
杖と角が打ち合って、嫌な音と、杖が弾き飛ばされそうなほどの衝撃が走った。
辛くも防ぎきったが、スキルがだいぶ尽きてきた。
息も既に荒い。
それは仲間も同じで、
(でも、まだ倒れそうにないよね…)
三本角に注意を払ったまま、楓は素早く次の札を取り出す。
狙いは先ほどから攻撃している三本の角。
(角雷撃は情報少ないし注意しないと。角から放電って事は媒介はやっぱ三本角…)
執拗に狙い続けている効果はあるのか。
だが、それを見極めるより先に角の間に光が走った。
●必殺の一撃を打ち破れ!
「雷撃っ!」
一番に警告を発したのは、飛鳥だった。
三本角の動きが僅かに鈍り始めたのを見て、攻撃ではなく観察に切り替えていたのが功を奏した。
そして、こうなった以上はもう考えている暇はない。
楓が、ミズカが、飛鳥が踏み込む。
側面から雷狼が噛み付き、反対側からも直刀で痛打を打ち込み、背面では腹部を狙って斧槍で薙ぎ払う。
高い抵抗力と魔法命中力が二つを阻むが、残った一撃に角に集まっていた電流がほどけていく。
「……いえ、まだよ!」
意識を取り戻した三本角が再び雷を集め始める。
しかも今度は先ほどよりも敵の方が早い。
先ほどと同じくスタンさせようとするが、間に合わずに雷が収束していく。
狙いは……、
「こ、こっちですか?!」
折りしも防御から攻撃に切り替えようとしていた、さくら。
最悪のタイミングで雷撃が走ろうとして――二度目の『最速』が駆け抜けた。
「Sorry…流石に全員はボクの速度でも助けられないのだ…」
フラッペが仲間に謝りながら、さくらを抱えて近くのビルの陰に回り込む。
あまりの速さに三本角も撃ち落そうとはせずに狙いを変えて、新たな獲物を探り出す。
この間、僅か一秒ほど。
まだ、撃退士たちの攻撃が届くには時間が足りない。
(――なら)
楓が僅かに移動する。
元々、狙いをつけられていたA班であったため、元々が敵の視界内。
三本角の目をつけられるにはそれで充分。
そして雷撃が走ったのと、魔方陣が展開したのはほぼ同時で。
強力過ぎる一撃を僅かに減退したものの、その威力は高い魔法防御力を誇る楓をもってしても耐え切れないほどの威力を秘めていた……。
「……これは痛いね」
起死回生でかろうじて持ち堪えたが、もう一撃喰らえば確実に重症だろう。
「くっ……早く攻撃を!」
耐え切れないのなら攻撃するしかない。
飛鳥が薙ぎ払いを打ち込んだのを皮切りに、恵夢が封砲を撃ち込み、ミズカもそのまま痛打を叩き込む。
「厳しいか?!」
「でも、これしか手がありません」
残った力を搾り出す。
届かなければ誰かが倒れるのだ。
……だが、無常にも再び三本角が雷の収束を始める。
「…そういうことか」
スキルを入れ替えていたがゆえに冷静に様子を見ることができた、楓には『それ』がよく分かった。
されど『それ』を攻めるには僅かに時間が足りない。
「こっちよ! こっちに来なさい!」
飛鳥が狙いを自分に向けようと三本角の正面に走り込む。いや、頭を蹴りつけて乗り越えていったという方が正しい。
これを補助したのは恵夢の最後の全力跳躍で。
怒りを露にして三本角の雷撃が、飛鳥を撃ち貫く。
戦場に響く轟音。
立っていたのは本当にぎりぎりで。
魔法防御に薄い彼女では同じ起死回生を使ったとはいえ、立っていられたのは本当にぎりぎりであった。
「でも、耐え切ったわ…」
再び稼いだ僅かな時間。
際どい賭けであったが、先手を取ることよりも、耐えきることを選んで彼女は勝った。
「そのままお願いします」
「OK! 任せなっ」
ここで意外な方向から声がした。
「行きますよ!」
「アックスはあまり好きじゃないけど、贅沢言えないのだ…!」
態勢を立て直した、さくらと、フラッペが戦場に復帰した。
高い機動力で回り込んだ二人は、直近のビルの陰から飛び出して三本角の側面を突く。
方や光の力を帯びた強烈な一撃、方や風を叩きつけるような戦斧の一閃。
受けたダメージの多さに比例するように咆哮が轟く。
「狙いはあの角だよ!」
そして生まれた隙を突いて、楓が弱点を指差した。
雷を集める三本の角に僅かな亀裂が入っている……執拗に攻撃を加えていたこともあるが、明らかに雷撃による余波が出ている。多用しなかったのもそういう理由からだろう。
「ならこれで終わらせる! 叩き潰せ、紅炎っ!」
「るゅにばぁーーーす!」
飛鳥の薙ぎ払いに重ねて、恵夢の封砲が撃ち込まれる。
元々、楓の執拗な攻撃と雷撃の負荷で半壊しかかっていた三本の角はあっさりと砕け散って。
「自慢の角も砕けました。さあ、終わりです」
ミズカが直刀を深く突き刺した。
それでも微かに抵抗を見せたのはその生命力の高さゆえか。
「――さよなら」
ダメ押しに、楓が九字を切った。
青紫に発光する格子に包まれて、三本角はようやく動きを止めた。
●そして
激闘が終わって、安堵の息が漏れる。
高い攻撃力を持った敵であっただけに、かなり気が張り詰めていたようだ。
「…で、えと、今のキョーリューって、何て言うのだ?」
そこにフラッペから何とも的外れな言葉。
思わず笑いやら苦笑やらが漏れて……ああ、戦いが終わったのだと実感した。
吹き抜ける風はそろそろ夏を思わせるもので。
帰還する撃退士たちの心をどこか晴れやかにしていくのであった。