●北の下水道〜最初の遭遇〜
「下水道なんて初めて入ります〜。どんな所なのでしょうね〜?」
おっとりと問いかける、日雀 雪(
jb5406)の目にはもう下水道への入口が見えていた。
同時に異臭が鼻を刺激する。
雪は「何でしょう?」と変わらぬ様子だが、他の参加者は既に顔が曇っていた。
「一度受けてしまったものは仕方ない。さっさと終わらせるぞ」
自分に言い聞かせるように、戸蔵 悠市(
jb5251)が借り受けた入口の鍵を使って扉を開く。
すると異臭は更に酷くなった。
(下水道での作業は嫌だけど…一度受けたお仕事はちゃんとしないと。…長靴やライト貸してくれたし…状況によっては個人準備必要って先輩達言っていたし)
初依頼を成功させようという意気込みからか、天川 月華(
jb5134)は準備に余念がない。
阻霊符を発動させると、ライトを左手に持ち、右手に法具を持って、あとは長靴がしっかり履けていることを確認する。
他の者も装備を確認した上で、指宿 瑠璃(
jb5401)が前に立った。
「実戦は初めてですが…足を引っ張らないよう頑張ります」
おどおどと頭を下げてから、緊張した面持ちで奥へと進みだす。
鬼道忍軍たる彼女が斥候として突出する形だ。
話に聞いた感じではそれほど強敵が出るとも思えない。戦闘経験が浅くとも充分に対処できるだろうという判断である。
(まずは近場のダンジョンからですか……様式美といいますか、何といいますか)
最後尾からLEDライトで照らしつつ、フレデリカ・V・ベルゲンハルト(
jb2877)が仲間たちの背を追う。
瑠璃以外の五人は隊列を組んで周囲に警戒を払っている。
前と後、更には天井や大きめの排水口と、天魔が潜んでいそうな場所は意外と多い。
こうして探索すること約10分。
ようやく鼻も慣れてきたところに、悠市が「止まってくれ」と仲間たちを呼び止める。
ナイトビジョン越しに見る彼の視界に何か映ったのか?
周囲に気を配りながら、次の言葉を待つ……いや、その言葉より先に瑠璃の耳に水の跳ねる音が聞こえてきた。
「き、来てます…」
警告して、さっと攻撃態勢へ。
ただ、雪だけは武器を構えずに水音が近付いてくるのを待つ。
そして遂に骸骨のディアボロ――スケルトンが姿を見せた。
「退屈してたんだよ…やっぱ仕事はこうでなくちゃなぁ♪」
鬼灯(
ja5598)はようやく倒せる相手が出てきたとハンドアックスを持つ手に力を込める。
向こうも錆びついた斧のような物を持っていて、撃退士たちの姿を見つけるなり足を早めた。
(極力天魔さん達と戦いたくはないのですが…皆さんの足を引っ張る訳にはいきませんし…やはり避けては通れませんか〜…)
雪が覚悟を決めるなか、先行している瑠璃はスケルトンと対峙する前に術を発動。
「忍法示弱の術、囮方…」
そして棒立ちとなった。
スケルトンはいぶかしむことなく、斧を振り下ろして両断。もう紙を真っ二つにしたように『分身の瑠璃』を切り裂いた。
合わせてニンジャブレードが走り、逆にスケルトンの左腕を切り飛ばす。
直後に、雪の投げた飛燕翔扇が追撃をかけ、
「ごめんなさい〜…こんな状況じゃなければ、仲良く出来たかもしれませんね〜…」
「……あまり仲良くしたいとは思いませんが」
遅れてフレデリカの放った矢が突き刺さる。
間断の無い攻撃の最後に、鬼灯が豪快にハンドアックス振るった。
「叩っ斬る!」
強力な斬撃にスケルトンを構成していた白骨がバラバラに砕け散っていく。
「ちっ、歯ごたえねえなぁ…」
全然物足りないと、鬼灯は次の敵を探すが近くにはいない。
「ご迷惑をおかけしました、大丈夫です…」
で、代わりといっては何だが、瑠璃がおどおどと頭を下げていた。
●東の下水道〜敵の実力〜
探索を始めて20分が経過した。
「とっても汚らしいですわ。この様な場所、とてもではありませんが歩けたものではありません」
既に何度目になるか、ルフィーリア=ローウェンツ(
jb4106)の辟易した声が下水道に響く。
「そうですか? 異臭には困りものですが歩く分には問題ありませんよ」
逆にシオン(
ja4334)は気にした様子もない。
いや、むしろ仕立ての良い着物を着ているものだから跳ねた汚水で汚れていく様に、周りの方が気になってしまう。
「……先ほども忠告しましたけど、着物がだめになっても知りませんわよ」
「洗えばきっと落ちますよ」
きっと落ちないだろうと思ったのは、この班の大半。
「……はぁ、服ではありませんが、帰ったら直に湯浴みに向かわせていただきますわ」
ルフィーリアはもう諦めたとばかりに大きく嘆息する。
いささか撃退士たちの気が緩んでいるのも、まだ天魔と遭遇していないせいだ。
この天魔の少なさを考えれば、新米といえるような者ばかりでも大丈夫と学園側が判断したのも無理はない。
(…でも、水場での戦闘ですから、足を取られぬように気をつけないと)
と、炎武 瑠美(
jb4684)が気を引き締めなおしたところに前方から物音がした。
それぞれの持った明かりが前方に向けられる。
闇から浮かび上がるように姿を見せたのはスケルトン……よく見れば奥にも、もう一体いるようだ。
「絶対に……任務達成、して…みせる…!」
霧谷レイラ(
jb4705)のつぶやきが開戦の合図となって双方が動き出す。
向かってくるスケルトンを止めるために、狼ヶ峰 翼(
ja0077)が、シオンと、瑠美と共に前衛を構築する。
「動く骸骨か…聖職者としちゃ…是非とも消えてもらいてぇな!!」
レンジに入ったところで機先を制して飛び込む。
土手っ腹にナックルダスターを打ち込めば、後方から声がする。
「避けてくださいませ」
ルフィーリアが矢を放ったのはその直後。
和弓から放たれた矢は翼のいた場所を真っ直ぐに通ってスケルトンを射抜き、今度はレイラが炸裂符を投げつける。
爆音と、その後に続くナックルダスターの打撃音。
それらを耳に入れながら、シオンは既にもう一体のスケルトンを相手している。
傍らに、瑠美が付いてサポートしているが敵の攻撃を凌ぐのは思っていたよりも難しい。
縦横に振るわれる長剣。
「数はそれなりですが…負けるわけには!」
瑠美がシオンに向かおうとした攻撃を金属バットで受け、そのまま攻勢に転じる――強く踏み込んでフルスイング!
「いい位置に追い込んでくれたわ」
瀬尾伊織(
jb1244)の声がしたかと思えば、直後にヒリュウの攻撃がスケルトンを捉える。
弱ったところに、伊織の放った矢が追撃。
「止めです」
「行きますよ」
シオンと、瑠美が勢いに乗ってそのまま攻撃を繰り出す。
くずれる白骨の音は重なり合って聞こえ、もう一体の方を見ればちょうど翼が打ち砕いたところ。
「説明の通り大した敵じゃなさそうだ。これならもう少しペースを上げても大丈夫だな」
その提案に全員が肯定を示した。
●西の下水道〜デュアル襲来〜
探索は順調に進み、ここ西側では既に二体の敵を撃破していた。
で、今は少し休憩を入れているところ。
「ここまでの所要時間は30分というところか」
エレムルス・ステノフィルス(
jb5292)が時計を見て現在位置を予想する。
順調に進んでいることに加えて、先に先に進もうとする猪娘の瀬波 有火(
jb5278)がいることもあって確実に全行程の半分は進んでいるだろう。……とはいえ、まだしばらくは探索を続けなければならない。
「騙された気しかしないけど、やるだけやろうか」
場所が場所だけにテンションは下がっているが、それでもやる気は充分にある。
休憩中も打ち漏らした敵が居ないかと、素早く目を走らせていた。
(上手い話には何とやら……、まぁ、この程度ならどうって事は無いけど、あんまり汚れたくは無いわね……)
その間に、片霧 澄香(
jb4494)が大きく息を吐くと、
「何かと物入りだし、もう少しの辛抱だ」
音羽 聖歌(
jb5486)が声をかけてきた。
どうやら思っていたことが少し口から漏れてしまったようだ。
「大丈夫よ、合羽も着てるし手も足も防水対策はしっかりしてますから」
自らの姿を見せて、澄香は問題ないと話を切る。
合わせるように休憩も終わり……いや、有火が抑えて切れなくなってきたといった方が正しい。
「くっくっく、今宵のあたしはまさに飢えた狼さんだよ…っ」
意訳すると『お腹すいた』と言っているらしいが、ともかく彼女の目的は一番乗りで貯水池に着くことであった。
気を抜くと独走しそうになる有火を押し留めながら前進を始める。
(腕試しというか、試金石ってやつなのかな……。どこまでやれるかは分からないけど、弱気になっても仕方ないか)
ふと浮かんだ不安を、森次 飛真(
jb5496)は頭の隅に追いやって後方を明かりで照らす。
よし、敵の姿はない。
眠兎・メイナード(
jb2496)もそれを確認してから前を進む仲間たちの背を追う。
(下水道でも平気です…人々を脅かす者達を排除する事がボク達撃退士の役割ですからね…)
手元の祖霊符はしっかりと発動している。
これで天魔が壁からすっと忍び寄ってくることはない。
もっとも前衛の騒がしさを鑑みれば、天魔も向こうに寄っていくのではないかと思えてくる。
(…まあ、大きい排水口もありますから…あれぐらいの方が敵を引き寄せられていいのかもしれません)
そう思い直して、有火を押さえているアレックス・リアンノン(
jb3562)に少し同情を込めた視線を送る。
「ちょっと待ってよ。ひとりで行ったら危ないんだって」
「大丈夫大丈夫。今までの敵だって大したことなかったし、ちょっとぐらい先に進んじゃっても大丈夫だよ」
「ひとりだと不意を討たれたら大変なるんだって」
「ふふ、特攻隊長と呼んでくれたまえ」
「呼ばないよ!」
もう、有火を止めるのに大苦戦。
敵がなまじ弱いだけに有火の言っていることもあながち的外れでもないのが困ったところだ。
「……うん? ちょっと待って」
ここで同じく前を歩いている、聖歌が二人を呼び止めた。
指で天井を指して、闇を注視している。
仲間たちも目を凝らすと、天井に張り付いた大きな影があった。
「確認してみるよ」
と言って、アレックスはヒリュウを呼び出す。
そして首にLEDランタンをぶら下げた。
「窮屈だろうけど宜しくね?」
ひと鳴きしてヒリュウは応えると羽ばたいてゆっくりと高度を上げていく。
撃退士たちも距離を詰め、まず視覚共有を得たアレックスが一番にその正体を見極めた。
「――デュアルだ」
声に反応して、デュアルが飛来してくるヒリュウに向かって跳躍。
だが、その視線に飛び込んできたのは幼竜の姿ではなく、飛真が撃ったクロスボウの矢だ。
直撃して体勢を崩すと汚水に落ちて大きなしぶきを上げる。
「…うええ、流石に近づきたくないや」
起き上がった姿を見て、さしもの有火もハルバードを構えつつ尻込みする。
元々の異形と毒の粘液に加えて、今は汚水のトッピング付きだ。
「確かに…。近づかれる前に倒したいところです…」
エレムルスも和弓に持ち替えて射撃に加わる。
「……まったくね」
更には、澄香も闇の翼でホバリングしながらショットガンを撃ち込んだ。
幾重もの射撃にデュアルは汚水に潜るほどに姿勢を低くすると、全身をバネのようにして一気に加速。
迎撃に放った、眠兎の魔法が掠って僅かにスピードが落ちる。
だが、もう次の瞬間には前衛の直ぐ前。
「近寄るなっ」
有火がでたらめに振るったハルバードを避け、アレックスにそのまま突撃する。
彼我の距離はあと2m。
「今だよ」
そこにデュアルの後ろからヒリュウが襲い掛かった。
前のめりになって倒れようとしているところに撃ち込まれる射撃の雨。
これに耐えてヒリュウと少しばかり格闘戦が行われたが、ほどなくしてデュアルは討ち取られた。
受けたダメージは軽微で、
「今、癒しますね……」
眠兎が小さなアウルの光を送り込んで塞いでおく。
そこに……ふと何かが聞こえた。
「…何でしょうか?」
「戦闘音のように聞こえなくもなかったけど……」
他の班がもう貯水池に辿り着いてそこに巣食っている天魔とでも戦っているのだろうか?
「まあ、行ってみたらわかるよ」
有火が走り出す。
追いかける形で仲間たちも後に続いた。
●南の下水道〜ゴールまであと少し〜
最後の南側も順調に探索を進めていた。
(うぅ〜、初めての依頼が下水道なんて、あんまりですよーっ)
オルタ・サンシトゥ(
jb2790)が借り受けたLEDライトで排水口の奥を照らしてみる。
中には人が入れるほどのものもあるだけに注意は怠れない。
(初めての依頼だ、キチッとやり遂げますかね)
前方で天魔の捜索をしている、赤井 藤次(
jb5249)も入念に調べている。
時間的にもそろそろゴールの貯水池が近いはずだ。
あと少し頑張れば終わると思えば、何とかやる気が沸いてこなくもない。
「玄太…っつーかてめぇら…、上下左右…気を配れよ…、暗いと…撃てないからな…」
そこに、蔵寺 是之(
jb2583)の声が響いた。
「もちろんだ。そっちこそ、気を抜くな」
応えたのは、崎宮玄太(
jb4471)。
二人とも明かりを小まめに動かしては天魔の姿を探している。
特に玄太は、これが初めての天魔との戦いということもあって必ず成功させると心に決めていた。
「一人じゃないんだし、大丈夫。きっと。……うん?」
思わずつぶやきとして漏れたのと、物音が聞こえてきたのはほぼ同時。
ユウ・ターナー(
jb5471)がすぐさま夜の番人を使って光の届かぬ闇の中に目を凝らす。
(皆の目が届き難い、天井や死角は…)
まずは怪しそうなところを確認しておく。
敵の姿はないが……そこで目を戻した。排水口の中に何かを見た気がする。
「……デュアルが一体、待ち伏せしてるの」
ユウに場所を教えてもらい、撃退士たちはいつ飛び出してきても大丈夫なようにゆっくりと進んでいく。
ある程度まで近づいたところでオルタはヒリュウを召還。
「いい、アト。出てきたら直ぐにブレスで迎撃です」
元気良くヒリュウは鳴いて、排水口の死角へと回り込んでいく。
そうしているうちにだいぶ近づいてきた。
どこで出てくるか?
撃退士たちが少し迂回するようなコースを取ろうとしたところで、排水口より影が飛び出す。
「来ますよ」
スクールシールドを構えて、雪城 クレナ(
jb5473)が立ち塞がる。
迎撃に撃ち込まれた矢やヒリュウの攻撃を受けながらも、デュアルの接近は止まらず。勢いのまま、ほとんど体当たりのような攻撃にクレナが吹き飛ばされかけた。
「好き勝手にさせるか」
支えに入った、藤次が押し出すようにして割って入る。
直後に鋭い爪が向かってきた。
金属音が響き、
「はは、なんだ、護れるじゃねえか!」
咄嗟に使ったシールドが功を奏して、ダメージは最小限。
「少し下がれ…! パンみてぇに…焼き上がるぞ…!」
デュアルの素早い動きに、是之が炎の球体を撃ち放つ。
回避を遅らせるために少しだけ、藤次は金属製の糸を引っ張った。
いつの間に仕掛けていたのか、デュアルの足に絡みついたそれが動きを阻害し――炎が燃え上がる。
トーチのようになったデュアルに目掛けて次々と攻撃が撃ち込まれ、
「…仕留めたか」
玄太の放った矢がその動きを止めた。
戦いが終わって、少し気を緩めながら周りに注意を払う……。
「何か聞こえる…」
「嫌な予感がしますね」
音はこの先。
ゴールともいうべき貯水池からであった。
●幕間〜監督役たちの戦場〜
ここが学園の中ということもあって油断していたことは否めない。
初手のつまずきは彼らの力だけではどうしようもないほどの差となって眼前にそびえている……。
「どこかに突破口はないのか?!」
強引に切り開こうにも退路は巨大なスライムによって完全に塞がれている。
おまけに敵の攻撃方法だ。
「来るぞ! 下がれ!」
慌てて飛び退いたところに押し寄せてくるスライムの波。
周りはほぼ敵に囲まれている状態で四方から次々と襲い掛かってくるスライムの体に気が付けば防戦一方だ。
次第に息が切れてきた……。
退路を切り開くのはやはり無理か。
こうなれば仲間が来るまで耐えるか、スライムのコアを叩いて一発逆転を狙うしかない。
狙うしかないのだが……、
「どこにあるってんだよ!」
スライムは汚水のみならず、流れ込んだゴミまで取り込んでいるようで彼らの明かりだけでは判別のしようもない。
それでも生き残る道はこれしかないのだと、互いに互いを守りながら僅かな可能性に賭ける。
どこかに、どこかにあるはずなのだ。
「……しまった」
霧切 新(jz0137)の足にスライムがまとわりついた。
そこが熱を帯びたように熱くなっていく。衣服が溶けたのはスライムに食べられたからか。
仲間のひとりの放った炎の魔法が、それを退けるも厳しくなってきたと感じさせるには充分であった。
「すまない……」
荒く吐き出される息。
伴って集中力も切れかかっている。
だから初めはそれが幻聴のように聞こえ。
次いで貯水池を新たに照らし始めた明かりに、彼らは息を吹き返す。
●貯水池の西側〜巨大スライムとの遭遇〜
戦闘音に足は自然と速くなった。
何かがおかしい。
違和感の正体は飛び込んできた光景が如実に物語る。
「わー、何これ?」
いの一番に貯水池へと入った、有火が足を止めて思わず見入る。
「あわわ、何か居るよ!」
遅れて辿り着いた、アレックスからは警告が飛ぶ。
仲間たちも次々と到着するにつれ、同じような反応を示した。
まず、今の状況に理解が追いつかない。目の前に広がる半透明の軟質の物体が一体何なのか……。
「気をつけろ、天魔だ!」
軟質の物体によって隔たれた向こうに監督役の撃退士たちの姿がある。
そして、発せられた警告と共に伸びてくるスライムの体。
澄香が反応してショットガンを発射する。
「汚れたく無いから、近づかないでよねっ……!」
衝撃で攻撃自体は逸らせたものの、ダメージを受けているようには見えない。
「そいつらに物理攻撃は効果が薄い。魔法を使うんだ!」
「わかりました!」
(…なるほど、『武装は物理と魔法、どちらの攻撃方法も常に対応出来るようにして行った方が良いぞ』って悪友が言ってたが、忠告は聞いておくもんだな)
聖歌は直ぐに火炎放射器に持ち替え、飛真も教科書へと武装を変える。
その間も波のように押し寄せてくるスライムの体。
「……うわっ」
盾を取り出して、聖歌はそれを防ぐも触れた部分が軽い痛みと熱を持っている。
「…ぼよんぼよんですね…」
即座にライトヒールを使いながら、眠兎がつぶやいた。
「…それに貪欲みたいです…」
攻撃手段を見極めながら、近づいてきたものにスクロールを広げて魔法を飛ばす。
大きく弾けているところを見ると効いているのだろうが、あまりの巨体ゆえにどれほど効いているのやら……。
「考えても分かんないし、とりあえず突撃しちゃえっ」
真っ直ぐに突っ込む、有火。
慌てて援護射撃が飛び、加えてスライムが遅いこともあって、掻い潜りながらハルバードが一閃した。
「……うーん、妙な感触っ」
やはり、手応えは薄い。
取り込もうと向かってくる攻撃を避けるために、有火が再び下水道の入り口付近まで後退。
「どうやらここまでは来ないみたいですね」
体の大半が貯水池にいるせいだろうか、自由に形を変えられるとはいえ、行動可能な範囲は決まっているようだ。
「だけど、先輩方を食べたらどう動くかわからないね。それに見捨てるわけには行かないよ」
飛真の言葉に無言のうなずき。
「どこか弱点はないのかな?」
アレックスが再びヒリュウを呼び出しながらスライムを観察していると、向こうからまた声がしている。
「……コア? それが弱点なんですか?」
見つけるためにどうすればいいか、その問いに対する答えも直ぐに見つかった。
いや、駆けつけてきた。
残る三方の下水道からも明かりが見えている。同時に澄香が監督役の援護をするために闇の翼を広げた。
●貯水池の南側〜貯水池の中へ〜
「って! おっきなゼリーの塊っ☆…え、ディアボロなの?」
ユウが感嘆している間に早くもスライムは襲い掛かってきた。
貯水池から噴き出すようにその身を伸ばしてくる。
藤次が咄嗟にカオスシールドを前に出す。
押し寄せてくる力によろめきそうになるが全身をバネにして何とか持ち堪えた。
「でけぇからって…調子に…乗んなよ…! スライム如きが…!」
好き勝手をさせないと、是之が破魔弓から魔法の矢を連射。
サイズがサイズなだけに狙いを付ける必要もない。
矢継ぎ早に放たれる矢のひとつひとつが軟質の体を突き破っては侵攻を阻んでいく。
仲間たちもそれに続いて、まずは必死の防戦。
「コアを探せ!」
そこに北側を担当している悠市の声が聞こえてきた。
次いで他の方向からも似たような言葉が。
互いに仲間の顔を見る。
意図を理解して、小さなうなずきと共にそれぞれが動き出す。
「ボクとアトは飛んでコアを探します」
まず、オルタとヒリュウが、
「ユウも行ってくるよ」
ユウも闇の翼を広げる。
「光源は向こうに多い方が良さそうだ」
そして、玄太も加わった。
「玄太…っしぐじんじゃ…ねえぞ…」
「初陣で負けるわけにはいかないからな!」
是之と拳を打ち交わして、玄太は正面を向く。
立ち塞がるはスライムの壁。
「ならば道を切り開く必要があるな」
「ああ…いつまでも…こんなの…相手してられっか…!」
藤次、是之、次いでクレナがスライムを押し返そうと切り込んでいく。
軟質な体を盾で押し、矢で射抜き、ランスで突き刺す。
一時的にスライムは引っ込んでいき、合わせて仲間たちが次々と飛び出した。
空を飛び、壁を走って。
●下水道の空〜コアを探せ!〜
光の翼で飛び出したオルタを捕まえようとスライムが伸びてくる。
「…こんなところまで伸びてくるなんて」
ヒリュウの援護を受けながら攻撃を回避。
貯水池の天井の高さは下水道よりも幾分高く造られていたが、形をいくらでも変えることができるスライムにはここも射程範囲のようだ。
「どうやら安全な場所はないみたいですね」
ショットガンを構えながら、澄香が隣に来る。
即座に発砲。
近づいてきていたスライムが勢いを失って降下していく。
「それにしてもこうも暗いと…」
「任せて」
そこに闇の翼を広げたレイラが視界をよぎった。
と、同時に手からLEDライトが離れてスライムの真ん中へと落下。
直ぐにスライムの体に飲み込まれていくが光は闇を払って、半透明の体を浮かび上がらせる。
更に意図を理解した、眠兎と、月華が星の輝きで、シオンがトーチで辺りを照らし出した。
貯水池に入っている者たちが手早く目を走らせる。
(…どこに、どこにあるのですか)
気配を絶っている、瑠璃は間近でスライムを凝視する。
体に取り込んだゴミが多くて、コアと思わしきものを見つけ出すことができない。
上空には三人の他にも、アレックスのヒリュウと、悠市のヒリュウ、そしてオルタのヒリュウが目を凝らしているが、スライムの攻撃が止んでいるわけでもなく……じっくりと調べているわけにも行かない状況だ。
「かくなる上は!」
壁に張り付いていた、玄太が明かりを持ったままスライムへと走り出した。
反応してスライムの攻撃がそちらに向かう。
作ろうとしたのは、時間と、更なる光源。
その意図など分からずとも貪欲なスライムは取り込もうと攻撃を繰り出してくる。
正面のみならず、横からも向かってくるスライムの体。
「…無茶をなさいますわ」
大鎌がそれを切り裂く。
割り込んだ、ルフィーリアはそのまま側面をカバーするように位置どる。
「これなら…どうだ!!」
次いで、翼がフォトンクローで眼前のスライムへと殴りかかっていく。
見れば上に攻撃が逸れたことで各下水道に留められていた仲間たちが次々と貯水池へと入ってきていた。
そこに更なる朗報が続く。
「あ、ありました!」
声を上げたのは瑠璃だ。
間近で見ていたことが早期発見へと繋がったが、同時に潜行が解けてスライムの攻撃が群がっていく。
「させないっ!」
上からレイラの投げた炸裂符が敵の気を逸らす。
その間に、瑠美と、鬼灯がカバーに入っている。
攻撃をバックラーで受け止めている間に、バルディエルの紋章が輝いて雷光を生み出し、
「なぁ、こういうのは好きか!」
鬼灯はそのまま向かってきたスライムに腕を突っ込んで力を解き放った。
バチンと弾かれたような物音と、突っ込まれ部分を飛ばされて後退していくスライム。
それには目も向けず、瑠璃が声を上げる。
「あそこです! あの黄色い球体がきっとコアです!」
指先は真っ直ぐに貯水池のくぼみに落ちた本体の左隅にあるものへと向けられている。
同時に撃退士たちによる反撃の幕が上がった。
●貯水池〜巨大スライム撃破!〜
「ん〜…決めました〜。貴方の名前は寒天さんです〜」
「…そうでしょうか? 水お化けといった方が合っているように思いますが」
気の緩みそうな会話を挟みつつ、スライムの攻撃を受け止めるシオン、そしてそれを雪が炸裂符で押し返した。
「まだまだー!」
そこに間髪を容れず、有火と、鬼灯、クレナが追撃をかける。
攻勢をかけながら敵の注意を引きつけるのが彼らの役目で、
「汚らわしい汚物が、わたくしに触れないで下さいまし」
ルフィーリアの生み出した氷柱が真っ直ぐにコアへと向かった。
直後にスライム全体が震え、怒涛のごとく攻撃を繰り出す。
「どうやら本当に弱点のようだな」
「そのようや」
悠市と、伊織がストレイシオンを召喚して仲間を支援。
「結構…厳しいです」
透明なヴェールで覆い、月華が仲間に加護を与える。
強力なサポートにオフェンスも当然、激しさを増ていく。
「全力で、倒させてもらうっ!」
言い放って、レイラが残った炸裂符を投げつければ、澄香とユウもコアを狙う。
上からも下からも繰り出される波状攻撃。
耐え兼ねたスライムはコアを守るために体を盾のように広げた。
「何とも往生際の悪い…」
エレムルスがそこに踏み込んだ。
傍らには瑠美の姿もある。
「訓練通りにやれば、絶対うまくいく」
「ええ、ここは寮での特訓の成果を見せる時ですね」
エレムルスが手に持った六花護符に力を込める。
「‥まずは俺が!」
体が自然と動く。
幾度となく繰り返した形のままに炸裂符を生み出して――投擲。
同時に、瑠美が走り込む。
手にした金属バットを大きく振りかぶって、爆発したポイントに渾身の一撃を叩き込んだ。
「連携技…」
「‥炸裂撃!」「炸裂撃です!」
手応えは充分に。
爆炎が薄らぐとスライムの体に穴が空き、その先にはコアの姿が見える。
開けた突破口にすぐさま追撃が続き、
「こんな…くせぇ所に…住んだツケは…払って貰うぜ…!」
是之が最後の炎陣球を投げつけた。
上がる爆炎。
同時にスライムの守りが薄くなる。
「――今です」
「行きまよ、アト」
上から一直線に。
フレデリカが双剣を構えて、次いでオルタとヒリュウがコアを目がけて急降下する。
ほとんど一本の矢となって。
狙いは違わずにコアへと突き刺さり。
力を失ってスライムの体が貯水池のくぼみへと流れ込んでいく。
しばし、それを見守ったあと勝ち鬨が貯水池に響き渡った。
「やりましたね」
「やったね」
瑠美とエレムルスがハイタッチ。
同じように互いの健闘を称え合う声が続いていく――
●そして地上へ〜希望の火〜
まばゆい太陽の光が撃退士たちを出迎えた。
新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。
「ん、終わった終わった。銭湯でも行ってコーヒー牛乳でも飲もうぜ!」
藤次の提案に「賛成!」と同意の声が続く。
激戦に負傷した者も多いがそれよりも体についた汚れのほうが気になっているのだろう。
「まあ、この程度なら何てこともないな」
玄太はそう言って烏龍茶を飲んで一服。
体の汚れよりも初陣を勝利で飾れたことが彼にとっては大きな意味を持っていた。
「てめぇら全員…後でパン送って…やっからな…!」
そこに、是之の声が響く。
どういう話の流れからそうなったのかは分からないが、自作のパンをおごることになっていた。
「うん、期待してるね」
「そんな無理しなくてもいいよ?」
「悪魔だが…俺は約束は…守るからな…?」
周りの反応は様々だが、是之は胸を張って男に二言はないという感じだ。
「うむ、仲間とはいいものだ」
それを見ながら、新はうんうんとうなずいた。
きっと彼らならこれから先の困難も仲間と協力して乗り越えていくことだろう。
そして、多くの人たちに希望の火を灯していくに違いない。
下水道の中で彼らは確かに希望を与えてくれたのだから――
聞こえてくる笑い声の中で、新はそう思った。
つい、つい。
「うん…?」
袖を引かれたので顔を向けると、有火が期待に満ちた瞳で新を見ていた。
「ご飯ー、ご飯ー」
「……えっと」
「今日は中華が食べたいなー」
脈絡のない言葉に理解が追いつかない。
「何やらご飯をおごってもらえると話が回っているぞ」
「な、なんだと…!」
悠市の説明でようやく話は繋がったが、生活費にも困窮している彼には厳し過ぎる話だ。
「一体どこでそんな話が…?」
「出所は分からん。まあ、霧切。おごれとは言わんが、荷物持ち一回で手を打とう」
私はな、と悠市が言う。
そっと周りを見れば既に同じ監督役の仲間たちの姿はない。
何となく、期待に満ちた目がこちらに向けられているような気がする……。
その後の彼の顛末についてはいくつものパターンに分かれる。
まあ、その一端はキミが思い浮かべたもので間違いないだろう。