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「四国はいいけど…少女かー…撃てるかなぁ」
ぼやきながら、御伽 炯々(
ja1693)が大麻山を眺める。
胸中に浮かんだのは、相対する少女のことだ。
「ゲートを開放する悪魔それに従う少女か」
「ふむ…少女がヴァニタスとして大麻山を守っているのか…」
獅童 絃也 (
ja0694)と、霧崎 雅人(
ja3684)も考えていることが口に出た。
「一体どこにいるのか」
「これだけゲート作成に適した土地というのも厄介だな…」
場所を絞り込もうと時間の許す限り、多くの情報を集めてはみたが、
「中央付近が怪しいということしかわかりませんでしたね」
天ヶ瀬 焔(
ja0449)が首を横に振る。少女の出現した場所に、ゲートの作りやすい場所、地元の住民からの聞き取りと、手分けをして調べたものの、絞り込むまでは至らず。少しだけ徒労感が流れる。
「既に後手に回っているのは事実にしても、だからといって今からでも出来る事をしない理由にはなりません。子供の、それもなりたてと思しきヴァニタス、というのには複雑な思いはありますが……今はなすべき事を考えましょう」
神月 熾弦(
ja0358)の言葉に一同がうなずく。
時計を見れば、そろそろ作戦が始まる時間だ……ただ、桝本 侑吾(
ja8758)だけは腑に落ちないことがあった。
「ゲート…ね」
仲間と同じように敵の出現情報を集めてはみたが、それは彼の疑念を振り払うには至っていない。
おそらく、結論を得るにはヴァニタスの少女と接触するしかないだろう。
「あと隠れる場所はいくらでもあるから、不意討ちには注意したいね」
念のために、ユリア(
jb2624)が注意を付け足せば、
「では敵に気づいたものが阻霊符を使用するということで」
準備作業をしていた、虎綱・ガーフィールド(
ja3547)が仲間たちに声をかけた。
「いや、阻霊符は常に使っておいた方がいい」
侑吾は懸念していたことを頭の隅に追い遣って、自分の考えを口にする。天魔には透過能力がある。敵が先にこちらを見つければ、当然使ってくるだろう。
「私も同感ですね」
「ああ、不意打ちは最も警戒したい」
同意を得て、阻霊符は使用しておくことが決定。
「あー俺先頭歩くよ。眼だけはいいからね」
次いで、炯々が真っ先に山道へと向かった。
時計の針は九時を指し、撃退士たちは隊列を整えながら山道を登り出す。
(さて、ゲート作成なんて、上手く潰したいワケだが…。全員が無事に生還できる様に、やるとしようか)
焔は山道の先に見える頂上を今一度見る。
この先に一体何が待ち構えているのか……山はただ静かに、撃退士たちを迎えた。
●
山を登り始めて1時間。
既に二度、刃狼と交戦した。
いずれも早い段階で気づき、それによって機先を制することが出来たため、受けたのは軽傷のみだ。
「ここから少し岩場が続いてちょっと遮蔽物が多い…要注意だね」
炯々が索敵のスキルを使って周囲を確認。
広がった視野の端に刃狼の姿を捉えると、さっと手を横に伸ばして進行を止める。
「…今度は6体お出ましだ。ユリアさん、また頼めるかな?」
「うん、任せてよ」
声をかけられると、ユリアは背から鳥の骨のような黒い翼を広げて時を待つ。
風に揺れる木々の音、仲間の微かな息遣い……そして枝を踏み抜いた音と共に空へと飛び立った。
「……いたよ!」
照準に敵の姿を入れてアサルトライフルのトリガーを引く。
思わぬ攻撃に不意を討たれた刃狼は態勢を立て直すことよりも、敵意を露わにしてユリアへと向かった。
射程内まで近づいた2体が刃を飛ばし、残る4体はそのまま飛びかかろうとスピードを増すが、先頭を進んでいた刃狼がいきなり傷を負った。よく見れば木々の合間に刃狼の流した黒い血が線のように走っている。
(残念、通行止めで御座る)
身を隠したまま、虎綱は更に金属製の糸を引いて、続く刃狼を餌食にする。
立て続けに起こった不意打ち。
凶暴な獣も足を止め――その瞬間、刃狼の目の前には絃也の姿が。
「このまま潰させてもらう……!」
地を鳴らすほどの踏み込みに乗せて、拳が唸りを上げる。
直撃を受けた瞬間に歪な生は終わり、残る5体が再び敵意を剥き出しにした。すると今度は、雅人と、炯々によって銃弾と矢が撃ち込まれる。刃狼たちが被弾しつつも散開し、距離を詰めると、
「回り込んでるよ」
上空から、ユリアが指差しながら警告を発した。
「やらせるかよ…来いっ」
茂みの近くに踏み込んで、侑吾が後衛との間の壁になる。
奥から聞こえてくる物音を頼りに先手を打って大剣を振るえば――確かな手応えが返り……そして視界の隅にもう一体の刃狼が入った。立て続けに飛び出してきた刃狼が侑吾を襲う。
「…くっ、さすがに数が多いと不意打ちだけでは倒しきれないか」
右腕に痛みが走り、赤いものが腕をつたっていく。刃狼は目でそれを追い、今にも飛びかかってきそうな体勢へ。
「やらせるか!」
焔がショートスピアを突き出して刃狼の注意を自分に向けさせようとする。
更には上空から、ユリアが援護。
その間に、熾弦が傷を癒すために走り寄ってくる。
「大丈夫ですか?」
「ああ、軽傷だ…」
手で感謝だけ伝え、侑吾は敵を倒すべく大剣を握り直して走り出す。
「わかりました」
ハルバードを構えて、熾弦も今は目の前の敵を優先させる。
こうして、1体、また1体と着実に仕留め。
さほど時間をかけずに三度目の敵の掃討が終わった。
「ここまでは順調ですね」
「しかし、進むほどに敵の数が増えてきてるな」
地図を確認しながら、炯々と、熾弦は現状を見つめ直す。
戦闘を終えてひと息ついている他の仲間たちも似たようなことを考えていた。
「どうディアボロを配置しているのかはわからんが、行けばわかることだ」
言って、絃也は仲間たちをうながす。
「むっ……」
そこに前に出て遁甲の術を使おうとしていた、虎綱が手で仲間たちを止めた。
耳の良い者から順に山道の先から物音が近づいてくるのを聞き取り、武器を構えていく。
やがてその音の正体が姿を見せると、撃退士たちは警戒レベルを最大にした。
「……あなたたちは敵ですか?」
幼い少女はそう問いかけてきた――
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「幾つか聞きたい事がある、戦闘は其れからでも遅くはあるまい」
絃也が答え返すと、少女は首を傾げた。
どう対処すればいいのか、困っているようにも見える。
「俺は桝本侑吾って言うんだけど、君の名前を聞いてもいいか?」
「名が無いのならば無いで構わん…それと俺の名は獅童絃也だ」
二人が名乗ると、少女は一拍の間を置いてから答えを返す。
「……チハル」
「…ちはる?」
思わず復唱すると、少女は小さくうなずいた。
――チハル。
どのような字を書くのかは分からないが、それが少女の名前らしい。
「チハル殿か。ふむ…随分と年若い」
事前に話を聞いていたとはいえ、チハルを実際に見ると誰もが、虎綱のような感想を受けるだろう。
しかし、チハルの顔には表情と呼べるようなものがない。比喩通りに能面でも付けているかのようだ。
「フハハ! こんなところで如何した。此処は山深い。狼に食べられてしまうよ?」
ならばと、虎綱が問いかければ、
「カルティナ様からここから先へは誰も通さないように言われました……だから、ここに居ます」
「それは失礼した」
もうチハルがヴァニタスであることは疑いようもない。
とはいえ、あまりにも敵対的なイメージとは程遠く……チハルが自らの背丈の倍は優にある長槍を軽々と持っていなければ、もっと友好的な態度で接していたかもしれない。
「あんたは、何のためにその力を手に入れた? 何かを守るためか、それともすべてを壊すためか」
今度は雅人が聞いてみるも、チハルは押し黙ってしまう。
「その力で何をするのだ? 力とは凶器だ、使いこなせないその強大な力は周りは疎か自分すらも傷つける、それでも尚剣を振るうか」
「……言っていることがよく分かりません」
そう口にしてからチハルは続ける。
「私はカルティナ様に命を救われました。だからカルティナ様のお手伝いをしているだけです……」
「…なるほど」
「どうやら生前の記憶を持ち合わせているようですが……」
熾弦はどうしたものかと少し考え込む。
悪魔が年端もいかぬ少女を単純に利用しているだけにも見える。だが、それだけで自らの力を分け与えるだろうかと考えれば、まだ知り得ていない重要なことがあるとみた方がいいだろう。
そして、仲間たちに目配せを送る。
これからどうするべきか?
「カルティナっていう奴が悪魔なのはわかっているのか?」
沈黙を破って質問したのは、雅人だ。
返答は小さなうなずきと、
「……ゲートというものを開いて人間からいろいろと奪うのだと聞いています」
「…そうか」
雅人にはそれで充分だった。
それを知ってなお与している以上、手心を加えるつもりはない。
次いで絃也がどの方角からここに来たのか、体感時間はどれぐらいかかったか、といった質問を投げかけてみるもチハルの返答は脈絡を得ない。外見年齢=実年齢とすれば無理もないが。
「なぁ、本当に『此処』なのか?」
質問がひと通り出きったのを見て、侑吾が口を開いた。
「ゲートは…君の護るべき主のいる場所は?」
「……敵ですね」
「えっ!?」
「ゲートの場所を探す人は敵です」
迷うことなく、チハルは長槍の穂先を撃退士たちに向けた。
更に呼応して周りの茂みから近づいてくる気配がある。
「どうやら聞いてはいけないことだったかな」
対して侑吾を始め、撃退士たちも武器を抜いた。
●
かろうじて先手は虎綱がとった。
飛ぶように駆けてくるチハルに真っ向から挑みかかると見せて、木に括り付けた金属製の糸を持って横に飛ぶ。
「なっ……!?」
だが、意表を突かれたのは虎綱の方。横殴りに振るわれた長槍が迫ってくる。少しでも衝撃を殺そうと左手を割り込ませるが……痛みに思わず目が眩んだ。
「強烈ゥ!」
咄嗟に手をついて、受け身をしながら距離をとる。
そしてチハルを見れば、彼女の腹部には微かな傷が見えた。
「戦い方を知らないというのは本当のようだな」
絃也は闘気を開放しながらチハルの前に立つ。
高い能力によってカバーされているとはいえ、同程度の能力であれば先程の結果は逆転していただろう。
(しかし何がここまで……)
先程の少女とは思えないほどに露になった敵意。
表情は変わらず能面ようだが、視線は突き刺ささりそうなほどに敵意が篭っている。
「仕掛けます」
後ろから、熾弦が聖なる鎖を伸ばした。
絃也の体をブラインドにして隙を突く。
「ここでヴァニタスを抑えて時間を稼げば、その隙に皆さんがゲートを……」
口にしたところで、熾弦の唇から驚きが漏れた。
チハルの体を縛ろうとしていた鎖が力任せに打ち破られていくではないか。
「大したもんだが、こいつを使ったらパワースポットが乱れるって知ってるか?」
鎖が解けたのを見て、焔は発煙手榴弾を見せつけるように少し掲げてみせた。
もちろんブラフであるが、自信満々に言えば引っ掛るはず……だが、反応がない。
「……だめか」
空振りであったことに失意を感じながらも、焔はショートスピアを茂みへと突き出す。ちょうど飛びかかろうとしていた刃狼はカウンターを受けた形になって深手を追った。
「一方的に狙い撃ちさせてもらうよ」
そこに真上から、ユリアの声が。
直後に岩場の上に光が飛び散り、刃狼たちの叫びがこだまする。
「こっちは取り込み中でねぇ」
更に、炯々の放った矢が追い討ちをかけた。
とはいえ、刃狼を接近させないようにするのが限界。チハルと同時に相手するのは骨が折れる、と炯々が現状を見たところにいきなり衝撃が走った。
何かにぶん殴られたような痛み……チハルの放った空気の塊だと気づいて、ようやく理解が追いついた。
「君の相手はこっちだ」
現状を見れば、侑吾と、絃也、加えて潜行した虎綱がチハルの押さえに動いている。
(ならば…)
炯々はアウルを矢に練りこんでチハルへと放つ。
次いで銃弾が少し遅れて撃ち込まれ、共にダメージを与えることなく印を刻みつけた。それを見て銃声のした方に目を向ければ、雅人と目が合い。互いに小さくうなずいて、それぞれの相手すべき敵へと向かう。
「何処に目を向けている」
チハルが三人の対処に苦戦しているところへ、雅人がストライクショットを撃ち込んだ。
「私は、私の守らねばならぬ者のために、あんたの命狩らせてもらう」
狙いをつけて、続け様にトリガーを引く。
次々と撃ち込まれていく銃弾に、チハルの動きは更に制限された。
「こんな山の中で一人で守らないといけないとか大変だねえ」
退避したところに、今度はユリアからの銃撃。
咄嗟に大きくバックステップしてチハルは安全な距離を得ようとするが、
「子供だと思うなら立ちはだかるな。そうでないなら理不尽を受け入れろ」
背後からの声にもう反応が間に合わない。
「なんての」
虎綱の鋭く強力な一撃がチハルごと戦場を一直線に穿った。
「……かはっ」
衝撃でチハルの体がくの字に折れる。
だが、次の瞬間には踏み込みの地鳴りがチハルの耳朶を打った。
この戦闘においてチハルが最も警戒を払わざるをえなかった相手の全力が来ると、直感が告げる。
「我が武の真髄その身に刻め……っ!」
文字通りの乾坤一擲。
咆哮と共に繰り出された、絃也の掌打が突き刺さり、チハルは木に叩きつけられた。
それでも長槍を構え、何とか戦意を保っている。
「ならばこの一撃で――」
侑吾が踏み込もうとしたところで黒い影が目の前を通り過ぎる。
空を飛ぶ巨大な黒い鮫と認識したときには、チハルを咥えて空へと舞い上がっていた。
「逃げられたか」
「大丈夫だ。マーキングはしてある」
「こっちもだ」
雅人と、炯々からそれを聞くと、撃退士たちは残った刃狼の掃討へと移った。
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「皆さん、傷が深くなくて良かったです」
ひと通りの治療を終えて、熾弦が安堵の息を吐いた。
その頃にはチハルはだいぶ北へと進み、大麻山の範囲を超えてしまっていた。
「これはどういうことだ?」
「大麻山自体が陽動、いや、罠のようなものだったんだろうな」
侑吾が確信に満ちた声で答える。
「陽動?」
「罠?」
「本命から目を逸らすためのものだったんだろう」
「ヴァニタスを囮にしたのか……?」
「おそらくだが…いずれにしてもこの作戦は止めたほうがいい。むだに戦力を消耗するだけだ」
そして、このことが伝えられると作戦は一時中断になった。
更に続報がそう時間を置かずにやってきて、
「大毛島で悪魔が動いた……?」
推論が合っていたことを証明する。
「なるほど本番はこれからということか。しからば、鬼退治と行こうじゃないか」
虎綱の言う通り、撃退士たちは新たな局面へと突入していく。
四国を揺るがす大きな戦いへと――