●あれが蛇亀とういものです
(うっわー……こんな大きいのが暴れたら大変だよ。被害をなるべく出さないように、早いところ対処しないと)
(蛇なら今年の干支だけども…亀? しかも巨大?)
橘 優希(
jb0497) と、ルナジョーカー(
jb2309)の視線の先には巨大なものが鎮座していた。
波打ち際の砂浜で、それは止まっているのかと見間違いそうになるほどにゆっくりとした動きで前に進んでいる。
「高さ5メートルの蛇亀ねえ。中国の四神、玄武のできそこないってとこかね」
推論をつぶやいたのは、鐘田将太郎(
ja0114)。
「亀? 蛇? どっちがメイン? いずれにせよ興味深い事に変わりはないのですー」
対して、アクア・J・アルビス(
jb1455)は熱い視線を向けている。
「せっかくですから研究対象にしてやるのですー」
「まあ、動きが遅いのは助かるね。準備ができるし」
ここで、高峰 彩香(
ja5000)が話を進めるべく口を挟んだ。
話にも出た通り、今回は戦闘だけでなく準備作業もある。
「落とし穴掘って足止めするんだったか? ひっかかるかどうかは別として。やってみる価値はあるだろう」
「なら、まずは状況判断やな。海の家やら壊されちゃ不味いもんがあるならそこを巻き込まんようにせんとのう」
将太郎の言葉に、古島 忠人(
ja0071)が注意を加える。
幸いなことにオフシーズンということもあって海の家のような建築物はないが、蛇亀の進行先には防波堤があった。
「あれからは逸らさんとなぁ」
「そのヘンは囮役の面子に任せる。上手くやってくれよ?」
「まあ任せとけって、いっちょ海辺の平和を守るとすっか。行きましょう、橘さん」
「あっ、はい」
忠人が同じ囮役の、優希に嬉しそうに声をかけた。
冬なので綺麗な水着の女の子がいないのは忠人にとって残念ではあったが、今は女の子にかっこいいところを間近でアピールできるチャンスと思い直している……まあ、優希が男性であることに気付いてないだけなのだが……。
「くぅくぅ♪ 砂遊びして〜スイカ割りならぬ亀割り? して〜いっぱいあ〜そ〜ぼ〜♪」
楽しげな雰囲気に、紅鬼 姫乃(
jb3683)も声を弾ませる。
戦いの前の緊張感など、どこへ行ったか。撃退士たちは余裕を持ったまま蛇亀へと歩いていった。
●誘導しながら、戦闘も
砂煙を上げながらゆっくりと進む巨体。
巨体の大部分を占める甲羅に苦無が飛来してカーンと跳ね返った。
衝撃よりも、跳ね返った際に起こった音に反応して、蛇の首が伸びて辺りをうかがう。
「やーい、のろま! 短足! 不細工な面しやがってお呼びじゃねーんだよ亀!」
忠人の姿を確認して、ゆっくりと方向転換。
「…ほんとにのろまだな」
「うん。でも、こう間近で見ると……やっぱりおっきいなぁ……これお鍋とかにしたら何人前だろ?」
「…何人前って」
優希の言葉に、苦笑を返しつつ忠人は改めて蛇亀を見る。
どうやら、ようやく方向転換を終えた模様。
せっせと四本の足を動かして、こちらに向かおうとしている。
「……うおっ!」
が、突然伸びてきた蛇の頭に思わず、たたらを踏んだ。
攻撃は回避できたが、のんびりした動きに目が慣れていたせいか、蛇の頭の動きが思いのほか速く見えた。
「もう、攻撃範囲に……」
優希も慌てて迎撃態勢をとる。
隣では、攻撃役のサガ=リーヴァレスト(
jb0805)も距離を見定めながら蛇亀の動きを目で追っていた。
距離を測り、サガが少し下がろうとしたところに蛇の頭が伸びてくる。
「この距離がぎりぎり、だな」
回避運動を取り、ウイングクロスボウから矢を放つ。
「そこですっ!」
伸びきった首に、優希も剣を突き立てた。
直後に怪獣の発したような叫び声が木霊する。
「さすがに頭までは固くないみたいやな」
「ですね」
「だが、油断はできん…!」
再び繰り出された攻撃に、三人はバックステップして少し距離を取っていく。
囮役が蛇亀を引きつけている間に、攻撃役の残る三人は蛇亀の側面に回り込んでいた。
「二度と同じ過ちを繰り返してたまるものか…」
ルナジョーカーは過去に起こった悲劇を思い返ししつつ拳に力を込める。
狙いはまず右の前足。
「んじゃ、料理開始と行きますか。食えるかどうかは別として」
闇の力を腕に纏わせて振りぬくと――空気を震わせながら一直線に強力な一撃が走った。
衝撃で足の皮膚が砕け散る。
「まずは、動きをもっと制限させておきたいね」
間髪を入れずに、彩香が同じ場所を銀光に煌めく剣で斬りつければ、
「できそこないに何ができるか見せてもらおう」
将太郎がダッシュしてトンファーを叩き込む。
そのまま足を止めて連打。
振り払うように動いた蛇亀の足を、上半身の動きでかわして攻撃を続ける。
「大きい分、狙いやすいからね。確実に削っていくよ」
彩香と、ルナジョーカーも遅れを取るまいと攻撃を続行。
傷は広がっているように見えるが、巨体なだけにどれだけ撃破に近づいているのか……。
脳裏にそんなことが過ぎったところで頭上に陰が差す。
「まずいよ、蛇の頭がこっちを向いてる!」
呼びかけて、彩香が飛び退くと二人も少し遅れて後ろに跳ぶ。直後に蛇の頭が伸びてきて砂浜へと突っ込んだ。衝撃で砂が舞い上がり、頭についた砂を払い除けながら蛇の頭が唸り声を発する。
「…攻撃は後ろ足からの方が良さそうだね」
「そのようだ」
「なら、囮役の人達に意識が向いたら攻撃を切り替えるよ」
三人が距離を取って様子を見ている間も、囮役の二人とサガからは攻撃が飛んでいる。
蛇の頭が囮役の方に伸び、足がゆっくりと前に進み始めたのを見て、三人は後ろ足へと向かった。
戦闘音を耳にしながら、仕掛け役のアクアは戦槌を高く振り上げていた。
狙いは砂浜。
渾身の力を込めて一気に振り下ろす。
爆発したような音が響き、視界のすべてを飛び散った砂が覆う。
「うわっ……ぺっ……ひどいのですー」
ゴルフでいうところのエクスプロージョン・ショットと同じような効果が生まれて、アクアはたまらず避難した。
「くぅ…目が痛いの…」
手伝いをしていた、姫乃ももろに被ってしまったようだ。
「ごめん、こうなるとは思ってなかったのです」
前に見た大穴を開けているところを再現しようとしたのだが、ここが砂浜であることを失念していた。
「…でも、地面が見えているのねっ」
姫乃が指摘したように砂が飛んで固まった土が見えている。
「よし、これなら期待していた効果がでるはずですー」
再び力を込めて、アクアが戦槌を振り下ろす。
衝撃を受けて地面が陥没し、姫乃は進捗を見守りながら木の板を取り出し始めた。
「ゼロ距離で喰らえばいくらタフでも痛いよなァ!? あと、こいつも喰らっとけ!」
アウルの弾丸を撃ち込み、ルナジョーカーはそのまま双剣を叩きつける。
少し横にずれれば、今度は将太郎がトンファーを叩き込む。
スイッチするような形で、次は彩香に代わりながら同じ場所を攻撃……だが、蛇亀はまったく衰える様子を見せない。
「話にあったとおり、本当にタフだなァ」
「まったくだ。これだけ食らって平気な顔をしてるとはな」
ルナジョーカーも、将太郎も、話しながら攻撃を続けている。
これだけ攻撃すれば、並みの天魔なら2回は倒してもお釣りがきそうなものなのだが……。
「こんなにしぶといと囮役の方が心配だよ」
彩香が視線を向ければ、ちょうど優希が攻撃を受けているところ。
蛇亀に一撃受けてからはカウンターを含め、攻撃の意識を捨てて防御に専念している。
(冷静に……落ち着いて行動をしよう。囮役がバテたりしちゃダメだ)
少しずつ下がりながら攻撃を凌ぐ。
傍らでは、サガも守りを優先させながら蛇亀の動きを凝視している。
いや、より詳しくいうならば蛇の頭の動きを、だ。
(…まずは目で目標を見定める。そして、牙を剥いて一気に……来る!)
最後まで動きを追いながら飛び退く。
「攻撃のクセ、というやつか…」
ようやく見つけた癖を、サガが手早く仲間に伝えたところで、仕掛け役の二人から声がかかった。
「準備ができたのですー」
「早くこっちに連れてくるのだー!」
「おっ、ようやく終わったみたいやのぉ」
忠人が手を振り、それに応え、
「じゃあ、あとは誘導するだけや! さあ、来い! のろま亀……って!」
次いで挑発しようとしたところに、蛇の頭が伸びてきた。
「ぎゃーす! 危なっ。掠った!?」
這うようにして避ければ、蛇亀がそれを追いかける。
「こっち来んな!」
ドタバタしながら、サガの見つけた癖にも助けられて仕掛け役の元へ。
「間違って落っこちちゃだめだよー」
姫乃が指摘するポイントを迂回する。
その間に、蛇亀は遂に落とし穴の前へ。
「さぁ、面白い結果、期待してるですよー」
アクアが好奇の目を向ける中、蛇亀の右前足が砂でカモフラージュした板を踏み抜いて沈み込んでいく。
体勢を立て直そうと蛇亀は声を上げながら暴れ出すが、持って生まれたその重量ではもう手遅れだった。
「「やったーーー!」」
次いで撃退士たちから歓声が上がった。
●さて、料理の時間です
蛇亀は落ち込んだ右前足をどうにかしようともがいているが、足の短さがネックになっていた。
穴の底には足がついても、悲しいかな……体勢を持ち直せるほどに足は長くないのだ。
おまけに周りを崩そうとしても木の板でしっかりと補強されている。
「よし!」
将太郎は穴にはまっている蛇亀の左側面に回り込む。
右側が穴に落ち込んだせいで、左側は少し浮いていた。
「俺はこれでも重機をひとりで支えたことがある。だからできるはず! ひっくり返ってジタバタしやがれ!!」
思いっきり力を込めた。
もう思いっきり力を込めた……でも、重い。
「………」
とてもひとりでは無理なようだ。
「どうだ? 一緒にこいつをひっくり返さないか……むっ!」
仲間に呼びかけたところに、伸びてきた蛇の頭をかろうじて回避する。
「それよりもこれを試してみるのですー」
と言って、アクアが振り撒いたのはガソリン。
「蛇さんなら熱があると面倒なことになるですけどー」
どこまで再現されているのかを楽しみにしながら、さっとアクアが火を点ける。
手にはしっかりと阻霊符を準備。
付け加えるなら、戦闘開始時からずっとサガが阻霊符を発動中だ。
で、どうなったかというと、炎が一気に吹き上がり、後はメラメラと蛇亀を焼いていく。
「くぅくぅ♪ 効いてる効いてる♪」
姫乃が嬉しそうに指摘する通り、蛇亀からは苦悶の声が上がっている。
とりあえず、その様子を見ながらアクアは囮役たちが受けた傷を癒していていた。
「こっちが本業ですからねー」
で、傷が癒し終わった頃にはこんがりと焼けてしまった蛇亀の哀れな姿が。
「こんなになっても生きてるなんて本当に頑丈だよね」
とはいえ、天魔に情けは無用。
まずは彩香が光の衝撃波を撃ち込んだのを皮切りに、撃退士たちの猛攻が始まった。
「死神の鎌で冥魔を討つ…皮肉なものだがな!」
甲羅に飛び乗って、サガが三日月のように鋭い刃たちで甲羅を切り裂く。
本来であれば甲羅はその攻撃が効かぬほどに硬いのだが、熱膨張によって亀裂が入ってしまった今ではかなりのダメージが本体に通っていく。
「柔くなってんなら俺の攻撃でも通んだろ!」
忠人がすかさず、そこに毒手を打ち込んだ。
「続かせてもらうよ」
次いで、風を纏った彩香の刺突が甲羅を大きく破砕する。
よし、このまま一気にと思ったところで、
「姫ちゃん、やっぱり一寸法師作戦してみたい−!」
と、姫乃が蛇亀の正面に飛び出した。
手の、いや、蛇の頭の届く距離に出て来た姫乃に向かって猛然と牙が伸びる。
「――ちょっと待たんかい!」
がりっ。
「ぎゃーーーーーす!」
蛇の牙は、必死に走り込んで盾になった忠人を餌食にした。
「女の子は大切に扱わんかい、このボケェ!」
がりっがりっ。
「うおー! ワイは食っても美味くねぇぞー!」
噛み砕こうとする蛇亀の顎から、忠人は手と足を駆使して何とか耐えている。
「くぅ……丸飲みされると思ってたのに残念なのね」
「あれ? それだけ?」
もういいや、と姫乃は大鎌を持って攻撃に加わる。
「ちょっと誰か助けてー!」
そこに横合いから蛇の首へ大剣が振り下ろされた。
衝撃で締め付けが緩み、
「大丈夫ですか、古島さん? 無理をしてはだめですよ」
目の前には大剣を構えなおした、優希が立っていた。
「…助かったで」
「後は任せてください。一生懸命歩いてココまで来た所、可哀そうだけど……ごめんねっ!」
再び向かってきた蛇の頭を、優希が強烈な一撃で叩き返す。
「みんなの砂浜だから、これ以上被害を大きくされるのは困るんだよな」
続いて、ルナジョーカーが双剣で追撃。
「手間かけさせんじゃねえよできそこない玄武が!」
で、止めとばかりに将太郎が目にも留まらぬ一閃を叩き込んで、遂に蛇亀は轟沈した。
合掌、ご馳走様です。
●戦い終わった、その後に
というわけで、撃退士の目の前には美味しく焼けた蛇亀の亡骸が残った。
「……思った。これもしかして美味しく頂ける?」
「だめですー」
ルナジョーカーの素朴な疑問に、アクアが直ぐさま待ったをかける。
「硬い甲羅もですけど、殻にこもって体力回復、の仕組みがよくわからないですー。気になるですー。持って帰って研究するのですー」
「……ええと、人間の死体が元になっているかもしれないから止めておいた方がいいですよ」
「はっ!」
「気づいてませんでしたね」
やんわりと、優希に言われて、どうしようとアクアは周りを見る。
まあ、はっきりと口にはしないが止めておいたらと、みんなの目は語っていた。
「……残念です」
「まあまあ、それよりも火炙りにしたから清掃しなきゃ。砂浜真っ黒ねっ」
姫乃が慰めついでに指摘した。
「海岸は綺麗じゃないとね〜♪」
手にはこうなることを予想していたのか、掃除道具が。
「そうだな、最後まできっちりとやっていくか」
「そうですね」
将太郎が掃除道具を受け取り、優希もそれに続こうとしたところで、
「いえいえ、ここは男どもでやっときますから、橘さんはどうぞ休んでてください」
と、忠人が割って入った。
「……ええと、僕、男ですけど」
「またまた、そんなご冗談を……ってマジっ?!」
で、誤解が解けて見事に忠人も轟沈。
「よくわかんないけど、さっさと済ませるよ?」
彩香に声をかけられてもしばらくは呆然としていたとか。
ほんと、報われない男である。
そんな撃退士たちの姿を物陰からこっそりと見ている者がいた。
「……やはり久遠ヶ原学園からの増援が一番の問題点になりそうですね」
つぶやきだけを残して、その場から去っていく――