●到着
ふわふわとした長い髪が後ろになびく。
あまね(
ja1985)の耳には破砕音が届き、目には重機にでも破壊されたようなアーケード街が映った。
次いで剣戟が、そして黒鮫たちと戦う地元の撃退士たちの姿が入る。
「こんにちはなのー」
平凡な挨拶とは裏腹に、速度を緩めことなく走り込んで、正面にいた小黒鮫にアンクロッドを打ち込んだ。
攻撃の余韻を残したままサイドスップ。
すると直ぐ横を別の小黒鮫が凄い勢いで通り過ぎていく。
同時に地元の撃退士たちが、あまねの作った隙を使って黒鮫たちから距離を取った。
「救援か……?」
地元の撃退士の声は疑問形。
あまねが幼いため、どことなくそうなったが、
「おーおー、お務めご苦労さん」
後から来た、相羽 守矢(
ja9372)を初めとする八人の撃退士の姿を見て、疑問は答えへと繋がった。
「久遠ヶ原学園の応援か?」
「そうなのー」
地元の撃退士たちから安堵の息がこぼれる。
この場に居るのは五人。
来る途中で戦闘不能になった撃退士を二人ほど見たが、この場の五人もかなり傷ついている。
強襲されたと聞いたが、厳しい戦いを強いられていたのだろう。
(いやまあ、本当に急な話だよなあ。天魔は気の向くままに襲うから年中無休だし、それを迎撃する撃退士も年中無休で身体張るから楽じゃないねえ……)
感慨が守矢の頭に浮かんだのは1秒にも満たない。
撃退士たちは慌てて動き出し、大黒鮫の巨体が猛烈な勢いで目の前を通り過ぎていく。
地元の撃退士のひとりが避けきれずに傷を負い、突撃の衝撃で商店の入り口が軋みをあげた……。
「うぇー、こりゃまたとんでもない大物だね。でも、だからこそここでカクジツに仕留めとかないと」
宙に浮かぶ大黒鮫を見据えて、武田 美月(
ja4394)が迎撃の構えを取る。
(なるほど、これは難しそうな依頼さね)
先ほどの遣り取りの間に、九十九(
ja1149)は状況の確認を終えた。
周りの商店や物陰に逃げ遅れた人が残っている。おそらく、まだ十数人はいるだろう。
(でも将来には役立つ経験になりそうなのさねぃ)
プラス思考で行動に移る。
今は1秒すら惜しい。
そして、美月が地元の撃退士に代わって通りの中央に出たのを見計らい、
(空を泳ぐ鮫でも、やることに変わりはありません。それが天魔であるなら、何であろうが狩ります)
灰里(
jb0825)が裁きのロザリオで攻撃を仕掛ける。
注意をひくのはそれで充分。
空中で旋回して、大黒鮫はこちらに狙いを定めた。
●それぞれの役割
「さて、それじゃあ早速ぶつかってみますか!」
青紅倚天を抜いて、アリシア・ミッシェル(
jb1908)が手近な小黒鮫を斬りつける。
だが、返ってきたのは思っていたよりも固い感触。
「……やばっ」
反撃が来ると身構えたところに、横から手が伸びて小黒鮫を吹き飛ばした。
「飛んでる鮫はあんま怖くねェな。海の深淵から密かに近付いて襲ってクル方が何だ、イメージ的には怖ェぜ」
掌底を叩き込んだ、狗月 暁良(
ja8545)が挑発するように手招き。
小黒鮫が再び向かってきたところに大きくバックステップ。
引き込まれたのだと小黒鮫が気付いたときには、マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)の『終焉』を内包した幕引きの一撃がその黒い体に炸裂した。偽神への変生を終えた今の彼女の力は驚異的なレベルだ。
小黒鮫は耐えきれずに地面へと叩きつけられ、そのまま動きを止める。
「さすがは部長…っ」
大したものだと、守矢が続けようとして慌てて飛び退く。
再び大黒鮫が戦場を横切り。
撃退士たちは四散しながら、また大黒鮫から距離をとった――
「誰が指揮を執っているさね?」
九十九が自分の近くへと下がってきた地元の撃退士に声をかけた。
「…悪いがバラバラだ。統制をとってる余裕なんて無かったからな」
「そりゃなんとも。…でも、このままじゃまずいさね」
「同感だ」
「なら、しばらくの間はうちらがあの鮫をどうにかするから住民の避難を優先して欲しいのさね」
「……分かった。だが、くれぐれも注意してくれよ」
「こちらも命あっての物種さ。おっと…あと連絡手段が必要と思わないかねぃ?」
言って、九十九は耳にはめたイヤホンを指差し、それが繋がっているスマホを取り出す。
「なるほどな、ならちょどいい指揮はお前に任せた。後から来るやつらも含めてひとつに取りまとめてくれ」
「なっ…?!」
これは予想外。
しかもその撃退士は赤外線通信で番号を飛ばすなり、戦場へと飛び込んでいく。
「…参ったね、パイプ役ぐらいでと思っていたのだけどねぃ」
「ごめんね。あたしも手伝うから手を貸して」
代わりに女性の撃退士が拝むような仕草を取って近付いてきた。
アーケード街には間断なく戦闘音と破砕音が響いている。
突撃のために大黒鮫が旋回したところへ、美月がアーケードの中央に再び姿をさらした。
「さあ、来いっ!」
腰を落として十字槍の石突を舗装された道に突き立てる。
あとは全力で受けるのみ。
大黒鮫の突撃に十字槍を向け、アウルの力をもってこれに対抗。
鈍い金属音が響き……美月が勢いに負けてよろめいた。
「まさかこんな役割になるとはね。……でも、避難誘導班のところには行かせられないし、耐えて見せるんだよ!」
そして、また同じ構えを取ったところに大黒鮫の背中から二つの黒い塊――小黒鮫が姿を見せる。
これで敵の数は五体になった。
「チッ…何体いやがんダ」
迎撃するために、暁良が踏み込む。
噛み付いてきたところを思いっきり蹴り上げ、接近してきたもう一体にはアリシアが割り込んだ。
痛打を受けながらも、直ぐに反撃を繰り出して小黒鮫を追い払う。
「これでさっきの借りは返したよ」
「貸にしたツモリはなかったんだが…ソウしとくか」
互いに攻撃を繰り出しながら散開。
そのまま建物の陰に飛び込む。
完全に身を隠すと小黒鮫は目標を見失って、中央で戦う美月へと向き直った。
(させるか…)
守矢が魔法書を紐解く。
物陰から僅かに姿を見せて魔法を放てば、小黒鮫は対応が間に合わずに直撃を受けた。
(どうやら状況確認を音波のようなソナーに依存してるってのは間違いないな)
それに加えて、構造物に関する知識の欠如。
黒鮫の弱点を確認しつつ、守矢は物陰から飛び出して、また別の物陰へと向かう。
後ろから守矢に気付いた二体の小黒鮫が猛追。
が、うち1体は光の矢を受けて失速していく。
(やはり、魔法の方が効くようですね…)
結果を見届け、灰里も潜伏場所を変更。
出来ることなら全員がこの戦術をとりたいところではあるが、まだ救助活動は続いている。
囮としての役割も疎かに出来ない。
(厄介な状況です…)
ならばと、アーケードの中央で囮を続ける美月と、マキナに援護射撃を飛ばす。
激戦が繰り広げられている間も、なお助けを待つ人たちの姿があった。
黒鮫との交戦が始まったせいで迂闊に動けなくなっているのだ。
「もうだいじょうぶなのー」
そのひとりである男の子に、あまねが声をかけると男の子の目から涙が溢れ出した。
「だいじょうぶだから、もう安心していいの」
嗚咽を漏らす男の子に優しい言葉をかけていく。
とはいえ、泣き止むのを待っている時間はない。
「ちょっとごめんなの。すぐに安全なところに連れていってあげるのー」
自分よりも背丈のある男の子を抱き上げ、あまねが走り出す。
途中で小黒鮫の気配を感じて振り返れば、灰里が魔法で小黒鮫の足を止め、その間にアリシアが肉薄した。
「さあ、今のうちに行っちゃって」
言葉に甘え、そのまま再加速。
十分に距離が離れたところでお巡りさんを見つけて、男の子を預けるとまた現場へと戻った。
ちょうど、霧切 新(jz0137)とすれ違う。
彼もまた要救助者を安全な場所へと運んでいる。
アイコンタクトを交わして、すれ違えば――九十九から次の指示が飛んだ。
「そこの車の陰に身を潜めとる人がいるはずさぁね」
指差しているのは黒鮫の突撃を受け、商店に突っ込む形となった車両だ。
そっと覗き込めば、確かに子供を抱いた母親の姿が見えた。
「おまたせしたのー」
と、あまねが再び救助活動に戻る。
同様に、地元の撃退士たちも必死に救助活動を進めている。
だが、近くを黒鮫たちが飛んでいるので、これも簡単ではない。
「あとはどこに…」
九十九が索敵のスキルを使い、逃げ遅れた人を探そうとすれば……後ろに反応があった。
反応は、近付いてくる二人組の青年によるもの。
「もしかして救援に来た地元の撃退士さぁね?」
「…ああ、そうだが。君は…?」
「どうしてこうなったのか説明は省くが、取りまとめをしてるのさね」
「そうなのか、なら何をすればいい……?」
こうして個々の行動をひとつの形に収束させるための適切な割振り、索敵のスキルを駆使して要救助者の捜索、更には負傷した者への治療と、まさに八面六臂の活躍で九十九はもう目が回りそうだ。
(…でも、何とかしないとねぃ)
●大黒鮫
「ふぅ…限がないよ」
黒鮫の突撃をしりぞけた、美月の頬を汗が流れた。
防壁陣、シールド、更にはリジェネレーションも駆使して持ちこたえてきたがスキルにもそろそろ限界が見えてきた。
僅かに目を逸らして避難誘導の進み具合を確認するが、まだ時間がかかりそうだ。
「うわっ……!」
牙を剥いて大黒鮫が迫ってくる。
咄嗟に十字槍を突きだして勢いを殺す。
それでも槍を持った腕が激痛を訴え、熱を持った。
噛み切ろうと大黒鮫は更に力を込め――次いで衝撃。マキナの義腕が黒焔を噴き出しながら大黒鮫を穿っている。
顎の力が弱まったところで、美月がバックステップ。
「こいつも取っときな」
生まれた空間を、守矢の撃ち出した雷の玉が駆け抜ける。
その間に、美月が安全な距離が確保すれば、今度は見知らぬ二人の撃退士が側面から挟撃をかけた。
「すまん遅くなった!」
「おー、援軍!?」
周りを見れば、小黒鮫と対峙している仲間たちにも援軍が加わっている。
形勢はここにきて撃退士の側へと大きく傾いた。
「んじゃま、こっちも本気出しますよっと!」
「――合わせます」
守矢が立て続けに魔法を放ち、マキナが軌道を先読みして鋼鉄の義腕を叩きつける。
だが、大黒鮫の勢いは止まらない。
マキナの黒焔を払い除け、地元の撃退士をも巻き込みつつ突進する。
「オモシレえな。コレ受けてもまだいけるか」
アウルを燃焼させ、暁良が加速した一撃で突撃に割り込んだ。
押し込むように力を込めれば、逆に大黒鮫に引きずられて道路へと投げ出される。
代わりに大黒鮫自身は商店に突っ込んで巨体をくねらせる羽目となった。
「――今さね」
九十九が声を上げると、五つの魔法と彼女自身の放った矢が大黒鮫へと殺到。
周りの器物も壊しながら黒い外皮を傷つける。
が、これで終わりではない。よほどタフなのか動きを衰えさせることなく大黒鮫は再び宙を舞った。
「チッ……デカブツは仕留められなかったか。でも、チイサイのは全滅だな」
暁良がぼやきながら立ち上がる。
「攻撃の華は任せるのさね。それを支えるのがうちの役目さねぃ」
言葉を交わして、九十九も自らの役目へと。
仲間がやろうとしていることは分かっている。要はそれを地元の撃退士と、どう連動させるかだ。
スマホを操作して次の指示を。
そして、撃退士たちがタイミングを合わせて豪快に火花を散らす。
(ありがたいですね。これだけ攻撃があれば…)
味方の攻撃に紛れて、灰里が光の矢を飛ばす。
影から影へとその身を隠しながら攻撃を加えるのはナイトウォーカーの真骨頂だ。
(もうひと押しというところですが…)
そこに視界の隅に走り込んでくる小さな姿が見えた。
「頭にぶちかまなのー!」
大きく跳躍して、あまねが武投扇で体重と勢いを乗せた鋭い一撃を叩き込む。
しかし、硬い……。
「――なら、もう一発だよっ!」
十字槍の先端をアウルの光で包み、美月が力の限りに突き立てる。
直後に大黒鮫の口から悲鳴とも怒声とも取れるような咆哮が上がった。
「対冥魔用の切り札だからね。よく効いたかな?」
言いつつもそれはもう確信を得ている。
守矢の行使した中立者のスキルによって大黒鮫のカオスレートは既に丸裸だ。
「よし! ここまで来れば多少無茶しても迷惑はかけないよね」
ここで、アリシアが大黒鮫の正面に立った。
「いっくよぉーーーー!」
駆け出して、跳躍。
勢いのままに青紅倚天を叩きつける。
肉を斬った感触――が、途中で止まってアリシアを押し返してくる。
剣が跳ね上げられそうになるのを必死で堪え、その間に仲間たちが攻撃を打ち込んだ。それでも大黒鮫の勢いは止まらない。遂にはアリシアを跳ね上げ、地元の撃退士たちも一緒に吹き飛ばしていく。
「…おっと、大丈夫か」
「ありがと、新さん」
最後まで避難誘導に回っていた、新が合流のついでにアリシアを救助した。
「しかし、無茶をするな」
「一度タイマンしてみたかったんだよ」
さすがにもう向かっていくのは無理だけどね、とアリシアは付け加えて自分の足で距離を取った。
大黒鮫はその間も撃退士たちを苦しめる。
撃ち込まれる刃をものともせずに突撃し、魔法によって肉をえぐられようとも獰猛に牙を振るう。
「そろそろ終わりにしないとねぃ…」
九十九が大黒鮫の動きを見定めながら次の指示を出す。
地元の撃退士たちが四方から攻撃を繰り出し、生まれた隙に灰里が抜け目なく光の矢を紛れ込ませる。
それらを嫌って、大黒鮫が飛翔。
アーケードの天井近くまで行ったところで勢いをつけて戻ってくる。
「………」
無言でそれを睨みつける、マキナ。
大技を打つために攻撃から外れ、このときを待っていた。『序曲』から『終曲』へと繋がる一連の動きを持って大黒鮫を迎え撃つ。向かってくる勢いに怯むことなく、更に一歩踏み出してカウンター気味に全力の一撃を放った。
次の瞬間にはマキナのみならず、大黒鮫も跳ね飛ばされる。
相打ち。
そう見えた激突だが、マキナが肘をついて上体を起こせば、大黒鮫は一度、二度と体を震わせて遂には動きを止めた。
●希望の象徴
「お世話になったのー」
「いや、こっちこそ助かったぜ」
黒鮫たちを無事に退治し、ようやく撃退士たちは互いに顔を見合わせた。
「その年でもうそれだけ力があるのか、大したもんだな」
「そんなことないの。まだまだなのー」
褒められてはにかむ、あまね。
「また一緒にヤルことがあったらヨロシク頼むゼ」
「こちらこそ、な」
暁良と地元の撃退士が拳を合わせる。
一緒に激闘を切り抜けたせいか、心地よい連帯感が場を包んでいた。
――見てください。撃退士たちの手によって天魔は打ち倒されたようです。
そして、テレビカメラが希望の象徴たる彼らを映していた。