● みんな不真面目
「みなさん今日は下着を外に干さないで下さい」
夕方、御伽 燦華(
ja9773)が女子寮を一棟ずつ声を掛けて回る。おかしな事を言う、などと思う生徒は居ない。下着泥棒が出没するのは周知の事実であるからだ。
御伽の話を聞いて皆神妙に頷いている。中には、私も退治に参加したかったと悔しがる者もいた。
少し時間が経って周囲が暗くなった頃、男子寮に蘇芳 更紗(
ja8374)の姿があった。
「寮生の点呼をしてくれないか。下着泥棒がこの寮にはいないと潔白を証明したいだろ?」
各寮長にそう声を掛けてまわって不在者のリストを手にいれたのだが。
「思ったより多いな……」
そう呟いた蘇芳に寮長達は苦笑しながらいつものことだ、と返した。
● 罠
「御伽さんに声を掛けてもらったので、下着は外には干されてない状況ですね」
エナ(
ja3058)が確認するように問いかけて、御伽が頷く。
「じゃあこの部屋に罠を仕掛けて変態を釣り上げましょう。大丈夫です。撃退士の変態狩りは何度か経……験……なんで私は変態狩りのプロみたいになってるんでしょう……」
自身の作戦に絶対の自信と、何故その自信がもてるのかとい不信に板挟みになりながらアンナ・ファウスト(
jb0012)が荷物から白いリボンで飾られた自らの下着を取り出す。
それにならって澁々と言った感じで、エナと桜花(
jb0392)が自分の下着を取り出す。
「あ、私はお子様なのでお子様な下着しかもっていませんので、バンダナも一緒に干します」
バンダナの何が魅力アップに繋がるのかよく分からないのだが御伽が下着と一緒にバンダナも取り出す。
「頼む。頼むのじゃ、如何かわしのもとに無事に戻ってきておくれ」
「いいから早く干しますよ、貸して下さい」
各自下着を干している中、ハルシオン(
jb2740)が下着を握り締め分かれを盛大に惜しんでいるのを御伽がひったくて干した。ひったくられた瞬間ハルシオンが断末魔の叫びを上げるが皆それに構わず、下着泥棒退治のために配置につくために動き出した。
「女装がばれずに潜入できたことだし、わたくしは屋上に陣取るとするよ」
そう言って蘇芳が白いワンピースを翻して部屋を出て行く。
「いや……まぁバレないでしょう。というか……そもそも女装じゃないとうか……」
蘇芳の発言にアンナが小声でツッコミをいれながら、デジカメを取り出して動作の確認を行う。
「私も目立たないように屋上で待機しながら寮周辺に怪しい奴がいないか監視しておくよ」
そう言ってロープを片手に桜花も部屋を出て行った。
「わしは適当な場所で身を隠して逃走経路に回りこもうと思うが皆はどうするのじゃ?」
「私も地上付近にて茂みに隠れるなどし、待機します」
ハルシオンの問い掛けに御伽が同伴すると答える。
「私は部屋で待機、コレで犯人の写真を撮ります」
「私も部屋に隠れて待機します」
そう言ってアンナは手にしたデジカメを持ち上げ、エナは魔法書を荷物から取り出す。
「うむ、こちらは任せたのじゃ」
ハルシオンはそう言い置いて、御伽と共に部屋を後にした。
● まんまと
女子寮の間を、人目につかないよう移動する影があった。
今日は不作だ。女子寮のどこを見ても下着が外に出ていない。……天気予報で雨だと言っていただろうか。今日は狩りは諦めようか、そう思った時にとある女子寮の最上階中央の部屋に獲物を見つける。
まとまりの無い幾つもの下着、周りには下着が一枚も干されていない。
――どう考えても罠じゃん。
そう思って今日は大人しく引き返そうかと思った。
――いや、まてよ。本人達の目の前で奪って被れば更に興奮するんじゃ……?
変態的な思考による好奇心が、警戒心を上回る。
逃げ切ればいいだけだ。
そして、影は壁を掛けて獲物へと迫る。
● 変態はかくありき
「来た!」
アンナが足音に気づいてカメラを構えた瞬間、人影がベランダに飛び込む。影は何の躊躇いも無しに一目散に下着をつかむ。それは白いリボンの飾りがついた下着――アンナの物だ。
「……」
無言でアンナがデジカメで写真を撮った後、おもむろに革鞭を握り締める。その動作の一つ一つに力がこもっており、言い知れぬ迫力があった。
「困った方もいるものですね……少し反省して頂きましょう……♪」
外には聞こえない程度の大きさでエナが攻撃を提案するが、返事はない。あまりの威圧感にエナの動きも止まってしまう。
「この……変態ロリコン!!」
アンナが突如声を張り上げ、革鞭を思い切り振る。それは窓ガラスを突き破って、次の下着に手を伸ばしていた下着泥棒に痛打を加えた。
「何故、このようなことを……?」
アンナの豹変の驚きから立ち直ったエナが、不意の攻撃で動きが止まった下着泥棒に問いかける。言葉だけ聞けば訳を話せば許して貰えそうだ。だが、下着泥棒の目に映ったエナはすでに光纏していた。
それを見て、身の危険を感じた下着泥棒はハルシオンの下着をひっつかんで、ベランダから飛び降りようと手すりに足を掛けた。しかし。
「そいつは私の獲物だぁ!!」
屋上からラペリングで降りてきた桜花が降下の勢いを乗せて犯人の頭を蹴り飛ばす。下着泥棒は衝撃で勢い良く吹き飛びながらも、懐から投擲用ナイフを取り出して三人に向かって投げつけた。しかし、無茶な体勢から放たれた攻撃はすべて難なくかわされる。
「……どんな理由があろうとも、して良いことと悪いことがあります……」
黙して語らず、逃亡・反撃に移った下着泥棒を排除すべしと判断したエナが魔法書から光の弾を生み出し、打ち込む。狭いベランダの中、必中と思われたが下着泥棒は器用にそれを躱して、再度下着へと手を伸ばす。次に手にしたのは桜花のものだ。
「そんなに下着が欲しいんだったら…私が今穿いてるの、あげてもいいんだよ……?」
それを見た桜花は急に追撃の手を止めて、恥ずかしそうにしながら下着泥棒に話しかける。干された桜花の下着に触れかけていた下着泥棒の手がぴくりと止まる。
「そんなわけないだろうがぁ!」
動きが止まった所に桜花が容赦なく顔面に拳を二度三度浴びせる。殴られた下着泥棒は仕切りを壊しながら隣室のベランダへと転がり込んだ。
「……しまった!」
誰も居ないところに逃げられ、アンナは歯噛みする。
包囲されていないことを確認した下着泥棒は一気に体を持ち上げて、ベランダから空中へと身を踊らせる。しかし、そこにアウルの塊が飛んできてぶつかる。
「そこの不埒者、こっちを向け」
その言葉に下着泥棒は上を仰ぎ見る。そこには翼を広げた蘇芳の姿があった。さっきのアウルの塊でマーキングされた事で単純には逃げ切れないと確信した下着泥棒は壁を蹴って蘇芳に飛びかかる。
しかし、壁を蹴って空中を行く者と翼でもって空を舞う者では優劣がはっきりしていた。蘇芳はなんの苦労もなく、下着泥棒の拳を躱して代わりに背中に蹴りをくれてやる。
下着泥棒は蹴られて受身も取れずそのまま地面に叩き付けられる。だが、鍛えているのか即座に立ち上がって再び地面を蹴り、壁を蹴って蘇芳に迫る。
「貴様の裁可は婦女子に一任する、罪を確り贖え」
それを蘇芳は苦も無く避ける。だが、今度は反撃を加えなかった。それを好機と、下着泥棒は再度壁を蹴って蘇芳を見上げると、驚愕に目を見開いた。
「はいて……ない……だと……?」
驚きの声をあげながら、追撃の手が止まってそのまま落下して行く下着泥棒を蘇芳は追撃せず見送った。その先には御伽が居る。そして犯人が手にした二つの下着を見て御伽は武器を構えながら複雑そうな顔をした。
「なんで……」
「え……」
「なんで私のは盗ってないんですかっ!」
納得いかないと言葉を吐き捨てながら、杖を思い切り振って下着泥棒の腹部にめり込ませる。いくら撃退士とはいえ、会話と見せかけての不意をついたフルスイングに下着泥棒は悶絶した。
「この! この! 盗られたらっ! 盗られたでっ! 嫌ですけどっ!」
うずくまる下着泥棒を容赦なく杖による打撃を与えながら御伽が複雑な乙女心を吐露する。このままでは撲殺されると危機感を覚えた下着泥棒はなんとか体を動かして転がるように御伽から距離をとって、一気に駆け出した。その姿はもう乙女の下着を狩るものではなく、乙女と言う名の狩人に追われる獲物だ。
「おおっと、此処は通さぬのじゃ! 諦めて捕まれい」
またも上空から静止の声が掛かる。翼を顕現させたハルシオンだ。
「……! わしの大事なコレクションじゃ! 返してもらうぞ!」
下着泥棒が手にしているのが自身が提供したものだと気付いたハルシオンは手に氷の塊を生み出し、容赦なく下着泥棒へと叩きつけた。殺す気で放たれていると察知した下着泥棒は必死に回避するが、避けた先に回りこむようにハルシオンが現れ再び氷塊を打ち込んでくる。
「……!」
避けそこねて、足に受けてしまった。極低温にさらされて、足の感覚が一気に奪われて立つことすらままならなくなる。なんとしても、ここから逃げなければ殺される。その思いが腕だけで体を引きずってこの場から離れさせようとする。
「往生際が悪いのじゃ! 全ての女の怒りを思い知れ!」
それが下着泥棒が意識を失う前に聞いた最期の言葉となった。
● お仕置きタイム☆
「買って来た物ですが……皆で食べましょうか♪」
エナが皆にチョコレートを配る声で下着泥棒は目を覚ました。体は縄で縛られて動くことができない。
「あ……起きた。とりあえずアンナさんは火炎放射器をしまって下さい」
それに気付いた御伽は、火炎放射器の銃口を下着泥棒に向けて怒りに体を震わせているアンナを宥める。
「本来は犯罪者にも警察に保護され裁判を受ける権利があるんだけどね、警察の手に負えないレベルの力を持った自分を恨みな」
桜花が冷めた目で見下ろしながら発した言葉に今から自分にふりかかる凄惨な出来事を幻視して下着泥棒は体をぶるりと震わせる。
「わしはコレクションが無事だったからもう良いのじゃ」
エナから受け取ったチョコレートを頬張りながら、満面の笑みで自分のドロワーズを抱き締めているハルシオンも、ある意味変態だと思うのだが誰も何も言わない。
「ん……そろそろ良さそうだな」
蘇芳がそういいながら、何者かをこちらに呼ぶように手招きする。そうして現れたのは、半裸で女子の下着を身につけた数人の筋肉質な男達だ。
「うわぁ……」
下着泥棒からだけでなく、他の撃退士女子たちも思わず不快そうな声を上げる。
「完全に視覚に対するテロね……」
アンナがボソリと呟いて、マッチョ達が傷付いた様な表情をすることで更に深い指数が上がる。
「では、諸君頼む」
蘇芳の合図とともに、マッチョ達はタオルを腰に巻いて下腹部を隠した後、おもむろに下着を脱ぎ始める。
「絵面が最悪です……」
御伽がマッチョ達から目をそらして口元を手で覆いながら呟いた。
「ほら、貴様の好きな女子の下着だ存分に堪能するがいい」
蘇芳がそういうとマッチョは脱いだ汗まみれの女性用下着を下着泥棒に被せた。
この夜の物とは思えない長い悲鳴が響く。そして、入れ替わるようび別のマッチョが下着を頭からとって、自分の物をかぶせる。またも絶叫があがる。マッチョはあと3人残っている……。
ひとしきり、あんまりといえばあんまりなお仕置きを受けてぐったりしている下着泥棒に御伽が近づく。
「コレに懲りたら下着など狙わないようにしてくださいね。まだ何かかぶりたい気持ちがあったならその時はこれをかぶってください」
そう言って下着泥棒にバンダナを握らせた。
「何か被りたいって、そう言う事じゃないような……」
アンナの釈然としない呟きが夜の久遠ヶ原に染み渡るのだった。