● なんだかんだいいながら
「友チョコを作るお仕事か……珍しい仕事もあったものね」
買い物から戻った田村 ケイ(
ja0582)はそう言ってビニール袋を床に置きながら無表情に呟く。
それはスーパーでなく、なぜかホームセンターのロゴが入ったものもあった。
「……さてと」
そう言って腕まくりをして、ホームセンターの紙袋から粘土を取り出してこねる。
ただの四角いブロックだったものが次第に柔らかく球状になっていき、伸ばされ、再び立体化していく。
小一時間もすると、それは手のひら程度の大きさのデフォルメされた熊の形となっていた。それを上以外をブロックで覆った箱の中にそっと置く。こちらもホームセンターで買ってきたシリコンを分量を念入りに確認して、熊の入った箱の中に流しこむ。
「……よしっと」
綺麗に流れ込んだシリコンを見て田村が満足気に頷く。どうやら型を作ることから始めていたようだ。
● 事前に作ります
庶民のと言っていた事を思い返し、フィン・スターニス(
ja9308)は近所のスーパーで買い物をしていた。
依頼主であるお嬢様のお屋敷の台所やら、食材を借りることもできるとのことだったが、それでは依頼に沿わないとの彼女なりの判断だった。
受け渡し日にまではまだいくらか日がある時点から買い物をしていた。それは彼女の真摯さの現れだと言えるだろう。彼女は毎日少しずつ材料を買っては口にして、良い物を吟味していた。
そして、明日。件のお嬢様にあう日だ。フィンは台所で材料の前に立っていた。目を閉じて、幼い頃覚えたレシピを思い返す。
「……うん、大丈夫」
そう言って、秤で材料を測り出す。1グラムの狂いも許さない、几帳面に粉を図る姿がそう物語っていた。
● 集合しましょう
依頼主の屋敷に撃退士達が集まっていた。
「依頼を受けてくださってありがとうございます、さっそくですがよろしくおねがいいたします」
そう言う壮年の男性の後ろで、今回チョコレートを渡す相手であろうお嬢様が偉そうに座っている。早くチョコを渡せ、と言わんばかりだ。だが、まさかすぐ渡せといわれると思っていなかった面々は困惑する。
どう切り出そうか、と互いに顔を見合わせた所でフィンが一歩前へ進み、藍色の包装紙をブラウンのリボンを付けた箱をお嬢様に差し出す。
「どうぞ」
「ふん、もらってあげるわ」
フィンからひったくるように受け取って、そのリボンを開ける。ぶっきらぼうにしながらも、その所作はやはりお嬢様。丁寧にリボンが解かれ、包装が外され、中から見事なザッハトルテが顔を見せる。
「……ザッハトルテ、かしら?」
「そう、どうかしら」
「普通ね……」
そう憎まれ口を叩いたものの、顔が少しにやけている。お嬢様の手には1枚のメッセージカードが握られていた。
――Alles Gute zum Valentinstag!(ハッピーヴァレンタイン)
フィンの手書きであろうメッセージが、お嬢様の心をくすぐったらしい。
「……んっ。他の人はないのかしら?」
お嬢様は照れ隠しか、一つ咳払いをして問いかける。
「あの……お嬢様さえ宜しければ……お買い物だけでも、その……ご一緒、致しませんか?きっと物珍しいか、と」
それにおずおずと苑邑花月(
ja0830)が応える。
「私が? 買い物にですって?」
「花月、も、初めてこう言う、スーパーに来た時は、吃驚しましたし……」
お嬢様の剣幕に押されながらも、苑邑が自らの思いを伝える。
「その後はボクと恵子ちゃんと一緒にチョコレートつくろうぜ!」
今にも苑邑を罵倒しかけたお嬢様に勢い良くイリス・レイバルド(
jb0442)が飛びつく。
「な、ななんですのあなた!?」
「え、ボク? 天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ、チョコを作れとボクを呼ぶ! そう、ボク参上!」
「あなたそれ名前を言ってませんよね」
イリスの自己紹介と呼べない自己紹介に、フィンが的確に指摘を入れる。
「私もお嬢様とチョコを作るのです。手作りチョコですから、一緒に手作るのです」
そこに海原 満月(
ja1372)が話に入ってくる。
「な……なんですのあなたたち? 私はチョコレートを持って来なさいといったのですよ? どうして私が作らなくてはならないのです」
押され気味だったお嬢様が立ち直って撃退士達から距離を置こうとするが、海原がいやらしく笑う。
「小学生でも作れるチョコも作れないのですか?」
その一言でお嬢様の動きが止まる。
「誰が作れないと言いましたか?」
「さぁ? 誰でしょうね? 私達はみんな作れるのです」
海原の白々しい口調にお嬢様のスイッチが入る。
「いいでしょう、あなた達と作って差し上げます!」
「話がまとまったようで何よりですね、じゃあお嬢様は苑邑さんと買い物に行ってください。私達は準備しておきますから」
「ふん! 仕方ありませんわね!」
フィンに促されてお嬢様が苑邑と一緒に部屋を出て行く。
「恵子ちゃん、私達も材料買いに行こう?」
「ふっふっふー、チョコの事ならけーこさんにお任せあれー。どんなチョコでも食べちゃうよー」
イリスが田中恵子(
jb3915)に声をかけると頓珍漢な返事が帰ってくる。
「恵子ちゃん、ちがう。ちがうって」
「……え? 今回は作る側なの?」
そうだよ、とイリスに言われて田中ががっ借りしたような顔をするが、すぐさま立ち直ってキリッとした表情になる。
「実は私!お安くチョコの材料が買えるお店を探しておいたの! ふふふ、褒めてくれてもいいよ?」
「おー! すごい流石恵子ちゃん!」
盛り上がる二人の横を田村がじぃに声を掛ける。
「調理場、お借りしていいですか?」
ガサガサと、何やら箱が幾つか入った袋を鳴らしながらじぃに案内されるように田村が部屋を出て行く。
その後を追うように海原も部屋を出て行く。
「ボクも材料を買ってくるのです。鮮度が大事なので事前に買えなかったのです」
「チョコに鮮度が必要な材料……?」
それを見送ったフィンが呟いた。
● レッツクッキング
「なかなか……面白かったじゃない……」
「楽しんで頂けたようでよかったです」
「あの棒の着いた吸盤は驚きね……あんなもので水道のつまりがとれるなんて……使い方が想像できないわ……」
「本当ですわね。私も最初はびっくりしましたけど、使ってみると便利ですよ?」
買い物を通して楽しんだようで、苑邑とお嬢様が親しげに話をしている。
「おかえりなさい、お嬢様。こちらも準備できていますよ、さっそく作りましょう」
皆の準備を手伝っていたフィンが帰ってきた二人に気づいて声を掛ける。
「あ、ありがとう」
フィンに気付いたお嬢様は照れくさそうにお礼を言う。それを見たフィンは何か閃いたのか、一つ頷いて口を開く。
「お嬢様、では苑邑さんとも紛らわしいですし、お名前を教えて頂けますか?」
「わ、私ですか? 玲緒、石動玲緒です。……あ、貴女の名前は?」
「フィン、フィン・スターニスです、玲緒さん」
顔を真っ赤にしながらそう問い返したお嬢様に、フィンは柔らかく微笑んで答える。
「さ、さっきはその……カードありがとう」
「いえ、どういたしまして。チョコレートを作り終わったら皆で食べましょう」
そう小さくつぶやかれた言葉にフィンは笑って応える。
「玲緒ちゃーん! 一緒にチョコ作ろう! 庶民の基本は手作り! バレンタイン 満喫したいなら一緒に作るべきそーすべき!」
友達ができた瞬間をぶち破る様に、イリスがお嬢様に飛びつく。
「なっ、れ、玲緒ちゃん?」
「え玲緒だよね? 今言ってたよね?」
「そ、そうですが」
「いいからいいから、作ろう」
そう言ってイリスがお嬢様を田中の方へと引き摺るようにつれて行く。
「えへへー、依頼だけどやっぱり皆でお料理するのって楽しいなぁ」
湯煎するためにチョコレートを割りながら田中が楽しそうに笑う。
「ほらほら、お嬢様も割って」
「え? 割るんですか?」
「割ったのを湯煎して、チョコを型に流しこんで固めるんだよ」
「なるほど、チョコレートはそうやって作るんですのね」
手にしているチョコレートはどこから来たんだ、とまでは思いつかなかったらしく、納得してお嬢様もチョコレートを割り始める。
「お二人は……」
チョコレートを割りながらお嬢様がふと思いついたように口を開く。
「なにー?」
「普段は全くお料理しない私だけど、今日はちょっぴり頑張っちゃおうかな」
普段からお料理するんですか?
そうきこうとしたのに、田中の発言にお嬢様は不安そうに口を閉ざす。
「あれ? どうしたの」
「いえ……なんでもありませんわ……」
拭い切れない不安を抑えて、割ったチョコレートをイリスに促されるまま湯煎に掛ける。
その間に、イリスは型を取りに行くと言い置いて離れる。残された田中と二人で、ゆっくりとチョコレートを混ぜる。
「……私ね」
田中がぽつりと呟いて、お嬢様がかき混ぜることに集中していたところから顔をあげる。
「小さい時から病気がちであんまりお友達いなかったんだ。だからお玲緒ちゃんの気持ち、ちょっとは分かるよ」
こちらを見ないまま語られた言葉に、お嬢様は黙って続きを待つ。
「悲しい事や嬉しい事、どんな些細な事でもいいからお話しする人が欲しいんだよね。ねぇ、私で良かったら話し相手になるよ?」
そう言って、こちらを真剣に見つめられてお嬢様は恥ずかしくもあったが、嬉しくて声にならずにただ頷く。
「あ、ついでに今抱きしめてあげるー」
「な!? あぅぁ!」
突然ゴムベラを手放して田中がお嬢様に抱きつき、お嬢様は混乱のあまり奇声を発する。
「あー! ずるい! ボクも抱きつくぜ!」
そこに型を手に戻ってきたイリスが挟みこむようにお嬢様を抱きしめる。
「あぅぅぅぁ」
お嬢様の奇声が調理場にひときわ高く響いた。
「こっちも手伝って欲しいのです。後は方に流しこんでトッピングするだけなのです」
やっとの思いで、田中とイリスを引き剥がしてチョコを型に流し込んで一息吐いたところに海原が声をかける。
「ええ、わかりました」
頷いて、海原の調理していた場所を見てお嬢様は再び混乱で動きが固まる。
「あの? これは?」
「え? うに、いか、たこ、いくら。こっちが甘エビとまぐろ、みたことないのですか?」
「いえ、ありますが……」
自信満々に返されて、そういうチョコもあるのだろうと自分を納得させて、海原を手伝う。
「これをチョコの中にいれて」
ドボドボと溶けたチョコレートの中に海鮮物が入る。温まったチョコで湯だった磯の匂いが漂い、思わずお嬢様が眉を顰める。
「……これ、おいしいんですの?」
甘い香りとあまりに沿わない磯の香りに思わずお嬢様が問いかける。
「イカのコリコリ感とチョコの甘さがバッチリなのです」
「そう……なのですね」
あまりと堂々とした海原の語りっぷりに、釈然としないながらもお嬢様も頷いた。
依頼を受けてくれた撃退士達と、チョコレート作りを通して思いの外仲良くなれた事でお嬢様はすでにチョコレートの味なんてどうでもよくなっていた。
ただ、一言も声を交わしていない田村の事が気がかりだった。
最初の自分の態度がいけなかったのだろうが、彼女とも仲良くなりたいと思っていた。しかし、まだ自分から声を掛けることはできなず、只々後悔するだけだった。
● チョコレートプレゼント
「花月は、お茶の時間にも合うように、チョコレートのカップケーキを作りました」
フィンのザッハトルテを切り分けている間に苑邑が、お嬢様に可愛らしい見た目のカゴを差し出す。
「とっても綺麗……」
受け取ったお嬢様が、カゴの中を見て感動して呟く。カップケーキを囲うようにフラワーアレンジメントが飾られていたのだ・
「お味だけ、が心配ですわ……」
「いいえ、気持ちだけで嬉しいですわ」
そういってお嬢様が苑邑の手をにぎって首をふる。
「玲緒さん、どうぞ」
そういって差し出されたザッハトルテを口にして、お嬢様の顔が綻ぶ。
「とっても……美味しいですわ」
「そう言って貰えることがとっても嬉しいの」
そういってフィンが微笑む。
「玲緒ちゃん、一緒に作った奴も食べてよ」
イリスに促されて、少し不恰好だが初めて自分で作った物を食べる。
「……これも、おいしい」
口に入れるや否やすぐにそういう。それは、味よりもそのものが何よりも嬉しいからだった。
「やったね、恵子ちゃん」
「うん」
イリスと田中が微笑みあう。そして、田中が思いついた様にお嬢様の方を向く。
「お嬢様って携帯電話あるかな。持ってたらアドレス交換しよー」
そう言われて、お嬢様は携帯を取り出してアドレスを交換を始める。交換が終わったタイミングで海原がチョコレートを差し出してくる。
「さぁ、これもどうぞ」
そう言って差し出されたのは杏ジャムやいちごゼリーが乗ったチョコレートだ。中には、イカが入っているのだが……。
「頂きます」
意外と美味しいものなのだろう、と思い目を瞑って口に入れると一気に磯の香りが広がる。
「杏ジャムでは無くウニ……ですか?」
「そうだよ、おいしいでしょ?」
「……え、はい」
この流れで不味いとはいえず曖昧に頷く。それに海原は満足に笑って、自分も食べる。彼女は心のそこから美味しそうに食べている。自分が、おかしいのかと思ったが海原以外全員微妙な顔をしていたので少し安堵する。
一息ついた所で、ふと田村の事が気になってちらりと目線を向ける。
すると、目があってお嬢様は気まずい気持ちになって目を逸らす。そして、田村は席を立ってしまう。
「あ……」
まって、と言おうとしたら目の前に田村がいた。
「友人にしろ誰にしろ、相手への気持ちがこもってればいいと思うよ。つーわけではい、ハッピーバレンタイン」
そう無表情に差し出されたチョコは2つ。
ポッキーの上からさらにチョコレートを掛けて分厚くしたものに、お嬢様の顔がデフォルメされてかかれたチョコレート。
もう一つの箱をあけると、チョコレートの熊がつぶらな瞳でお嬢様を見上げている。
ふと、田村が座っていたところに目を向けると、手作りらしい熊の型が置かれている。
「あ、あり、ありが……」
思わず涙がこぼれてしまい、上手くお礼が言えないお嬢様の背中をフィンが優しく撫でる。
「ら……来年は、私も皆さんに手作りチョコを渡します……」
涙ながらに言うお嬢様に誰からともなく、私もまたあげるよという声がかかるのだった。