● 問題児達集合
「うーみー! うーみーでーあーる!」
真冬の久遠ヶ原島のとある海岸で、ブーメランパンツをはいた筋肉質な男――マクセル・オールウェル(
jb2672)である。
「うわぁ……あの人もう水着ですよ……」
対照的に厚着をしてもこもこと若干動きづらそうにしながら釣竿を持った桜庭 ひなみ(
jb2471)が尊敬の目で仁王立ちのマクセルを見る。
「自分にとって泳ぎはお手の物! マクセル殿、どちらが先にゴールに着くか! いざ尋常に勝負でござる」
「む? その心意気やよし、我輩も全力で泳ぐのである!」
マクセルの前に立ち、特撮ヒーローのような決めポーズを取りながら静馬 源一(
jb2368)がマクセルに宣戦布告なようなものをしている。
「あのお二人はどうして補習を受けてるの?」
心底わからないといった風に紅鬼 姫乃(
jb3683)が首をかしげながら問いかける。
「……ただ泳ぎたいだけじゃないかなぁ」
バケツの中の道具を確認しながら、我もと服を脱ぎだした静馬を視界に入れないようにジェニオ・リーマス(
ja0872)が答える。
「泳ぐのも好きだけど……お魚捕まえたいにゃ!」
銛を持って今にでも海に飛び込みそうな猫宮ミント(
jb3060)の後ろにそっとマグローン(
jb4111)が近寄る。
「釣り、ですか……さて、撃退士の方々の実力は如何ほどか……」
「にゃ……?」
ほほ笑み混じりの言葉に言いようのないプレッシャーを感じた猫宮は、魚とりはほどほどでやめようかと考え込んでしまう。
「ほら! お前ら集まれ補習の説明するぞー!」
海岸に小型の船で乗り入れて降りてきた教師が声を張り上げる。そこに一人の生徒が歩み寄っていく。
「あのー……先生」
「どうした、御伽」
「私、体調を崩してちょっと日数が足りなかっただけなんですけど……」
補習から逃れたかったのか、御伽 燦華(
ja9773)が教師に言い訳をする。
「私も体育の日は天気が良くて、お昼寝していただけなのにっ! 先生許さない……」
それを聞きつけた紅鬼も同調しだす。それを教師は鬱陶しそうに手で追い払うような動作をして無視を決め込む。
「だーかーら、そのための補習だろうが! 文句言わずに集合だ集合!」
そして全員が集められ、補習の内容が説明される。
● 遠泳組スタート
「くぅくぅ♪ みなさまぁ、怪我しないように準備運動しましょ〜♪」
紅鬼が楽しそうに準備運動している横でマグローンが教師に詰め寄っている。
「どうしても水着を着用しなければダメでしょうか、先生?」
「水着じゃなければ何を着るつもりなんだ」
「それは勿論はだ……」
「着ろ」
「……そうですか、それが人間世界で生きるルールでしたら仕方がありませんね」
教師と至極どうでもいい事で押し問答に決着がついて溜息を吐きながら岩陰で水着を着用しはじめる。
激しい頭痛にでも襲われたかのように頭を押さえて、船に向かっていく教師の後ろを桜庭が小走りでついていく。
「さ、寒いのは苦手なので……私はお魚を釣ろうと思います」
今にも消え入りそうな声でそう告げて、それぞれが服を脱いで水着になったり、道具を取り出している脇を申し訳なさそうに通る。
教師と桜庭を乗せた船はエンジン音を響かせ、徐々に速度を上げて遠ざかっていく。
「私は泳ぐから紅鬼さんにこれ、渡しておきます」
スウェットスーツに紐で背に銛を括り付けた海の女スタイルになった御伽が紅鬼にオキアミの入った包みを渡す。
「あ、ありがとう!」
「自分も紅鬼殿に撒き餌を渡しておくでござる!」
「私のもあげるっ! いっぱい釣ってくださいね」
御伽に続くように静馬と猫宮がオキアミを手渡す。
「くぅくぅ♪ みんなありがとうね!」
「代わりと言ってはなんでござるが、後で釣った魚を一匹頂きたいでござるよ」
「うんいいよ!」
紅鬼の言葉に、子犬のように嬉しそうに跳ねる静馬。だが褌一丁だ。
「それじゃあ、僕は岩場に釣りに行ってくるよ」
騒がしく準備している横をジェニオがバケツと釣竿を持って、そっと離れていく。あまり団体行動をしたがらないのだろう、だが撃退士にはそう珍しくもない性格で誰も咎めることはない。
「うーみー! うーみーでーあーる!」
「さっきも叫んでいましたよね」
耳を抑えながら屈伸をしている御伽がマクセルを見ながら問いかけると、怪訝そうな顔で見返してくる。
「……む? なぜお主等は叫ばぬのである? 人間界では、海に来たら海に向けて叫ぶものなのであろう? 」
間違った常識を真顔で言われて御伽は言葉につまる。
「まぁいいである、そろそろ泳ぐであるぞ!」
言ってマクセルが海に入り、腰ぐらいの深さのところから背泳ぎをしだす。
「クロールじゃないんだ……」
それを見ていた猫宮が予想外な泳法にがっかりしたような失望したような声で呟く。とは言え、そもそもの筋力の違いか彼の背泳は尋常では無い速さではあるのだが。
「待つでござる、自分も負けないでござるよ!」
言うやいなや、静馬は水を蹴りあげて浅瀬を一気に駆け抜けそのまま泳ぎだす。
「きゃっ、冷たい…けど、先生に復讐するために我慢っ!」
二人を追うように紅鬼が悲鳴を上げながらも水に入る。
「……復讐? まぁ……いいか、私達も真面目に泳ぎましょう」
「にゃはは〜、真面目に泳ぎます! 真面目に!」
御伽の言葉を拾って猫宮が嬉しそうに海に入る。言葉とは裏腹に銛を握り締めている姿は泳ぎよりも魚取りが優先であることを物語っている。
「私も行きましょうかね。人間の皆様では私には追いつけるはずもないですが……」
そう呟きながら、御伽の横をマグローンが通りすぎる。
「え……?」
「大間の方々と比べてはいけないとは分かっていますが……これでは私を始め、m越え程度の魚も捕まえるのは難しそうですね……」
聞き返した御伽を意識しているのかいないのか、銛を持っている猫宮の後ろ姿見ながら苦笑いを受けべて、マグローンは海に潜る。その後、不思議と一切水面に顔を出さない。
「ふ、ふふ……」
御伽がうつむいて笑い出す。手は銛を力強く握り締めている。
「元々この補習には乗り気ではありませんでしたが、やれと言われたからには……」
そして顔を上げてマグローンが消えた海を睨みつける。
「泳ぎ切った上で、大物を獲ります! これでも地元では『酔鯨』と恐れられていたんですよ」
そう言って、一歩海へと踏み出す。
「うぅぅぅ思ったより冷たいです! ここここれはちょっとやばいかもおおおおお」
決心は第一歩にして早くも砕け散りかけていた。
「……む! よい雄叫びだ。やはり海では叫ぶものであるのだな!」
沖で御伽の叫びを聞いたマクセルは、泳ぎながら満足気に頷いた。
● 徹底的サボり組
遠泳組が出発して暫くした頃、ジェニオは岩場で腰を落ち着けて釣り糸を垂らしていた。
「寒いよ−……」
体を丸めながら呟く。彼が用意したバケツには小ぶりな魚が既に数匹入っていた。
「すぐ疲れちゃうから苦手なんだよね体育。 ……っとかかった。」
補習に至った経緯に想いをはせていたが、引きを見逃さずに釣竿を持ち上げて、魚を難なく釣り上げる。針から外しながらバケツの中の獲物の数を目で数えて納得したように頷く。
「これくらいでいいかな」
そう言って、釣り道具を片づけ始める。そして立ち上がって、岩場から砂浜にむかって歩き始める。
「……これはどうかな」
流木を拾って手でさわって、乾燥しているかを確かめる。問題なかったのかそれを脇に抱え込んで、次の流木が落ちている所へと向かって歩きだした。
「くぅくぅ♪ 大漁だぁ」
設置した網籠の罠を上げてとても嬉しそうに水を跳ねさせながら紅鬼が喜ぶ。
譲り受けた撒き餌が効いたのか、面白いように魚が捕れてた事に納得して貝の収穫を始める。
「貝〜♪ 貝〜♪」
復讐と呟いていた紅鬼は、それを失念するほど夢中になっていた。
「揺れます……」
ゴール地点で停止した船の上で危なっかしく釣竿と餌を取り出しながら桜庭が呟くが、誰も聞いていない。
「寂しいです……」
体育教師は船が流されないように微妙な操舵を行なっていて構ってくれない。他に誰も船に乗らないとは予想外だったのだろう、寂しさからか独り言が多い。
「これどうやるんだろう……こうかな」
なんとなく、と言った感じで釣竿の準備をして、餌の入った箱を開ける。中ではゴカイが元気よく蠢いている。
「うわぁ……」
それを見た桜庭が気持ちわるそうに顔を背ける。
「我慢……我慢……」
やっとの思いで針にゴカイをつけて、竿をめいいっぱい振って海に投げ込む。
「んー……なかなか釣れません……」
投げ込んで数秒もせずに不満をもらすのだった。
● お前ら遠泳はどうした
「自分の前は何人たりとも泳がせねぇで御座る〜! ござ!? 水飲んだ!?」
「
開始十数分、早くもマクセルと静馬ははゴールの船に到着していた。時折進行方向を確認していたが、勢いが付き過ぎたのか確認を怠ったのか待機していた船にぶつかりそうになり思わず透過能力を使用してしまう。
「しまったのである、つい能力を使ってしまったのである……」
心底口惜しそうにマクセルが呟き、立泳ぎの状態でうなだれるという器用なことをする。
「仕方あるまい、ペナルティとして岸には泳いで戻るのである!」
おもむろにあげた顔はどこか嬉しそうである。
「あ、オールウェル先輩、源一くんおかえりなさい」
やっと人が来て話し相手になると桜庭がうれしそうに声をかけた時、既にマクセルは疲れを感じさせない勢いで泳ぎを再開していた。
「げほっげほ、ま、マクセル殿さすがでござる……」
飲み込んだ海水を必死に吐きながら船に上がり静馬がマクセルの後ろ姿を見送る。流石に褌一丁は寒いのか小刻みに震えている。だが、女の子にその姿を見られているのが恥ずかしいのか顔は紅潮していた。
しばらく泳いだ所で、猫宮は手にした銛を慎重に構えて浮かんでいた。慎重に狙いを定めて息を殺している姿は獲物を狙う姿としては正しいのだが、傍から見ると水死体が浮いているように見える。
そして目の前を魚が通りすがった所を、可愛い顔を一転させ鬼の形相になって噛み付く。見事に口に収まって、それを魚籠の中に逃げないように慎重にしまったあと、銛を使っていない事に気づいて慌てて銛を構え直す。
「こんどこそ、銛で……」
頭を上げて、息を吸いながらそこまで言って周囲を見渡す。それはまるで天敵を警戒する草食動物のような動きである。
「マグローンさんはいないにゃ……もう少し取っても大丈夫かにゃ……」
誰にするでもなく言い訳をして、銛を構える。
「……! いちごっ!」
視界の端に赤い魚が見えて、そちらの方に一気に泳ぎだす。猫宮の頭からゴールに到達する事が抜け落ちかけていた。
そんな猫宮を水中から見つめる影があった。誰、といってもマグローンしかいないのだが。泳いだ距離、ということならばマクセルよりも先にゴールしていてもいいくらいの速度で泳いでいる。何をしていたかといえば、魚を紅鬼やジェニオが撒いたオキアミの方へ誘導したり、桜庭が海底に引っ掛けた針を外したりと漁を助けるような行動をしていた。
「獲って食べて、そして強くなるものですからね、生き物は。自力で獲れるまでは、多少手伝って差し上げます。私の好敵手となってもらいたいですからね」
水面で笑顔を浮かべたような声音で言うが、まとったアウルのせいでマグロにしか見えず表情は読めなかった。猫宮がマグローンに気づけなかったのは、『能力使用禁止』の前提をまさか破っていると思わなかったからだった。
「……!」
突然殺気を感じてマグローンが身を捩る。そこを紙一重で銛が凄まじい勢いで通過する。
「……っく!」
狙いすました必殺の一撃を躱された事に悔しげに顔を歪めたのは御伽だった。彼女は何もマグローンが憎いわけではない、ただ大物を取ろうと潜っていたら五メートルはあろうかというマグロが視界に入ったから捕えようとしただけである。
――次こそは!
そう心で叫んで、銛を持ち直して再びマグロに、いやマグローンに鋭く突き込む。
「私はマグロじゃないんですが……」
不意を突かれていない攻撃を難なく躱して、困ったように呟いてから身を反転させて凄まじい勢いで場を離脱する。
「っぷは! ……あと少しだったのに……」
よもや仲間だったとは思っていない御伽は水面に顔を出して、取り逃がしたマグロ……マグローンの影を恨めしそうに睨んだ。
● 補習終了……補習になってねぇよ!
「先生! これ!」
存分に時間を掛けて船に着いた猫宮が誇らしげに魚を手渡す。よくやったと頭を撫でられて猫の様に目を細めて喜んでいる。
「……先生、申し訳ない」
水面から上半身だけを見せてマグローンが教師を呼ぶ。
「予備の水着を貸して頂けますか? 破けてしまいました」
なんだ、と問われた言葉に苦笑いで答える。
「どうしたら水着が破けるんですか……?」
理解不能なマグローンの発言に桜庭が怯えたように聞くが、笑ってごまかされる。
「……不完全燃焼です」
続いて現れた御伽が甲板に数匹の大ぶりの魚を投げ込みながら不満そうに言う。
「どうしたでござる?」
「すごい大物がいたんです、五メートルくらいのマグロが。……でも逃げられてしまって」
気遣うように聞いてきた静馬に、無念そうに御伽が言う。
「五メートル近くもある鮪が居た? きっと、久遠ヶ原が楽しそうでなので、遊びに来たのだと思いますよ」
それを聞いていたマグローンが楽しげに言った。
遠泳を終えて船で戻った一行を、筋トレをしているマクセルと漁の結果を嬉しそうに並べている紅鬼が出迎える。ジェニオは少し離れた所で用意していたのだろう、鍋を火にかけて何やら煮込んでいた。
「んーこんなもんかな」
味見をして、皆を手招きする。
「きっと皆寒いだろうからさ、作っておいたよ。はい、毛布。こっち来て温まってね」
そう言うジェニオの顔は、結局重労働になったからか疲れていた。
「おぉ! ありがたいでござる!」
やはり褌一丁では寒かったのだろう、静馬が大喜びで駆け寄る。それをはために紅鬼が教師に近づく。
「先生〜♪ これで補習は合格?」
その言葉に教師が頷いたのを見届けて、不敵に笑う。
「くぅくぅ♪ じゃぁ、これ置きに行ってくるね・・・手が滑ったぁー!」
棒読みでそう言って、自分が獲った貝と魚を海に投げ込んでしまう。それを見た教師とマグローンが無言で紅鬼を見つめる。
「くぅ……。ごめんなさい……」
視線の圧力に屈して紅鬼は力なく謝ったのだった。
「わ、わたしが獲ったのがありますから……」
「私のもあるにゃ……」
「……これも」
御伽、猫宮、桜庭が口々にその場を宥めるのだった。