● もういいーかい?
「ほら、さっさと逃げないと!」
「えー……ほんとにやるの?」
「なにか言った?」
「いえ……なんでもないです……」
鬼の仮装をした少女と主催者の女の子がごたついて、参加者が集まったものの中々スタートとならないでいる。
鬼といえば、紙風船のついた肌色の全身タイツに、虎柄ビキニと赤鬼面である。これで校内に駆け出せといわれて、よろこんで行くような年頃の女の子はそうはいまい。
これから行われる鬼ごっこというなの羞恥プレイに宇田川 千鶴(
ja1613)が心底同情したような顔で眺める。
「いや、面白そうやけれど……、あの2人(女生徒と鬼)テンション差有り過ぎやろ……」
「……これが本当に戦闘訓練なのか、そこが気になりますが……まぁいいです。狙い撃つだけですからね」
宇田川の横で石田 神楽(
ja4485)が笑みを隠しもせずに言う。
「どっちが鬼かわからへんな」
「じゃあ宇田川は手加減するのかな?」
宇田川の呟きに追跡時の連絡のため全員と連絡先交換を終えた鴉乃宮 歌音(
ja0427)が近づく。
「いや、そこはまぁ……それなりに本気出すと思うけど」
「そうか、あそこの黒百合なんかは全力出すみたいだしね」
鴉乃宮の目線の先には携帯をしまいながら笑顔で鬼に近づく黒百合(
ja0422)の姿がある。
「事情は分からないけどご苦労様、大変だろうけど頑張りましょう」
優しく、親しげな笑みを浮かべて鬼に語りかける姿は、普段の彼女を知っている者なら首をかしげただろう。どれだけ上手く猫をかぶったのか、三人で一緒に写真までとっている。
しかし、鬼は本当の黒百合を知るよしもなく優しい人が追いかける側にいるなら加減してくれるだろう、と安心したように部屋からとぼとぼと出て行く。
「さぁ! 今から5分後に皆さんには鬼を追いかけてもらいますよ!」
やっとのことで主催者から発せられた言葉に全員が追跡の準備を始める。
「はて、なんか戦闘訓練とか聞いたモンで、もっとしっかり物騒系なのを想像してましたが。鬼さんも微妙にやる気無いみたいですし、はてさて」
頭を掻きながら、宛が外れたとでも言いたげに十八 九十七(
ja4233)が追跡の話し合いのために宇田川達に近寄ってくる。その後ろから鬼たちのやり取りを遠巻きに見ていたフローラ・シュトリエ(
jb1440)も歩いてくる。
「さてェ、楽しいィ、楽しいィ、鬼ごっこの始まりィ、始まりィ♪」
優しい仮面を脱ぎ捨てた黒百合が今にも歌い出しそうな恐怖すら覚える満面の笑みになっている。
「あの人めっちゃこわいねんけど……」
「ここまでガチな追跡者が集まったのは偶然だ」
怯える宇田川に鴉乃宮が宥める様に言うが、言外にお前も十分鬼にとっては恐怖の追跡者だと言っていた。
「どこを探すか決めようか、私は寮付近を探そうと思うけど」
フローラが切り出した言葉に、全員の脱力ムードが一転して撃退士の顔になる。
「私は校舎の方を聞き込みをしながら探しましょう。あの目立つ格好なら少し視界に入っただけでも記憶に残る筈です」
「ほんなら私も校舎の方探すわ」
石田の発言に宇田川がほぼ即答の形で追従する。
「それじゃあ九十七ちゃんはマーキングして石田さんをサポートしますかねぇ」
「千鶴さん、追い込みはお願いします。十八さん、スポッターをお願いします」
手にした携帯を振りながら十八の言葉に石田が頷く。
「私達はどうするのぉ?」
黒百合の言葉に鴉乃宮が少し考えこむ。ややして、思考がまとまったのか一つ頷いてから口を開く。
「鬼にやる気が無いのは見ての通り、そしてあの姿は目立つ。彼女は島内が範囲とは言え目立つのを避けて学園からでないだろう。どこかで隠れてやり過ごすつもりと見た」
「なるほどねぇ、じゃあ私もフローラちゃんと一緒に寮の方を探そうかしら」
「私もそうする、フローラよろしく頼むよ」
「は、はい」
突然振られたフローラは慌てたように頷く。
そして、開始から5分が経過した。
● 黒百合=鬼説
「こんなのみなかったぁ?」
すれ違う寮生にデジカメに写ったスリーショットを見せながら鬼の後を追う黒百合だが、一向にみつからない。聞き込みは無駄なのかと思った所で、一人の寮生が見かけたと応える。
「どこに行ったのかしら?」
その寮生が示したのは屋上への階段だ。今も屋上にいることを願って、足早に階段を駆け上がる。
屋上へのドアを開ける瞬間に勢いを殺して、ゆっくりと女の子らしさを全面に押し出した歩き方にかえる。
「鬼さんいらっしゃいますか?」
猫なで声が誰も居ない屋上に流れる。居たとしても応えてくれないだろうことはわかりきっているので、油断なく気配を察知する。
――居るわねぇ……給水タンクの裏かしら
本性を悟られないように、心のなかでだけ舌なめずりをする。
「そこ……ですよね? えーと、その紙風船を割ればいいのだったかしら?痛かったらごめんなさいね……」
話し声に意識を向けさせて、後ろ手に携帯を操作して仲間に発見を知らせるメールを送る。
ゆっくりと給水タンクに近寄りながらさもこんな事はしたくないといったように近寄る。そんな黒百合に脅威を感じていないのか鬼は動きを見せない。
そして、給水タンクまで後十数メートルと言った距離で突然黒百合の顔が変わる。
「それじゃァ、ショータイムゥー! 簡単に捕まらないでよォ!」
開幕を告げるファンファーレの様に歌って、黒百合が弾丸のごとく駆け出す。一閃された刀が給水タンク事、鬼を切り裂く。既の所で飛び出した鬼は五体満足、風船もまだ健在だ。
「ちょっ……!」
黒百合の豹変に驚いた鬼は、回避の後一瞬動きを止める。その隙を逃さず黒百合が腹の風船目掛けて刀を突き込む。風船ごと体を貫く勢いに我を取り戻した鬼は身を捻って、避ける。紙一重で躱すものの、右肩の風船が裂かれる。
「冗談じゃないわ!」
全身から冷や汗が吹き出すのを感じた鬼は、回避の勢いのまま身を反転させ、隣の寮の屋上へと飛ぶ。
「さァ、逃げろォ、逃げろォ、鬼ィィィ、私を満足させてみせろォ!!あはははァ!」
逃しはしないと、黒百合が高笑いを上げながらそれを容赦なく追い掛ける。
● 追跡者増加
女子寮に入るわけにもいかず、男子寮内で聞き込みを続けるも何のせいかも無い。それもそうだ、鬼は女なんだ、男子寮に居る生徒が見ているはずもないと鴉乃宮はそうそうに聞き込みを切り上げ、足でもって捜索することに切り替えていた。
寮内よりも、屋上なら男子寮でも飛び移ってくるなどしている可能性はあるだろうと屋上を探し歩く。屋上から屋上へと飛び移り物陰を覗きこむ時に、少し離れた寮の屋上で黒百合の姿を見つける。
ゆっくりと給水タンクに向かう様から、鬼を見つけたのだろうかと思った瞬間に携帯が着信を告げる。
――「女子寮 屋上 鬼発見」
見事なまでに要素しか含まれていない単語だったが、それで十分だ。鴉乃宮はすぐに追いつこうと屋上伝いに接近しようと足に力を込めた瞬間。
給水タンクが水をばら撒きながら切り裂かれる。そして水の影を縫うように、鬼が飛び出してそれを黒百合が襲うのが目に入る。
「まずいな」
このままでは黒百合に全部持っていかれてしまう。それではつまらないと追い掛ける。
黒百合の高笑いを背にして鬼が逃げ出した方向は、運良くこちら側だ。鬼は黒百合から逃げることに完全に意識が取られている。
意識を集中して、鬼目掛けて赤いアウルを放つ。鬼は攻撃の気配を察知して、当たる寸前身をひねって躱す。無理な体勢での回避がそのまま落下に繋がりこのまま地面に叩きつけられると思った瞬間、壁を蹴って駆け出す。
「鬼道忍軍、か」
外したことを悔しがる様も見せずに、屋上と屋上の間を跳んで追い掛ける。
「流石に追いつけそうにないな……」
相手は壁を道として駆け抜けられるがこちらは屋上を走って都度落下防止のフェンスを飛び越えるロスがある。彼我の距離は開く一方で、マーキングも屋上から壁では狙えたものではない。
「もしもし、フローラ? 今どこ?」
走りながら取り出した携帯でフローラを呼び出す。話しながらも、追い掛ける速度は緩めないず目も鬼に向けられたままだ。
「第四十七女子寮の二階です」
「わかった、そっちに追い込むから入り口で待機してくれ」
返事をまたず通話を終えて、射撃を開始する。当てるためでなく誘導するようにある一点だけは攻撃が手薄であった。
● カウンターヒット
「え、わかりました」
そう応えたフローラの言葉は無機質な通話終了音だけが聞いていた。
携帯を仕舞って、一目散に寮から出る。
途端に響く銃声、そしてそれを縫うように壁を走る二つの影。一つは鬼、一つは哄笑を上げている黒百合だ。影は一目散にこちらに向かってくる。
学園内でこんなに派手に暴れて大丈夫か、という邪念を追い払うように意識を集中して物陰に身を潜める。
射程にはいるまでの時間を目算する。恐らくあと3秒。
――3
音を極力立てないよう銃を構える。片目を閉じて狙いを定める。
――2
思ったとおり、安定して走っているため、方の風船は狙いやすい。
――1
しかも運良く左肩が地面側にある。間違って体に当てる心配はなさそうだ。
――0
引き金を絞ると同時にアウルの弾丸が飛び出す。
あたったのか、あたらなかったのか。それを確認する間もなく鬼はフローラの頭上を駆け抜ける。
「おおあたりぃー」
「よくやった!」
すれ違いざまに黒百合と鴉乃宮にかけられた言葉で成功を知る。上手く当てれたと言う満足感を振り払い、踵を返して自身も走りだす。
● こっちも羞恥プレイ
「全身タイツの鬼の面のお嬢さん見かけんでした?」
校舎内ですれ違った生徒にこれを問いかける宇田川は顔が赤かった。
黒百合からのメールで見つかった事を知り宇田川は心から安堵の溜息をもらした。
一先ず校舎組で集合することにし、そこから鬼と接触することにする。
「神楽さん……言葉にするとむっちゃシュールやった」
「仕方ないですよ。私も意外な恥ずかしさにたえてますから、千鶴さんもがんばってください」
愚痴る宇田川を神楽がなぐさめる。
「聞き込みの恥ずかしさに耐える訓練ですかねぃ」
「ちゃうと思うよ……」
十八のボケなのか本気なのか解らない発言を否定しながら、一同が校舎を出た瞬間、宇田川は頭を抱えた。
「えぇ!? 何やってんの!? あの人ら!」
「鬼ごっこですかねぃ」
「鬼ごっこは鬼がおいかける遊びですよ、十八さん」
宇田川の叫びを受け流しながらも石田と十八も若干困った顔をしている。
それもそのはず、寮の方から銃声が響いているのである。学園内で聴こえて良い音ではない。
「急ご! はよ終わらせな先生にむっちゃ怒られる」
「もう手遅れだと思いますけどねぃ」
「ええから!」
宇田川に促されて、石田と十八も音の方に向かって走りだす。
「千鶴さん、私も十八さんも銃器使いますけどいいですか」
更に銃声がなることに対しての質問である。
「銃器しかもってきてませんねぃ」
ガッチャガッチャと銃器を鳴らしながら走る十八の頭をハリセンで叩きたい衝動に駆られるが、悪いのは彼女ではないとグッと堪える。
「一発で仕留めて……」
「はい?」
「一人一発ずつで仕留めてって言うてんの!」
「無茶をいいますねぃ」
「……まったくです」
そう言う石田と十八の顔はやってのけると言わんばかりに不敵に笑っていた。
● 逃げて、鬼さんちょう逃げて
鳴り響いていた銃声が止まる。やっとの思いで三人の撃退士を巻いて、寮の影で一息つく。背中を預けて休みたいところだが、風船があるためそうも行かない。
あまりにもやりたくないこのイベントだが、衆人の前で鬼の面を剥がされるなんて自体になったら折角できた彼氏にドン引きされてしまうと、意地でも逃げ切ると改めて誓う。
「おつかれー」
突然の声に慌てて逃亡しようとするが、声の主を聞いて力を抜く。
「ちょっと、何よあの本気の人たち。まだほ他に三人もいるとか、私死んじゃうよ」
「あははは、ごめんごめん。まさかあんなすごい人達ばっかり来ると思ってなくて」
鬼に答えるのは、主催者の少女だった。
「でも、大丈夫だよ」
「何が大丈夫なのよ……、いくらなんでも酷すぎだよ」
「もう終わりにしてあげるからぁ、大丈夫」
少女の顔が揺らいで別の顔が現れる。それが追跡者の黒百合だと気付いた時には既に遅く、腹の風船が剣先割られる。
慌てて反転して、寮の影から飛び出した所をアウルが飛来してきてぶつかる。咄嗟のところでもう風船のない肩でかばうが、それでは意味が無いことを攻撃者を見て悟る。
「マーキング完了、追い込みお願いしますねぃ」
「はいはい、任せぇ」
十八の後を引き継いで、宇田川がワイヤーを放つ。それを避けると、黒百合が切り込んでくる。
そして物陰から、弾丸が頭部の風船を貫く。
「やっと当たった。残るは背中だけだね」
弾をリロードしながら、鴉乃宮が姿をあらわす。
その姿を認めるや、鬼は駆け出す。しかしまたも物陰から現れた影、フローラにアウルの弾丸を浴びせられ、回避せざるを得なくなる。周りを五人に囲まれて壁に追い込まれる。
だが、諦めずに反転、壁に脚をかけ、一気に駆け上る。それを誰一人追いかけてこず、追撃もなく不審に思った瞬間遠くで銃声が鳴る。
「――見えるなら、当てますよ」
屋上で誰に聴かせるでもなく、狙撃を決めた石田が呟いた。
背中の風船がはじけた事で、自らの敗北を知った鬼は、力なく地面に飛び降りた。
● とっちゃう?
力なく地面に横たわって肩で息をする鬼を六人の撃退士が囲む。
「仮面、とちゃう?」
興味無さそうに呟く黒百合にフローラが困った様に首をふる。
「やらされてる感たっぷりだから、これ以上追い打ちしなくてもって言うか……」
「お願いです……取らないで……」
フローラの声を聞いて鬼が懇願する。
「何があったん……こんな事させられて……」
宇田川の同情的な声に、鬼が抜け駆けで彼氏ができたことで裏切りだと罵られ、その腹いせが今回の件に至った事を語る。
「災難ですねぃ」
「まぁ……向こうも血が昇ってるんやろが……。これで向こうもすっきりして元通りになるとえぇな」
十八が同情し、宇田川が慰めるように鬼の方を優しく叩いた。
「ていうか、あなた達怖すぎです……本気じゃないですか……雇われた殺し屋かと思った……」
鬼のお面の下から嗚咽が聞こえるのを、全員で気まずい思いで聞いていた。