● 調査前の打ち合わせ
雪を踏みしめながらゆっくりと進む車の中、ビニール袋の擦れる音が響く。
「まったく、冬くらいはおとなしくしていてほしいもんだぜ」
向坂 玲治(
ja6214)が靴に袋から取り出したすべり止めをはめながら辟易したように呟く。
「今日は晴れていますし、初日は手分けをして情報収集でしょうね」
少し寒そうに体を抱きながら行動の提案をするイシュタル(
jb2619)は特に雪に対する準備はしていない。天使である彼女にとって、雪は移動の妨げにならないと言うことだろう。
「ワふー、雪ですワっ!何度見ても素敵ですっ!」
窓から見える一面の雪景色にテンションが上がってはしゃいでいるミリオール=アステローザ(
jb2746)も天使であり、とくにこれといった雪対策をしている様子はない。
そんなミリオールを全身を防寒着とその中に仕込んだホカロンで寒さ対策をしている黒百合(
ja0422)が理解できない様な目で見る。
「初日は事件が起きた周辺の住人に聞き込みをしながら、翌朝の雪下ろし等は事件解決の為に止めて貰うのがいいだろうな」
足元をスノースパイクで完全防備した黒葛 琉(
ja3453)が髪の毛を手櫛で整えながら提案する。
「事件の発生した場所、時刻、その際の状況などを確認か」
黒葛の言葉に頷きながら答える蒼井 トキノ(
jb1611)も雪と寒さ対策をした服装である。
「姿は見つかってないのよねェ?」
黒百合が依頼内容の書かれた紙に再度目を通しながら疑問の声をあげる。
「被害者は全員存命なんだろう? 事件当時の時間や状況を聞いて回ればある程度あちらの動き読めないだろうか?」
目元に力を入れた凛々しい顔を作って顎に手を当てながら黒葛が言う。様になっているのだがなぜ今格好をつけているのかはよくわからない。
「じゃあ、俺は警察や住民に目撃情報を聞いて回るか。そして最後にマッピングすればある程度絞れるだろう」
マッピングとか細かくて頭使いそうでめんどくせぇけど、と向坂が呟く。
「私も聞き込みを手伝おう。その際に翌朝の外出は控えるように言ってまわろう」
被害が雪かきの最中の時を狙ったもののようだからな、と被害を抑える提案を蒼井がする。
「私もお手伝いしますワっ!」
雪への興奮が収まったミリオールが唐突に体ごと会話に入ってくる。となりに座っていたイシュタルはその勢いに押される形になって少し困った顔をする。
「上から見渡して犯人が通りそうな場所を何ヶ所か把握しておくべきかしら……」
やんわりとミリオールを手で押し戻しながら自身のアドバンテージを活かすために提案する。
「そうねェ……それである程度の傾向と対策は立てられるのかしらねェ……」
「自分ならどう動くかを考え、相手の行動パターンを予測しておくとか…ね」
「そう……ねェ……」
まだ犯人を見つけられると確信できない黒百合に対してイシュタルがフォローを入れるが今一つその不安は拭えないようだ。
「場所と時間の特定ができたら、あとは囮になって雪かきをすれば向こうからでてくるだろ」
考えるのが面倒くさいとでも言いたげに、向坂が会話を遮る。
「それはいい、賛成だ。しかし、誰が囮をする?」
「……言い出しっぺだ、俺がやる」
向坂の言葉に納得したように、蒼井が頷く。
暫くして車は阿仁地区に到着する。そして、撃退士は雪を踏みしめながら白い世界に踏み出した。
● 作戦会議
「さて、聞き込みの結果を報告し合おう」
借り上げた公民館の一室で、蒼井の発言を合図に寒い中の聞き込みで冷えた体を暖めていた撃退士達が暖房器具から距離を取って話し合いの姿勢をとる。
「デスクワークは得意じゃないが、纏めるだけ纏めてみるか。」
そう言いながら、向坂が全員で囲むようにした机の上に阿仁地区の地図を広げる。
「まずは状況から。被害者全員が、雪かきで屋根に登っている時に何者かに後ろから切りつけられている」
そう言いながら、黒葛が地図上に印をつけていく。被害者の自宅だろう。
「後ろからってことは、犯人のいた方角が絞れるな。どっち向いてたんだ?」
「いや、そこまでは。事故のショックで記憶があやふやで、信用できないな」
向坂に対して黒葛が残念そうに首を振って答える。
「聞き込みついでに、すごい雪が積もってるおうちがあったんですが……」
「どうしたのかしら?」
会話に入ってきたミリオールに黒百合が訝しげな顔をして先を促す。
「雪かきをてつだったらそのお家の娘さんが、ちょうどそこからお父さんがおちたので気をつけてくださいって言ってたんです」
そう言って、1つの印に矢印を書き足す。
「その娘さんが言っていたお父さんが向いてた方向はこっちだそうです」
「そう……。こっちの家は屋根が片側にだけ傾いていて、1方向を除いてここより高い建物だから……」
蒼井がミリオールからペンを受け取って別の矢印を書き足す。
そうやって、情報を合わせてほぼすべての印から矢印が伸びる。
「この公民館を中心にしてないか……?」
できあがった地図を見て黒葛が呟く。
「そういえば、上から見たらこの建物だけ屋根が平らだったわね」
「決定的だな、犯人は公民館の屋上から攻撃している……結構な攻撃範囲だな。最大半径25メートルといったところか」
イシュタルの情報に地図を覗き込みながら向坂が頷く。
「それでは囮はどこでやるんですか?」
「離れ過ぎたら狙われないだろうから意味がない。かと言って近すぎると攻撃を避けるのが困難だろうから……ここだな」
ミリオールの問いに、向坂は民家の一つに○を付ける。
「では、俺達は公民館の周囲で張りこむとしよう。問題ないな?」
黒葛の言葉に全員が頷いて応じる。
「さてェ、悪戯っ子にはキツイ御仕置きが必要よねェ」
自分に向けられていないとわかっていても底冷えのする黒百合の言葉から逃れるように翌日に備えて休もうと全員が部屋を出て行った。
外は予報通り、雪が降り出していた。
● 狙われた囮
「ふぅ……案外積もるもんだぜ」
昨晩の打ち合わせた民家の屋根の上で雪かきをしながら、向坂が呟く。寒いはずなのに、重労働のせいかその額にはじんわりと汗が滲んでいる。
その耳に風とは違う鋭い音が届く。
「来やがった!」
呟いて振り返る。背を向けなければ、攻撃してこないかもしれないと思っていた事が仇となって、回避が一瞬遅れて右肩を見えない刃が掠める。
「ちっ……。だがこれくらいならなんともねぇな」
言って、足元の雪に埋めるように隠していた武器を掘り起こす。
「そら、俺が相手になってやる。かかってこいよ」
不敵な笑みを浮かべて、少し離れた公民館の上に居るはずの獣を挑発するように指だけで手招きする。
● 闇を狩る者達
一体どこに潜んでいたのだろうか。突如、囮となった向坂の右肩から血が飛び散る。
「見つけたわァ」
公民館の屋根の雪に紛れてぱっと見ではそこに何かが居ると解らない。しかし、事前に黒百合が雪に突き立てた木の枝を遮った事でそこにいるとわかる。それ目掛けて彼女はペイント弾を放つ。
赤く染まったそれは、まるで巨大なイタチだ。
黒百合の発砲から遅れること数瞬、黒葛が銃を持ち上げ照準合わせから引き金を引くまで流れるような動作で行う。しかし、二回も不意は撃たれないと言わんばかりに躱される。
発砲音を合図に、距離を詰めるように蒼井が、それを追いかけるように黒百合が飛び出す。普通の格好をした蒼井とは対照的に黒百合は全身を白い布で多い、僅かに露出した肌は白く塗られている。天魔は恐らく、黒百合よりも蒼井に意識がとられるだろう。
蒼井と黒百合の頭上を飛び越えるように二つの影が空を舞う。イシュタルとミリオールだ。二人とも翼を広げているがその姿はそれぞれ違った印象だ。
イシュタルは蒼みがかった2対の翼、それは天使と呼ぶにふさわしい。彼女がイタチを狙って放った水の弾丸から飛び散ったしぶきが凍って互いを結ぶように煌く。
ミリオールは向こうの景色が透けて見える薄い翼、それは一時として同じ色に見えず妖精のようだ。だが、彼女の手には死を連想させる黒い球体が浮かび上がる。そしてそれをイタチ目掛けて投擲する。
氷と闇を縫うように、イタチは素早く身を躱し惹かれるように向坂へと距離を詰める。
「あらぁ……? 私も相手にしてくれないと寂しいわァ」
向坂を攻撃することに、そして近寄る蒼井に意識を向けているイタチの死角から忍び寄った黒百合が鋭い斬撃を浴びせる、飛び散った血飛沫をかき分けるように切り返して再度刃を浴びせる。ペイント弾だけでなく自身の血で更に赤く染まったイタチは黒百合を一瞥するも、再び向坂に向かって屋根の上を飛んで駆け寄りながら見えない刃を放つ。
「同じ攻撃は受けねぇよ」
見え見えの攻撃を危なげなく盾で受けとめて、お返しとばかりに拳銃から鉛弾を放つ。その攻撃は躱されるが、黒百合から受けた傷が響いたのか体勢を崩す。そこに素早く近寄った蒼井が腹を切り上げて空中にイタチを浮かせ、タイミングを測ったように黒葛が弾丸を打ち込む。
イタチは痛みを訴えるように、鳴き声をあげるが、そこに容赦なく黒い球体がぶつけられる。
「ごめんね、でも…わたしは地球の側についたから…」
攻撃を与えたというのにミリオールの顔に喜びはなく、痛みをこらえたように歪んでいる。
死を直感したのか、イタチは方向を変えて、包囲されていない後方へと駆け出そうとするが、そこに無数の水球が行き先を封じるように降り注ぐ。そのうちいくつかは牽制ではなく、イタチの体をしたたかに打ち付ける。
「………逃がさないわ。必ず撃破させてもらう」
周囲の雪よりも尚冷たくイシュタルが言い放った言葉に覚悟を決めたのか、イタチは再び向坂に向かって駆け出す。もう刃を放つ力も残されていないのか、牙をむいて跳びかかる。その攻撃は、撃退士相手にはあまりに遅くお粗末なものだ。
「くらいなっ!」
牙が届くよりも早く向坂が打ち込んだ鉛弾を額に受けて、向坂の足元にボロ雑巾の様に転がる。
「もうおしまいなのォ……」
追いついた黒百合はつまらなさそうに力なく横たわる獣を見下ろしていた。
●
「さっさと雪かき終わらせて、お汁粉でも飲もうぜ。」
「お汁粉……いいわねぇ……」
向坂と黒百合が屋根が崩れる寸前まで積もった雪をスコップでかき分けながら暖かい食べ物に思いを馳せる。
「俺は熱いコーヒーがいいな」
「これだけ動くと逆に冷たいもののほうがよくないだろうか」
それに黒葛と蒼井がそれぞれの希望を告げる。
4人の吐く息は、動いた事で温まった体温との差でタバコでも吸っているかの様に白い。
薄着をしてきたため、外に出ることが辛いのだろうイシュタルは迎えの車内でそれを眺めている。その寒そうな姿は、同じ薄着なのに、住人の子どもたちと雪で遊んではしゃぎまわっているミリオールと対照的だった。