● 車中にて
畑が広がる寂しい田舎道をワゴン車が行く。車内では若い男女が6人が思い思いに過ごしている。
「畑を荒らす害獣は駆除しないといけませんね」
整った眉根に皺を寄せて不快感を示しながら蔵里 真由(
jb1965)が呟く。
「食べ物を粗末にしてるだけでも言語道断なのに、それが天魔となると尚更許せないわね。作った人の為にも討伐しないと」
フローラ・シュトリエ(
jb1440)が白い髪を揺らせながら大きく頷く。
「畑の周囲に青年が残って、攻撃をしているらしいな。その怒りも分からんでもないが……」
依頼の詳細にあった一般人を思い出し、リチャード・エドワーズ(
ja0951)黄金色の髪の影にその憂慮に沈んだ顔を隠す。
「畑を守ってるんだねぇ、早く助けに行ってあげなくちゃね 」
窓から差し込む日差しに若干嫌そうな顔をしなが、気だるげだがどこか優しさを感じる声で来崎 麻夜(
jb0905)が呟く。
「全く…無謀なことを。畑に助けられたな」
ガナード(
jb3162)は赤髪を掻き揚げながら、、言外に青年がまだ無事なのは運が良かっただけだと告げる。
「彼が攻撃なさりたい気持ちも分からなくは御座いませんが、相手はサーバント。これ以上の攻撃は危険で御座います。後は私達の仕事……」
それを受けて、香月 沙紅良(
jb3092)は任務を確実に遂行するのだと赤い瞳に力を漲らせる。
「だな……。現場に着き次第、打ち合わせ通り班分けをして行動だ」
ガナードが車内を見回して全員の確認を取る。異論は上がらないようなので、ガナードが更に続けようとした所で車が急停止する。
「なっ! どうしたんですか!」
蔵里が驚きから立ち直り運転手に声を掛ける。
「皆さん! あれを!」
香月が窓越しに指差した先には、サーバントとそれに鍬を投げつけようとしている青年の姿が見えた。
「急ごう!」
フローラが言葉少なげに叫んで、扉を開けて外に飛び出す。それに全員も慌てて続く。
● 素早い判断
「まだ、班ごとの役割決まってないのに……」
来崎が苛立たしげに呟きながら、全力でサーバントに向かって駆ける。
「今決めればいい事だ、1班を青年の保護に割り当てよう」
いつでも斬りかかれるよう、抜刀しながらリチャードが冷静に提案する。
「それしかないか、俺が行く。蔵里、お前もついて来い」
「わかりました」
ガナードは同じ班なのだろう、蔵里に声を掛ける。そのまま二人は少し方向を修正して、青年の方へ向かう。
「包囲が1点欠けるのは手痛いですが……仕方ありませんね。抜かせないように全力を尽くしましょう」
「ボクが阻霊符を使って足止めする」
若干の不安を見せた香月に来崎が励ますような口調で伝える。
「私も来崎さんと一緒に阻霊符を展開します。エドワーズさんと香月さんの班は牽制をお願いいたします」
フローラは流れるように指示を出しながら懐から阻霊符を取り出す。
「うむ、任せろ」
「承知いたしました」
リチャードと香月はそれに頷いて、目前まで迫った巨大な金色の狐を睨みつける。
● 強制保護
青年が鍬を投擲し終わった状態で、肩で息を切らす。
「……はぁはぁ……いいかげんにしろって言ってんだよぉ!!
彼の目はサーバントしか捉えておらず、背後に立った二人の撃退士には気付かない。その肩に優しく手を置かれた事でやっと気付いたのか、体を驚きに跳ねさせて後ろを振り返る。
「到着が遅くなって申し訳ありません。あれはすぐ排除しますので」
蔵里がその手に和弓――鶺鴒――をわざとらしく誇示して撃退士であることを示しながら、落ち着いた声色で語りかける。
「でも! アイツは俺の大切な畑を……!」
歯ぎしりしながら、逃げようとしない青年に蔵里が困ったように目を伏せる。
「今は下がっていろ。お前がやらなくて、誰がこの畑を癒すのだ」
ガナードが青年に目を向けないながらも思いやりを感じさせる言葉を告げつつ、鍬の仕返しとばかりに投げ返された白菜を難なくキャッチする。それを投げ渡されて慌てて受け取ったまま青年は黙りこむ。
「仕方ありませんね、危険ですのでここからは離れてもらいます」
そう告げ、蔵里は青年の体を問答無用に抱え上げる。そして青年が何か言うよりも早くその場から離脱する。
● 包囲網形成
カーバンクルが投げこまれた鍬に苛立ったように足元の白菜を器用に青年の方へなげる。その隙を縫うようにカーバンクルの近くに鋭く矢が突き刺さる。
「余所見をしている場合では御座いません。貴方を射た者は此方ですわよ」
外したにもかかわらず香月の毅然とした態度は、意識を青年から引き離すことが狙いだからだ。
「よそ見をしている暇なんかないだろう!」
香月が次の矢をつがえる隙を埋めるように、黒い影が槍状に形どられ、リチャードから放たれる。
そしてタイミングを伺っていたフローラが懐から阻霊符を取り出し展開する。
「あっ‥‥!」
「大丈夫、ボクが決める」
カーバンクルが足元の白菜を蹴り上げる事で阻霊符を無効化されたフローラの失意の声を他所に、来崎が落ち着いてさらに阻霊符で追撃を決める。間断置かない追撃により見事に展開を成功させる。
「これで逃げ道が減ったね」
呟いて両手に黒十字の刻まれた銀の拳銃を持ち、カーバンクルの向かう先目掛けて放ち行動を狭める。
「あわよくば当てようって思うけど、すばっしこい……!」
同様に拳銃を取り出したフローラが、焦れたようにカーバンクルの頭部を狙うがかすりもしない。
このままでは、近づかれて攻撃を受けるのではと全員が危惧した瞬間を破るように礫と矢が飛来する。
「おまたせしました」
「避難、おわったぞ」
青年を逃していた蔵里とガナードが放った攻撃は、カーバンクルにとっても予想外だったらしく一瞬動きが止まる。
「今ッ!」
その隙を逃さず、香月が引き絞った矢が見事突き刺さる。突然の痛みに怒りを覚えたのか、カーバンクルは香月目掛けて駆け抜ける。その速さはまるで受けた矢を打ち返したようである。牽制をかいくぐった先には、矢を放って無防備な香月の姿。 誰もが吹き飛ばされる香月の姿を予想した瞬間、間にリチャードが割って入り全身で体当たりを受け止める。
「そうはさせないさ」
剣の腹で受け止められた頭をそのまま押し返されたことでたたらを踏む。そして、カーバンクルにリチャードの放った一閃が血風を舞わせる。
血の上った頭を冷やそうというのか、カーバンクルはそのまま後ろに飛ぶがそこをガナードが礫を放って更に追撃を受ける。そしてカーバンクルの周囲に氷の結晶が輝きながら巻き上がる。獣の直感か、その場から素早く飛び退く。
「なんで私の攻撃は当たらないの!」
自分の放った攻撃を尽く無効化されているフローラが苛立たしげに次の攻撃に移る。
カーバンクルは手傷を負わされた相手に一矢報いようというのか、再び香月目掛けて走りだす。途中来崎の放った弾丸が体をかすめるがその速度を緩めるには至らない。衝突の寸前、またもリチャードにその体を押しとどめられる。
「何度やっても同じ事だ!」
吠えるリチャードから、自ら体を離して衝突の勢いを転じて隣に立つ香月に爪を伸ばす。予想外の攻撃に一瞬香月の反応が遅れるが先と違って体勢に余裕があったため紙一重のところで避ける。その隙を逃すまいと、蔵里が矢を放つが刹那の差でカーバンクルは後退して躱す。だが、躱した先ににはガナードが放った礫が迫る。流石は天魔というところか、どう見ても当たるだろうと思われたタイミングの攻撃を無理やり体をねじ曲げて避ける。
「今度こそ!」
必殺のタイミングだと、フローラは再度光纏を激しく纏いカーバンクルの周囲に氷晶を巻き上げる。しかし、それも虚しく転がるようにして攻撃の範囲外から逃れられる。
「なんでよッ!」
「ありがとう、これでボクが攻撃できるようになった」
苛立ったフローラに来崎が優しく語りかける。何が、と問いかけようと目線を向けた先の来崎の目が虚ろでフローラが焦りを覚える。来崎の露出した肌には刺青のような模様が禍々しく浮かび上がっており、尋常ではない。
来崎の保護が先かサーバントの撃退が先か悩み、ちらりと見た先でカーバンクルは黒い羽根に周囲を取り囲まれている。
「貴方も黒く染まると良いよ……」
フローラだけが笑みを含んだ来崎の囁き声を確かに聞いた。呟きの瞬間、黒い羽根はカーバンクルを包み込む。それには温める柔らかさは無く、身を切り裂く無慈悲さしかなかったが。
黒い嵐が去った後、全身を余す所なく切り刻まれたカーバンクルが力なく地に伏せる。
「おわったな……」
ガナードが目標の沈黙を確認して依頼の達成となった。
● おみやげ
力なくあぜ道にしゃがみ込む青年のもとに、討伐を終えた撃退士達が歩みよる。
「ああ……ありがとう……。俺はまた、守れなかったな……」
顔をあげようとせずに絞りだすような声を聞いたガナードが溜息をつく。
「潰されたものも土に還れば養分になると聞く。無駄になった訳ではなかろう」
「ああ……そうだな……」
彼なりの優しさなのだろうが、少しそっけない言葉は理屈として伝わっても青年の心には響き渡らない。
「あなたの仕事は戦う事ではないだろう」
リチャードの優しい声、だが今回の行動を諌める言葉に青年ははじかれるように顔をあげる。
「何がわかるっていうんだ! 戦う事もできず野菜をつくるしかできない俺の気持ちの何が!」
「わかないかもしれない。けれど、貴方のような人達がいるからボク達は戦えるんだよ」
「あなたは、十分に尊敬に値すると思いますよ? 」
優しく包み込むような言葉を来崎と蔵里に掛けられ昂った気持ちが少し落ち着く。
「感情を込められた物だもの、売り物にはならなくても無駄にはしたくないわね」
フローラが話の流れを変えるように、あたりにちらばった所々ちぎられた白菜を見遣る。
「これ、頂いてもよろしいでしょうか?」
香月がそれに乗っかるように青年に問いかける。
「ああ、どうせ売り物にならないんだ。多少マシそうな奴なら取ってある、もらってくれ」
そう言って、少しちぎれた白菜が撃退士達に手渡される。
「陽光を浴びた優しい香で御座います。どうぞ、これからも美味しいお野菜を作って下さいませ」
そう言った香月の心からの微笑みは、青年がずっと求めていた自分が作った野菜を食べる人の笑顔だった。
「ああ! もちろんだ!」
青年の顔は再び太陽に明るく照らされていた。